第143話 秋の夜長に色んな準備に勤しむ件



 家に戻って改めて周囲を見直してみると、山の紅葉は既に始まっていて庭のキンモクセイの香りも凄い。秋だなぁとか思いながら、庭に植わったモミジを眺める姫香。

 日課の朝のランニングも、段々と寒さとの戦いになって来た。妹と手分けしての家畜の世話は、もうとっくに終わって餌やりも卵も回収済み。


 妹の香多奈も、ランニングでは無いけど自分のパートナーの散歩には律儀に付き合っている。ハスキー軍団も姫香のランニングに付き合ったり、香多奈の散歩に寄り添ったり。

 朝から元気だが、冬に近付くにつれて彼女達も活発になって来た感が。夏の間の体調管理は大変だったけど、これから冬を迎えると今度は家畜の世話が大変になる。

 何しろ山の冬越えは、人間の方も一仕事なのだ。


 確かに農家的には、冬の間は仕事は無くなって休業状態なのだけど。水道が凍り付いたり雪に閉じ込められたり、ハウスが雪の重みで潰れたりと、自然相手のトラブルは本当に様々で。

 冬を超えるのはどの農家も大変、ましてや家畜の世話も担う来栖家ともなると。病気のケアや冬の間の餌の確保など、やる事も結構あったりするのだ。


 特に水が氷ると、家畜の飲み水が無くなってしまう。そんなストレスでも簡単に病気になってしまうので、冬だからとぬくぬくと家に閉じこもってはいられない。

 護人も数日後には、知り合いの農家さんの元へと牧草の買い付けに遠出をする予定で。冬を越す準備に余念は無い、何しろこんな山の上なのだ。

 下手をしたら、何か月も雪に閉じ込められてしまう可能性も。


 “大変動”以降は除雪車などのサービスは、余程の事が無い限りは稼働しないのが現状だ。それを思い知った来栖家は、冬籠りの作業も毎年慎重ではある。

 そんな事情の、秋の朝の来栖邸である――




 ちなみに“山間ダンジョン”のその後の顛末だが、無事にダンジョンコアを破壊して休止状態に持ち込む事に成功。ドロップはボスが魔石(大)とスキル書と立派な角、お供の沢蟹も魔石(中)をそれぞれ、更には綺麗な甲殻を3つ落とした。

 この辺は、まぁ強さに準じたと言うか、レア種に次ぐ強さだったし当然のドロップか。幸い取り付いた前衛陣は、皆が何とか軽傷で済んでいたけど。

 全員がここまで傷付いたのは、珍しい出来事でもあったりして。


 そして肝心の宝箱だが、嬉しい事に銀色の当たりだった。中身はオーブ珠が1個に『鑑定プレート』が1枚と、いきなりの大当たり。他も魔結晶(中)が4個に蟹のブローチが1個、強化の巻物が2枚出て来た。

 それから薬品の入ったペットボトルが3つ、初級エリクサー800mlにポーション800ml、MP回復ポーション600mlとまずまずの当たり。


 家に戻って上級ポーションの値段を調べた香多奈は、100mlで10万円以上の買取値と知って驚き顔。新造ダンジョンだけあって、スキル書4枚にオーブ珠1個とドロップも良かったし。

 更には『鑑定プレート』なんて当たりも出たし、妖精ちゃんの話では魔法のアイテムも後半は多かったそうで。苦労して山狩りに参加した甲斐は、大いにあったと言うモノだ。

 来栖家の皆は、そんな訳で昨日はぐっすり眠る事が出来た。


 まぁ、寝る前にスキル書とオーブ珠の相性チェックだけはしておいたのだが。4枚もあったスキル書は、残念ながら人間にはかすりもせず。

 その代わり、ルルンバちゃんが見事その中の1枚を射止めると言う結果に。妖精ちゃんの話によると、『馬力上昇』系の能力らしいので、今の彼にはピッタリかも?

 そしてオーブ珠だが、何とツグミが獲得してしまった。


 ここに来てペット勢の強化が続くが、特に来栖家に戸惑いの感情は無い。逆によくやったねと、ご主人に褒められたツグミはとっても嬉しそう。

 ペットのお世話主任に任命された香多奈も、新しいスキルを得た1匹と1機の今後の強化に頭を悩ませる素振り。自主性の芽生えと言うか、責任感が出て来たのは果たして良い事なのかと護人も悩むけど。


 チームの強化は、大規模遠征を前にして必要なのも確かである。その辺を翌日の、香多奈を学校帰りに回収しての協会での報告会でも相談したのだが。

 妖精ちゃんの報告通りに、今回はドロップ品に魔法のアイテムが大量に混じっていて。素材系も多いので、工夫すればチームの戦力増強の足しになりそうかも。

 ちなみに回収アイテムは、以下の通り。



【若葉の指輪】装備効果:オート回復効果・中

【波動の木枝】使用効果:オート回復付与・木製素材

【蔦のブーケ】使用効果:不枯&良香・小×2

【大鹿の角】使用効果:白雷放出・骨素材

【鑑定プレート】使用効果:魔玉専用・永続

【棘のマント】装備効果:棘放出・大

【蟹のブローチ】装備効果:切断力up・中

【ベヌズの苗】育成効果:ベヌズの実収穫・中

【強化の巻物】使用効果:防具強化(青の魔石使用)



 素材系は、妖精ちゃんに相談すれば何かアイテムにしてくれそうな雰囲気。それとも既存の装備品に組み込むのも良いカモと、アイテム係の紗良と熱心に話し合ってのアイデアの捻り出し作業。

 その他のアイテムも、順次誰が持つかとかを決めて行く事になりそう。そしてツグミの覚えた特殊スキルだが、《闇操》と言う『影縛り』の上位スキルみたいな感じ。


 それならレイジーみたいに、効果がイマイチ分からないって事は無い筈。姫香と香多奈の、放課後の特訓にも熱が入ろうってモノである。

 それはともかく、今回の魔石とポーションの売り上げは合計70万を超えてしまった。魔結晶(中)を売らずに魔石(大)を売った結果だが、相当な儲けになってくれた。

 さすが新造ダンジョンと言うだけはあるかも、恐らくはコア破壊の経験値も入ったしホクホクだ。ついでに言うと、ドロップした鹿と兎のお肉は美味しく頂いた。

 お裾分けを大量に貰った、ハスキー達も満足げ。


 それから動画依頼と、活動報告を割と時間を掛けて念入りに。何しろ初回クリアの新造ダンジョンだ、データ管理は万全にしておかないと。

 今後どのチームが、2度目以降の探索に突入するか分からないのだ。雰囲気とか敵の強さとか、動画からだけでは伝わらない情報が欲しいのが協会の本音である。


 そのために、協会の滞在が予定より長引いてしまったのは致し方の無い事かも。その日はそんな感じで過ごして、翌日からいつもの日常に戻る来栖家。

 ちなみに山狩りのその後の顛末だけど、怪我人も出ずに無事に終える事が出来た。合流してから拠点に戻る移動も特に事故も無く、その日は無事な帰還を祝って解散の流れに。

 その後、狩猟会からお肉のお裾分けが来栖家にも配られて。


 そんな訳で、ここ数日の来栖家の食卓は結構な賑やかさ。その上、家族用にと栽培していたカボチャやサツマイモが、意外と今年は豊作で。

 大きな奴がゴロゴロ収穫出来て、何と言うか野菜作りの醍醐味を味わい尽くしている来栖家である。今週の週末は、おやつの時間に焚火して焼き芋などを楽しんで。


 ついでに松茸もホイール焼きして、おやつにしては豪華ではあったけど。家族で仲良く分け合って、ハスキー軍団もご相伴にあずかってとっても嬉しそう。

 仕事も休みもどっちも充実して、これだけ楽しめているのはとっても良い事なのだけれども。良くない報せも、その週末の午後に突然舞い込んで来て。

 それは来栖家が、総出で柿の収穫をしていた時の事だった。



「柿の実は採ってもキリがない位に生るよねぇ……毎年大変だけど、今年はルルンバちゃんが手伝ってくれるからすっごい楽!

 やっぱり、飛行ルルンバちゃんは無敵だよねぇ!」

「無敵って事は無いけど、確かに凄く便利には違いないわね、香多奈。アンタの案で腕を付けたのが効いてるわ、何でか知らないけど《念動》のスキルも使いこなし始めてるし。

 意外と器用なのかな、明日の爺婆の敷地の柿もぎも頑張って貰わなきゃ」

「この前覚えた馬力が上がるスキルも、絶妙にはまってくれたかな……籠を担いで高所に留まれてるのも、そのスキルのお陰だろうし。

 いやしかし、本当に働き者で助かるな、ルルンバちゃん」


 護人も太鼓判を押す、勤労意欲に燃えまくりのルルンバちゃんの働き振りである。庭仕事に続いて、とにかく家族の役に立てる事が嬉しくて仕方が無い彼ではあるが。

 細かい仕事はスキル特訓にもなっていて、実はその実力を開花させつつある来栖家のリーサルウェポン。護人の言う通り、新スキルの『馬力上昇』も上手く嵌まってくれていて。


 家族の称賛も貰いつつ、特訓にも励めると言う好循環。稲刈りでも大活躍したし、この所彼の株は大上昇を見せている感じ。

 そんな家族行事の最中に、護人のスマホに着信が。


 今収穫しているのは渋柿で、これから干し柿にする為の処理をしないといけない。紐を縛ったり湯がいたりと、なかなか大変な作業なのであまり悠長にしていられないのだが。

 とは言え、今回も植松の爺婆と林田妹が応援に来てくれていて、人手は充分に足りている。その代わり、明日の日曜日には植松の爺婆の敷地の柿もぎが待っているけど。


 その辺は、やっぱり稲刈りと同じく農家の相互補助の考えが大いに作用している感じ。とにかく護人は作業を中断して、掛かって来た相手をチェックして電話に出る。

 相手は協会の仁志支部長で、週末だけに嫌な感じ。明日の日曜日に、ちょっと急ぎでダンジョン探索をこなして的な、そんな用件だったらどうしようとか考えつつ。

 電話に出ると、どうも想像とは違う様子で。


 いや、向こうが割と慌てている事は確かではあるのだが。どうもギルド『羅漢』から緊急通達があって、恐れていた“もみのき森林公園ダンジョン”が発生したらしい。

 そして大規模なオーバーフロー騒動が巻き起こり、彼らの地元の吉和は現在大混乱中との事。その為にギルド『羅漢』は、この問題に人手を割かねばならないので。

 悲しい事に、大規模レイドの予定が大幅に狂いそうとの報告が。


 物凄く申し訳なさそうな仁志支部長だが、別に彼が悪い訳では無い。そして今月末に予定された大規模レイドも、予定通りに実行しないとかなり不味い事態になるとの推測が。

 とは言え、数を揃えて間引きに赴かないと、そもそも意味が無いと言う。チーム数を減らして滞在時間を増やすのは、参加チームに負担が掛かり過ぎるので誰もが嫌うらしいし。


 本当に間の悪い“もみのき森林公園ダンジョン”のオーバーフローだが、そちらの間引きも急務なのは確か。確かなのだが、現在は溢れ出たモンスターの討伐に精いっぱいの状況らしい。

 取り敢えず向こうの言い分では、主催者の意地として1チームだけでも、今回の大規模レイドには参加させるとの事。ただし、今から別の参加チームを募った場合、質が落ちるのは否めないそうで。

 それだけなら良いが、ガラも少々悪くなるかもと仁志の注釈。


『岩国のチームですが、米軍基地に勤務していた兵隊崩れチームがかなりの悪評ですね。普通に銃火器も携帯しているそうで、モンスターどころか一般人にも平気で銃口を向けるそうです。

 他にも広島市で評判の悪いチームも、人手不足からの依頼で参加を決め込んだそうです。ギルド『羅漢』のギルマスの話では、オールタイム録画で監視するから変な事にはならない筈との事ですけど。

 来栖さんのチームは、子供がいるのでかなり心配ですよね』

「……そうですね、だからと言って今更参加を取りやめるのも、向こうに迷惑をかけるし厳しいかな。子供達だけ留守番して貰う手もあるけど、それも厳しそうだし。

 まあその辺は、こっちで改めて話し合ってみます」


 仁志もそれに同意して、もう少し推移を見守ってみると言葉を繫げて電話を切った。しんどい話ではあるが、オーバーフロー騒動に腹を立てても仕方が無い。

 その会話を盗み聞きしていた姫香からは、絶対について行くからねと先制パンチを喰らって。最年少の香多奈も、置いて行ったら泣くからねと変わった脅し文句が飛んで来た。


 何と言うか、いきなり退路を塞がれた護人は諦めのため息ひとつ。相変わらず子供たちの暴虐は、家長と言えど抑え込む事は不可能な様子。

 その子供たちは、あそこに大きな実が生ってるとか、それもう熟し過ぎて食べられないよと大はしゃぎ。家族での収穫を心から楽しんでいる、その心意気は天晴あっぱれだ。

 恐らくは、探索も彼女達からすれば同じ事なのだろう。





 ――それなら護人の任務は、何事もなくその行事を乗り切るのみ。







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