第135話 ギルド設立に、若い力が暴走しまくる件
10月はまだ始まったばかりだと言うのに、来栖家を中心とした騒動は止む気配は一向に無かった。そんな中、『山狩り』の日程が10日の祝日の日に決定したとの通達が届いて。
来栖邸の周囲の秋の気配は、日を追うごとに深くなってきている。それでも朝の家畜の世話は休みなど無いし、香多奈は毎日元気に学校に通っている。
最近は護人の車での送迎も、すっかり慣れてしまった両者である。山間の深まる紅葉を眺めながら、朝は車でコロ助と共に学校まで送って貰って。
放課後は、友達と遊んだり植松の爺婆の家にお世話になって迎えの時間まで暇を潰して。定時に護人が迎えに来るまで、そんな感じのパターンで過ごす香多奈である。
そして帰ってからは、家のお仕事か特訓が日課となっていて。
ここまで聞くと勤勉に感じるけど、香多奈にとってはどちらも遊びの延長でしかなく。甘柿を
秋になって良かったのは、やはり夏の暑さが去ってくれた事だろうか。何しろハスキー軍団はともかくとして、ミケさんは結構なお年寄りである。
実はちょっと心配していたのだが、家族一同ミケが夏を乗り切ってくれて一安心していた次第。彼女は小柄だけに、体力もそんなに無いし本当に良かった。
それは別として、来栖家に大きく乗っかっている問題がもう1件。つまりは民泊移住を希望している、凛香とそのチームについてのごたごたである。
一応は、自治会長からオッケーの許可を貰ったとは言え。
それに際しての、姫香の『ギルドを作る』発言からの暴走で、来栖家は現在少し困った事態に。春にようやく収まった筈の、護人と姫香の言い争い的なアレである。
つまりは、ギルドを作るか否かの根本的な問題が浮上していて。
ちなみに、凛香とその未成年チームの移住については、護人も諸手を上げて賛成している。それによって、少なくとも彼女たちの食糧問題は解決するだろうし。
必要ならば、自分が保護者になっても良いとさえ思っている護人である。そう言う意味では、姫香の護人叔父さんのキャパオーバー問題への心配は、実は的を射ているのかも知れない。
姫香にしても、一緒に特訓して強くなる仲間が増えるのは大賛成だ。だから護人叔父さんを
その当人の凛香は、会議があった日の夜も来栖家にお世話になっていて。姫香たちとは、ますます距離を縮めて良い感じに親しくなっている。
やはり家に保護者がいる環境は、彼女にとっても安心出来るらしく。
ここまで気を張って、未成年同士で助け合って生き抜いて来た凛香である。特に彼女はリーダーとして、常にチームの選択を強いられて来た。
それが取り払われた解放感に浸りつつ、同年代の友達との何気ない会話。何より出された食事が、全て美味しい上にお替わりが自由なのだ。
ここは天国かと、凛香は一瞬疑った程の境遇である。
一番年下の香多奈には、邸宅とその近辺の案内をして貰ったのだけれど。家畜の世話を手伝えば、牛やヤギの乳やら鶏の卵やらを分けて貰えるとの話。
その後に案内して貰った、お隣さんと称する結構離れた四軒屋はどれも状態は悪くなかった。前の住人が麓に引っ越したら、どれを選んでも問題は無いそうだ。
その上、前に拡がる田んぼの跡地を自由に使っても良いとの事で。チーム全員がマンション暮らしの『ユニコーン』にとっては、信じられない環境には違いなく。
一緒に見学していた小島博士とやらが、早速その内の1軒を自分の居住に定めてしまったけど。その程度は問題無し、まぁ今後は本当のお隣さんとしてやって行く間柄なのだ。
少々の我が儘など、涼しく受け流すに限る。
向こうも大所帯で、それで一番広い家屋を選択したらしいけど。こちらも総勢7人なので、ある程度の部屋数はどうしても必要になって来る。
しかも“変質”で体質変化した者を2人も抱えていて、その点の社会的な不安も抱えている身である。ただしその
人生の綾って良く分からない、自分がある日思い立った決心でこんな風に転がって行くとは。この町に来た理由は、最初は自身の短期弟子入りでの理力やスキル能力の強化が目的だったのに。
今はチームのライン会話で、この町への移住案件について、仲間と熱い議論を戦わせている次第。詳しい話は私が戻ってからになる予定だが、仲間は私が食べた夕食の写真にいたく感銘を受けていた模様である。
広島市内の食糧難は、未だにそれ程に深刻なのだ。
値段もそうだが、規制か掛かっていて一度に買い込める量が決まっていて。ある意味では食料の配布制に近くて、それもお金が無いと買えないと言う酷さ。
幸い家賃は掛からないけど、電気や水道の料金は値上がりの一途を辿っており。未成年チームが探索で頑張って稼いでも、貯蓄に回すお金はほとんど残らないと言う。
お陰で装備品の類いは一向に新調出来ずの有り様、探索に使う武器防具はアレで消耗品だと言うのに。探索の効率も一向に上がらず、ジリ貧のサイクルに完全に乗っかっていたのだが。
まさかこんな田舎町で、それを打破する提案が為されようとは。凛香の心情では、既にこの町への民泊移住に前のめりな賛同と言えようか。
現在の袋小路から抜け出せる、好条件の提示に戸惑う感すらある次第。
「本当にそんな好条件ってあり得るのか、姫香? 住むところをタダで紹介して貰えて、仕事の斡旋までして貰えるなんて……。
ハッキリ言って、破格過ぎて裏があるんじゃないかって勘繰ってしまう」
「私も最近知ったんだけど、この町は周囲から“魔境”って呼ばれているんだって。隣町なんて、数年前は疎開ブームで地元民と新住民の争いまで起きたって言うのにさ。
この町は、5年前の“大変動”から住民の数が減る一方でさ。もちろんそれには、オーバーフロー騒動で亡くなった人も含まれているけど。
つまりは、移住者が増える事はこの町にもプラスなの!」
明るく言い放つ姫香だが、その表情は同世代の隣人が増える事に本当に嬉しそう。一応凛香も、“変質”した者を受け入れるリスクなども説明したのだが。
“変質”には、病気で臥せってしまう者が大半だが、魔素が妙な方向に働く場合も間々あって。肉体の変異や精神の狂暴化など、そんな者を受け入れるにはそれなりの覚悟が必要なのだ。
そんな話も、彼女は呑気に受け流して解決方法はきっとあると明言して来る。ひょっとしたら、紗良姉さんが治せるかもしれないし、治療薬を発見してくれるかもと。
“変質”した者の狂暴化は、同じチームに所属していても冷や冷やモノだと言うのに。まさに希望そのものの、少女の出現に凛香は思わず泣きそうに。
生きるって大変だが、未来は決して闇ばかりではない。
――希望を胸に、凛香もようやく少しだけ笑みを見せるのだった。
一方、小島博士の移住案件を任された紗良だが、それなりに途方に暮れていた。何しろ若干18歳の身で、広島大学の教授とそのゼミ生の面倒を見るように言い渡されたのだ。
しかも言い渡したのが身内の妹で、当の姫香は『日馬桜町ギルド』を設立すると議会で見事に言い放ったのだ。これにはギルド長に推薦された、護人もビックリの発案だった様で。
確かにまぁ、義理の妹の姫香はちょっと考えナシの性格ではあるけど。直情だが家族思いで、実は甘えん坊の面も隠し持っている可愛い娘である。
だからと言って、ここまで局面をこんがらせる事も無いだろうに……考え方は悪くないのだ、『ギルト』はチームがこの町に増えてきた今は、必ず必要になって来る容れ物には違いなく。
それをこの町出身で最年長の、護人が担うのも自然な流れではあると思う。
ただし、あんな不意打ちは駄目だ……お陰で来栖家は、ようやく収まった護人VS姫香の口論が再燃してしまう始末。でもまぁ、春の騒ぎも姫香が勝利したし、今回も彼女が勝つ気配は大いにするけれど。
しかもこれは、護人を困らせようと画策した案では決してないのだ。春の高校行かない問題と同じく、家族と言うか護人を思っての行動が原点なので。
今回も、護人は強く反発が出来ないと言う。香多奈などは、早くも新ギルドの名前を色々と思い巡らしている様子で。そして、ギルド設立は協会の仁志と能見さんも大賛成との事で。
色々と各方面から、そんな圧力が増して来ているこの数日間である。護人には気の毒だが、紗良は自分の与えられた任務で精一杯の現状だったり。
そんな訳で、現在自分の生家の前に佇む紗良である。
週の初めに、既に神崎夫婦&森下夫婦は引っ越しを済ませて4軒とも空き家になっている。その内の1軒に、小島博士とそのゼミ生が早々と居住にする宣言を発動していて。
引っ越しの準備は着々と進行中、ただし彼らの学問への向上心はそんな些末事など一切関係なく。さっそく香多奈と妖精ちゃんを捕まえて、インタビュー調査を敢行したりと忙しそう。
そのせいで滞っている引っ越しのアレコレだが、教授たちは余り気にしていない様子。それよりうっかり、例の錬金レシピ本3冊を見せたせいで、学術的興味がこちらにまで及ぶ始末。
確かにまぁ、そのレシピ本の中にも“魔素の順応力を高める秘薬”系のが載ってたりもするのだが。そもそも材料が半分以上も足りないし、記述もあやふやで。
ひょっとしたら、もっと詳しい本が存在するのかも知れない。
その辺を確認しても、妖精ちゃんは秘密主義と言うか。アンタ等がもっと実力をつけないと、教えても意味が無いよ案件に触れるみたいで。
つまりは小学生に微分積分の問題を提示しても、時間の無駄って感覚なのだろうか。確かに筋は通っているけど、何となくやるせなさを感じる紗良である。
取り敢えずは紗良が『解読』のスキルを覚え、妖精ちゃんの助手的な立ち位置は確保出来たのだが。それに小島博士が加わると、果たしてどうなるかは全くの不明。
ちなみに4人のゼミ生だが、内2人は探索者登録済みでスキル取得済みとの話である。ただし探索経験は圧倒的に低いので、そちらで鍛えて欲しいと言われている。
この町の協会への再登録も、既に終えているそうで。
戦力的には微妙だけど、取り敢えず町の人口の増加には役立ってくれそう。探索者資格を持つ女性の方は、
ってか、小島博士と一緒に来栖邸に一泊して行ったのだけど。その時の印象は、物静かで確かに白衣が似合いそうなインテリって風貌だった。
ただ、彼女も家族に“変質”からの衰弱病者がいて、その治療方法の解明には熱心さの度合いが違っていて。今回の民泊移住も、一切の迷いが無かったとの話である。
そんな彼女は、『質量軽減』と言う変わったスキルを所有していて。武器は一応、ボウガンと短剣は購入済みなのだそう。探索経験不足で、全く使い込んではいないそうだけど。
防具は不所持で、革ジャンにジーンズで2度ダンジョンに潜った事があるそうな。
もう1人の資格保持者だが、
体格はゼミ生の中で一番良いが、目に生気が無くてちょっと心配なレベル。『闘技』と言う戦闘に補正の付くスキル持ちで、彼も短剣と盾を買って保持していた。
ただし、やっぱり探索経験はほぼ無いそうで、防具の類いも買い揃えて無いとの話。それでも戦闘に有利なスキル持ちなので、鍛えれば良い線は行きそうだ。
それも、本人に変なトラウマが無ければの話だが……。
残りの2人は平凡なゼミ生で、名前は三杉と坂井戸だと紹介された。三杉は割と太っていて身長は小柄、坂井戸はのっぽで長髪で眼鏡を掛けている。
両方男で、そしてゼミ生4人とも24~25歳であるらしい。それからもう1点、共通しているのが全員が熱心な小島博士の信奉者であると言う事。
ダンジョン学など、ほぼ生まれたての学問で分からない事だらけである。それを紐解くための努力を、全身全霊を掛けて惜しまないのが小島博士と言う人物で。
ゼミに入った生徒は、全員が学問に人生を捧げる覚悟を決めており。こんな辺鄙な町への移住も、謎が1つでも解明出来るならと前向きな姿勢。
取り敢えずは、三杉と坂井戸が引っ越し準備の雑用を担って、今後生活して行く基盤造りに奔走している様子。来栖家とも面通しは終わっているが、先行きを問われると正直微妙かも。
何しろ、まだまだそれ程に交流を交わしていないのだ。お互い構えている部分もあるし、こなれて行くのはこれからだろう。ただまぁ、小島博士に関してはこの先も対応に苦労しそう。
あのマイペースさは、側で付き合うと被害甚大な気配が。
それでもこの小島博士とゼミ生チームには、今後の町への貢献を約束して貰っていて。具体的には塾を作ったり、無償の家庭教師を請け負ってくれるそうで。
そんな合意を得られたのは、日馬桜町的にも来栖家としても嬉しいような。小島博士からすれば、生きて行くのが精一杯な時代だからこそ、学問は必要との意見らしいのだが。
それは紗良も同意見、学習意欲は負けずに高い彼女である。
――ただ、やはりお隣さんとしての評価は、完全に未知数な小島博士なのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます