第134話 急な民泊移住の増加に混乱する件



 急なゲスト3名を来栖邸に招き入れ、何とか咄嗟の部屋の割り振りで一晩我慢して過ごして貰った翌朝。ゲスト陣は全員とも、優秀な事に来栖家の朝のお仕事に同行して手伝ってくれた。

 家畜の世話を興味深そうにこなした一行、しかも凛香は姫香の早朝ランニングまで一緒について行って。なかなか活発な娘らしく、確かに身体が資本の探索者っぽい。


 その覚悟は太く定まっているようで立派だが、お弟子さんに招き入れるかはまた別の話で。そもそも彼女1人強くなっても、彼女のチームの探索業が安定する保証は無いのだし。

 難しい話である、これなら護人の言うこの町への移住を取り計らった方が、確かに手っ取り早い気も。ついでに姫香も色々と考える、どの選択が最適なのかを。

 それは彼女にとって、新しい挑戦でもあった。


「いやいや、早起きも良いねぇ……そして新鮮な牛乳に卵、田舎の生活って素晴らしいと思わないかい、美登利? 空気も美味しいし、すぐそこにはダンジョンがある!

 なんとも知的好奇心を刺激する、立地条件じゃないか!」

「それはまぁ、でも困ってるお宅の環境をそんな風に言うのは失礼ですよ、先生」


 護人に言わせれば確かに困りモノだけど、香多奈は別に困ってなどいないので無問題である。それどころか、ハスキー軍団に関しては夜ごと秘密の特訓をしているみたいで。

 たまにツグミが、魔石の入った餌皿をはいっと差し出して来る事もあったりして。その量は、とても野良を退治しただけで得られる量では無い。

 つまりは、夜中にダンジョンに潜っている証拠である。


 いいなぁと思う香多奈だが、さすがに内緒で同行しようなどとは考えない。探索好きな少女ではあるが、彼女が好きなのは家族行事だからこそである。

 しかしまぁ、家族旅行から帰ってそんなに経ってないのに色々とイベントが起きるモノである。稲刈りを終えて、さて後は冬ごもりの支度と柿やキウイの収穫位が、残ったお仕事かなぁと暢気に構えていた末妹だったけど。


 裏庭ダンジョンの再突入とか、青空市で再びお弟子さんが居候に押し掛けて来るとか。基本女子率が高いのは、やはりチーム員が女の子ばかりのせいだろうけど。

 香多奈的には、居候が増える事に特に反対などは無い立場である。日々の良き刺激になるし、陽菜の時など家族旅行のきっかけになってくれたし!

 良い科学反応が、生まれてくれる条件付けの様なモノ。



 そんな来栖邸の、普段より賑やかだった朝食後の事。さて今後の指針をどうしようかと、割と朝早くに峰岸自治会長からお伺いの電話が護人のスマホに。

 知らんがなと、思わず突っぱねそうになったのも仕方が無いと思いたい。大変な稲刈り作業が終わったとは言え、農家的にはまだまだやるべき事は多いのだ。


 町の発展も確かに重要だが、聞けば小島博士のお連れ2人の探索歴は、2か月にも満たないそうで。馬鹿正直に話してくれるのは助かるが、そんな実力で胸を張って推薦など出来ない。

 ところが紗良は、全く違う意見を持っているようで。


「あの、護人さん……確かに探索者としては、新米さん2人の加入は微妙だとは思いますけど。例えば塾の先生とか、高等教育の分野への人材って考えてみたら。

 正直、私が姫香ちゃんに教えるのも限界があるし、本当の先生がこの町に増えてくれるなら。そっちの方が、この町にとってもプラスになるんじゃ?」

「ああ、若いゼミ生達も基礎学習はしっかりしてるし、中高生に教えるのに苦は無いと思うよ? 私も『ダンジョン学』のみならず、“大変動”前は環境学や何やらの教鞭を取っていたからね。

 そう言う依頼なら大歓迎だよ、是非とも移住の件の推薦をお願い出来るかな?」


 確かにそっちの方面で見れば、魅力的な提案には違いなさそう。何しろこの日馬桜町には、小学校があるだけで中学校以降は電車やバスを使って都会まで出る必要があるのだ。

 もちろん塾などと洒落たモノは無いし、“大変動”以前にあったのは個人のピアノとか書道教室位だった。それも老齢のお婆ちゃん先生で、今はそれすら無くなっている有り様である。


 “大変動”の後の世界は、概ねそんな感じには違いなく。趣味や学力を伸ばすより、とにかく生活をしっかりと、食べて行ける方向の努力に皆が舵を切って。

 それは仕方の無い事なのだが、そろそろ5年が経過して世の中も落ち着いてきた昨今。そっち系のサービスを受け入れる余裕も、世間にようやく芽生えて来た。

 それならば、彼らの塾の開校も地元民に受け入れられるかも?


 そんな突然の紗良の提案も、小島博士は鷹揚に頷いて乗っかってくれると約束してくれて。それに加えて、目の前の可哀想な探索者の女の子を助けるのも、確かに大事には違いないけど。

 子供たちが未来を構築するための、知識の泉を町へと導き入れる作業。知識は偉大だと、子供たちに知らしめる機会を作るための人員導入を。


 是非こちらからもお願いしたいねと、小島博士は暢気な言いようである。ただまぁ、町の発展の為だと言われたら、無碍むげにも断れない護人である。

 とは言え、そんな大事な案件を自分1人では決められない。今の紗良の提案を草案にして、自治会に働きかけるのがベストだろうか。

 そんな訳で、朝の話し合いは終了して。


 午後に一度皆で集まって、会合みたいなモノを開く事にして貰おうと。自治会長にそう折り返して、後は流れに任せる心境の護人である。その間も、姫香は何事か考え込んでいる様子。

 彼女にしては妙に静かで、護人に心配などされてしまったけど。後で話すねと、何やら考えが纏まったのか良い事を思い付いたのか。


 とにかく会合の場所は、いつもの集会所で落ち着いて。自治会長どころか、協会の仁志支部長や林田兄妹、それから神崎姉妹&旦那さんにまで声を掛けたそうだ。

 全員で話し合う程の大事おおごとかはともかくとして、色んな立場の者から声を聞くのは悪い事では無い。林田兄妹なども、自分の時と受け入れの条件が変わる事に不満の声があるかもだし。

 そう言う意見を聞き出すなら、この会合も無駄では無いかも。


 普段と違う雰囲気に、来栖家の子供達も少々面食らった様子だけど。自治会慣れしている護人が、何となく問題提起をしつつの進行人の役割を担い始めると。

 紗良がホワイトボード前に自然に陣取って、サポートに回ってくれていた。何と言うか気の利く子供達である、香多奈は机の上に妖精ちゃんの席をハンカチ敷いて用意しているし。


 その対応に、今度は呼び出された人々が面食らった表情に。やけに手馴れているなと、自治会長も呆気に取られている様子ではあるけど。

 そこは自分の範囲外と、護人達に会議の進行を任せるつもりっぽい。


「ええっと、皆さんにお集まり頂いたのは、新たな民泊移住の希望者が2組同時にこの町に訪れた件についてです。1組目は小島博士とそのゼミ生4人……探索者としての能力は弱いですが、その代わりにこの町に塾やら何やらの設立に手を貸してくれるそうです。

 もう1組は、こちらの広島市から訪れた二ノ宮さんのチームですが……未成年ばかりのチームで、“変質”を抱えて弱っている者も在籍しているそうです。

 現在は広島市の協会所属ですが、探索歴も1年以上のD級ランクとの事です」

「なるほど、どっちも今後の町の治安維持や発展には欠かせない人材じゃな……空き家はまだ何軒かあるけぇ、自治会としては構わんよ。

 ただし、未成年の集団を世話するとなると、どうしたもんかいのぅ?」


 護人の提示に、呆気無く許可を出した峰岸自治会長だったけど。やはり未成年チームの処遇には、前例が無いだけに戸惑いを隠せない様子。

 当人の凛香は神妙な顔付きをしていたが、隣に座る姫香にギュッと手を握られて安心したのだろう。座ったまま粛々と、会議の進行を見守っている。


 林田兄妹は、民泊移住の仲間が増えるのに概ね賛成との発言である。それどころか、後輩が出来る事が嬉しいのか面倒見るよと言質を貰えた。

 ところが神崎姉妹&森下夫婦からは、ちょっと微妙な態度での申し出が。ちなみに神崎姉の方は、最近お腹が大きくなったのが傍目からも分かる程で。

 探索も休止中で、申し訳ないって感情が今も湧き出ている感じ。


 その神崎夫婦だが、最近はどこからか犬も貰って来て田舎暮らしを満喫しているのかと思っていたけど。あの場所は、さすがに不便過ぎで出産から子育ての過程でも、相当に苦労しそうとの理由を述べて。

 出来れば麓の空き家と交換して貰いたいと、我儘は承知でのこの場の提案らしい。町の自治会的には、子供が増える事については諸手を挙げて歓迎する話題である。


 自治会長も笑いながら、確かにあの場所じゃあいつか音を上げると思うちょったわと、大笑いをかましてくれている。それを眉を吊り上げて聞いている姫香、何しろ彼女は小中学校をその辺鄙な場所から毎日通い続けたのだ。

 それは妹の香多奈も同じで、良い場所だよねと妖精ちゃんに愚痴をこぼしている。ただまぁ、神崎夫婦の言い分も良く分かる護人、それじゃあの場所に新しい人に入って貰おうと呈示して。

 何とか穏便に、引っ越しの段取りは整って行く。


 つまりは、協会の仁志や能見さんも含めて、この場の全員が新たな2組の民泊移住に概ね賛成意見らしく。塾やら教室を開く際の段取りも、自治会で何とかするとの事で落ち着きそう。

 それはもちろん大切な言質なのだが、姫香はそれだけでは納得しない素振り。思い切り峰岸自治会長に噛み付いて、どうせ護人叔父さんに面倒を押し付けるんでしょうと辛辣だ。


 それを強く否定出来ない会長は、確かに探索関係は護人をその長にする気満々である。自身は11月の収穫祭の準備に忙しいし、何より探索に一番詳しいのは今や護人なのである。

 それは協会の仁志も同意せざるを得ず、何より地元のチームのまとめ役がいた方が便利なのは確かな事実。護人ならば、年齢的にも性格的にもピッタリだとは仁志支部長の意見。

 この包囲網に、雄々しくも姫香が待ったを掛ける。


「何でみんな、そうやって護人叔父さんばっかりに重荷を押し付けようとするのよっ!? そんな事ばっかしてたら、いつか護人叔父さん疲れちゃうよっ!

 どうしてもって言うなら、私たち家族がその重荷を請け負うから!」

「えっと、姫香ちゃん……私も家族の一員として協力は惜しまないけど、具体的には何をすればいいのかな?」


 姫香の発言に戸惑う一同だが、紗良だけは姫香の発言の意図にいち早く理解を示して。自分の役割はあるのかなと、妹のフォローに発言を繰り出す。

 すると姫香は、紗良お姉さんには博士の塾だか教室だかの開校お手伝いを、サポートするようにとお願いされて。要するにお勉強関連の強化と言うか、教授の町への有効活用案件だ。

 それなら何とかなりそうと、紗良はそれを快く受諾。


 そして肝心の姫香だが、凛香のチームの面倒は自分がしっかり見ると大見得を切って。この町にはたくさんダンジョンがあるから、探索活動と訓練には困らないよと良く分からないアピール。

 そこに末妹の香多奈の待ったと言うか、良く分からないクレームが。私にも何か役職を頂戴と、何と言うか我がまま発言でしか無いのだけれど。


 そんならアンタは、ペット達とルルンバちゃんの世話焼き係ねと、妹の扱いを良く知っている姫香の言葉。探索の前とか後の、ペット達の要望をしっかり聞き出しなさいと厳命されて。

 それなら私にピッタリだねと、何故かご機嫌の香多奈である。やっぱり仲間外れは嫌らしい、それなら仕事が少々増える位は何でも無いのかも。

 それにしても、働き者で愛情深い姉妹である。


 議会に参加した全員がそう思っていたが、護人もうっかり泣きそうに。家族にここまで深く想われていたら、それは仕方の無い事象ではあるかも知れないけど。

 自治会長も姉妹の情愛をおもんばかって、それじゃあ新しく民泊移住して来る2組は姉妹に任せると口にして。護人に関しては、総合の監視役みたいな立場を要請。


 恐らくはこれで上手く受け入れ態勢が整う筈だが、駄目でも随時修正して行けば良い話。正直なところ、峰岸自治会長も町に人手は足りてないのだし、来栖家を頼るしか手段は無いのだ。

 この会議で出された結末に、明らかに安堵の表情の凛香ではあるけれど。まだまだ今後が不透明な現状で、大きく喜べる筈もなく固まっている。

 それでも隣の姫香には、信頼と感謝の表情を向けて。


「ありがとう、姫香……この後、私とチームはどうすればいい? 居場所を作って貰えるからには、それに全力で応えるつもりではいるけれど。

 実力が不足しているのは分かっているし、まずは特訓かな?」

「そうだね、特訓も必要だけど……まずはギルドを作ろうよ、もちろん護人叔父さんがリーダーね? あっ、美玖も入ってよ!

 どんどん大きくして、最終的には西広島で1番のギルドにするから!」

「あっ、うん……入れて貰えるんだ、嬉しいな」


 美玖のホンワカした返答はともかく、この会話に思わず固まる護人である。さっきまで親孝行な発言に感動していたと言うのに、どっからギルド設立なんて話にすり替わったと驚き顔。

 そもそも、護人にそんな野望など欠片も無い事は、姫香もしっかりと承知している筈。それなのにこの暴走である、若いって本当に恐ろしい……。

 いや、そんな暴走でギルド設立なんて許していいのか?





 ――脳内で混乱がリフレインする、ギルド設立って何だ……!?






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