第112話 シルバーウィークに家族旅行に出掛ける件



 留守にする間の家畜や農場のお世話も、知り合いににしっかり頼んで後顧の憂いも無くした状態で。一応は3泊の予定で、キャンピングカーは来栖邸を出発する。

 朝早いのは、いつもの仕事をこなした後だったせい。その仕事にようやく慣れて来ていた陽菜は、ある種の郷愁を胸に秘めて車に乗りこんで。

 2週間以上も、居候した邸宅を眺めるのだった。


 旅行の行き先は陽菜の地元の尾道で、その目的はもちろん観光ではあるモノの。向こうのダンジョンにも潜りたいと子供たちが言うので、探索用具は持ち込んである。

 それから因島の知り合いの、みっちゃんとも向こうで落ち合う予定。ラインの遣り取りで、その辺のスケジュールは既に出来上がっている様子で。

 護人は子供たちの予定に合わせて、車を走らせるのみ。


 夏休みには、結局たった1回しかキャンプに連れて行ってあげれなかった。泊りの旅行など当然皆無で、それを植松の婆様にこってり絞られた護人である。

 香多奈が学校帰りに愚痴ったせいもあるだろうが、来栖家の家長と言う立場からすれば怠慢である。その点、今回の陽菜の言葉は渡りに船だった感もあったり。

 何しろ旅行の行き先が、いとも簡単に決定してしまったのだ。


 姫香と紗良も友達と会えるし、地元の案内も務めてくれるそうだし。香多奈にしても、海方面に遊びに行きたいと以前から言ってたので、文句も無さそうである。

 何故かダンジョン探索も旅行の日程に組み込まれたのは、ひょっとして広島市への研修旅行の名残なのかも。香多奈や陽菜もそれに乗り気なのは、まぁアレだけど。

 一緒に旅行に出る、ハスキー軍団の良い気分転換にはなるかも?


 旅行にはハスキー軍団も当然同伴するし、ミケやルルンバちゃんも一緒である。妖精ちゃんも付いて来たのは、まぁ今や家族の一員だし仕方が無い。

 余り人前に出張って目立たれても、こちらとしても困ってしまうけれど。大学教授がインタビューに来るようでは、それを言っても詮無い事かも。

 そんな訳で、大家族揃っての小旅行の始まりである。


 ルートは大まかに分けて2通りあって、1つは県道を通って海側へと下って、国道2号線へと合流するパターン。県道と言っても山の道なので、カーブも多いし道の状態も良くはない。

 もう1つは、中国自動車道~山陽自動車道を経由する高速道路を使う順である。こちらは比較的安全でスピードも出せる……と思ったら大間違い、“大変動”以降は割と危険で。

 飛行能力を持つ野良モンスターが、頻繁に車両を襲うそうで。


 インフラ整備も当然行き届いておらず、高速なのにスピードを出すのは命取りと言う。ただし探索者割り引きが利きますよと、能見さんが旅行前に言っていた。

 それどころか、襲われた敵を返り討ちにしたら、狩猟ボーナスも出るそうで。それ程に運搬車両の安全は、便宜を図るのがどこの町でも風潮だそうである。

 それを聞いて、俄然やる気を出す子供たち。


 護人も運転時間は、当然短い方が良いに決まっている。高所に位置する道路は、少々危険と言われているけれど、他のトラックも運行しているそうなので。

 そうそう襲われる事も無いだろうと、高速道路の料金所を通ったら。料金所のおっちゃんにチラシを渡されて、この飛行モンスターには注意しろと言われる始末。

 しかも出現頻度は、結構高いらしい。


「おっ、何だ……あんた等は探索者だったのかい? カードを提示してくれ、割引が利くから。それからこの簡易ステッカーを、車の外に貼っといてくれ。

 他の車両が、そっちを頼れるって印だよ」

「はぁ、頼られるのはいいんだけど……」

「それから仕事着に着替えておく事をお勧めするね、野良の出現頻度は高いって言ったろ? 動画に撮っておいて後で協会に申請すれば、討伐報酬も出る筈だよ。

 それから命が惜しけりゃ、50キロ以上は出さないように」


 路面が荒れていて、修復も難しい個所が多いそうだ。調子に乗って速度を出すと、途端にハンドルを持って行かれるとの丁寧なアドバイス。実際、料金所に居座るお仕事も、割と危険と隣り合わせだと言われる始末。

 護人は礼を言って、おっちゃんの無事を祈りつつ、高速道路へとキャンピングカーを進めて行く。後ろの子供達には、一応の探索着への着替えをお願いしながら。


 料金所で貰ったチラシを眺めた香多奈が、こんな野良がいるんだと興奮模様。書かれていたのはガーゴイルやワイバーンの類いで、時には群れで襲って来るらしい。

 しかも護人の自慢のキャンピングカーだが、装甲が薄いと料金所で心配されてしまった。その料金所にしても、砦かと思う程度には警備は厳重で。

 危うく護人は、世間知らずと恥をかく所だった。


 幸い向こうがこちらを探索者と気付いて、腕に自慢があるのだと勘違いしてくれたけど。それも考えれば恥ずかしい事だ、実情は探索歴がたった半年の初心者チームなのだから。

 とにかく子供たちは、陽菜も含めて着替えを終えて臨戦態勢。ハスキー軍団もそれを受け、心なしかテンションが上がっている様子。


 狩猟本能が騒ぐのだろうが、今回遭遇する敵は飛行型モンスターに限られるらしいので。果たしてハスキー軍団の出番はあるのか、それはとんと不明である。

 それでも張り切ってスタン張ってくれているのは、護人からすれば頼もしい限り。何しろ香多奈と来たら、ルルンバちゃんの《念動》の特訓だとかこつけて、皆をババ抜きに誘っているのだ。

 いや、確かにルルンバちゃんを構うのは一向に構わないのだが。


 その内容は割と壮絶で、まずはドローン形態のルルンバちゃんに、香多奈が買い与えたマジックハンドを《合体》で装着して。それから誰も使えずにお蔵入りしていた、“襤褸のグローブ”を強引に嵌め込んで《念動》付与の能力を開花させたのだった。

 そして新たに開花する、ルルンバちゃんの新能力……って言うか、普通にグローブに付随していた《念動》能力を使えるようになっている優秀AIロボである。

 これには、無茶振りでしょと否定していた姫香もビックリ!


「ルルンバちゃん、ここから1枚好きなカード抜いて! 覗き見しちゃダメだよ、そんで念動使ってスッと引くの!」

「難易度高いよね、まだスキル使うの慣れてないでしょうに……頑張れ、ルルンバちゃん!」


 家族からの声援を受けて、慣れない《念動》スキルを作動させるルルンバちゃん。だがしかし、ババ抜きのルールもしっかりと要点は押さえている様子で。

 ちゃっかりと揃ったカードを場に捨てて得意げな彼、マジックハンドの操作方法にも慣れて来ているみたい。根が真面目なのだろうが、成長度合いはとにかく凄い。

 ってか、カード遊びまでこなすとはお掃除AIロボ恐るべし。


 カードは結局、姫香が一抜けでガッツポーズを決めて前の助手席へと移動して行く。ご機嫌な主人に続いて、レイジーとツグミも車内を移動。

 陽菜が何かあるのかと、助手席に座った姫香に問い掛けた。ミケが窓の外を気にしてるから、私も監視役を暫くこなすねと答えが返って来て。

 それを受け、末妹が呑気にミケに問い掛ける。


「ミケさん、何か襲って来る気配でもあるの……?」

「……気になってたんだが、キジトラ猫の名前が何でミケなんだ?」


 お決まりの会話を挟みつつ、ババ抜きは続く。二番手に抜けたのは、何と伏兵のルルンバちゃんだった。大きなリアクションで悔しがる香多奈、そして三番手に申し訳なさそうな紗良が続く。

 ドベ争いは、無表情ポーカーフェイスの陽菜と表情豊かな香多奈の一騎打ちとなった。何故か5往復するジョーカー、白熱の戦いは結局は末妹の負けとなり。

 コロ助に寄り掛かって、壮絶に落ち込む香多奈であった。


「アンタ顔に出易いから、致命的にババ抜きとか向いてないよ。陽菜が情けをかけて勝ちを譲ろうとしてるのに、何でそれでも勝てないの?」

「お姉ちゃんは、いっつもうるさいのっ! これはルルンバちゃんの特訓なんだから、そもそもルルンバちゃんが2番手で上がるのが間違ってるの!」


 普通に勝負に勝ったルルンバちゃんまで怒られる始末、まぁ理論は間違ってはいないけど。暫くはそんな感じで騒がしかったキャンピングカーの車内だったけど、突然ミケが不吉な声で鳴き始めた。

 姫香が慌てて、助手席から空を見渡しに掛かる。秋晴れで雲の少ない空の一点、確かに小さな粒々の蠢く影があるような。護人もゆっくりと、車のスピードを落として行く。

 近くに車の影はまばら、これなら玉突き衝突などの心配はない。


 もっとも、目にする車両は9割が大型輸送用トラックで、その上ガチガチに装甲を固めてある。護人自慢のキャンピングカーは、所詮は家の車の中では稼働率も高くないので。

 白バンや家族用のクルーザー車ほどは、装甲に関しては手を掛けていないのが現状である。今更ながらそれを悔やみつつ、勇んで外に出ようとする子供たちに声を掛ける護人。


 つまりは充分に気を付けて、それからなるべく車にも傷をつけないように。それから外は車道なのだから、他の大型トラックも通行するぞと。

 そんなやり取りをしている内に、小粒だった影はシルエット判別可能な大きさまでに大きくなって。目の良い紗良が、あれはガーゴイルの群れかなぁと呟く。

 チラシを手にしている香多奈も、概ね同じ意見らしい。


「護人叔父さん、飛ぶ石の魔物だって……武器はどうしよう、ハンマーの方がいいかな?」

「向こうが大人しく、地上に降りて来てくれればいいけどな。……おやっ、あっちから飛んで来てるのは、ひょっとしてワイバーンじゃないか?」


 ミケがなおも紗良の胸元で鳴き喚くので、遅ればせながらその接近に気付いた一同。確かに陽菜の指し示す方向には、独特なシルエットの飛翔物が。

 ワイバーンらしき影は1体のみだが、羽ばたきは力強くその巨体振りも窺える。アレが近付くまでに、取り敢えずガーゴイルを追い払うかと護人は気にした素振りは無いけど。


 有言実行とばかり、覚えたての『射撃』スキルで護人は敵に向かって矢を放って行く。百発百中で、ガーゴイルの群れはこちらに近付く前に森の中へと落ちて行き。

 ああっと残念そうな声を上げたのは、後衛の香多奈だった。魔石が勿体無いよと、取り敢えずスマホで撮影をしながらそんな事を呟いている。


 その時、来栖家のキャンピングカーの後ろに大型トラックが停車した。しかも3台同時で、運転席からライフル銃を持った運ちゃん達が飛び出て来る。

 ビックリする一同だが、向こうは超真剣な表情だ。


「アンタら探索者か護衛の類いか、どん位の腕前やっ!?」

「ウチのリーダーはC級よっ、そっちこそ何なのよっ!?」

「いやっ、敵影が見えてんのに車を走らせる馬鹿はいねえよっ。済まんが奴らを追い払うまで、側にいさせて貰うぞっ!?」


 そうらしい、続々と武器を手に集まって来る運ちゃん達だが、下手に発砲などはせず物陰に隠れている。姫香が手伝わないのと問い掛けるも、腕も無いし弾が勿体無いと返事が帰って来る始末。

 その分護人が頑張って、ほぼ外さずに矢を的に当てている。《奥の手》使用の弓矢攻撃は強烈で、当てる端から石の肉体を持つガーゴイルは魔石へと変わって行く。

 10体近くいた石像の群れは、近付く間もなく全て消滅。


 それを見て歓声を上げる運ちゃんズだが、撮影役の香多奈が注意喚起を放って別方向を指差す。まだ大物が残っているよと、物凄いスピードで接近を果たして来たワイバーンをフレームに収めて興奮模様。

 こんなのが野良でいるんだと、驚きを隠せない子供達だが。運ちゃんの1人が、週に何度か追い掛けられるぞと当然のように口にしている。

 そんな日常嫌だなぁと、素直な香多奈の感想。


 向こうも痛覚は持っているので、銃やボウガンで追い払えるらしいのだが。今回迎え撃つのは、来栖家チームのエースであるレイジーだったり。

 いつの間にか大型トラックの荷台の上にスタン張って、吠え声で大物を威嚇している。毒爪と鍵爪攻撃に気をつけろと、運ちゃん達の応援が飛ぶ中。

 ブレスとか無いのと、呑気な末妹の質問タイム。


「ブレスなんて、よっぽどの大物でもなきゃ吐かねぇよ。ワイバーンで厄介なのは、飛行スピードとすれ違いざまの尻尾攻撃だなっ。後はたまに、鋭い爪でお持ち帰りされる事件もあるそうだぞっ!?

 滅多に道路にゃ降りてこねぇが、来た時にゃ犠牲者が出てるってこったな!」

「お嬢ちゃん、もっと姿勢低くしてなっ! 奴らのスピードで突っ込まれたら、コンクリの破片やらでも充分怪我すっからな!

 ブレスなんかより、よっぽど……おおおおっ!!?」


 その驚き声は、まさにすれ違い様にレイジーが吐いた《魔炎》ブレスに対するモノだった。ついでのミケの《雷槌》も作用して、哀れなワイバーンは空中で失速する。

 さっすがウチのエースと、はしゃぐ香多奈の声が周囲に響く中。逃げられたら厄介だと踏んだ姫香が、ルルンバちゃんの回収頼みに金のシャベルの投擲に思い切る。


 その思い切りの良さは、まさに男気溢れる天晴あっぱれ振りで。ついでに綺麗に敵の胴体に命中、失速と言うより墜落して行く哀れなワイバーン。

 喝采を上げる運ちゃんズと、即座にルルンバちゃんに武器の回収を頼み込む姫香である。その途中で、しっかり経緯を観察していた紗良が、ワイバーンが魔石になったと報告。

 これも回収案件と、大声でそれを伝える香多奈。





 ――宙に漂うルルンバちゃんが、それにオッケーと円を描くのだった。











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