第110話 残暑も厳しい中、秋の気配を感じ始める件



 今日も厩舎裏の特訓を頑張った、そして速攻で女子全員での入浴タイム。きゃぴきゃぴした雰囲気は、4人も年頃の女性がいれば当然なのだが。

 話題は特訓の成果とか、シルバーウィークをどう過ごすかとか様々だ。丁寧に髪を紗良に洗って貰っていた末妹が、どっかに旅行に行きたいねぇと提案するも。

 家畜の世話をどうするのよと、湯船に浸かっていた姫香に一蹴される。


 確かにそれがネックで、夏休みも日帰りの旅行しか出来なかった来栖家である。但し最近はお隣さんも出来たし、何より植松の爺婆が子供たちを不憫ふびんがって。

 このご時世だけに、自由に外出が出来ないのは仕方が無いとしても。護人も同伴なら、何泊かの家族旅行くらいはサポートするよと言ってくれて。

 実は水面下で、旅行の下準備は進行中だったり。


 これも全て、香多奈が頑張って根回しに動いた結果ではある。恐るべし少女の執念、遊びたい盛りの小学生の意地とでも言おうか。

 とは言え、姫香も家族旅行の話は内心で乗り気である。陽菜のウチの地元に遊びに来ればとの誘いに、尾道ってどんな所と湯舟での女子トークは止まる気配は無い。

 そこに髪を洗って貰った末妹の乱入、騒がしさは更に増す事に。


「尾道は坂の町と言われる程坂が多い、お寺も多い……あと、瀬戸内海に面しているし、映画の町でもある。しまなみ海道も、“大変動”以降も何とか健在だから、四国に行くのも近いな。

 もっとも今は、自転車でうろつくモノ好きは皆無だが」

「護人叔父さんも好きそうだなぁ、行きたいね尾道……後で相談してみようか、香多奈も植松の爺ちゃんに家の留守を頼む根回ししてるみたいだし。

 陽菜が案内してくれるなら、旅行計画も楽しそうじゃん!」


 いいねぇと、香多奈も楽しそうにその話に乗っかって。紗良も自分の髪を洗いながら、妹たちの話に耳を傾ける。肝心の陽菜だが、相変わらず女子同士の裸付き合いには慣れていない様子。

 胸のサイズを気にしているようで、自分より大きな姫香のモノをチラ見している。紗良もサイズはそんなに無いので、確かにまぁ羨ましくはあるけれど。

 香多奈に抜かれるまでは、気にしない事にしている紗良であった。


 それでも尾道の話は続いていて、香多奈も家族旅行に超前のめりである。夏休みの家族サービスが少な過ぎたと、その一点で叔父さんを崩すよと勇ましい限り。

 基本は子供に弱い護人なので、末妹の計略はまかり通りそうな感じは強い。陽菜もそうなったら、そこが弟子入りの区切りになるなと発言する。

 ええっ、もう帰っちゃうのとショックを隠せない姫香。


「まぁ、最初からそんなに長居するつもりは無かったからな。今の私の探索者としての苦悩の解決法と、強くなるきっかけが欲しくてここを訊ねて来たんだ。

 後は変質系の《獣化》スキルへの恐怖、この相談がしたかった」

「あぁ、護人叔父さんは《奥の手》の使用、あんまり気にしてないけどなぁ……最初は協会の人に言われてたけど、最近は家族を守る為って割り切って使ってるみたい。

 護人叔父さんは盾役だし、私達のリーダーだもんねっ!」


 そこに強烈な信頼関係を見出して、陽菜は1人納得模様。チーム間の絆さえあれば、“変質”に偏るスキルを使ってもきっと大丈夫なのだろう。

 そう思うと、不思議と陽菜の中にあった恐怖心は消えていた。恐らくは、それがこの家に居候して一番の収穫だろう。唐突な弟子入りにも普通に対応してくれた来栖家の温かさに感謝しつつ。

 別れの気配に、一人惜別の想いの陽菜だった。




 とうとう香多奈がオーブ珠の特殊スキルを覚えた件で、来栖家は不思議な雰囲気に包まれていた。当人も困惑して妖精ちゃんに相談しているが、どうも発動は困難なようで。

 《精霊召喚》スキルで、召喚された聖霊は未だにゼロである。せっかく沼の精にプレゼントして貰ったのに、今の所は何とも詮無い結果だったり。

 まぁ、当人はあまり気にしていないけど。


 それから2枚出現したスキル書の1枚は、見事に護人との相性チェックで反応してくれて。結果、『射撃』と言うスキルを得たそうで、目下訓練場で慣らし中である。

 幸いにも、今までの探索で得た“聖枝の長弓”や矢束は結構あったので。自分で的を作って、あれこれと試行錯誤しながら戦力になるか見定めている模様。

 って言うか、スキルの威力は本当に凄い。


 自分の腕で弓を引いたり、或いは《奥の手》と薔薇のマントのセットで試してみたり。どちらの動作でもほぼ的の中央を射止める始末、練習いらずとはこの事である。

 それでも動きながらとか、障害物越しとか難易度が上がると途端に命中率は下がって行く。当たり前の事だが、護人はある意味ホッとしていた。

 スキルは万能では無いし、もちろん練習に意味はあるのだと。


 とにかくこれで、めでたく護人のスキル所有数も特殊スキル1つと普通のスキル2つとなった。子供たちに心配を掛ける事も無くなったし、チームお得意の中ボス速攻にも参加出来る。

 何しろチーム的には、未だにレイジーがエース的な存在なのだ。いびつと言うか、この差が開いて行くのは心情的にもあまりよろしくは無い。

 飼い主云々うんぬんと言うより、チームバランス的な意味合いで。


 香多奈が4つもスキルを持つ破目に陥ったのは、ある意味少女にも相性チェックを認めている、自分の甘やかしだと護人は思っている。その点は反省しつつも、今更どう仕様も無いと言う。

 それはともかく、香多奈を迎えに行った放課後に、ついでに協会へと報告に向かって。魔石とポーションを販売して、今回も20万以上の儲けを出す事に成功。

 依頼報酬を加えると、30万円以上とまぁまぁのお値段に。


 それでもチームで報酬を割ると、例えば5人チームでは月に4回以上潜らないと生活は厳しいかも? 装備や備品の負担は自分持ちの探索者にとっては、出て行くお金もバカにならないのたから。

 紗良のような回復スキル持ちがチームにいないと、ポーションを全て売る訳には行かないし。初心探索チームの事故率や、探索の教え手もいない現状を鑑みるに。

 陽菜のように行きまる者も、実は少なくないのかも知れない。


 来栖家チームは、探索は飽くまで副業なのでそこまでこんを詰めずに向き合えているけど。生活を懸けるとなると、安全マージンをもっと取るように努力するだろう。

 とても今のようにお気楽に、栗をお裾分けしたり旅行に行くよと自慢したりは出来ない筈。主に香多奈だが……まぁ、末妹の行動は変わらない気もする。

 今夜はキジ肉のお料理だよと、良く分からない自慢も含めて。


「来栖家チームは、本当に相変わらずのドロップ率ですね……他のチームも、動画コメントを見る限り相当驚いている様ですけど」

「う~ん、今回はそれ程でも……まぁ、オーブ珠を獲得出来たから悪くは無かったけど。前回みたいに、スキル書と宝箱がたくさんって感じとは行かなかったね」

「それが普通です、取り敢えず10層の到達おめでとうございます。それから前回は、自宅にお招き有り難うございました……お土産まで頂いて、本当に恐縮です」


 お土産と言っても野菜や卵や牛乳なのだが、それは一般人には凄く嬉しい差し入れである。来栖家にとっては毎日収穫出来て、あって困らないモノでしか無いのだが。

 今回もダンジョン産とは言え栗を1袋貰って、恐縮し切りの仁志支部長である。その後に毎度の動画作製依頼をして、取り敢えず今回の報告はお終い。

 一応は、今回チームで取得したスキルとかも申告しておいて。


 それからついでに、妖精ちゃんに選りすぐって貰った魔法の品の鑑定会も開催。それを見ると、確かに今回のドロップは不作だった感がある。

 その数たったの4つ、いつもに較べればずっと少ない。


【山嵐の首輪】装備効果:反射反撃効果up・中

【紺色の着物帯】装備効果:魔力up・小

【双魔刀小剣】装備効果:雷属性付与・中

【白銀の額当て】装備効果:魔法抵抗up・小



 鑑定の結果、『山嵐の首輪』と『双魔刀小剣』がまずまずの性能である事が判明した。『山嵐の首輪』は、敵の攻撃を反射する能力があるらしい。

 恐らくは一定の確率で作動するのだろうが、この装備を自在に操る事が出来たら最強である。誰が装備するか、よく考えて選考したいと思う護人である。

 『双魔刀小剣』は、中ボスコボルト将軍が使っていた双剣で、どうやら雷属性が付随しているみたい。チームに両手装備を好む者はいないが、魔法剣は普通に良装備に違いなく。

 何しろ、かつての魔人ちゃんみたいに、魔法でしか傷付かない敵もいるのだ。


 それに対する手段は、幾つか持っておきたいのも事実。それから『白銀の額当て』は、魔法抵抗が少しだけ上がる頭装備だった。ハスキー犬には装備は無理みたい、完全に人間用だ。

 それから『紺色の着物帯』は、魔力の上がる腰装備のようだった。ただし紗良の考えでは、新たなハスキー軍団の装備に流用出来ないかなって感じらしい。

 この布が、切り貼りして元の性能が残っているかが不安ではあるけど。


 護人からは好きにして良いとの了承は貰っているので、時間が空いたら手掛ける予定の紗良である。そんな事を話し合いながら、話題は護人と香多奈が新たに取得したスキルの話に。

 特に香多奈は、何だかんだで4つ目である。


「それにしても、この若さでスキル4つ目の取得ですか……とんでもない才能ですね、先行きが恐ろしい程ですよ。A級ランカーの甲斐谷さんを、ひょっとしたら超える器かも知れませんね」

「新しく取得した《精霊召喚》って、極めれば強力な切り札になりそうですし……」


 褒められて有頂天の末妹だが、姉の姫香は不満そう。家長の護人にしても、あまり子供を図に乗せてくれるなと仁志支部長に電波を飛ばしている。

 それを感じた能見さんが、来栖家の動画案件で話題を変えて来た。《精霊召喚》では無いが、手軽に召喚が可能な“魔人ちゃん”が不遇な件に対する質問である。

 確かに探索中には召喚しないし、不遇と言われても仕方が無いかも。


 確かに魔人ちゃんの召喚には、透明な魔石とランプが必要でハードルはちょっとだけ高い。大き目の透明の魔石はストックが少ないし、だから実体化も滅多にしてあげられない。

 活躍出来て無いのも、まさにその通りで……今は理力の使い方の、指導員と言うかそんな事を極小の魔石での召喚でやって貰っている感じだ。


「戦ったら本当は強いんだけどね、魔人ちゃん。でも多分、HPは低めみたいだから前衛には向いていないのかな?

 炎の魔法とかで、後方支援が最適かもね」

「確かに不遇なのかなぁ、でも透明の魔石もそんなに数が無いもんねぇ?」


 そんな訳で、今後も彼の召喚は限定的になりそうな予感。少々勿体無い話だが、コスト的な問題もあるので仕方が無いとも。チーム的には、火力はハスキー軍団の存在で充分に足りてるし。

 今後の探索でも、後衛の紗良の鞄の中に潜ませて、いざと言う時に活用する感じだろうか。現状でその切り札を使って無いって事は、そこまで追い込まれる事態に陥って無いって事だ。

 それはそれで幸いだが、今後はどうなる事やら?


 それから話は、10月に行われる“弥栄ダムダンジョン”の間引きとなって。あまりに巨大なダンジョンなので、10チーム程度で同時に潜る予定になっているのだが。

 それに参加してくれないかと、西日本で最大のギルド『羅漢』からのお誘いが協会を通じてあったのだ。青空市では当ギルド長からも直接誘われたし、これを断るのは大変そう。

 なので護人は、これに参加の方向で10月の予定を組む事に。


 向こうはどうも西広島全体の事を考えて、探索者ギルドと言う大所帯を動かしているらしい。大変そうだなと護人は思うが、積極的に手伝おうなどとは思わない。

 何しろこちらも、生きて行くだけで割と精一杯なのだ。朝から晩まで家畜の世話や畑や田んぼに携わり、子供たちの成長を手助けして空いた時間に探索して。

 地域の治安維持に貢献して、これ以上を望まれてもちょっと無理。


 今回はだから、特例と言うか一度は大規模パーティを経験してみても良いと言う好奇心だろうか。一度試してみて、自分達のチームに合わないと思ったら次から断れば良いし。

 何しろこちらは、主力が犬猫AIロボな上に小学生がチームにいる。半数以上が女子だし、本当の事を言えば自分だって荒事に向く性格ではない。

 そんなチームが、集団チーム戦で果たして役に立つかどうか。





 ――人生って、断ち切れないしがらみばかりだなぁと思う護人だった。







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