第93話 お盆明けの日馬桜町に、事件が起きる件



 お盆が開けて、夏も盛りからようやく過ぎて行ってる気配も漂って来た。特に朝夕の暑さは緩和されて、残暑と呼べる程度にまで気温は下がってきている感じ。

 熱帯夜の類いも、こんな山の上の来栖邸には元々無関係で、逆に夜は涼しい位で。避暑地とまでは行かないけれど、広島の海側よりは遥かに過ごしやすいのも事実。

 山の中に住む、数少ない利点の1つではある。


 ハスキー軍団も、今年も何とか夏を乗り切れそうで何よりである。今年に限っては、探索の重労働が夏休みの間に2度もあったりしたけど。

 犬達は全然元気で、これもひょっとしたら変質でHPを纏ったお陰なのかも知れない。良く分からないが、来栖家の他の人々も夏バテとは無縁で夏を過ごしている。

 そんなお盆明けの、日馬桜町に突然異変が巻き起こる事に。


 どうも山の中で野良を見掛けたと言う、目撃情報がチラホラと上がって来て。広島のお墓参りの習慣で、独特な臭いを放つしきみと言う葉を墓前にお供えするのだが。

 それを山で片手間に栽培している農家さんが、その収穫作業中に何度か目撃したそうで。自治会を経由して、町の治安維持との名目で来栖家にも出動が掛かり。

 日給も出るそうで、子供たちも乗り気と言う。


 こんな暑い中に、本当に働き者ではあると護人も思うけど。香多奈などは、夏休みに遊ぶお金が欲しいらしい。休みの初めに多めに渡した筈なのに、既に使い切ってしまったらしく。

 そんな事実に全く悪ぶれない末妹、コロ助頑張ってねと早くも他力本願なのはアレとして。キャンピングカーを使っての、まずは山裾にベース基地造りは一応完成。

 その後ろに、続々と『白桜』のジープや消防車が停車する。


「お疲れさん、護人に来栖家の子供達……午後から天気が崩れるそうだから、野良モンスターの探索は3時で切り上げる予定だけど。暑く感じる前に、無理せず水分補給はしっかりな。

 それから、実は新しい探索パートナーのお披露目もしたいんだが……」

「えっ、新しい探索者って神崎姉妹&夫婦の事ですか? それならもう、こちら全員は顔合わせを済ましてますけど」


 そうでは無いらしい、どうも来栖家のハスキー軍団の有用性を実感した自警団『白桜』チーム。自分たちも護衛犬をと、2匹ほど町の予算で招き入れていたらしく。

 しかも護人の伝手で、ドックトレーナーの綾瀬に依頼していた模様で。痴れっと本人が、その場に試運転の見届け人の顔でいると言う。

 これには親友の護人もビックリ、何しろ前もって何も言われてないので。


「おまっ……何でこんな現場にいるんだ、幸治!? こっち来るなら、前もって連絡くれればいいのに」

「まぁ、こっちも仕事だし驚かそうと思って? この仕事あがりに、お前の家に寄っていいか、護人?」


 本当に、人を食った性格の友人である。しかしそんな綾瀬も、キャンピングカーから出て来た飛行ルルンバちゃんの存在には驚き顔。そのドローンは華麗に護人の頭上に停止して、しかもその上には猫が乗っかっている。

 誰も操作している風には見えないのに、何とも不思議な情景に。綾瀬は思わず詰め寄りそうになるのを、理性でグッと我慢してその場に留まる。

 何しろ今は、大事な商売中なのだ。


 そして相変わらず、連れて来たシェパード2匹は来栖家のハスキー犬達を酷く恐れる始末。それはもう仕方が無いと、綾瀬は2匹の精神ケアをしつつ。

 そんな事をしていると、林田兄妹と神崎姉妹&夫婦が合流して来た。挨拶合戦で騒がしくなる中、チーム分けと捜索範囲の説明が『白桜』の団長から言い渡される。

 もっとも、来栖家チームは家族メンバーで固定だけど。


 その場を仕切るのは『白桜』の団長で、それぞれのチームの探索ルートを最初に取り決めて。その後は各自の判断で、ルートに沿って野良モンスター探しをして行く流れみたいだ。

 それを決められた時間いっぱい行って、そして解散の流れなのだそう。町とは逆方向に3チーム編成での探索である、暑い中大変だけど頑張ってと言われて。

 それぞれのチームが、山の中へと入って行く。


「ハスキー軍団はともかくとして、飛行ルルンバちゃんとか活躍しそうだよね。ミケが乗ってるのは謎だけど、協力してくれる気になってるのは有り難いよね」

「そうだな、飛行ルルンバちゃんは戦闘能力が無いからな。それをミケが補ってくれるなら、探索もはかどるだろうけど……とは言え、単独行動させるのも不安だな」


 そうだねぇと心配する面々を尻目に、ルルンバちゃんとミケのペアは山の茂みを物ともせずに、山頂へと飛んで行く。それを確認して、後へと続くハスキー軍団。

 その後に続く来栖家の面々、護人は友人の安否を気にしつつ自分のチームの舵取りに専念する。ってか子供達だと藪漕やぶこぎが大変なので、先頭に立って進む役目である。


 木々のお陰で直接日光は当たらないとは言え、たちまち大汗作業でのスタミナ消費に。ついて来る方もそれなりに大変で、途端に年少の香多奈が悲鳴を上げている。

 ハスキー軍団は、その点は意欲的に先行しての探索作業をしてくれている感じ。成果こそ上がらずお昼になってしまったが、それは致し方が無いと言うモノ。

 一行は山の尾根で、取り敢えずの昼食休憩を取り始める。


「全然見付からないねぇ、こっちには野良モンスターいないのかも? 山と言っても広いからねぇ、ハスキー軍団の反応もかんばしくないし。

 どうしよう護人叔父さん、コース変えてみる?」

「変える必要は無いだろう、今回の任務はパトロールで敵の殲滅じゃないんだし。なるべく広範囲を探索して、その結果敵を見掛けなくても仕方がないさ。

 午後も尾根伝いにもう少し進んで、それから引き返そう」


 戦闘が無いと盛り上がらないよねぇと、姉妹で物騒な事をささやき合っているけど。護人に言わせれば、そんな盛り上がりは欲しくなどない。

 もし野良と遭遇しても、ハスキー軍団が活躍してくれれば喜んで譲る所存である。しかも野良モンスターの中でも、ネズミやスライムとか弱い敵は隠れる習性を持っていたりして。

 探し出して退治するにも、結構大変だったりするらしいのだ。


 ダンジョンで遭遇したら、別に放置でも全然構わないのに。本当に野良退治は厄介極まりない、そう護人は思いつつ。他のチームの状況を聞こうにも、山の中なので電波が届かない。

 お昼のお弁当は、自治会の差し入れで人数分用意されていたけど。紗良も一応サンドイッチを用意して来ていて、それも旺盛な食欲の子供達が平らげている。

 大半は、香多奈がこっそり犬達に配っているけど。



 その後の探索だけど、結果的には野良を発見したのはたった1度だった。ミケとルルンバちゃんチームも、いつの間にか遭遇戦をこなしていたようで、魔石を回収していたけど。

 離れた場所だったので、とんと気付かず魔石の存在で後から知った次第である。こんな事はたまにあって、特にツグミとかが『影縛り』でキープして姫香に差し出してくれるのだ。

 ハスキー軍団の自宅警護は、野良相手でも万全っぽい。


 そして遭遇した敵も、どうやら4足歩行動物タイプだった様子。ハスキー軍団がさっさと倒してしまったので、詳細は良く分からなかったけど。

 町の住民の目撃情報の、小柄な獣人タイプとは全く違っていたのは確かで。遭遇地点からその周辺を暫く探索してみたのだが、それ以上の発見は無しとの結末に。

 どうやら遭遇した野良は、本当のハグレだったらしい。


 それからタイムアップの時間になって、来栖家チーム『日馬割』の活動は終了の運びに。キャンピングカーを停めてあった地点まで皆で引き返し、他のメンバーと合流を果たして。

 それぞれのチームの結果報告、どうやら今回は『白桜』のメインチームが当たりを引いたらしい。それが護衛犬2匹の導入のお陰かは不明だが、取り敢えず怪我人も無く終えられた様子。

 初運行を無事に終えられ、綾瀬もホッとした表情だ。


 それから短い歓談の後に、今回の山狩りはお開きとなった。天候はいつの間にか荒れ模様で、参加していた面々は口々にさっさと家路につこうとこぼしている。

 予報では台風が接近中らしく、広島では直撃なんて事態は滅多に無いのだが。それでも農家にとっては、強風が続くだけで冷や汗モノ。収穫前の稲が倒れたりする事態は、マジで勘弁願いたい。

 山の上に建つ来栖邸も、強風準備に時間が欲しい所。


 それでもお客を迎える時間程度なら、幾らでもひねり出せる。仕事を終えて近付いて来る綾瀬に対して、寄って行けるんだろうと確認をする護人。

 姫香と香多奈もハスキー軍団を紹介して貰った際には、世話になった恩人である。それぞれ挨拶を交わしながら、車に乗りこみ来栖家を先頭に車を走らせて。

 話の流れで、臨時のお茶会に神崎姉妹&旦那のお隣さんも招く事に。


 紗良はその準備に大忙しだったが、来栖家に大勢のお客を招くなんて滅多に無い事態でもあるので。香多奈などはテンション上昇で、最近のコロ助の調子を綾瀬に喋りまくっている。

 綾瀬に振られた話題なのだが、それに姫香が加わってハスキー軍団の探索力の凄さを語りまくる。それに調子を合わせてくれる神崎姉妹のお陰で、彼女の冒険譚は凄い盛り上がり。

 まるで一級冒険者の様に、ハスキー達の活躍が語られて行き。


 それを羨む神崎姉妹と旦那さん、その後無事に護人の友達の綾瀬は護衛犬の依頼を取る事に成功して。ただし探索に同行は保証しかねると、飽くまでハスキー達の異常性を強調する。

 それから天候はどんどん悪くなり、お茶会も早めに切り上げる流れに。それぞれにお土産を持たせて送り出す頃には、家の外はかなりの強風が。

 これはひょっとして、久々の台風直撃コースかも?



 8月のお盆過ぎに発生した台風は、広島に直撃こそしなかったけどそれなりの猛威を振るい。子供たちのテンションを無駄に上げつつ、半日余りで過ぎて行った。

 雨もそれなりに降ったので、近場の山の土砂崩れなどを心配しながらも。家の近辺は、幸いにもそれ程の被害も出ていないようで、見回りから戻ってホッとする護人。

 家族にそう報告しながら、家畜の様子を訊いてみると。


 香多奈がプンプンした顔付きで、まだ風が強いのに茶々丸が脱走して外を走り回っていたと憤慨して答えて来た。取り押さえるのに相当苦労したそうで、泥だらけになったと怒っている。

 それは大変だったねと、同じく泥だらけのハスキー軍団を眺めながら護人はいたわりの言葉を掛けて。そんな事をして午前中を過ごしていると、護人のスマホに突然の着信が。

 何と自警団チーム『白桜』から、連日の呼び出しである。


 内容は何と、地元の高校生がこの夏休み中に、親に内緒でダンジョンに突入したとの大事件で。しかも現在、こっそり突入が目撃されてから、1時間以上が経過しているらしい。

 場所は“駅前ダンジョン”で、近所の人が怪しい動きの高校生3人組を、偶然見掛けていたそうだ。武器らしきものを手に、人目を忍んだ動きは逆に目立っており。

 気になった近所の人が、自警団へと通報したそうで。


 そこからバタバタと事態は進行して、救援に突入すべきかとの話になって。そうする場合に速度と人手は欲しいと、護人のチームにお呼びが掛かったそうである。

 ってか、護人と言うよりはハスキー軍団の能力だろうか。高校生たちが万一ダンジョン内で、遭難していたり自力で戻れない事態に陥っているとして。

 確かに救助の人数は、多い方が良いかも知れない。


 これは子供たちを同伴させるべきではないと、護人は探索着と道具を抱えてレイジーを呼び寄せ。それから乗用草刈り機型のルルンバちゃんを、何とか白バンへと搭載して。

 留守を紗良に任せて、付いて来たがる子供たちを何とか押し留め。そうして15分後、護人の運転する白バンは日馬桜町の駅前に到着する。

 現場はジープや消防車、更には救急車の出動で騒然としていた。


「済まんな、護人……すぐにでも潜れるか、恐らくは浅い層だと思うんだが。先発隊は、既に4人チームで潜って捜索に当たってる最中だ」

「取り敢えずルルンバちゃんを連れて来ました、これで重症者がいても運ぶのは楽になる筈です。階段を上がり降りするのは無理なので、そこだけは手伝って下さい」


 細見団長はすぐに了承して、護人とレイジーを含んだ第2陣がすぐに潜る事となった。時間を掛けると子供の生存率は低下するが、焦り過ぎて失敗しても元も子もない。

 そんな訳で護人とレイジーを待っていた細見団長だったが、先行させていた団員たちが今回は殊勲を上げた様子。って言うか、2層への階段で合流出来た。

 回収した3人の高校生は、全員無事では無かったけれど。


 辛うじて命は取り留めていた模様で、護人は持参したポーションを鞄から取り出す。男子生徒たちはろくな装備も着ておらず、全員が血塗れの酷い状態。

 恐らく彼ら、1~2層は何とか突破して、3層辺りの魔法ゴブにやられたのだろう。知識や装備が無いと、ダンジョンは侵入者に牙を剥く良い例である。

 護人の持参したポーション程度では、とても全快には程遠かったけれど。


 それでも何とか、傷口は塞がってくれた模様で。これなら無理しなければ、失血死には至らないだろう。男子生徒の2人を無理やりルルンバちゃんに乗せ、残りを隊員で抱え込んで。

 大急ぎで地上に向かうメンバーたち、その顔色は明らかに安堵した表情になっている。最悪を想定していた細見団長も、しきりに護人に礼を述べていて。

 何しろ自警団には、ポーションの在庫が殆ど無かったのだ。


 普段は当然あるのだが、それも結構難しい問題で。隊員の中には、ランク上げして減税等の恩恵を受けたいと思っている者が少なからず存在するのだ。

 それなら休日に率先して潜れよと思うかもだが、万が一本業に差し支えても本末転倒で。自警団的には推奨していないと言う、まぁ言ってみれば当然のルールが存在しており。

 稼いだポーションや魔石は、大抵は売ってしまうと言う習慣が。


 そんな訳で、今回のようなケースで護人が招集された訳である。探索要員と言うよりは、薬品の在庫に期待されて。護人も積極的には紗良のスキルを公開してないし、まぁポーションくらいは安いモノである。

 ようやく出口に辿り着いた時には、既に町民が野次馬と化して周辺に集まっていた。もちろん若い衆の安否を心配しての事で、次々に救急車に担ぎ込まれる姿には、悲鳴のような声があちこちで上がっていた。

 こんな大騒ぎになるとは、好奇心で探索に潜った当人達は思ってもいなかった筈。





 ――悲しいかな、これも“大変動”以降の世界では日常だったり。








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