第82話 3度目の青空市も、大盛況で幕を下ろす件



 さて、来栖家が迎える3度目の青空市が開催されようとしている。今回も準備はバッチリ、売り物用に収穫した夏野菜やら植松の爺婆じじばばが漬けた漬け物を、借りたブースに大量に用意して。

 そして探索での回収品も、今回は割と良品を揃える事が出来た。7月に探索に赴いたダンジョンで、秘密の宝物部屋を探し当てたのが大きい。

 売り子の姫香と紗良も、張り切ってブースに座っている。


「今日もたくさん売ろうね、紗良姉さん! 売る品も今回は多いから、売れ残らないように頑張らなくっちゃ!」

「そうだねぇ、まだ開始前なのに今回も人が多そうだもんね……お客さんいっぱい来るんなら、今回もどんどん売って行こう!」


 気合いが入りまくりの両者を、今回も後ろからサポートする立場の護人と香多奈。犬達もリラックスして、用意したテーブルの側に寝そべっている。

 今回も人が多いねぇとか喋っている間に、前倒しで青空市はスタートしたらしい。毎度の広場に人が雪崩れ込んで、ちょっとパニック模様。

 そして来栖家のブースにも、早速の来客の嵐が。


 慌てて応援に出向く香多奈だが、その盛況ぶりは前回よりも凄まじかった。世間に拡がる食糧不足の問題は、どうもまだ改善されていないのかも知れない。

 協会の指導を受けて、あまり安売りに拘らないようにした今回の出店だったのだけれど。それでも1時間と経たずに、用意していた夏野菜と漬け物は売り場から消えてしてしまった。

 ついでに、ダンジョン産の缶ビールとカップ麺のケースも完売。


 あまりの勢いに、やや茫然自失気味の売り子の娘さんたちだったけれど。ブースに売り物が無いのは不味いと、正気を取り戻した姫香がドロップ品の数々を、寂しくなったテーブルに並べ始める。

 こちらも今回は種類も豊富で、結構見ても楽しい品揃えだと自負しているアイテム類だ。目玉は当然『オーブ珠』で、スキルの書も何と3枚もある。

 これらが完売すれば、軽く100万は超えると言う。


 他にも何故か家電や食器、更には金貨や銀貨までブースに並ぶ混沌模様はいつもの事として。武器や防具の類いも、今回は微妙に多かったりする。

 ここら辺は恐らく、近辺に専門店も無いし値段も適正より安い事もあって。自衛手段にと、一般の人々が眺めて行くパターンも結構多くなって来ていて。

 安い値段の黒石の斧と黒石の槍が、早々に売れて行った。


「おおっ、まだ午前中なのに探索で回収したアイテムが売れて行ってるね、紗良姉さん。この調子だと、午後も期待が持てるかなっ?」

「どうかなぁ、やっぱり食料品は売れ筋だけに強いけど……武器とかスキル書は、使う人を限定しちゃう商品だからねぇ?

 腕時計とか照明器具とか、そっちの方がまだ売れるかも?」

「あっ、友達が来たっ……お姉ちゃん、呼ばれたから一旦抜けるね? 叔父さんっ、友達と遊びに行ってきま~す。

 コロ助も行くよ、おいでっ!」


 人混みの中に友達が手を振ってるのを発見した香多奈が、ここにて戦線離脱を告げて遊びに出てしまった。元気について行くコロ助、それにビビッて人混みに道が出来るのが面白い。

 そこからやや停滞気味の時間が流れ、紗良の予想通りに商品の売れ行きはイマイチに。それでも鋼の草刈り鎌と腕時計が2本、それにフライパンが売れて行って。

 先程のラッシュには負けるけど、まずまず売れ行きに貢献してくれた。


 今回は安佐南の怜央奈は来ないらしい、その事は既にラインで知っている2人だけど。代わりにブース販売で奮闘している2人の姿を、写真で送ろうと暇な時間を楽しむ姉妹。

 2人が現在着ているのは、“市民球場ダンジョン”でお土産にと獲得したカープの夏用ユニフォームである。往年の選手名に、地元のおっちゃん連中が反応してくれるのが面白い。

 売り子は目立ってナンボとの、姫香の作戦は今の所大当たり。


 それからは暇な時間が過ぎ、午後に探索者がお客に来てくれるのを祈ろうと。お馴染みの昼休み中の札を出して、2人が昼食に赴こうとしていた矢先の出来事。

 何と今度は、姫香の元同級生がブース前に出現した。


「おっ、来栖じゃん、久し振りだな! お前探索者なんかになったのかよ、なんだこの珠……60万とか、凄ぇボッタくりじゃんかよっ!?

 こっちの薄汚い紙とか、30万もすんのっ……!?」

「うはぁ、探索者って儲かるのか……ダンジョンに入って、敵を倒すだけでいいんだろっ? こりゃあいい情報仕入れたな、俺ら夏休みで暇してたんだよ。

 ちょっと小遣い稼ぎに入ってみようぜ、俺らならイケるじゃん?」

「バカ言ってんじゃないわよ、勝手に入ったら大人に怒られるわよ? ってか、死ぬ危険もあるって分かってるの、親が泣くわよ?

 どうしてもってんなら、入り口に協会の職員がいるから。説明受けたり、探索者の免許の取得条件とかちゃんと聞いてからにしなよ?」


 姫香のアドバイスを、笑って聞き流す男性3人組。彼らは姫香の小学生からの同級生だが、お調子者の集まりで中学生活の後半では、すっかり不良と化していて。

 その癖、高校にはしっかり通っている半端者と言うのが姫香の心の中での評価である。両親も健在なのに甘えが抜けないのは、“大変動”の酷さを経験した者からすれば軟弱に見えるかも。

 それでも小学生からあだ名で呼び合った仲、馬鹿な真似はして欲しくない。


 尚も高校行くのかったるくてさと、愚痴モードに変じた軟弱な幼馴染たち。不穏な空気を感じたのか、後ろに控えていたレイジーとツグミがぬっと姫香の側に身を寄せて来た。

 それに思いっ切りビビる男子たちは、儲けたらなんか奢れよと捨て台詞を残して去って行った。やや憤慨気味の姫香は、アレが高校に進学した奴らの慣れの果てだよと愚痴をこぼす。

 自分の進路の正当化だが、まぁあながち外れでは無いなと紗良も思う。


 それから気を取り直して、2人は護人を誘って昼食を取りに屋台方面へ。今回も割と大盛況な様子で、順番待ちまでは行かないけど人混みは凄い。

 そこで手分けしての買い物を終え、3人は戦利品を手に自分たちの陣地まで一旦戻って来て。今回は家からお握りも持参しているので、簡易ながら食卓は賑やかだ。

 そこに香多奈も戻って来て、仲間外れに憤慨した模様。


「遊び惚けてた癖に、何でアンタのお昼の心配までしなきゃいけないのっ。大人しく貰ったお小遣いで、勝手に焼きそばでも買って食べてなさいよ、香多奈」

「ひどいっ、お姉ちゃん……こんな事言うんだよっ、叔父さんっ! 友達に誘われて、ちょっと出掛けてただけなのにっ!」

「喧嘩しない……ほら、これはちょっとしか食べて無い奴だから、これを食べなさい。今日はお握りもあるから、充分に足りるだろう?」


 子供たちに甘い護人は、そう言って末妹を宥めすかす。香多奈はそれだけで機嫌を直して、護人の膝の上に腰掛けて。彼の食べかけの焼きそばを、遠慮なしに食べ始めた。

 それを明らかにムッとした表情で眺める姫香、この甘やかしには納得がいってない様子。そもそも妹が、叔父の膝を占領しているのすら気に入らないのだ。

 それに気付いた紗良が、さり気なく姫香をフォローする一面も。




 そんな賑やかなお昼休憩を過ごしながらも、2人の視線は自分たちのブースをしっかりチェック。お客が訪れたら、すぐに対応出来るようにである。

 そして午後のお客第一号は、程無く訪れた。すかさずブースに戻って、商品を並べ始める2人。そのユニフォーム姿に驚きながら、声を掛けて来たのは前回も来てくれた『ジャミラ』の面々。

 確か佐久間と言う名前のリーダーの、近くの町の探索者チームだ。


「あっ、ようこそいらっしゃい。今回もチームで来て下さったんですね、今回は『オーブ珠』とミスリル装備が目玉ですよ!

 どちらも60万円とお得価格ですけど、いかがです?」

「ああっ、E‐動画で活躍は観たよ……秘宝ゲットおめでとう、あやかりたいね! 今回も実は、出来ればMP回復ポーションを融通して欲しいんだけど……。

 あと、余ってたらルキルの実も幾つか」


 それはやっぱり護人叔父さん案件だと、後ろに控える護人へと潔くパスする姫香。そして今回も500ml分と、ルキルの実を4個売って貰えて嬉しそうな女性メンバー。

 メンバーの前衛らしきゴツイ体格の若者は、未練たらしくミスリルの剣を眺めていたけど。過剰な安売りは協会の能見さんに怒られるので、自重しようねと2人で話し合っていたり。

 結局、チームの財布の紐はこれ以上緩まず終い。


 ところが、次に訪れたチームは金満と言うか探索で儲けいるようで。何と広島の研修で顔を合わせた事のある、『麒麟』の淳二がチームを率いて来てくれたようだ。

 E‐動画も観ていたようで、来栖家チームが前回の探索で大当たりを引いたのを知っている様子。お目当てはオーブ珠だと開口一番、値段によってはミスリルの剣も購入予定との事。

 そして相性チェックのお試しで、見事に3人目の若者がゲット!


 大喜びのメンバー達と、恒例のアフターサービスの妖精ちゃんチェックの流れを勧めて。今ならまとめ買いで、ミスリルの剣もお安くしますよと紗良の営業トーク。

 そして2点で115万のビックビジネスを、正味5分でまとめ上げ。


 それでも両者はウィンウィンで、別れ際も終始にこやかな雰囲気だった。護人と淳二も名刺交換をしたようで、チームの前衛役の若者が得たのは《力場》と言う特殊スキルだったようだ。

 しかし目玉商品が2個とも無くなっちゃったねぇと、割と呑気な紗良の言葉に。今回も姉さんのオマケのグッズで、何とか売り上げを伸ばそうと姫香の返事。

 実は紗良は、今回もフェルトの人形を幾つか作ってあったのだ。


 さっきあげれば良かったねぇと、相変わらず呑気な紗良だけど。次のお客が間を置かずに訪れて、にこやかな営業トークへと早変わり。

 そう言うのが苦手な姫香は、ひたすら感心して見ているけど。どうも今回の客は、魔法のアイテムの研究職の人らしかった。どこの企業勤めかは不明だが、3人で熱心にアイテムを眺めている。

 購入意欲はあるようで、色々と質問が飛び交って。


 そして結局、前回売れ残った部屋の除湿効果のある金魚の置物と木のワンドを売りつける事に成功。それから魔法効果の照明器具も、割引して買い取って貰って。

 正直言うと、木のワンドの魔法効果は曖昧なのだけど。向こうが興味を示したので、3点で15万で売りつける事に成功して。おまけにと、フェルトの人形と腕時計もプレゼント。

 両方とも喜んでもらえて、まぁこれも良い取引だった。



 それからバッタリ、探索者の来訪は途絶えてしまって。まだミスリル防具やら、鋼の武器やら残ってるのに寂しい限り。もっと言えば、こちらも目玉のスキル書が3枚も残っているのだ。

 実は上級の鑑定の書を使えば、スキルの内容は判明するらしいので。そうすれば売れやすくなりますよと、能見さんからも助言を貰っていた2人。

 それとも追加で、何か別の商品を出品しようかと相談するも。


 何しろ宝石やら、大振りの魔石は売りに出していないのが現状である。ただそれらを提示しても、人が寄って来るかどうかは微妙な所。諦めてお店畳もうかと、相談していると神崎姉妹がふらっと遊びに来て。

 その後ろには、何故か林田兄妹と自治会長の峰岸までいる。おまけに自衛団『白桜』のメンバーも、数人いるとなるとただ事ではない。

 どうしちゃったのと、護人もブースに詰めてのお伺い。


「いや、今回何とか町から予算を捻出してな……ウチの町の探索者達の、レベルアップをスキル書で計ろうと言う話になったんじゃよ。そんで護人の所の、売り上げにも貢献しようと。

 まぁ、知り合いっちゅう事で、安くなったら嬉しいんじゃが……」

「ああっ、それは全然構いませんが……確かにスキルのあると無しじゃ、戦い方の幅が全然違って来ますからね。

 さあっ、どうぞお試しを……幾らまで下げられるかな、紗良?」


 紗良は可愛く小首を傾げて、3つで80万でどうでしょうと営業スマイル。自治会長との値段交渉の合間、スキル書は3枚とも反応すると言う嬉しい結果に。

 『白桜』のスキル所有ゼロのメンバー2人と、林田妹がそれぞれめでたくゲットして。姫香の案内で、妖精ちゃん鑑定へとキャンピングカーに案内されて行く。

 値段交渉も、鋼の武器×2個オマケで80万円でまとまってくれた。



 これ以上はお客も来ないかなと、店を畳んで企業ブースへと揃って向かう来栖家チーム。今回のメインは、ゴーレムから入手した鉱石を売りに出す事くらい。

 他は特に無いので、気楽に売り物を見て回る位だろうか。紗良の長年の願いだった、ペット用のベスト製作布地も研修旅行で入手出来てしまったし。

 そんな訳で、各々が気儘に商品チェック。


 護人も鉱石販売を早々に終え、今回の結構な儲けの総額にちょっと醒めた思い。命懸けの探索とは言え、こんなに儲けが出るとは最初の頃は思っていなかった。

 生活の事だけを考えれば、探索1本で家族4人が充分に食べて行ける程には儲かるけど。だからと言って農業を辞めれば、あっという間に田畑が荒れ果てて大変な事になってしまう。

 それを見るのは、本当に忍びないと護人は思う。


 そんな事を考えていたら、不意に香多奈が大声を上げて護人を呼んだ。近くにいた姫香も寄って来て、これは良いねとすかさず購入を勧めて来る。

 それは俗に言うドローンだった、広域ダンジョンでは遠方の偵察に役立つそうだ。使っている探索者チームもいるそうで、こうして商品に並んでいるのだとか。

 ところが香多奈の考えは、ルルンバちゃんにどうかなって意見らしく。





 ――お掃除AIロボにお土産って、どうなのと思わず躊躇ためらう護人だった。








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