第78話 研修会最終日を、何とか無事に迎える件
慣れないベッドで2泊するとか、姫香にとっては新鮮な体験には間違い無いのだけれど。もう1泊どうと聞かれたら、食い気味に結構ですと答えるだろう。
既にちょっとホームシック気味で、こんなに近くに仲間がいなければ泣き出していたかも。つまりは昨日の夜も、一部屋に5人で宿泊したのだった。
お陰で端っこで寝ていた姫香は、腰が少々痛い。
それでも今日の夕方には愛しの我が家へ帰れると思うと、それだけで元気になれる姫香である。今日の予定を思い出そうと、もそもそと起き出して最初に貰った研修の日程表を確認する。
それによると、今日は9時にホテルを出て広島市の『探索協会』の建物にお邪魔するらしい。そこで最後の講座を受けて、ようやくお開きとなるみたい。
最後に協会の本部に寄るのは、アイテム等の説明があるからだとか。
探索に便利なモノも売ってるから、お土産の購入にもどうぞみたいな事もしおりに書いてあった。一応は今でも広島県の県庁所在地、協会の建物も大きくて販促も凄いそうである。
期待して良いのかは不明だが、叔父の護人からお小遣いもたっぷりと貰っている手前。ダンジョン産の無料のユニフォームだけでなく、何か良い品を買って帰りたいと言う思いも。
妹の香多奈も、恐らく手抜きと文句を言うかもだし。
そんな事を考えていると、他の面々も順に起きて来た。朝の挨拶を交わしながら、何となく支度を始める一行。今夜も見張りに立った魔人ちゃんの話によると、ドアの向こうで怪しい動きが何度かあったとの報告が。
会話が上手く通じないので、詳しい状況は良く分からないのだが。どうも軽く脅しておいたらしい、そんなニュアンスが伝わって来て。
姫香はお礼を述べて、気配を消しておいてとお願い。
魔人ちゃんのエネルギー消費方法に、実は透明化と言うモノがあるらしくって。ランプから離れられなくなるのだが、維持時間は伸びるそうな。
昨日の探索も軽い手助け程度だったし、異界の不思議生物のスタンスは皆そうなのかも。べったり過保護の手助けは、成長の妨げになると良く知っている気配が。
とにかく旅行中の大事な護衛役なのだ、意志疎通はしっかりと。
そして慌しく身支度を始める女子チーム、洗面所を使いに自分の部屋へと戻ったり、着替えて軽くストレッチを始めたり。姫香的には、毎朝の家畜の世話や朝の運動が出来ない分、物足りない思いが。
時間は充分あるのだが、知らない土地でランニングしたりの単独行動はちょっと怖い。早く家に帰りたいなと、紗良とこの後の予定などを話し合って。
それから皆で揃って、食堂で朝食をとる。
「えっと、9時にホテルのロビー集合らしいから、それまで1時間以上あるね。何しようか、ちょっと近くを散歩とかしてみる?」
「あっ、それ良いねぇ……地元の怜央奈ちゃんがいるんだし、迷子にはならないだろうから。せっかく市内に出て来たのに、講座ばっかりで観光出来て無いよ」
研修旅行は今日の午後で終了なので、午後は丸々フリーなのだが。愛しの我が家に帰る気満々の姫香は、特に市内を見て回るつもりは無い様子。
それを察した紗良は、怜央奈の提案に乗ってみる事に。みっちゃんと陽菜も異論が無いようで、一同は外出準備を整えてホテルを出る。
そして怜央奈の先導で、街中を1時間程度散策して回る。
とは言え、市内の有名な観光地は駅から離れた街中にある。路面電車で移動してたら、1時間では戻って来れないので。怜央奈は思案した結果、現代美術館やまんが図書館のある比治山公園に向かう事に。
駅から割と近いし、公園なので散策が楽しめる。とか思っていたら、複雑な街の入り組んだ道路事情に、うっかり迷いそうに。必要以上に時間を取られて、敷地内の建物を眺めてすぐに戻る破目になってしまった。
地元とは言っても、実は市内の事は怜央奈も良く知らなかったのだ。
それでも他の面々は、駅近くに
挙句の果てには、初めて見た路面電車を写真に撮っている始末。とんだおのぼりさんだが、その傾向は姫香とみっちゃんが一番強かった。
まぁ、大きな公園と図書館にも感動して貰えたので、怜央奈も一安心だった。
「そもそも広島市に路面電車が通ったのは、この土地の地盤が弱いせいで地下鉄を掘るのが難しかったせいなんだよ。ほら、市内には橋が多いでしょ……元が三角州の上に発展した街だからね。
ずっと後にアストラムラインも出来たけど、それは今は動いてないね」
「へえっ、そう言う経緯なんだ……姫香ちゃんは高校行ってないから、これが修学旅行みたいなモノかな?
午後もまっすぐ帰らずに、市内観光とかして行く、姫香ちゃん?」
「ええっ、いらないよっ。適当にお土産買って、さっさと帰ろう、紗良姉さん」
「……姫香はもっと、行動派だと思ってたけどな」
陽菜の呟きに、すかさずね~っ? と同意する怜央奈である。ホームシックなんスかと、ずけずけと訊ねるみっちゃんの性格は、ある意味さすがなのかも知れない。
実習訓練を終えて完全にお気楽な一行は、何とか時間内にホテルに戻り付いて。その頃には既に、ロビーで出発を待つ人影がチラホラ窺える状況に。
女子チームも、慌てて部屋を畳んで荷物を手に降りて行く。
それから簡単な点呼をして、応じた順に小銭を貰って路面電車で移動するらしい。紙屋町で降りて下さいと念を押され、そこら辺は地元民の怜央奈にお任せに。
任された彼女は、完璧に協会本部の場所を知ってるとの事。案内役を買って出て、無事に時間内に協会へと移動を果たす。路面電車に初めて乗った面々は、ちょっと感動しながら流れる街並みを眺めてみたり。
今や大半のビル群が、“大変動”以降は稼働してないとしてもだ。
「ここが広島市の探索者協会だよ、半分は県庁とかお役人の建物だけど。えっと、案内板が出てるね……みんな、こっちだよっ」
「えっと、この奥が広島城なんだ……今はダンジョン生えてるんだっけ、観光名所はどこも軒並みダンジョン化してるよねぇ」
紗良がそう言いながら、道路の奥を背伸びして眺めようとしている。その位では見えないのだが、まぁ気持ちは分かる。それを見て怜央奈が、知ってる広島城の豆知識を披露する。
毛利さんが築いたとか、一度原爆で完全倒壊して再建されたとか。別名は
何しろ広島の西区は
面白いねぇと皆の評価は上々で、怜央奈の株は急上昇である。そんな話をしながら、元県庁の敷地を目的の建物を探し当てて入って行く一行。
日馬桜町の協会とは大違いで、建物が大きくて何と6階建てである。中には資料室や物販コーナー、そして会議室などもあるらしく田舎のそれとは規模がまるで違う。
ちなみに今から向かうのは、会議室らしい。
そこで行われるのは、今回の研修旅行で最後の講座だとの事で。姫香たちが着席すると、研修生の人数はおよそ半分程度が埋まっている感じ。
全員が揃うには、もう少し時間が掛かるっぽい。
その間に女子チームは、怜央奈から広島市の豆知識を絞り出しての楽しいお喋りタイム。路面電車の路線は、実は宮島口まで伸びているんだよとか、知識を総動員してそれに応える少女。
そんな事をしている間に、席は埋まって協会の講座の準備も整った模様。今日はサポートの級の高いランカーはいない様子、何日にも渡って縛っておくのは料金的に厳しいのかも?
その代わり、配られたテキストは気合いが入っていた。
まるで学生の頃に戻ったようだと、紗良はちょっと興奮する。女子チームの面々だが、実は高校に通っている者は1人もいなかった。姫香と紗良以外は全員が、探索者で生計を立てているそうである。
稼ぎはまぁまぁのレベルで、全員が実家住まいのお陰で暮らせて行けているそうな。最深到達層は7~9層で、恐らくこの研修に参加した若者の大半がそんな感じなのだろう。
レベルも一桁で、ペーペーの1年目の若葉マーク付き探索者だ。
そんな若者たちの死亡率を何とか下げようと、探索者支援協会が経費を絞り出して開催したのが今回のこの研修会である。来年以降催されるかは、未だ不明と言うか今年の結果次第らしいけど。
初回だけあって、カリキュラムも何だか定まっていない感じも各所に見受けられる。ホテルまで取っての2泊3日なら、もっと講座とか詰め込めるだろうと紗良は思うのだが。
開催する側からすると、80人以上の若者を取り仕切るのは大変なのかも。
そして始まった最後の講座は、まだ若い協会のスタッフが取り仕切ってテキパキと進行して行った。内容はダンジョンで入手出来るアイテムだとか、探索に関わる武器や装備だとか。
軽く武器講習が始まって、身の丈に合ったモノを選ぶ大切さをガツンと演説。この人も探索歴があるのかも、普段モンスターを相手にしていれば、80人の若造の視線など物の数では無さそう。
そして何より、武器の扱いも堂に入っている。
講習はサブウェポンも大事だよって話になって、その通りだと頷きながら聞いている女子チームの前衛陣。ゴーレムとか硬い敵に遭遇すると、刃物などは役に立たなくなるのだ。
そうならないように、事前情報の収集ももちろん大事ではある。命は一つしかないのだから、くれぐれも大事にしてくれと講師の言葉に。
そう言えば初心探索者の死亡率、3割以上って最初に言われたなと姫香の感想。
防具も命に直結するのでもちろん大事、せめて正規の品は揃えて探索に臨みたい。その辺の手抜きは初心者にはありがちだが、命が大事ならお勧めはしない。
せめて先行投資に、防具は揃えておきたい所。
そして探索で得たアイテムだが、何故か我々の生活に便利な品がとても多いそうだ。その上に武器や防具、探索をサポートするアイテムも数多くドロップする傾向があって。
それが何故なのかは未だ判明していないが、ダンジョンとはそう言うモノと割り切って。アイテム鑑定を有効に使って、魔法の装備やスキル書で自己強化して行って欲しい。
それが結局、生き延びる道に繋がる事になる。
「スキル書やオーブ珠の取得は、言わば技術の継承作業と言い換えられます。我々の常識だと、人生の先達……この場合は親御さんやご先祖様ですね、から継承出来るのは家や土地等の固形物に限られます。
ところが先に述べた2つは、恐らくは先達の技術や魔法を短時間で継承出来る訳です。強力な探索技術を棚ぼた式に得て、調子に乗る者も少なからず存在しますが。
スキルの悪用など言語道断、見付けたら協会が取り締まります」
なるほど、いかにも青少年の育成目的の講座である。各所で釘を刺すのを忘れない、ってかそう言う事例が恐らく結構あるのだろう。
姫香や紗良に至っては、そんな思いなど欠片も存在しない。家族の役に立ちたいって純粋な想いが100%の良い娘たちである。
ただし、そんな子供達ばかりとは限らないのが辛い所。
講座の内容は、段々と応用編へと入って行った。具体的に魔石やポーションが現代ではどのように生活に根付いているのかとか、その価値や流通などについてとか。
スキルについても、所得した奴はレベルと共に強化される傾向があるとの話で。初めて知る話も、ちょくちょく紛れ込んでいるので侮れない。
紗良は忙しくノートを取りながら、講座を静聴する。
アイテム鑑定や、ドロップ品の巻物の話も途中に少しだけ出て来た。装備の強化に売買されたり、自ら活用している探索者チームも多いそうで。
使用に魔石を使うので、自然と赤や青の色付きの魔石は高価になるそうだ。ただしその術を施した装備や武器は、魔法の品と
これらは協会の物販コーナーでも、多数取り揃えているとの事である。
時間は割とあっという間に過ぎて行き、興味深い話も所々に散りばめられていた。広島市の探索事情などや、A級ランカーの武勇伝なども話題に上って。
姫香の感想としては、護人叔父さんも直に追いつくけどねといった所。そして最後に、今回の2泊に渡る研修会の感想を、是非お願いしますと用紙を配られ。
これを提出した端から、解散して良いらしい。
「わおっ、もう終わり……? 意外と短かったね、それじゃあ感想書いて帰ろうか」
「グルーブラインも作ったし、それでもいいけどぉ……寂しいじゃん、もうちょっと余韻に浸ってみんなで何かしようよ、姫ちゃん!」
「そうだねぇ、私は個人的に協会の物販コーナーっての見てみたいんだけど。家族のお土産も買わなきゃだし、みんなで一緒に行くのはどう?」
怜央奈のおねだりに、紗良がさり気なく提案を掲げる。このチームの毎度のパターンだが、それで上手く回っている気も。それにみっちゃんも乗っかって、最後に皆で買い物する事に決定して。
急いで用紙の空白を埋めて、全員揃って会議室を後にする。室内はチームで揃って、最後の会話に興じる若者で溢れていた。他の面々も、午後にどこか出掛けようかと相談中らしい。
みんな即席チームにしては、仲良くなれていて何より。
――自分達も仲良くなれた、紗良にはそれが何よりのお土産だった。
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