第41話 初めて護人の奥の手が発動する件



 ダンジョンの構造が似通う点について、専門家と称する者たちは諸説唱えている。突飛なのを除けば、それは種の類似性に通じるモノでは無いかとの説が有力で。

 つまりは、人間は2本の足で地面に立ち、両手を器用に使う術を持つ。顔面部分には目や鼻や口、大事な感覚を所有していて、そこからの情報を脳が処理して生活をする。日本人だろうとどこの外国の出身者だろうと、基本の外見は大きく変わらない。

 肌や髪の色、それからパーツの部分に、少々差異が生じるだけ。


 それは昆虫だろうが植物だろうが、大まかに言えば通じる理論である。ダンジョンも生きていて、年と共に成長するのは判明している。

 だから似ていて当然だろうと、乱暴な意見だがそういう事だ。大抵のダンジョンは5層ごとに、通せん坊をするようにボス部屋が存在する。

 そして深層に向かう程、強力な敵が待ち構えている。


 当然、魔素の濃度も奥に行くほどに濃くなって行く。“変質”した者でも、深い層では魔素酔いを起こす事もあるそうだ。そして敵の強さに準じて、ドロップ品も良質になって行く。

 探索者が、命を懸けて深層に挑む理由がここにある。深層ダンジョン専門の探索者もいるそうで、その稼ぎは年収が億に届くとも言われている。

 そんな夢のような話を、ダンジョンは内包しているとも。



 もっとも、そんな話は来栖家パーティには、今の所は全く関係無いけれど。7層にひっそり置かれているかも知れない宝箱を、必死に目を皿にして探す子供たち。

 ここも背の高い草むらと、濁った沼地の拡がるエリアである。先ほど大バッタの不意打ちに遭い、そこそこ大慌てした後衛陣だったけど。

 そいつもミケの反撃で、こんがり焼かれてノックダウン。


 それから大トカゲと泥人形が、団体で沼地からやって来た。泥人形は護人と姫香で、大トカゲはハスキー軍団で綺麗に数分で始末して今に至る感じ。

 姫香もMPを節約出来ていて、ここまでの道のりは良い感じ。護人に至っては、未だに“特殊スキル”の発動の感覚すら掴めていないので。

 MPが減る事態も起きない、何ともつれない事情が。


「さっきのサルの化け物の軍団倒したら、この近くの敵はほとんどいなくなっちゃったね。まぁ、これで安心して宝箱を探して回れるかな?

 紗良姉さん、何か変わった場所は見当たらない?」

「えっと、あっち側に桟橋っぽいモノがあるんだけど……次の層への階段とは反対側だね、そこに古いボートが一艘泊まってるの。

 モンスターは船に乗らないだろうし、何だろうね?」


 そこは恐らく、ダンジョンの構造の一部的なナニカなのだろう。以前に潜った“駅前ダンジョン”にも放置されたトロッコがあったし、ここの4層にも掘っ立て小屋を見掛けたし。

 そういう意味では期待は持てるかもと、勇んでその方向へと向かう一行。


 沼地は相変わらず広大に拡がっていたが、この辺りから段々と水が澄んでいる感じを受け。水深も深いのか、底が見えないのは相変わらずなのだが。

 5層までの景色と言うか沼地の質とは、明らかに違って来ている。そして紗良が発見した木の桟橋だが、草むらだらけの野道を進んでようやく辿り着けた。

 喜ぶ子供たちと、そこに溜まっていた水蛭を片付けるレイジー。


 炎に焼かれて、あっという間に魔石に変わるモンスター達。ルルンバちゃんがそれを拾って、いつも通りのウィニングロードである。そして木板製の船着き場には、他の敵の気配は無し。

 先行しようとする香多奈を押し留めて、姫香が桟橋に足を掛ける。続いて護人が、周囲を警戒しながら奥のボートを目指してゆっくりと進み始め。

 危険が無いのを見定めて、後衛陣も後に続く。


「敵はもういないみたいだね、まぁ水の中までは分かんないけど……ボートだけど、良く分からないモノが幾つか置かれてるね?

 槍とか釣りの道具とか、そんな感じの奴」

「どれか魔法のアイテムだったりしないかな、姫香お姉ちゃん? この間のトロッコみたいに、凄いアイテムが紛れ込んでるとかさ。

 そのお魚を入れる網の籠とか、凄く怪しくない?」


 末妹のはしゃぐ指示出しに、応えようとした姫香だったけど。水の上に浮かぶボートに乗るのは危ないと、護人が代わりにそれに足を踏み入れる。

 公園の池とかで、よく見掛けるタイプの2人用のボートである。香多奈の言うように、魚籠びくやら魚突き用の銛やら何かの木箱やらが、雑多に置かれている。

 特に確認もせず、護人はそれを桟橋に放り上げて行く。


 その中には古びたペットボトルもあって、中にはMP回復ポーションが入っていた。これだけでも有り難い、木箱には何かの苗が4つと木の実や金魚の置物が混じっている。

 底の木箱は空っぽで、枯れ葉とかゴミしか入っていなかった。置いてあった釣り竿も頂戴と、香多奈の欲望はとどまる事を知らず。言われるままに、護人は釣り竿2本と銛2本も回収して。

 これで目ぼしいモノは、ボートの中には無くなった筈。


 安心したその瞬間を見計らったように、不意を突いてその襲撃はやって来た。あるいはそう言う罠だったのかも、喰らってしまえば同じだけど。

 桟橋の木の間から生えて来たのは、紛れも無く泥で出来た腕だった。それが一斉に数本、突然に生え出たのを目にして驚いて悲鳴を上げる子供たち。そしてボートの上の護人にも、水の中からの襲撃が。

 避け切れずに落水し、沼へと引きずり込まれる護人。


 驚きは、果たして誰のものが一番大きかったか。とにかく、パニックなのは桟橋の上も水の中も一緒である。突然に足や腕を掴まれた上に、リーダーの護人が急に水の中に消えたのだ。

 ハスキー軍団も襲撃にはさらされていて、水の中から突然出現したトカゲ獣人に槍を射かけられている。次々と姿を現す群れに戸惑い、ご主人たちの援護に向かえない。

 状況はあっという間に深刻化、その群れは姫香たちも標的に定めた様子。



 一方、水の中に引きり込まれた護人である。意外と息苦しく無いなとか思いつつも、この無体な束縛は腹立たしい事この上ないなと感じつつ。

 一体、何の権利があってこんな無礼を働くのか。苛立ちつつも相手を探すと、身体の左側にこちらを掴む大きな影を見付けた。視界はぼやけているが、強烈な圧迫感は近くに存在する。

 意外と大きいソレは、どこか見覚えがある気も。


 沼は思ったより、水深が深いようだ。なおも沈み行く護人、溺れ死ぬリミットまでどの程度あるのだろう……絶望よりも怒りにかられ、護人はそいつに殴り掛かろうとした。

 怒りがパワーを生み、それが心の中で変質する。


 不意に、左肩から力が放出された。水の中が途端に泡立ち、護人を掴んでいた存在が慌てる気配が漂って来る。そのパワーは容赦なく、こちらがやられた事を倍返しにしており。

 結果、たまらずに離れて行きそうになる敵の気配。逃がすものかと追撃の拳、いや自分の手はシャベルと盾を握ってるよなとの思考も既に遅い。

 その殴りパワーは、水の抵抗とか全く関係ナシ!


 派手な衝突の感触、そしてこちらに向けられていた圧迫感が綺麗に消え失せる感覚。気付けば護人は、手足を必死に動かして水面を目指していた。

 顔を水面から出して、思い切り空気を吸い込んで。地上の様子を確認、そちらは何とか姫香とレイジーを中心に、敵の群れを押し留めていた。

 泥の腕はともかく、トカゲ獣人はまだ結構な数が残っている。


 敵の数の多さと奇襲攻撃に、こちらの対応が後手に回ったのが相当響いているようで。攻撃力を全く持たない紗良と香多奈は、ミケを抱きかかえて桟橋の中央に縮こまっている。

 それを必死に守っている姫香と、既にMP切れでヘロヘロなミケ。桟橋前ではハスキー軍団が死闘を繰り広げていて、全員が毛皮を血に染めていた。

 水中からの不意打ちは、さすがに彼女たちも対応し切れなかった様子。


 そこに、リーダー役の護人の無事な帰還である。一気に流れる安堵の空気と、押し返せると言う希望混じりの活力。彼の不在はほんの1分少々だったのだが、姫香たちにはずっと長く感じていた様子である。

 そして水中でも武器を手放さなかった護人が、苦労して桟橋によじ登り。


「みんな無事かっ……とにかく生き延びよう、全員でスキル全開で対処しろっ! ぶっ倒れたら俺がカバーする、とにかく敵を蹴散らせっ!!」

「「「……はいっ!!」」」


 護人の号令で、気合の入ったチームの逆襲が始まった。正確には、全員が手抜いて戦いに対峙していた訳では決して無かったのだけど。

 この一戦に、倒れるまで力を注ぐ決意は持っていなかったのだ。


 そこへ来ての、リーダーの喝入れ込みの後押しである。まずはお調子者の香多奈が、その場の皆に対して大声での「頑張れ~っ!」との応援スキル付与を飛ばす。

 そして見事にMP切れで、紗良の腕の中に倒れて行く少女。ミケ共々、何とかそれを受け止める長女。しかしその顔は、さっきと違って希望に満ち溢れている。

 姫香もそれは同様で、スキル全開で近場のトカゲ獣人に襲い掛かって行く。


 小柄な泥の腕は、相棒のツグミに全て任せてしまって。彼女の『闇縛り』は、そう言う繊細な作業にはうってつけ。影から伸びる触手で、邪魔な泥腕は逆に全て絡め捕って行く。

 それから仲間に始末をして貰う為、桟橋の入り口まで引っ張って行く作業。ただしそこでMP切れ、スキル使用に慣れていないツグミは、伏せの格好でその場にダウンしてしまう破目に。

 しかしその流れを引き継ぐように、コロ助の『牙突』が敵を噛みちぎる。


 束にされた泥の腕は、それぞれ大穴を空けられ一撃で倒されて行く。香多奈の応援スキルを貰ったコロ助のパワーは、ハスキー軍団随一かも知れない。

 一方のリーダー犬のレイジーは、残ったトカゲ獣人3匹と対等に遣り合っていた。他の犬達と同様に、その身は槍の攻撃を受けて血に塗れているけれど。

 その俊敏さは、いささかも衰えていなかった。


 そこへ姫香の援護射撃が、物凄い勢いで背後から迫って来て。それが丁度挟み撃ちの格好になって、形勢は瞬く間にこちらの優勢に。レイジーの牙と、姫香の鍬の一撃で敵の2匹が即座に退場へ。

 ところが張り切り過ぎた姫香が、突然のMP切れで危うくその場でスッ転びそうに。そこを上手くフォローするレイジー。素早く反転して、最後の敵の首筋に弾丸の様に噛み付いて行く。

 そして倒れそうな姫香を、追いついた護人がしっかりとキープ。


「大丈夫か、姫香……レイジーもご苦労様、頑張ったな」

「ふうっ、MP切れで頭がクラクラするよ、護人叔父さん……」


 何はともあれ、取り敢えずは危機を乗り切った一同である。無事を祝いつつも、護人は紗良に回復作業の指示を出して。自分もMP回復ポーションを、皆へと配って回る役目を担う。

 エーテルは貴重品らしかったけど、傷を負っていた犬達には覿面てきめんの効果を発揮した。つまりは、MP回復と同時に受けた傷もえて行ったのだ。

 さすが即効性のある薬品である、その効果と価値は伊達では無さげ。


 紗良も回復スキルで、皆を癒して回るけれど。気力までは回復出来ない、例えば先ほどの護人のようには。あれこそ回復だなぁって、作業しながら紗良は思う。

 姫香と香多奈がMPを薬で回復し、場は途端に賑やかになって来た。そして子供たちは、揃って護人の異変にツッコミを入れる。何しろ知らぬ間に、肩から異物が生えていたのだ。

 黒光りするそれは、まるで甲殻で継ぎ接ぎして出来た鬼の腕のよう。


 それが部分鎧の様に、護人の左肩にまとわり付いている。水中で一体何が起きたのか、子供たちでなくても興味津々で根掘り葉掘り聞きたくなってしまう。

 そこは上手くはぐらかして、地上に戻る準備を急かすリーダー。はっきりと危険の無いと分かる場所まで、急いで戻るぞと子供たちに号令を掛けて。

 言われるまま、そそくさと戻り支度を始める姉妹たち。


「あっ、水面に何か浮かんでるよ……何だろう、どこかで見たような気が?」

「ああっ、アレは確か……ほら、この前のオーバーフローでの追跡戦で、退治した河童のお化けが落とした甲羅じゃないかなぁ?

 良く見えなかったけど、護人さんを水に引き摺り込んだのは……河童?」

「俺も水の中で、良く見えてなかったけどな。取り敢えず拾っておこう、甲羅と魔石と鑑定の書が2枚と……おっと、スキル書も1枚混じってるな」


 ラッキーと盛り上がる子供たち、それを急かして来た道を戻って行く一行。幸いハスキー軍団も、MP込みで全快した模様で足取りもいつも通りに軽やかである。

 何にしろ、この層の出来事は肝が冷えた。やはり旨い儲け話など、簡単には転がっていなかったなと思う護人である。以降は気を付けよう、罠の所在は特に念入りに。

 とにかく全員で、無事に戻れて本当に良かった。





 ――今回は特に、反省すべき事が特に多かった探索であった。






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