第26話 野良と化したモンスターから美味しいドロップを得る件



 紗良が警告を発する前に、犬達も気付いていた様子。不幸なカピバラの事は綺麗に忘れて、皆を“応援”し始める薄情な少女香多奈。支援を貰った犬達が、勇ましく川の中へと突入して行く。

 紗良の当てたライトに照らし出されたのは、ワニのような顔付きの獣人と、トカゲタイプのモンスターだった。慌てて追従する前衛陣だが、向こうはいかにも水中が得意そう。

 浅瀬の水を跳ねながら、取り敢えずは盾役をこなす護人。


 川の水はまだ冷たかったが、そんな事も言っていられない。幸いにも、ワニ獣人も大トカゲも1体ずつで数的な優位はこちらにある。

 激しく水しぶきの上がる中、まず動かなくなったのは大トカゲだった。止めを刺したコロ助は、意気揚々と川の中で勝利のひと吠え。

 そんな犬達だが、急に別の方向に警戒をし始め。


 何事かとワニ獣人を相手取っていた、護人は気を逸らす事無く注意喚起の呼びかけ。隣で戦っていた、姫香がその存在に気付いた。

 暗い川の水面から、ゆっくりと姿を現したソイツは。河童のような、2メートルを超すモンスターだった。こちらを見初めると、躊躇とまどう事無く浅瀬へと突進して来る。

 レイジーの放った炎にも怯まず、かなり強そうなオーラを放っている。


 そいつを迎え撃ったのは、鍬を手にする姫香だった。後衛を守るべく、大声を発して注意を自分に向けている。それに反応した大河童は武器の類いを持っておらず、ヒレのある掌をぶん回して来た。

 それを華麗に避けつつ、まずは防御の構えの少女。攻撃はハスキー軍団が担ってくれるし、現にその威力に敵は少々腰砕け状態に。

 数分も経たない内に、ワニ獣人を倒し終えた護人も参戦。


 これで姫香が勢い付いて、一気に攻めに回り始めた。それを阻止する大河童の魔法、水の壁が立ち上がって少女を吹き飛ばす。ハスキー軍団も同じく、その牙は敵に届かず。

 騒然とする周囲の空気、気付けば護人は大河童の猛攻に一人さらされていた。紗良に借りた盾を構えて、ひたすらそれに耐える護人。それと同時に、周囲の家族の安否を確認して。

 幸いにも、姫香もハスキー軍団も打ち身程度で済んだ様子。


 ずぶ濡れなのは致し方が無い、それより大河童の次の魔法が発動した。水の膜が生き物のようにうねって、一行に襲い掛かって来たのだ。

 盾を持っていた護人はともかく、他のメンバーは大打撃を受けた模様。姫香は派手にすっ転んで、水辺の岩に頭を打ち付けダウン。ツグミに至っては、水の膜に切られて流血した様子。周囲の水面が赤い血で染まり始める。

 来栖家パーティ、始まって以来の大ピンチ!


 顔面蒼白の後衛の紗良と香多奈、思わず悲鳴を上げて現場に駆け寄りそうに。それを制したのは、誰あろう紗良に抱えられていたミケだった。

 華麗に地面に降り立つと、ミャアと少女たちにひと鳴きして。それから暗闇の中の戦闘を見据えて、自らの力を解き放つ……瞬間的に派手に光る雷光が、暗闇を縦に引き裂いて。

 それで決着はついた模様、それにしても何て威力!


 その余波を喰らって、水の中にいた前衛陣も結構なダメージを受けていたけど。這う這うの体で川の中から地面へと辿り着いた面々は、びしょ濡れ状態のままで回復を図り始める。

 慌てた様子で、回復スキルを皆に使い始める紗良は兎も角として。香多奈も大急ぎで、水に流れてしまいそうになってたドロップ品を回収に向かう。

 何しろ中には、今夜2枚目のスキル書もあったりして。


「やった、今日はスキル書が2枚も取れたよっ! それから……あっ、ここに魔石が落ちてた! 大きいね、ピンポン玉くらいあるよっ。

 後はこの、大きいけど軽い河童の甲羅みたいなのがドロップ品かな?」

「それは良いけどみんなずぶ濡れだよ、護人叔父さん……このままじゃ風邪ひいちゃう、一旦戻った方が良いと思うんだけど……。

 結構モンスターも倒したし、充分じゃないかな?」

「そうだな、そうしようか……結局何匹倒したんだっけな、取り敢えずあれだけ倒せば面目は立つだろう。紗良、荷物にタオルは無かったかい?

 もしあれば、姫香に渡してあげて」


 紗良は鞄にタオルを入れていたし、モンスターの合計討伐数もちゃんと数えていた。合計11匹で、確かに1時間でそれだけ倒せば充分な成果かも。

 濡れたのは護人もハスキー軍団も一緒だったけど、犬達に関しては全く平気そう。護人は『白桜』の団長にスマホで電話を掛けて、探索の終了を報告して。

 レイジーを促して、帰り道をエスコートして貰う。


 彼女はしっかり帰り道を覚えており、最短距離で車まで辿り着く事が出来た。その頃には護人と、タオルを貰った姫香も物凄く寒そうで酷い有り様。

 辿り着いたキャンプカーに早々に潜り込んで、濡れた革スーツを真っ先に脱ぎに掛かる。暖房を入れたばかりの室内は、それでも外気を防いで幾分か快適で。

 ようやくの事、家族で一息つく事が出来た。




「自治会長から、今夜は戻ってくれていいとの言伝を貰ったから、これで一応は探索は終了だな。みんな本当にご苦労様、ハスキー達の身体もしっかりタオルで拭いてあげてくれ。

 ああっ、まだ寒いな……車を出すまで、済まないがもう少し待ってくれ」

「本当に寒いっ、この時期に水浴びなんかするモノじゃないね、護人叔父さん」


 震えている姫香の背中を、一生懸命にさすっている紗良はともかく。言われた通りにハスキー軍団のタオル拭きを始めた香多奈は、別の事を考えている様子。

 どうやらこの空き時間に、スキル書のチェックをしてみたい様子。今夜の追跡討伐で、2枚ものスキル書をゲット出来たのはまさしく幸運以外の何物でも無い。

 もちろんそれは全部、拾った人の所有になる。


 そんな訳で、暖房を利かした車内に、香多奈の音頭でスキル書が回されて行く。その結果、早い段階でスキル書の1枚目が姫香に反応して吸収されて行った。

 それを受けて、物凄く微妙な顔付きの姫香である。何しろ護人は2枚とも、今回もピクリとも反応しなかったのだ。それは残念だし、まぁ仕方の無い事なのだが。

 最後の1枚は、何とコロ助に反応すると言う。


「わわっ、コロ助もとうとうスキル持ちになっちゃったよ……凄いね、お姉ちゃん! どんなスキルかなぁ、さっそく明日にでも試してみなきゃ。

 ってか、妖精ちゃんに聞けばいいんだった!」

「そ、そう……ついでに私のも聞いといて、香多奈。残念だったね、護人叔父さん。また今度、どっかのダンジョンにでも潜ってスキル書ゲットしようよ!

 きっと次こそ、護人叔父さんの番だよっ!」


 まるで末妹の口癖の言い方だが、姫香のいたわりの心は伝わって来た。有り難うと返しつつ、実は別にスキルなんて欲しくは無いとの本音を仕舞い込んで。

 何だか、1個くらいは持っていないと世間体が宜しくないのかなと思い始める護人だったり。家族がそれで安心出来るのなら、販売されてるモノを買ってでも得るのもアリかも?

 いやしかし、世間体の為だけに何十万も消費するのもちょっと。


 そんな考えにふけっていると、律儀にも妖精ちゃんが鑑定を行ってくれた様子。香多奈の願いは、割と何でもスンナリ応えてくれるこの不思議生物だが。

 既に家族も、この存在にすっかり慣れてしまっていると言う。


「えっとね、姫香お姉ちゃんの覚えたのが『圧縮』で、コロ助のが『牙突』だって。お姉ちゃんのはともかく、コロ助のは凄く強そうだねっ!

 お姉ちゃんも2個目かぁ、叔父さんはゼロなのにね?」

「お莫迦っ、本人の前でそう言う事言うんじゃないのっ!!」


 途端に怒り出す姫香に、慌てて逃げ出す香多奈の構図。まあまあと宥めつつ、気にしてないからと護人は口にするも。これはひょっとして、家族内ヒエラルキーの問題もあるかもと、怖い事実に思い至る家長であった。

 つまりは、今後子供たちが反抗期を迎えるにあたって。


 アンタみたいなスキルも持たない能無しに、私が止められるとでも!? みたいな情景が、ふと頭の中をよぎってしまい。いやウチの子供たちに限ってと、否定し切れない自分が心底嫌になる。

 これは少し、スキル所持について真面目に考えるべきかも。しかし今まで、来栖家パーティでゲットしたスキル書は、全部で8枚近くにのぼると言うのに。

 護人が得たスキルは、未だにゼロと言う事実……。


 違う種類の冷えが襲った気がして、思わず身体を震わせる護人。自前の毛皮を着込んでいるハスキー軍団はともかく、姫香はようやく落ち着いた模様。

 今は新たに得たスキルの、使い勝手が全く分からないとボヤいているけど。自慢のキャンピングカーの中で、下手にスキル使用などしないで欲しい。

 とか思っていると、不意にスマホに着信が。


 護人のスマホは、着替えの後に使用した結果、車内リビングのテーブルの上に置きっ放しになっていた。それを手にしたのは最年少の香多奈で、何故か勝手に通信をオンにする。

 それから普通に喋り始めて、思い切り姫香に叱責される少女。団長さんからだよとの言葉と共に、渋々とスマホを手放す末妹。

 少女にとっては、それも玩具の一つなのかも。


「はい、電話代わりました……ああ、細見先輩の方も追跡終了しましたか。いえ、川に浸かって身体を冷やしてしまったんで……そうです、もう戻る算段をしてます。

 了解しました、そちらも無事で何よりです」

「ああっ、こっちの車がまだ残ってたから、向こうを待ってると思われたのかな? 自警団の人達も、怪我とかは無かったんでしょ?

 良かったね、護人叔父さん!」


 会話内容はまさにその通りで、未だに残っていた来栖家のキャンピングカーを、気遣っての連絡だった模様。まぁ、向こうも無事に戻って来れたとの事で、その点は本当に良かった。

 他の方向に散らばった2組は、収穫に関してはほぼ無かったそうである。細見団長の隊が、辛うじて2匹ほどカピバラ型のモンスターを退治したそうで。

 大物と遭遇したのは、来栖家パーティのみとの結果に。


 ハスキー軍団が優秀だからねぇと、今夜も大活躍だった犬達を褒めるのも忘れずに。褒められたのが分かるのか、律儀に尻尾を振ってそれに応える3匹の犬達。

 ミケも凄かったよと、姫香は湯たんぽ代わりに抱いていた、腕の中のキジトラ猫を撫で回す素振り。MPを使い過ぎて消耗していたミケは、抗うのも億劫らしく。

 されるがままで、会話には参加せず。




 車はようやくの事、山の上の我が家へと向けて出発を果たして。長かった今日を締めくくるように、ゆっくりと日のすっかり暮れた山道を登って行く。

 通い慣れた道なので、細くてうねった登り坂も逆に安心すると言う。妙な安堵感に浸りながら、今夜の戦闘で怪我人が出なかった事に感謝しながら。

 短いドライブは、無事に我が家と言う安らぎの終点でお開きに。


「ああっ、やっぱり我が家が一番安心するねっ! ミケも付き添いご苦労様、最後のアレはちょっと痛かったけどね?」

「今夜の追跡は、強い敵と出逢う確率が高かったですね……オーバーフローってそうなんでしょうか、護人さん?」

「どうだろうな、いつもは2~3日に渡って山狩りみたいな事をするんだけど。多分、明日も『白桜』の手すきのメンバーは、念の為に周辺の捜索をするんじゃ無いかな?」


 それは大変だねぇと、呑気な香多奈の相槌はともかくとして。他人事では無いなと、明日の予定に敷地内のダンジョンの魔素濃度チェックを組み込む護人。

 片方はちょっと前に間引きを終えてるので、恐らくは大丈夫なはず。ただもう片方が、もう何か月も放置したままで心配の種ではある。

 場合によっては、再び家族で突入する可能性も。


 子供たちは案外喜ぶかも、最近はそんな考えもそれほど憂鬱では無い護人である。何故ならこの家族パーティの、地力が予想以上について来たから。

 それに比例して、危険度も下がって来ているのは紛れもない事実。特に、ミケやハスキー軍団のサポートが予想以上に素晴らしい。もちろん、今回のコロ助の強化も嬉しい情報だ。

 今後も大いに、頼りにさせて貰うもり。


 紗良が途中になっていた、夕食の準備に取り掛かっている。身体が冷えたから子供たちにお風呂を勧めるが、逆に護人が先に入る様に勧められて。

 言い争うのも時間の無駄だし、先にパッと温まる事にする護人。リビングでは子供たちが動き回って、それぞれ所要を片付けたり寛いだりしている。

 そして目に付いた発光体が、ふわりとリビングのはりの上に舞い上がり。


 香多奈が作ってあげた、バスケット製の自分のハウスに飛び込む妖精ちゃん。紗良がその後に手を加えたので、綺麗な布でやたら豪華に飾られている。

 それをこの上無くお気に入りの不思議生物、以来ここを寛ぎの場所に定めている様子で。つまりは彼女にとっても、この地がマイホームとなった訳である。

 何よりだと思う、家族の定義は広くって全然構わない。





 ――ペットにお掃除ロボ、異世界の妖精なんでも大歓迎だ。






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