第25話 夕方に突然、緊急呼び出しを受ける件



 今日も良く働いたねぇと、夕食前のリビングで寛ぐ姫香と護人。紗良に限っては、夕飯の準備に忙しく動き回っているけど。

 それを甲斐々々しく手伝ってる香多奈、お皿を出したりペットの餌を用意したり。お小遣いを稼ぐのもそうだが、もはや日課になっているお仕事である。

 相変わらず元気に、少女は動き回っている。


「叔父さんっ、妖精ちゃんが今夜も食事の後にデザートが欲しいって。この子は小っちゃいのに、食いしん坊だよね……。

 何か果物あったかな、無ければポッキーとかあげていい?」

「果物は、今は家に無かった気がするな……いや、桃か何かの缶詰があった筈。週末に買い物に出るから、古い食料は片付けて行っていいよ、紗良に香多奈。

 ああ、ついでに買い物の品のリストアップもしておいて」


 は~いと元気な返事は香多奈から、姫香は何か買う物あったかなと頭を悩ませ始める。田舎の常と言うか、交通の便がすこぶる悪くなった現代において。

 大きな町への週末の買い物は、恒例行事とも言えるのだ。


 農作業で汗をかいた一同は、既にお風呂を済ませている。キッチンからは良い匂いが漂って来ていて、リビングには護人のコレクションのCDが流れていて。

 いわゆる懐メロの類いだが、子供たちはおおむねそれを気に入っている。TV番組は、残念ながら“大変動”の影響でそれ以降は全く放映されていない。

 映像系は、今ではネット動画が主流となっている。


 携帯電話の電波も、余程の田舎でない限り通じるので助かっている。田舎に建つ来栖邸も、何とかギリギリ電波が届く範囲に入っていて。

 その辺は有難い、一応は固定電話も通じてはいるのだけど。電線にしろ電話線にしろ、モンスターに切断されたと言う被害が、都会田舎を問わずに結構な頻度で発生するのだ。

 そんな生活の中では、携帯電話の存在はとても有難い。




 そんな護人のスマホの着信音が響いたのと、町内の緊急放送が不意に不吉な告知を始めたのと、果たしてどちらが先だったか。一応は来栖邸からも、町内放送は何とか聞けて。

 本当にギリギリ過ぎて、内容が把握出来ない事の方が多いのだけど。緊急を知らせるサイレン音だけは、その性質上町のどこにいても聞こえるようになっている。

 不吉なその音に、身体を竦ませる子供たち。


 その原因が、護人の電話の内容と繋がるのではと察知した姫香。素早く叔父に近付いて、そこから聞こえて来る会話に耳をそばだてる。

 他の姉妹も同じく近寄って、庇護を求めるように固まっての確認作業。どうやら相手は自治会長らしい、そして自衛団の『白桜』も近くにいるとの事。

 つまりはそっち系の騒ぎらしい、一気に騒然とする子供たち。


「やっぱりオーバーフローですか、場所は……ああ、下条地区の県道近くのダンジョン。付近に家屋の数は少ないけど、厄介には違いないですね。

 はあっ、こちらにも応援を……まぁ、取り敢えず了解です」


 力になれるかは分かりませんけどと、素人なのを強調しつつ。街の大事に、知らん顔を決め込む面の皮の厚さも持ち合わせていない護人。

 チラッと子供たちに目をやれば、いち早く事態の流れを把握した彼女たちは。出動だと騒ぎ立てながら、装備を着込んだり荷物を用意したりと忙しく動き回っている。

 紗良は機転を利かせて、炊きあがったご飯をお握りにし始めている。


 本当に頭の回転が速い、感心しつつも護人は微妙な表情。何しろこんな感じで前例が出来たら、今後も危険なお仕事を自治会から依頼されること請け合いだ。

 自警団の『白桜』も出動しているのは、まぁ少なくとも良い情報だろう。ついでに新参者の林田兄妹にも、出動を要請したとも言っていたし。

 この事態の収拾を、一手に担わされるって事にはならない筈。


 恐らくは、向こうも1人でも多く人手が欲しいのだろう。その気持ちは良く分かるし、凄く嫌って程では無いのだが。前述した通り、前例を作ると今後も依頼に容赦が無くなるのが怖い。

 そんな思いを胸に、護人も装備に着替えに自室へ向かう。


 子供たちも、紗良を除いて準備は素早く終えた様子。香多奈はハスキー軍団を招集して、出動が掛かったよと良く分からない講釈を垂れている。

 姫香も持って行く武器やアイテムを、来栖家のキャンピングカーへと運び込む作業に余念が無い。何故か猫のミケも、自ら犬達の先頭に立って車に乗り込んでいて。

 心配なのか、一緒について来てくれる模様である。


 それは妖精ちゃんも同じ事、位置的には香多奈の付き人のような感覚なのかも。残念ながらルルンバちゃんはお留守番、さすがに本当の野外では運用は無理な模様。

 そのうちに、紗良が出来立てのお握りをタッパーに入れて手渡しに来た。それから自分の着替えにと、自分の部屋に慌てて飛び込んで行く。

 出掛ける用意はほぼ整った、家族は駐車場へと移動して行く。


「忘れ物は無いかな、家の戸締りと電気の消し忘れチェックもオッケーかい、姫香? 紗良が出て来たら、直ぐに車を出すからね」

「ハスキー犬達もミケも乗り込んでるし、武器も電気のチェックもオッケーだよ! 戸締りも大丈夫……今のうちにお握り食べて、護人叔父さん。

 運転してたら、食べられないでしょ?」


 それもそうだなと、素直に差し出されたお握りを口に運ぶ護人。助手席の姫香も、同じくまだ温かいお握りを一緒に食べ始める。

 香多奈も食べたそうに後ろの席から覗き込む仕草、それに反する様に今から行く場所を叔父に尋ね。下条地区だと聞いて、何となく自分の中で見当を付けた様子。

 そこにようやく、紗良が用意を整えて勝手口から出て来た。


 そこからは慌しく出発するキャンピングカー、夕昏の山間を麓の町へと降りて行く。車の後ろでは、これまた慌しくお握りを頬張ってる紗良と香多奈。

 それを物欲しそうに眺めるコロ助、アンタにはもう夕ご飯あげたでしょとの末妹の騒ぐ声がする。それから少しだけだよとの、日和った言葉はいつもの事。

 ご相伴に預かろうと、ハスキー軍団の勢揃いも実は毎度の行為。


 そんな感じで、キャンピングカーのリビング空間はプチパニック状態に。賢いけど食い意地の張ったハスキー軍団に揉みくちゃにされ、香多奈の批難の声が木霊する。

 そんなやり取りを交えつつ、車は10分程度で指定された場所へと到着した。周囲は既に薄暗くなっていて、『白桜』のジープと消防車がぼんやりと車のライトに浮かび上がっている。

 護人の覚えでは、目的のダンジョンはすぐそこにある筈。


 どうやら林田兄妹も、この非常事態に呼び出されていたようだ。彼らも内心で、この町も人使い荒いよなとか思っているのかも知れない。

 確かに他に較べて、ダンジョンの数が圧倒的に多い町ではある。穏やかとは程遠い立地、この町に住処を構えた以上は仕方が無いと諦めて貰って。

 食い物の旨さとか、そう言う長所で納得して欲しい所。


「おっ、来栖家チームの登場か……これで役者は揃ったかな、事情は既に聞いてるか、護人? オーバーフローが起きたのは、恐らく1時間前くらいだと思われる。

 溢れたモンスターは10匹前後かな、少なくとも目撃者情報ではそんな感じだ」

「なるほど、既に散り散りに移動した後ですか……どうします、先輩? こちらもチーム分けして、後を追いましょうか」

「そうだな……出来ればそちらのハスキー犬を別々に3チームに分けて、追跡役になって欲しいんだが。

 そう言う訓練はされてるのかな、ってか俺たちの指示を聞いてくれるかな?」


 それはちょっと難しそうだ、散歩程度ならともかく一緒にミッションをとなると信頼関係が何より大事になって来るし。かと言って、姫香や香多奈を別チームに選り分けるのも、それはそれで怖い。

 姫香に視線を向けると、はっきりと嫌だとの視線が返って来た。彼女の方も、リーダーの護人がいないと怖いらしい。団長も、子供ごとチームに預かって不測の事態が起きたら事だと気付いたのだろう。

 こちらのリアクションを傍から見て、諦めてくれた様子。


 結局は来栖家でパーティ1つ、林田兄妹+自警団員4人でチームで1つ。それから細見団長を含む4名のチームで、計3つの組が結成されて。

 道を外れた川沿いと、その反対側の山沿い、それから道沿いに県道を下って行くルートでの探索を3チームでする事に。団員たちがジープから、魔素鑑定装置を取り出して追跡準備。

 来栖家にあるのとは1ランク上の、高級仕様のタイプである。


 これならば、数時間前の魔素の流れを何とか分析出来るのだ。ただし確実性はそれ程には無いらしく、モンスターの魔素を正確に追える訳では無いそうな。

 他に強い魔素を放つ何かがあれば、自然とそれに上書きされる感じで。だからと言って、犬の嗅覚で確実に追跡出来るかは護人にも謎である。

 感覚的には、レイジーは事態を把握しているっぽいけど。


 香多奈の超感覚ほどには、頼りにはならない繋がりには違いないけど。こんな感覚も含めて、或いは“変質”と呼ばれている感覚なのかも知れない。

 全く分からない、護人の適当な推測に過ぎないけど。などと思っている内に、自警団の2チームは薄闇の中へと消えて行った。周囲には民家がポツポツある筈だが、避難し終えているのか家に灯りはついていない。

 後は山並みと、田植えの終わった田んぼが広がるのみ。


 県道は田舎道そのもので、他には取り立てて何もない。こんな場所にも、容赦なくダンジョンは生えて来るのだ。感慨にふけりながらも、来栖家チームも追跡開始。

 ってか、ハスキー軍団が既に始めてくれていた。香多奈のコッチだよとのアドバイスを受け、川へと下る草藪方向を指し示している。

 レイジーを先頭に、草を分けて突き進む一行。


 ブロックやコンクリートで舗装されていない川沿いは、春先にも関わらず草が元気に生い茂っていて。既に薄暗いこの時刻、歩き回るのも結構危険である。

 それでもハスキー軍団の追跡に、ほとんど淀みは無い様子。周囲を警戒しながら、後に続く護人&子供たち。ライトを複数活用しながら、敵影を探して進む。

 そして15分後に、最初の遭遇戦が。


 野外でのモンスター戦は、実は敷地内での最初の戦闘以外では初のメンバー達。それでも全員が揃っている現状で、誰にも不安は無さそうだ。

 これでチームが仮にばらけていたら、子供たちは随分と不安になっていただろう。今は猿のような大柄なモンスター相手に、勇ましく立ち向かう姫香である。

 これが数匹、そして木立の奥に大柄な奴が1匹。


 毛むくじゃらのモンスターの、戦闘能力はなかなかに侮れなさそう。それでも数の強みで、来栖家チームの前衛は押し込んで次々と撃破して行く。劣勢を感じたのか、奥にいた大物が姿を現す。

 ソイツの腕は何と4本もあり、どこで拾ったのか棍棒を両手に所持していた。唸り声を上げながら、真っ直ぐこちらに突っ込んで来る。

 それを迎え撃つ構えの護人、盾を構えて同じく進み出る。


 その一撃は、かなり重くてキツかった。盾が凹むのかと思う衝撃の狭間に、しかし相手の絶叫が。見ればハスキー軍団が、奴の足首に噛み付いている。

 そして動きを封じられた奇怪なモンスターを相手に、雑魚を倒してフリーになった姫香が飛び込んで来て。そして容赦なくスキルを使っての、急所への一撃をお見舞いする。

 狙い違わず、難敵に思えた大猿は絶叫と共に沈んで行く。


 ガッツポーズを取りながら、撃破を喜ぶ姫香はともかく。そこにドロップ品落ちたよと、はしゃぎ声を上げる香多奈はいかがなモノか。

 少女が喜ぶのも分かる、何しろビー玉大の魔石にスキル書までついて来ているのだ。それを拾って鞄に仕舞い込むと、香多奈は次は誰が覚える番かなぁと夢見がちな顔付きに。

 それはともかく、周囲の捜索はまだ途中である。



 そこからハスキー軍団は、木立から離れて夜の川縁へと進んで行った。この先も慎重にと、家族に進言する護人を先頭に、了解とそれに続く子供たち。

 程無く、レイジー達が突然に何者かと戦闘を始めた。狩られているのは、どうやらカピバラのようなモンスターらしい。突進技を仕掛けて来るが、犬達に軽くあしらわれている。

 数匹いたソイツ等も、護人と姫香が参加する間もなく倒されて行った。


「弱かったね、カピバラさん……せっかくダンジョン抜け出したのに、不幸だねぇ」

「いやいや、あんなのに付近の川に居座られたら不安で仕方が無いから。それより川は不味いな、犬達が嗅覚で追跡出来なくなる可能性が」

「そうですねぇ……あっ、護人さん! 川の中に大きな影が、恐らくモンスターです!」





 ――川辺の暗闇の中、紗良の警告が響き渡った。








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