第9話 何事も無く無事に朝を迎えられた件



 何事もなく朝が訪れた時には、護人は少々拍子抜けな気分に。一度くらいは襲撃があるかなと予想しつつ、何度か浅い眠りを交えてリビングに詰めていたのに。

 裏庭に顔を出した主人に、ハスキー軍団は気軽におはようの挨拶をするために近付いて来る。その姿には緊張も疲労も無いようで、彼女たちも適度に休息をとっていた事がうかがえる。

 何よりだと思う、この案件は長丁場になりそうだし。


 裏庭に出現したダンジョンについては、なんだか勝手に整備が進んでいっている様子。これもダンジョン七不思議、内装どころか外装も勝手に構築されて行くと言う。

 護人も詳しい事は知らないし、第一出来立てほやほやのダンジョンを間近に見たのも初めての経験である。何もこんな迷惑な場所にとは思うが、興味が全く無い訳ではない。

 つまりは、対処法を知る上での学術的好奇心的な。


 庭に出てカンテラの類いを回収しつつ、今日の予定を脳内で思い出しにかかる護人。このダンジョン対策はもちろんだが、探索装備の販売車が昼頃に来る予定。

 香多奈は今日も学校があるけど、休ませる事は既に決定済みである。何しろこの非常事態、それに少女の分の装備品も買っておきたいし。

 少女もこの緊急時に、独りけ者は嫌な筈だ。


 香多奈の護衛にコロ助がいなくなるのも、正直辛い所ではあるし。何だかんだと家族で夜更かししてしまった手前、寝不足で危険のある外出をさせるのも宜しくない。

 もっとも、家での待機が安全かと問われればそれも的外れではあるのだが。


 そうこうしている間に、姫香と紗良が起きて来た。2人ともやや寝不足な様子だが、若いだけあってしょぼくれた様子は無い。それを羨ましく思いながら、護人は朝の挨拶を交わす。

 野良仕事に関しては、この際暫く放置が望ましいかも知れない。畑は耕運機で耕し終わっているし、畝作りも半分以上終わっている。

 作付けは気候と相談だ、もう少し暖かくなるのを待つ外無い。


 実際、山の上の天候は4月だと言うのにまだ早朝は肌寒い感じ。起きて来た2人も、きっちりと厚手の上着を羽織っている。それぞれ叔父と愛犬達に挨拶しながら、出来立てほやほやのダンジョンチェックも忘れていない。

 顔をしかめてそれを終えると、夢では無かった事にやや落胆の表情を浮かべつつ。姫香は壁に立て掛けていたシャベルを手にして、不満を口にする。

 要するに、勝手に敷地侵入を果たしたこの異物への文句を。


「護人叔父さん、何か外も内側も舗装とか立派になってるんだけど……ひょっとして、ダンジョンの入り口ってこのまま成長して行くものなの?

 家の敷地を侵食されてるみたいで、凄く嫌だ……」

「そうだな……まぁ、それへの対策も後で皆で考えよう。装備の移動販売で、ひょっとして良いモノが揃うかも知れないし、アドバイスが貰えるかも知れない。どのみち根本的な対処が必要なら、思い切って中に入ってみるのもアリかもな。

 住み慣れた我が家を護るためだ、多少の危険は仕方ない」


 それは決して本心では無かったけど、護人の出した精一杯の結論でもあった。家族の安全が第一なのは変わりないが、どこに逃げようともダンジョンの危険が追って来るのなら。

 いつの日か、根本的な解決策に迫られる日もやって来るのだ。昨日遅い時間まで観賞したネット情報によると、出来立てのダンジョンは割と階層も浅く、攻略難易度も低いらしい。

 少なくとも、何人かのベテラン探索者はそう語っていた。


 そしてスキル書の出物も、出来立てダンジョンは割と多いらしい……少なくとも本来は、敵を倒した端からドロップするほど、スキル書は入手し易い類いのアイテムでは無いとの事。

 護人や姫香も驚いたのだが、未鑑定のスキル書の値段は平均30~50万円だとの事。ドロップ率は、1つの浅めの未踏破ダンジョンで平均1~3枚程度。

 攻略の進んでいるダンジョンでは、著しくその確率は下がるそうだ。


 ただし、ある程度は敵の性質などの情報が出回っているダンジョンの方が、対策が立てやすい分安全なのは間違いなく。そこら辺の折り合いを、探索者たちは毎回図って挑むっぽい。

 スキルについては、様々な憶測が乱れ飛んでいた。そのスキルに適性があれば、習得が可能……探索者として、今後の活動がかなり有利になるのは間違いは無い。

 だからこそ、未鑑定でも高値での取引となるそうな。


 そもそも、スキル書って一体何かって話なのだが。専門家の推測としては、昔ダンジョンに挑み散っていった者の、記憶の残滓の集合体なのではなどと言い出す者もいたりして。

 あの空間内ダンジョンでは、肉体的な残骸(モンスターや人間の死体を含む)はものの数分で散る傾向にあるのだが。意思や技術の類いに関しては、固まって後世に残る傾向にあるのではないかと。

 我々の住んでる世界はそれとは真逆で、亡者の思考や意識は完全に掴む事は不可能である。ただし、亡くなった者の死体は手を加えない限り長い間そこに留まる。

 この世の物理法則として、その性質は普通であるのだが。


 ダンジョンに関しては全く逆の、或いは別の法則が働いていると推測するのは、的外れではないように護人も感じている。それは現世界での常識ともなっていて、つまりは肯定派も一定数は存在すると言う意味だ。

 とは言え、その法則を平然と受け入れるかはまた別の話。


 まぁ、既に来栖家では2人(と1台)がそのスキル所有者となってしまっているのだ。今後はそれを有効活用して、この窮地を乗り越えるのがポジティブな思考なのだろう。

 いつもの家畜の世話を終え、皆での朝食後のまったりした時間に、そんな感じで家族会議での決定事項。つまりは覚えてしまった“スキル”は有効利用して、防具も護人が皆の分を買い揃える。

 そして万全の態勢で、敷地内に出来たダンジョンに対抗すると。


 先ほどは勢いでダンジョン攻略をすると口にしてしまった護人だったが、まだまだ情報が少な過ぎるし危険は冒したくない。せめて中の敵の種類位は、知りたいとも思う護人。

 そもそもダンジョンを最下層まで攻略しても、ダンジョンが消滅する事は無いみたいだ。少なくとも、昨日見た動画ではそんな報告は上がっていなかった。

 護人や姉妹が、知らない情報は結構あったけど。


 その中で、現状で有意義な情報が1つだけ。ダンジョンの最下層に存在する“ダンジョンコア”なるものを破壊すると、当分の間モンスターは出現しなくなるらしい。

 周囲の魔素も薄くなるし、活動停止の状態に持ち込めるようなのだけど。それで得られるのは、最大で半年程度の安寧あんねいとの事らしい。

 果たしてそれが、攻略の危険と釣り合うかどうかが問題だ。


 まぁ、それ以外に方法が無いのなら、敢えてそれに挑むのも仕方が無いと護人は思う。それで最低限の暮らしの安全が確保出来るのなら、その手段を講じるべきだ。

 問題はダンジョンに突入する人選だが、護人が入ると言えば子供たちも立候補するだろう。それを押し留めるのに、『危ないから』はやや物足りないかも?

 だからと言って、他に正当な理由も思い付かず。




 そうこうしている内に、時刻は昼になった。紗良の作った簡単な食事で昼食を済ませ、リビングで寛ぐ一行だったけど。姉妹に関しては、相変わらず動画での情報収集は熱心な模様。

 昨日は地元の広島限定だったけど、上げられている動画はモチロン日本全国の探索者のモノの方が圧倒的に多い。それを検索したり、戦い方を参照したり。

 実際に、ベテラン探索者の戦闘能力はハンパではなさそう。


 ちなみに、探索者が専用に動画をアップするサイトを『E-TUBE』(Explorer-Tube)と言う。アップした者には再生数に応じて広告収入が入り、同時に探索者たちには情報収集の役に立つので。

 割と人気で、日々のアクセス数も多いらしい。


 そこに上げられている動画であるが、ゲームやラノベ小説のような、剣と魔法のファンタジー世界観なのは兎も角として。ダンジョン内に蔓延はびこるモンスターの群れを、次々とほふって行くベテラン探索者たちのその手腕。

 姫香などはモロにそれに感化されて、自分の得たスキルを午前中に検証していたりして。結果は走る速さやモノを持ち上げる腕力、スキル発動時にはどちらも軽く以前の倍程に。

 その威力に、妹の香多奈はうらやましさを隠し切れず。


「あ~ん、お姉ちゃん羨まし過ぎだよ……私も何か凄いスキルを覚えられたら、叔父さんの役に立てたのにぃ!」

「お子様は黙ってお留守番をしてなさい、私と護人叔父さんでダンジョンコアを壊して来てあげるから。それともアンタ、後ろからついて来て動画でも撮ってみる?」

「あっ、それ凄くいいかもっ!? お姉ちゃんも、一緒に連れてって貰えるように叔父さんに頼んでよね?

 ……そう言えば、ルルンバちゃんも連れて行った方がいいのかな?」


 香多奈の珍妙な提案に、姉の姫香はしばし考える素振り。あのお掃除AIロボも、スキルを取得した貴重な戦力と考える事も出来なくは無い。

 それを探索に同行しないのは、いかにも勿体無い話ではある。ただ、アレと肩を並べて戦闘に挑む情景ってのが、全く思い浮かばないのも事実。

 そもそも戦闘能力以前に、アレは外を走行出来るの?


 そんな疑問を小学生の妹に投げかけても、仕方が無いなとは姫香も思うけど。相談された香多奈の方は、何やら解決方法を思い付いた様子。

 その答えは納屋の工具置き場にあるらしく、確かにあそこは取り扱い注意のモノがたくさん置かれている。特に小学生の香多奈に限っては、勝手に持ち出し禁止を叔父から言い渡されており。

 逆に言えば、そんな危ない工具は武器にも転用出来るって事で。


 そんなあれこれで午前を費やした姉妹、それなりに充実した時間だったのは確かで。ダンジョンに突入する気満々なのは、若さゆえの怖いもの知らずさの現れか。

 或いは、家庭思いの気質が勝っているとも取れるけど。家長の護人にとっては、確実に頭痛の種に他ならないのが悲しい所ではある。

 そして敷地内のダンジョンに、目立った変化は窺えず。


 昨日のオーバーフローが嘘みたいだが、それの出現時に壊れた塀の瓦礫は至る所に散乱したままだ。昨日鑑定して貰ったように、周辺の魔素も以前と比べ物にならない程に濃くなっているだろう。

 そういう意味では危険は変わらずなのだが、だからと言って取れる手段はほとんど無い。護人の苦悩は増すばかり、姉妹とペットたちの元気の良さが唯一の希望である。

 町の自警団も頼れないし、本当にどうしたモノやら。


 その自警団からも、昼前に一度確認の電話が掛かって来た。家族の無事を尋ねられ、今のところは問題無いと正直に返答を述べるけど。

 相も変わらずな微妙な空気が、両者の間に流れているのは紛れもない事実。つまりは同情しつつも、その問題に手を貸せないと言う純然たる事実が2人の間に横たわっており。

 それを護人も分かっていての、この雰囲気である。


 まぁ、電話での応対で助かった……護人は割と、感情が素直に顔に出るタイプである。困り果てた顔で先輩と応対して、情けを掛けられるのは好ましくない。

 それは家族に対しても同様で、姫香たちに対しても悩んでいる姿は見せたくない護人。そしてその原因であるダンジョンは、依然としてそこにあると言う。

 どう仕様も無い事って、世の中には結構あるモノだ。


 などと裏庭を見つめて考え込んでいると、昼に来る予定の移動販売車から電話が掛かって来た。内容は今から向かうけれど、在宅しているかとのお伺いで。

 向こうも無駄足は踏みたくないらしい、まぁこのご時世ではそれも当然である。護人はお待ちしてますと、当たりさわりのない返事をしてスマホを切った。

 どうやら、移動販売車は予定通りに到着してくれるらしい。


 5年前より遥かに道路事情が劣悪な現在、約束通りの時間に目的地に到着するのも、実は難易度が高くなっている。野良モンスターと呼ばれるはどこにも存在するし、例え車に乗っていても安全とは言い難いのだ。

 実際、最近の自動車はジープやら装甲車が主流になりつつある。荷物を運搬するトラックも同じく、大抵が装甲を施される傾向にあって。

 長距離移動も、文字通り命懸けとなっているのが現状だ。


 当然ながら、船や飛行機も現在は衰退の傾向にある。つまりは、海にも空にもは存在するのだ。しかも割と強力で、手強いタイプのモンスターが。

 “大変動”以降、人類にとって生き難い時代になったのは紛れも無い事実である。それもこれもモンスターと、それを排出する“ダンジョン”が全ての元凶に違いなく。

 それに抗すべく産み出された“探索者”も、まだまだ鍛錬が必要なレベル。





 ――自分も鍛錬が必要だなと、目の前のダンジョンを見てそう思う護人だった。








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