第8話 うっかり家族でスキルを覚えてしまった件
モンスターのドロップ品を集めた編み込み
そこから思わぬ細く響く声がして、驚いた子供たちが一斉に振り返ると。何やら筒状に巻かれた用紙を抱えた妖精が、それを振り回しながらミケと死闘を繰り広げていた。
圧倒的に劣勢状態の妖精は、慌てて空中へと避難する。
「ミケさん、妖精ちゃんを
「香多奈、妖精ちゃんはさっき何て言ったの……? 言葉が通じるのアンタだけなんだから、みんなに翻訳しなさいよっ。
ほら、ミケはこっちにおいで……?」
ミケことミケランジェロは、来須家の最古参のペットである。5年前の“大変動”をも生き残った
護人がこの来須邸を引き継いだ時には、既にこの家の主として君臨していた。小柄だけれど風格は並はずれていて、牛やヤギなどの家畜でさえ道を譲る。
妖精ちゃんは、尚も何か抗議を続けていた。どうも猫ごときに襲われるのは、妖精としても不本意であるらしい。香多奈が手を差し出しても、天井近くを飛翔する妖精はそれに乗ろうとせず。
まあ少し落ち着けと、護人と姫香が相次いでリビングテーブル前の椅子に腰掛ける。普段は食事をする机の上には、例の回収したドロップ品の数々が。
それに混じって、先ほど妖精ちゃんが
ようやく落ち着いて香多奈の肩に降りて来た妖精ちゃんの説明によると、それは“スキル書”であるらしい。異次元を漂う思念か何かが固まって、出来た想いの集大成なのだと。
適性のある者のみが、それをスキルとして引き継げるとの事。
「へえっ、そんなものまでドロップするんだな、ダンジョンって……面白そうだけど、使っても大丈夫なのかな?」
「さっきの動画の探索者みたいに、魔法とか使えるようになれるのかなっ? ちょっと試してみたいな、いいでしょ護人叔父さんっ!?」
「妖精ちゃんは、適正さえあれば平気だって言ってるけど……相性の良くない人が使っても、反応しないからその時は素直に諦めろだって」
そんな説明を聞き終わる前に、姫香が既に1枚開封していた。中には何やら魔方陣の様な紋様が、妖精ちゃんの話だとそれに手をかざすと発動するらしい。
姫香は何やら念を込めて、しかめっ面で右手を置いてお願いのポーズ。しかしスキル書は、
誘われるまま右手を差し出す護人、しかし同じく反応は無し。
ちゃっかり3番手に香多奈まで参加、これには大慌ての護人だが反応は無いようで場は微妙な空気に。子供は参加しちゃ駄目でしょと、姫香のお怒りの言葉に香多奈は
次は紗良お姉ちゃんねと、先ほど台所から戻って来た紗良にお鉢が回って来た。良く分かっていない紗良は、何のゲームと少女に小首を傾げる仕草。
「……でもまぁ、全員が適正無しってパターンも
「多分あると思……うあっ、紗良お姉ちゃん! 反応してるよっ、これって適正があったって事!?」
スキル書と
それから鈴のように発された言葉を、香多奈が素早く翻訳してくれた。つまりは、取得したのは『回復』とか、そんな感じの系統の能力だろうとの推測だった。
そして力を放出したスキル書は、枯れ果ててボロボロになって行く。
そこからは凄い盛り上がり、年少組の魔法見せてのコールにどうすれば良いのと紗良の戸惑ったコメント。妖精の返事は、自分の所有する魔力で傷などを
漫画や小説では知っているけどと、紗良のテンションも段々と上がって行く。香多奈が思い付いたように、リビングの裏庭側の戸窓を開けてコロ助の名前を呼ぶ。
裏庭の警護をしていたハスキー軍団は、何ナニと母屋から顔を出す少女の元へと、律儀に全員で近付いて来た。周囲は既に闇に覆われているが、カンテラの灯りと以前より遥かな巨大な月の明かりで歩き回るのに不自由は無い。
夕方に出現したダンジョンの出口も、しっかり窺えて香多奈について行った護人は気が滅入る思い。それでもこの“スキル書”があれば、探索者の仕事は思ったより
再びコロ助を抱きしめて固定した香多奈は、3月に新たにお姉ちゃんになった少女にドウゾと視線を投げてよこす。いきなり魔法と言われてもと、戸惑う事すら許されないその所業。
紗良は覚悟を決め、右手をかざして直って下さいと、何となく神様的な存在にお願いしてみた。姿を見た事も話した事も無い神様は、しかし太っ腹ではあった様子。
レイジーとツグミは、突然の光に驚いて逃げ出したけれど。
逃げる事を許されなかったコロ助は、悲しそうな声を出して少女の腕の中で暴れる仕草。しかしその瞬時の間で、夕方の戦闘で受けた負傷は綺麗に治っていた。
これには効果を確認した護人もビックリ、こう言うモノなのかと近くを飛んでいた妖精に問い
「紗良お姉ちゃんばっかり
「これこれ、だから素養と相性が大事だと言われたばかりだぞ?」
護人の
淡く放たれる光と共に、スキル書は
そしてガッツポーズの姫香、護人は常々思うが男の子みたいな風情である。妖精がパタパタと飛んで行って、このスキル書は『身体強化』だった様だネと宣言する。
その能力は、ダンジョン探索には持って来いだが、護人は内心では複雑な思い。元々、子供たちをダンジョンに連れて行く気など無かったので、彼女たちの強化は生活圏で危機が迫った際の奥の手みたいなモノだ。
明日の防具の購入も、それが目的で電話したと言うのに。このままでは、一緒について行くと言われた時の拒否権が、物凄く微妙になってしまう。
どうしたモノかと考え中に、3枚目のスキル書の結果が出た。
何と4人全員が拒否されると言う、予想外の顛末に場は騒然となる。ちゃっかり混じった香多奈も駄目で、そして2度目のトライの姫香と紗良も相性合わず。
そして結構期待して手を差し出した、護人も拒否されてガックリしていた所。机の上で成り行きを見守っていた、ミケが思わぬ手出しを敢行。
香多奈がユラユラと、用紙を揺らしていた動きに釣られ、思いっ切り猫パンチを見舞ったのだ。その落ちた場所が悪かった、そこには偶然通りかかった自走式のお掃除ロボが。
真面目に巡回をこなしていた彼も、また被害者であったとも言える。吸い込み口に思い切り挟み込まれたスキル書は、たっぷり10秒近く光を放って枯れ果てて行った。
それを見ていた香多奈は、思わず悲鳴を上げる始末。
「ルルンバちゃん……ダメっ、吐き出してっ!? 叔父さん、ルルンバちゃんが大事なスキル書を飲み込んじゃったよ!?」
「ええっ、それは駄目だろう……しかし今の光は、ひょっとして承認の……!?」
「えっ、自走掃除機ってスキル使えるモノなの、護人叔父さん?」
自分に聞かれても知らないよと、護人は宙を舞う妖精を仰ぎ見る。妖精ちゃんはしっかりとミケの立ち位置を確認しながら、徐々に高度を落として行き。
香多奈がガッシリと捕まえたAI掃除機に舞い降りて、束の間コミュニケーションを取る仕草。まさかそれは無茶だろうと、内心で焦りまくりの護人の思いは結局通じなかった。
妖精は厳かに、この掃除ロボは『吸引』系の能力に目覚めたと告げる。
場の空気は、そりゃまぁそうだと言う感じ。他に何が出来るのと、逆に小一時間ほど問い質したい所。しかし貴重なスキル書は、掃除ロボが吸い取ってしまった後。
もうどう仕様も無いし、考えても無駄である。護人は一応、姫香と紗良に体の調子はどうかと尋ねてみる。それに対して、2人とも別に変わりは無いよとの返事。
混乱の結末の中、それだけが唯一の救いかも。
裏庭の見えるリビングで寝ずの番は、護人だけで行うつもりだったのだけど。姫香は当然の
自分だけ
香多奈が素早く護人の側に自分の寝場所をキープ、それからミケを抱き寄せて床に寝転がる。姫香はその反対側の、護人の側でノートパソコンを
どうやら探索者の決まり事やらダンジョンの情報やらを、引き続きネットで集めているらしい。このまま探索者に就職する勢い、若いって怖いモノ知らずな典型だ。
それでも情報収集は大切だ、特にほんの近場に危機的状況が迫っている現状では。そんな訳で、色んな動画サイトを廻っては、地元の広島県の探索者の活動状況を報告する姫香。
紗良も思わず近寄って、家族全員で探索者なるモノの定義を調べに掛かる。
それは実際、なかなかに楽しい作業だった。護人も最初の探索者講習で、少しだけ探索者の規定やルールについて聞きかじってはいたけれど。
現役の探索者の、
彼らはいわゆるパーティを組んで、危険なダンジョンに積極的に潜っていた。目的はそれぞれだが、地域の安全確保とか儲けの出る仕事としてが主な理由っぽい。
ちなみに広島で危険度の高いダンジョンと言えば、“宮島厳島ダンジョン”や“広島城ダンジョン”などが有名らしい。
実際、ダンジョン潜入の成功がもたらす儲けは決して
要するに、当然だが探索者たちは自分の利益や命を優先して行動する。それは別段間違っていないが、地域の危険を取り除く活動は
危険度の高いダンジョンに立ち向かう探索者も、お陰で自己保身でいない有り様。そんな現状は、当然だが地域貢献度的には
その対策に、護人が探索者の登録をしてしまったと言う経緯が。
「それにしても凄いねぇ、動画で観た探索者チームって。みんな安全第一で、装備とかに結構お金掛けてるみたいだね、護人叔父さん。
うわぁ、この人とか凄い……さっきのパンクの人も派手だったけど、探索者って言うより秘境探検家だよねぇ。
でも、使ってる武器は普通みたい」
「姫香お姉ちゃんなら、パンク姿とかも似合うかもね……痛いっ、殴らなくてもいいじゃんっ!?」
「2人とも、こんな夜中に喧嘩しない……さっきも言ったけど、明日はみんなの分の防具も買い揃えるからね? でもそれはダンジョン突入用じゃなくて、日常を安全に過ごす用にだから。
普段は危なそうな時に着用して、危険なダンジョンには近付かないように」
それじゃ新しく出来たダンジョンはどうするのと、子供たちの非難は痛いところを突いて来る。もっともな疑問だけど、護人はそれは自分とハスキー達で何とかすると返答する。
それで万一の事態が起きたら、残された私たちはどうするのとの姫香の言葉。そう口にする少女は、目を潤ませて本当に辛そうな表情。過去に両親を亡くしたトラウマは、容易に取り除けないのも当然だ。
その勢いに香多奈も当然の
その提案は一理あって、護人に反論の意見は思い浮かばず終い。
――結論は出ないまま、来須邸の夜はゆっくりと
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