謎の少女

「アエ、カエツロヲコンケンセツネツリチキ」


村長は椅子から立ち上がると、料理を運んできてくれた村人に何か言った。

その村人はゲンとシャクドウに向かって手招きをする。


「なんだ? 寝床に連れていってくれるのか?」


「かもね。」


二人は立ち上がると、手招きをする村人の方へ行く。

すると村長が座っていた椅子の後ろへと案内された。

村人はしゃがみ込むと床から張り出した何か取手のような物を引っ張る。

ゲンとシャクドウには、その行動が何を示しているのかさっぱり理解できなかったが、村人が立ち上がった瞬間、言葉を失った。

その村人が立っていたすぐ側の床には大きな穴が開き、さらにそこから地下へと続く階段が現れたのだ。


「ツエチカエ」


村人は二人を誘導するように、その穴の中の薄暗い闇へと入って行った。


「……行って大丈夫かな?」


「ここまで親切にしてもらって、「やっぱり帰ります。」は失礼だろう。行くぞ」


ゲンの胸中に漠然とした不安が渦巻く。

しかしシャクドウが言うように、ここで帰るのも気が引けてしまうので素直について行くことにした。


足元を探りながら慎重に薄暗い階段を降りて行く。

そこの空間で3人の足音だけが静かに響いていた。

そして階段の終わりが見えてくる。

目の前には頑丈そうな木製の扉が建て付けてあった。

村人はドアノブに手をかけ、ゆっくりとその扉を開いていく。


扉の先には天井から吊り下げられたランタンに灯された廊下が伸び、左右にはいくつかの小部屋が付いていた。

二人はその内廊下一番奥の左側の小部屋に案内される。


部屋の中は綺麗に掃除が行き渡った客室のようになっていた。

部屋の両サイドには丁寧にシーツのしかれたベッドが置かれ、頻繁に客人が来ているような様子だった。


「おー、思ったより綺麗!」


ゲンは思わず感心した。

こんな森の奥でここまで綺麗な宿に寝泊まりができると思っていなかったからだ。

そして初めて旅行に来た子供のようにベッドにダイブする。


「うん! ベッドもふかふか!」


ベッドは体全体を優しく包み込むかのように柔らかく、しかし適度な弾力もあり寝心地が良かった。

ゲンは余程疲労が溜まっていたのか、急に睡魔が襲ってきて瞼が重たくなってきていた。


その一方で、シャクドウは眉間に皺を寄せ怪訝そうな顔つきで部屋を見渡していた。

その様子が目に入ったゲンはシャクドウに声をかける。


「シャクドウもベッドに寝てみなよ。気持ちいいよ」


「ゲンよ。あまりに出来すぎていないか? リースの森に入って、偶々この村を見つけて食事を出してもらい、さらには丁寧に寝床まで用意してくれている。……どうも引っかかる。」


「考えすぎだって。あんなに親切にしてくれた人たちを疑うのか?」


眠気のせいで考えることを放棄していたゲンは、シャクドウの発言に少々苛立ちを覚える。


「俺だってここの村人を疑いたくない。でも知らない地だ。何があるかわからない。」


「シャクドウも疲れてるんだよ。明日はさらに奥に行くんだから休もう。」


「……そうだな。」


シャクドウは釈然としないままベッドに腰掛ける。

ゲンの方に目線を向けると、すでに寝息をたて気持ちよさそうに眠りについていた。


「考えたらキリがないか。」


シャクドウも諦めたのか座ったまま腕を組み目を瞑る。

窓から差し込んだ月明かりが、部屋の中を寂しく照らしていた。


部屋の外では、中の様子に聞き耳を立てていた村人が、二人が寝付いたことを確認すると安心したように地上へと戻っていった。




―――




「君! 起きて!」


突然、聞いたことのない少女の声がゲンの耳を貫く。

ゲンは眠気でまだボーッとしていた頭で瞼を持ち上げた。

すると眼前一杯に大きなエメラルドグリーンの瞳があった。


「えっ、誰っ!?」


ゲンは思わず飛び起きる。

その拍子にゲンの額とエメラルドグリーンの瞳の少女の額が鈍い音を立ててぶつかった。


「――――っっ!!」


あまりの痛みにお互いに額を抑え蹲った。


「何すんのよ、バカっ!!」


エメラルドグリーンの瞳の少女が目に涙を溜めてゲンに向かって叫ぶ。

見た目はゲンと同い年くらいだろうか、少々あどけなさが残る顔立ちだが、どこか大人びた雰囲気も纏っていた。


「それはこっちのセリフだ! 急になにするんだ! 人が気持ちよく寝てたのに! ていうか誰だよ!」


熟睡していたところを急に起こされたゲンは柄にもなく不機嫌だった。

額のぶつけたところをこまめに触り、出血がないか確認する。


「おいおい、何やってんだお前ら」


その様子を見ていたシャクドウが呆れたように溜息を吐いた。、


「シャクドウ! なんでそんな冷静なのさ! 誰、『こいつ』! 知り合い?」


ゲンは声を荒げ、頭を抑え蹲る少女を指さす。


「女の子に向かって『こいつ』はヒドくない?」


「ゲン、いいから一旦落ち着け。」


シャクドウのその言葉で、ゲンの上がっていた心拍数が少し治まる。


「ご、ごめん。驚いて興奮してた。で、君誰?」


改めて少女の方に向き直る。

少女はゲンに対して色々と言いたい事があったが、ここは我慢して一度呼吸を整えた。

そして、真剣な顔つきで口を開いた。




「私はユズハ。あなた達を助けに来たの。」

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