霧の村

森の奥へ進むにつれ霧が徐々に濃く深くなっていく。

すでにお互いの姿すらも視認するのがやっとの状態になっていた。

森の中の白い世界は二人の距離感覚だけでなく、平衡感覚すらも奪っていく。


「これが、リースの森か。通りで行方不明者が出るわけだ!」


「おいゲン、俺から離れるんじゃないぞ」


「わかってるよ!」


狩人としての経験があるシャクドウが先陣を切って道なき道を進んでいく。

二人はお互いの姿を見失わないよう声を出しながら慎重に、そして確実に前へと進んでいた。




「止まれ」


「急にどうし……!」


「シッ」


突然シャクドウが立ち止まった。

そして、しゃべろうとしたゲンの口を覆う。

シャクドウは険しい顔つきで何かを警戒するように辺りを見回した。


「……何かあったのか?」


「近いぞ」


ゲンは無意識で背中の剣の柄に手を添えた。

嫌な緊張感が走る。


「モンスターか?」


「いや、人の気配だ。料理の匂いがする。盗賊の棲処がある可能性もある。気をつけて行くぞ。」


ピンと空気が張り詰める。

ゲンは周りに注意を巡らせてみた。

すると何処からともなく食欲がそそられる匂いしてくるではないか。

その匂いが、鼻から口、口から喉、喉から胃へと順に刺激していった。


しばらく何も口にしていなかったゲンは、想定外の香りに思わず緊張感が解かれてしまった。

口内では唾液が滝のように分泌され、胃は唸っている。


「まだ向こうはこちらに気付いてなさそうだ。もう少し進んで様子を見てみよう。」


シャクドウはそう言うと匂いの元を目指して歩く

二人は自然と匂いに引き寄せられるように霧が深い森の中を進んでいった。


段々と匂いの発生元と思われる建物が姿を現してきた。

気がつけば霧も大分と薄くなっていた。


そこは小さな村のようだった。

目の前には5,6棟のログハウスが点々と存在している。

その内の一つの煙突からは煙がモクモクと湧き出ており、食欲を刺激する匂いを放散していた。


よく見るとログハウスの周辺には、そこに住む人らしき影がいくつかあった。

武器などは持っている様子はなく、穏やかそうな人たちだった。


すでに警戒心を解いていた二人は、1番手前にいた人のところへと近づいていく。

近くに来てわかったことだが、ここの村人は一様に背が低かった。

そして皆、大きな葉で作った服を纏っており、腰には藁で作られた腰蓑を巻いていた。


「モトコマゴケトザ!」


二人が声を掛けるよりも先に向こうから話しかけてきた。


「え? なんて?」


ゲンは思わず聞き返した。

この村独自の言語なのか、二人にはその人が何を言っているのか全く理解できなかった。


「コャウナミセド!」


「ガハハ、何言ってるかわからんが、どうやら俺たち歓迎されてるみたいだぞ。」


その村人は二人の手を取ると、美味しそうな匂いを放つ煙突のある家へと連れて行こうとしていた。

不思議と悪い気のしなかった二人は素直に導かれるまま家へと向う。


移動している最中、村人は「ミセ!ミセ!」と聞いたことのない歌を楽しそうに口ずさんでいた。


家に入ると、外で感じたものと同じ美味しそうな匂いで充満していた。

そして、家の奥には一際体の大きい人が座っていた。

二人は同時に察した。

この人が村の長であると。

それほどまでに貫禄があり、ただならぬオーラを放っていた。


「イラッシャイ、ヨク、キタネ」


ゲンとシャクドウは驚いた。

その村長は片言ではあったものの、自分たちが分かる言葉で話しかけてきたのだ。


「あ、お邪魔してすいません。」


ゲンは突然なんだか申し訳なくなり後頭部を掻いた。


「俺たちリースの森を歩いてたら、急に腹をくすぐられる匂いがしてここに来てしまったんだ。ここに住んでるのか?」


普段のシャクドウからは想像できないような紳士な態度でその人に尋ねた。


「ワタシ、ソンチョウ。ココニ、スンデル。」


「やはりあなたが村長さんか。こんなとこに家があるとは思わなかった。正直驚いた。それにしても気の所為でなければ俺たちを歓迎してくれてるような気がするが。」


「タビビト、カンゲイ。メシ、クッテケ。」


「ゲンよ。ここは何て寛大な村なんだ。俺たちをもてなしてくれるみたいだぞ。」


「うん、ちょうど腹減ってたから助かる!」


二人はあまりの空腹に欲望に抗えず、村人たちのもてなしを素直に受け入れた。


「イソド、クイ」


この家まで案内してくれた村人が、二人に料理を持ってきてくれた。

何かの塊肉を焼いた物、野草や山菜がたっぷり入ったスープ、木の実やナッツの盛り合わせなど、二人に馴染みのある食べ物ではなかったがどれも食欲をそそられる物ばかりであった。


「おー美味そう! いただきます!」


腹と背中がくっつきそうな程に空腹だったゲンは料理を出されるとすぐにがっついた。

横ではすでにシャクドウが料理を手づがみで勢いよく食べている姿が見えた。

二人は出された料理に夢中になっていた。


「ふー、おいしかった。ご馳走様。」


腹を空かせていた二人はあっという間に食べ終わった。

美味しい料理をたらふく食べた二人の周りには幸せなオーラが漂っていた。


「村長さん、ウマかったぞ。」


「ソレハナニヨリ」


村長は優しげな微笑みを浮かべる。


「よし!じゃあ、お腹も満たされたことだし、そろそろ行こうか。」


ゲンはゆっくりと立ち上がると、外に出る準備を始める。


「ソト、アブナイ。ヨル、ヤスメ。」


村長がそれを制止するように声をあげた。

思わず二人は顔を見合わせる。

1秒でも早くここを出て次に行きたかったゲンに対して、シャクドウは冷静に今の状況を見極めていた。


「村長さんの言う通りだ。夜暗い中、何も知らない森の中を移動するのは危険すぎる。それにモンスターも出るかもしれないしな。ここはお言葉に甘えさせてもらおうか。」


シャクドウは今すぐにでも行きたがっているゲンに言い聞かせた。

ゲンもこれから先に進むのは少し無謀だと理解したのか、外に出る準備を中断し椅子に戻った。


「しょうがないか。村長さん、お言葉に甘えてここで少し休ませてください。」


村長は二人が留まってくれることに安心したように穏やかな笑みを浮かべていた。

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