剣との出会い
ゲンはただ黙って話を聞いていた。
「もしかしたらあの出来事は夢だったのかもしれない。そう思ってずっと息子の帰りを待っていた。でも結局、10年経った今でも姿を現していない。息子は自分の命と引き換えに私たちを、この町を救ってくれたの。」
そう言うと、店主の妻は壁に掛かったオブジェを悲しそうな目で見つめた。
そこには所々抉られたような傷のある木刀が大切そうに飾られていた。
「そう、だったんですね……」
それ以外に言葉が出てこなかった。
「あなたにはどこか息子と重なるところがある。誰に対しても優しそうなところとか無鉄砲そうなところとか。これからリースの森に向かうのよね? あそこはとてもじゃないけど丸腰で行くようなところではない。生半可な気持ちで入ったら確実に帰って来られなくなる。だから好きな剣を持っていって。お金はまたいつかこの町に寄ってくれた時でいいから。」
店主は黙って目を瞑り頷いていた。
ゲンは二人の優しさに目頭が熱くなった。
二人に感謝し、店の中を物色するように見渡してみる。
置かれている武器はどれも丁寧に研がれ、キラキラと光って見えた。
どれがいいか迷っていると、店の隅に雑に置かれた剣に目が止まった。
そして不思議な力に引き寄せられるかのようにその剣を手に取る。
その剣は刃こぼれが酷く、至る所が錆び付いておりとてもではないが売り物には見えない代物だった。
「あの……、これは?」
店主は怪訝そうな目つきでゲンを見た。
「お前、それがいいのか?」
「いえ、ただなんだか不思議な気持ちで。この剣が俺を呼んでいる気がしたんです。」
ゲンはそのボロボロの剣を元の位置に戻した。
片手で振るには僅かに重かったが、両手で扱うにはちょうど良さそうな重量感だった。
しかしサビ臭い。
剣を握った手を見てみると、サビの赤褐色がこびり付いていた。
「その剣はな、昔息子が拾ってきたものだ。」
「あまり物を拾って帰ってくる子じゃなかったんだけどね。修行してたら見つけたらしいの。」
店主の妻は困ったような笑みを浮かべてそう付け足した。
「ということは、リースの森にあったものなんですか?」
「私たちもはっきりと分かっているわけではないけど、きっとそうだと思うわ。息子は内緒でいつもあの森に行っていたみたいだから。」
この剣から不思議な力を感じたのは偶然ではなかったのかもしれない。
ゲンはこのボスコの町に来る前にアクロに言われた言葉を思い返していた。
精霊の石はその力が集まる場所に生成される。
そしてその場所の一つはリースの森だと教えてもらった。
そんな森にあった謎の剣。
おそらく、この店の息子もこの刃こぼれが酷く錆びついた剣に対し、何かしら感じ取ったから持ち帰ってきたのだろうとゲンは推測した。
改めて手に取ってよく見てみると、錆で分かりにくくなっているものの細かい装飾が施されているようだった。
刀身には何かをはめ込むことが出来そうな窪みが5つあり、そして柄は蛇か龍のような形状をしていた。
ゲンは5つの窪みに思い当たる節があった。
精霊の石だった。
アクロ曰く、それは5つあるらしい。
この事が決して偶然ではないようなそんな気がしていた。
「あのっ! 無理も承知ですが、この剣、俺に譲ってくれないでしょうか? 亡くなった息子さんが持ってきたもので思い入れもあると思います。でも、これからの旅にこの剣が必要な気がするんです。お願いします!」
ゲンは半ば投げやりな気持ちで頭を下げた。
突然の大声に店内が静寂に包まれる。
店主とその妻は一瞬驚いたようにゲンのことを見たが、すぐに柔らかい表情に戻った。
「是非使ってあげて。私たちからもお願いするわ。」
どうせ無理だと思っていたゲンにとって、予想外の返答だった。
「でも、息子さんのなんじゃ……」
「息子はもういないわ。それに、使ってあげた方が息子もその剣も喜んでくれると思うの。だからあなたにあげるわ。」
「あ、ありがとうございます!」
ゲンは再び深く頭を下げる。
「ほら、研いでやるから持ってこい。」
店主がこっちに寄越せと手を差し出す。
ゲンは周りに飾られた武器を傷つけないように、慌ててボロボロの剣を持っていく。
「すぐ出来るから待ってろ。」
そう言うと店主は剣を持って店の奥へと消えて行った。
直に金属の擦れる音が店内の空気を震わせる。
やることがなかったゲンは、剣が研ぎ終わるまで飾られている武器を眺めることにした。
―――
しばらくすると奥から店主が戻ってきた。
「ほら、出来たぞ。」
「えっ、もうですか?」
体感では一瞬だった。
それはゲンが店内に飾られた数々の武器に夢中だったからか、或いは店主の研磨が速過ぎたのかもしれない。
そしてすぐに店主の手元に目線が移動する。
そこには先程の剣と思われるものが布に包まれていた。
まだ刀身が見えていないにも関わらず、それはただならぬ存在感を放っていた。
ゲンは全身が強く脈打つのがわかった。
「開けてみろ」
店主はそう言うとゲンにその布で包まれた何かを渡した。
見た目以上の重量感が手を伝わって脳へ到達する。
ゲンは身震いした。
とんでもないものを手にしてしまったと。
恐る恐る布の切れ端に手を伸ばす。
布を掴んだ手は小刻みに震えていた。
息が荒い。
心臓が痛い。
脳が沸騰する。
それ程までにゲンは今まで経験したことのない緊張感苛まれていた。
布が解かれるとゲンは言葉を失った。
先程までのボロボロの錆びた剣が嘘みたいだった。
透明感のある銀色が姿を現す。
それは厳かで美しく、何より力強いオーラを放っていた。
「……凄い。」
ゲンはその存在感に圧倒された。
さらに店主からまた何かを渡される。
「これは?」
「そいつをそのまま持ち運ぶのは何かと都合が悪いだろう。鞘とベルトだ。」
その構造は大きな剣を背中で背負う事ができる様になっていた。
装着してみると驚くほど体にフィットした。
着け心地も良く、剣を納めても重さをほとんど感じることがなかった。
「何から何までありがとうございます。」
「いいのよ。気をつけていくのよ。またこの町に寄ることがあればいつでもいらっしゃい。」
二人の優しさが心に沁みる。
ゲンは名残惜しかったが、二人に礼をすると店を後にした。
去り際に言われた「いってらっしゃい。」という言葉が何度も頭の中でこだましていた。
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