10年前の災厄
「どれでもいい。好きなの持っていけ。」
店の主人の厳かな声が静かに響く。
「え、それってどういう……」
意外な声にゲンは振り返った。
「なんでもいいから持っていけと言っとるんだ」
ゲンが戸惑っていると店主の妻が「実はね……」とどこか悲しげに切り出した。
「私たちにはあなたくらいの息子がいたの。あの子は狩人になりたがっていた。だからいつもいつも、修行だって言って町から出ていっていたわ。でも私たちはまだ子供だからと木刀しか持たせていなかった。それでもあの子は喜んでくれたわ。これで父さんと母さんを守れるって。とても心の優しい子だった。」
そこまで言うと、昔のことを思い出したのか俯いてしまった。
声も少し震えていた。
再びゆっくりと口を開く。
「………でもそんなある日、ちょうど10年前のことだったわ。」
そして10年前に起きた出来事を少しずつ言葉を紡ぎながら語り出した。
―――
その日はよく晴れた気持ちのいい青空だった。
いつものように家族3人分の朝食を作り終えて、まだ熟睡している夫ジンザと息子コガレを起こしに行く。
そして、一言二言何気ない会話を何気ない会話を挟みながら、家族3人で朝食を食べる。
これが毎朝のルーティーンだった。
変わりない日々だったが、胸一杯に幸せを感じていた。
朝食を食べ終えると3人はそれぞれの行動に移る。
夫は工房へ鋼を打ちに、息子は外へ剣を振りに、そして私は台所へ食器を洗いに。
息子はいつものように「いってきます。」と一言だけいうと木刀を持ち外へ行く。
私はそれに対して一言「いってらっしゃい。」とだけ返す。
工房からカンカンと一定のリズムを刻んで響く音を聞きながら家の掃除をする。
家事が一通り終わると、今度は武器屋の店番をする。
そうしていつも息子の帰りを待っていた。
――日が少し傾いてきた頃、外が騒がしくなってきたことに気がついた。
初めは何か祭りでもあるのかと思い、特に気にも止めていなかった。
私の住むこのボスコの町は活気があり、年に数回祭りを催していたからだ。
息子が小さな頃、何度か連れて行ったことがあった。
でも正直祭りはあまり得意ではない。
ああいう賑やかなところは、そこにいるだけで疲れてしまう。
私は客の対応をすることで、遠くから聞こえてくる喧騒を誤魔化していた。
しかし、ある事がきっかけでその喧騒が祭りのものではないと知ることとなった。
突然、恐怖に満ちた顔の男性が汗だくになって店に転がり込んできたのだ。
「た、助けてくれ!」
一瞬ビクッと驚いたが、只事ではないと察して男に近寄った。
その男曰く、町がモンスターに襲われているらしい。
確認するために店を飛び出すと、大勢の悲鳴が耳を貫いた。
たくさんの人が中央の広場から雪崩のように逃げていた。
何があったのが自分の目で確かめるため、大通りに出て広場の方に目線を向ける。
私は目の前の光景に声を失った。
全長20mくらいはありそうな赤黒い謎の巨体のモンスターが中央の広場で暴れていた。
顔と胴体はライオンのような姿だが、体長の半分はありそうなまるでドラゴンのような尻尾が鞭打っている。
極め付けは硬そうな鱗できた鎧のような物を全身に纏っていた。
そのモンスターは体格に見合わず機敏に動き回り、周りの建物を豆腐を崩すかのように破壊していた。
広場の地面にはそのモンスターに襲われたであろう人々の亡骸が無残な姿で散乱していた。
あまりに悲惨な光景に思わず目を逸らした。
「そうだ、コガレは!?」
普段だと帰ってきても良さそうな頃合いだったが、息子はまだ帰ってきていなかった。
危険を顧みず人の流れに逆らって広場の方に向かった。
優しい息子のことだ。
逃げ遅れている人の手助けをしているかもしれない。
私は息子の安全を祈った。
「コガレっ!」
案の定、息子は広場にいた。
モンスターにギリギリ見つからない場所で、物陰に身を隠しながら動けない人の手当をしていた。
「母さん、なんで来たの! ここは危ないから早く逃げて!」
「あんたを置いて行くなんてできないわ。一緒に逃げましょう!」
「……わかった。でもこの人だけ! この人が最後だから、この人の手当だけさせて!」
息子はそう言って、最後の怪我人の傷口をタオルで抑え、止血を行った。
私はその様子をそっと見守っていた。
そうしている間にもモンスターは町を破壊の限りを尽くしていた。
そんな時、狩人のような格好をした二人の男がその巨大なモンスターに向かって走っていった。
一人は両手に持っている双剣を優雅に舞うように扱い、もう一人は自分の身長くらいはありそうな大きな剣を軽々と振り回していた。
二人の立ち回りは素人目で見ても見事だった。
双剣の男は細かく動き回りながら相手の攻撃を避けつつ、確実に弱点と思われる場所に攻撃を入れていく。
大剣の男はバランスを崩したところに確実に大振りの一撃を打ち込む。
モンスターと比べたら体格は圧倒的に小さいが、互角かそれ以上に渡り合っていた。
まるで決められた手筈で動いていく舞台のような、そんな気さえしてきた。
広場にいた人々は逃げる事を忘れ、そのあまりに見事な戦いぶりに目を奪われていた。
私もその一人だった。
剣とモンスターがぶつかり合う音だけが広場にこだまする。
切っては距離を取ってモンスターの攻撃をいなす。
何度それを繰り返してただろうか。
私はその攻防が果てしなく長く感じたが、実際には一瞬だったかものしれない。
次第に二人の狩人とモンスターに疲れが見え始めてきた。
「……まずいな」
その時、後ろでボソッと呟く声が聞こえた。
声の正体は息子だった。
「それって、どういう……」
「俺は、狩人になるために、毎日モンスターの特性を勉強してる。だからなんとなくわかるんだ。あのモンスターはやばいって。今まで色んな文献に目を通してきた、あんなやばそうなやつ見たことない。」
「やばそうなやつって……、でも狩人達が大分押してるように見えるけど」
「一見な。でも実際にはそうじゃない。あのモンスターはあれだけ攻撃を受けているにもかかわらず全く逃げようとしていない。普通はあれだけの力の差を見せられたら逃げていてもおかしくないんだ。」
「そうなの?」
「うん。あれだけ体がでかいということは、それだけ長く生きていたということ。それなのにあんなやつがいるなんて全く知らなかったし、それだけ生存するための千恵や力があるということだ。」
「……ということは……」
想像するのが怖かった。
もし予想通りだった場合、ここにいる人達は、否この町の人たちはほとんど助からないかもしれない。
「あいつはまだ奥の手を残している。」
息子は無慈悲にもそう言い放った。
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