武器屋
髭の男に教えてもらった通り、ゲンは広場の人々の間を縫いながら薬屋と服屋の間の路地を目指して歩く。
路地に入ると、少し薄暗く急に周りの温度が低くなった気がした。
ゲンが広場まで来た時の道よりも少し狭く、大人一人が両手を広げたくらいしかない。
石レンガの道にゲンの足音がコツコツとよく響く。
路地を歩いていると、左右に分岐する道がいくつもあった。
知らないとまず間違いなく迷子になっていただろう。
ゲンは赤い扉の家を見逃さないように、慎重に足を進めていった。
「これ……かな……?」
それらしき家を見つける。
その家の横を見ると、さらに奥へと続く細い道があった。
道は続いているように見えたが、奥は暗くとても武器屋があるようには見えなかった。
(もしかして、騙された……?)
そんな考えが一瞬過ぎったが、髭の男の言葉以外に当てのなかったゲンには信じて進むしか選択肢はなかった。
疑心暗鬼になりながらもゆっくりと暗く狭い道へと入り、慎重に進んで行く。
その道は空気が淀んでジメジメしており、カビの臭いがゲンの鼻を刺激した。
思わず顔をしかめる。
到底武器屋があるような道とは思えなかった。
少し進むと目の前にコンクリートでできた下り階段が見えて来た。
階段にはお粗末ながら鉄製の手すりが付いていたが、かなり錆び付いて所々朽ちており、とても掴まって歩けるようなものではなかった。
その階段を数段降りた先には剣のマークが描かれた看板を掲げている建物が目に入った。
「よかった、あった。」
一歩一歩確認しながら階段を降りて行く。
その武器屋は看板がなければとても店には見えないほどに外観はボロボロで古びていた。
壁のレンガは黒ずんで汚れており、所々苔が生えていた。
入り口らしき暗い木目調の扉には呼び出し用と思われる鈴がついている。
ゲンは鈴を鳴らしてみた。
……反応がない。
(いないのかな?)
念のためもう一度鳴らしてみる。
すると、しばらくして店の中から「入っていいぞ」と低い男の声が聞こえてきた。
ギィーっと扉を少し開け、隙間から顔を覗かせた。
店内を見たゲンは驚きのあまり目を見開いた。
店内の壁には一面に剣や斧など様々な武器が掛けられていたのだ。
しかもそのどれもが綺麗に磨がれており、光を反射して輝いていた。
思わず見惚れてしまい、言葉を失った。
「入るならちゃんと入れ。」
中々入ってこないゲンを見兼ねた男が無愛想な声で話しかけてきた。
現実に引き戻されるゲン。
「あ……す、すいません。すごい、武器ですね……」
店内に入ると、目の前には頭に赤いバンダナを巻き、使い古していそうなエプロンを身につけた店主と思われる中年の男が椅子に座りこちらを見ていた。
「武器を買いに来たのか?」
「は、はい。そうです。」
「金はあんのか? 見たところ持ってなさそうだが。」
店主はゲンの全身を舐め回すように見て言う。
「え、金?」
ゲンはすっかり金の存在を忘れていた。
産まれてから今までずっと暮らしていた村ではほとんどお金のやり取りはなく、基本的に物々交換でお互いの生活を支え合って生きてきた。
そこで暮らしていたゲンはお金など持っている訳もなく、突然のことに間抜けな顔をしていた。
「なんだ、ただの冷やかしか。今日は珍しく客が来ると思ったのによ。」
店の主人は呆れたようにため息が漏れる。
「客じゃないなら帰れ帰れ」
「ま、待ってください! どうしても強くなるために剣が欲しいんです!」
ゲンは引き下がらず懸命に訴える。
「でも金はどうすんだ?」
押し黙ってしまうジン。
「金がないなら客じゃねえ。そんな奴に売るもんなんかねえよ。さっさと帰った。」
店の主人は頬付きをしながら手で追い払う素振りをする。
すると、店の奥から穏やかそうな優しい女の人の声が聞こえてきた。
「まあまあ、話くらい聞いてあげてもいいじゃありませんか。まだ子供ですもの。ここまで来たのはなんか事情があるんじゃないかしら。」
その声の主が暖簾から姿を表す。
見たところ店の主人よりも少し歳下のようにみえる。
小皺はあるものの、整った顔立ちで綺麗に化粧がされていた。
「ごめんなさいね。頑固な主人で。」
女はそう言うと苦笑いする。
どうやらこの店主の妻のようだ。
店主は機嫌悪そうに腕を組みそっぽを向いていた。
「でもどうしてここまで来て強くなりたいのか、剣が欲しいのか教えてくれないかしら?」
店主の妻は興味深そうに、そして品定めをするような顔つきでゲンに尋ねた。
どうしても強くならなければならなかったゲンは、重たい口を開くとこれまでの経緯を話した。
病弱な母のために山に薬草を取りに行ったらモンスターに襲われたこと。
逃げている最中、崖でバランスを崩して気を失ったこと。
気を失っていたときに自分の住む村がモンスターの群れの犠牲になり、母親が殺されたこと。
その村に来た狩人に精霊の石のことを教えてもらい、リースの森に行く途中にこの町に寄るように言われたこと。
ゲンは嘘偽りなく二人に話した。
話終わると葬式のような静かな空気が3人の間を漂う。
「すいません、つまらない話してしまって。じゃあ俺はこれで……」
ゲンは店から出ようと扉に手をかけた。
「待て。」
低く静かな声がゲンを引き止めた。
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