髭の男

子供たちが教えてくれた道は、町の中央へと続いているようだった。

その道は人が余裕ですれ違うとこはできそうな道幅ではあったが、左右には家や何かの店が所狭しと建ち並んでいる。

ゲンは体験したことのない圧迫感から少し萎縮していた。


しばらく歩いていると、開けていそうな空間が小さく見えてきた。

ゲンは胸を躍らせ、少し足の回転を速めた。

段々と圧迫感から解放されていくのが肌で感じ取れた。


「わあ〜、すごい」


思わず声が漏れる。

細い道を抜けると、そこには広場が広がっていた。

広場には太陽が降り注ぎ、全体を明るく照らされている。

様々な人がそこにはいた。

子供と仲が良さそうに歩く家族、華やかなドレスに身を包んだ女性、いかにも冒険者らしい腰に剣を携えた人、手を繋いでベンチに腰を掛けている男女など、とてもバラエティに富んでいた。


広場の中心には大きな噴水があり、一際きらきら輝いている。

吹き出す大量の水がキラキラと虹を映し出している。

さらには、この町のシンボルなのだろうか、噴水のそばには剣先を地面に着くように体の前に両手で構えた銅像が堂々と立ち、圧倒的な存在感を放っていた。


「この町の英雄かなんかかな?」


ボスコに来てからはその町並みや人々、モニュメントなど初めて見るものばかりで、ただただ驚くばかりであった。


「そうだ、武器屋武器屋」


目的を忘れかけていたゲンだったが、ふと思い出したかのように周りをキョロキョロと見渡す。

広場にはいくつもの服屋や飲食店が面しているようだったが、武器屋らしき店は見当たらなかった。


「すいません!」


たまたま近くを通りかかった緑のワンピースを着た女性に声をかける。


「ん、何?」


「この町に武器屋ってありますか?」


「んー、ごめんね、わかんないわ」


その女性は少し考える素振りをした後、困ったように眉をへの字にして言った。


「あ、でもあの人なら知ってるかも!」


そう言うと、背中に大きな斧を持った強面で髭の濃い男を指さす。


「さっき自分の斧を見て、なんだか満足そうな顔してたよ。武器屋に寄った後なんじゃないかな?」


「……わかりました、聞きに行ってみます。」


内心あまり近寄りたくないタイプの人ではなかったが、女性の親切心を無碍にすることもできなかった。

ゲンは女性に向かって「ありがとうございます」と言い軽く頭を下げると、教えてもらった髭の男の方に駆け寄っていった。


「あのー……」


「んぁ?」


恐る恐る声を掛けてみると、ドスの効いた声が返ってくる。

全身が強張るのがわかった。


「ぁ……」


ゲンが言葉に詰まっていると、男が腰をかがめて目線を合わせるようにして話しかけてきた。


「どうした? ボウズ。なんか困り事か?」


その声は低く太かったが、意外にも穏やかで柔らかい雰囲気だった。


「ぇ……と、武器屋を探してるんですが……知りませんか?」


ゲンは恐る恐る尋ねてみた。


「武器屋か! 体も気も小せぇのになかなか勇敢じゃないか、ボウズ。」


ガハハと豪快に笑いながら、丸太のように太い腕でゲンの肩をバシバシ叩いてきた。

男は軽くやっていたつもりだろうが、肩から鈍い痛みが全身に響き渡る。


痛い、脳が揺れる。


男は叩くのをやめると、今度は大きな顔をゲンに近づけて、薬屋と服屋の間にある細い路地を指差しながら言った。


「いいか? ちょっと複雑だからよく聞けよ? あそこの道に入るんだ。そして真っ直ぐ道なりに行ったら、右側に赤い扉の家が見えてくる。その家のすぐ横の細い道に入って行くと階段が見えてくるから、そこを降りれば剣のマークの看板を掲げた武器屋がある。」


意外と親切で優しい人のようだ。

見た目とは相反した丁寧な説明に一瞬戸惑ったが、忘れないように小さく声に出しながら、忘れないよう何度も脳内でイメージする。

男の説明通りだと、随分と奥まった場所にあるようだった。


「ありがとう、ございます!」


少し苦手意識のあったゲンは早く離れたい一心で、礼を言うとそそくさと立ち去ろうとした。

するとその時、後ろから肩をガシっと掴まれた。

思わず声が漏れ、飛び上がりそうになる。

そーっと肩を見ると、男のゴツゴツとした巨大な手が置かれていた。


「な、なんでしょう?」


ゲンは顔を引き攣らせビクビクしながら振り返る。

真剣な目つきでゲンを見る男の顔があった。


「なんでお前みたいなボウズが、武器屋とかいう物騒なところ行きたいんだ?」


「え……と、それは……」


ゲンは言葉を詰まらせた。

まさかそんなこと聞かれるとは思ってなかった。

素直に話すか、適当に誤魔化すかどうするか迷っていると、男が声のトーンを落として話した。


「いや、話せないならいい。何か事情があるんだろう? 誰にだって秘密の一つや二つある。言えないなら言わなくていい。だがな、困ったときは大人を頼れ。」


男は胸をドンと叩くと、濃い髭の隙間から白い歯をニッと見せた。


「じゃあ行ってこい!」


そう言うと男はゲンの背中を大きな手で押す。


「わっ! とっと……」


ゲンは前のめりになり転びそうになったがなんとか耐えた。


「乱暴だなぁ! 全く……も……、あれ?」


文句を言おうと振り向いたが、髭の男はどこかへ行ったようで、すでに姿を眩ませていた。


「どこいった? ……まあ、いいか。」


少し周りを見てみたがそれらしき姿はなかったので、教えてもらった通り武器屋に向かうため足を進めた。

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