悲劇

深い闇に包まれた深い山の中。

川の流れる音だけが静かにこだまする。

その山で横たわる一人の人物の姿があった。


「はぁっ…はぁっ!」


目が醒めるや否や、すごい勢いで上体を起こす。

動悸が止まらない。

体中汗でぐっしょりと濡れていた。


「さっきのは………夢……?」


ゲンは頭が混乱していた。

夢だったとしたら、あまりにリアルで、そしてあまりに最悪な夢だった。

目が醒める直前に見ていたシーンが脳内で再生される。

無人の村、血のようなな川、溶けていく両親、そして真っ赤な燃えるような満月。

どれを取っても思い出したくもない。


「なんで途中で気がつかなかったんだ……。」


もし夢だと気がついていたら、幸せな場面で目を覚ます事ができたかもしれない。


よく思い出してみると何もかもおかしかった。


まずシドが居たというのがありえない。

シドは10年前、ゲンがまだ5歳だった頃に殉職していた。

夢に出てきた姿はやけに若く、当時の見た目とほとんど同じだった。


他にもチトセが山に来ていたことも冷静になってみると有り得ない。

チトセは10年前にシドが亡くなったことを知ってから、心も身体も途端に弱っていった。

それからというもの食事はほとんど喉を通らず、それでもゲンのことは愛情をたっぷり注ぎ、育児に手を抜くことはなかった。

しかしそれから数年後、無理が祟ったのか、気づけばベッドから動くことすらままならないほど衰弱してしまっていた。

そんなチトセがゲンを探しに広い山の奥まで来ることなどできるはずがなかった。


だけれどもゲンは嬉しかった。

夢とはいえ、父シドに会うことができたのだ。

小さな頃のゲンにとって、父はやはり偉大であり、憧れでもあった。

よく木で自作した剣を振って、シドの真似して遊んでいたのが懐かしい。


(家の物壊して、よく母さんに怒られてたな。)


つい最近のことのように思い出す。


思い出に耽っていたゲンだったが、ふと我に帰り、今自分が置かれている状況を確認する。

外は既に夜になっていた。暗くてよく見えなかったが周りにはたくさんの木が生えているように見えた。


そして、順を追って一つずつ確かめるように何があったか思い出していく。


「ここは……そうだ、フォブレットに追われて、そして、地震が起きて、坂から落ちたんだ……。」


ふいに微かだが川の音が聞こえてくる。

ゲンは無意識の内に身構えていた。また真っ赤な血のような水が流れているのではないかと恐ろしくなったが、現実かどうかを確かめるために川の音がする方へと近づく。


「よかった。普通の水だ。」


川の水は冷たく、変な臭いもない。どこにでもある普通の水だった。

ダメ押しで思いっきり頬を引っ張ってみる。


痛い。

紛れもなく現実のようだ。


ホッと一息つく。

夢の恐怖で体中の水分が持っていかれていたゲンは、川に張り付くように水を飲んだ。


喉が潤ったゲンは、木の葉や土を払いながら立ち上がる。


「母さん心配してるかもしれない、早く帰ろう。」


そういうと再び辺りを見渡す。

山を熟知していたゲンは、落ちた場所や川のおかげで今いる場所を容易に把握できていた。

幸いなことにこの川を辿れば帰路にたどり着く事ができる。


移動しようとしたとき、真っ暗な空に浮かぶ月に視線を奪われた。


「真っ赤な、満月……。」


その月は見ているだけで吸い込まれていきそうな程、大きくて真っ赤な満月だった。

まるで夢の最後に見たものと同じ様な。


ゲンは身震いした。

考えるよりも先に足が動いていた。

あれは夢ではなかったのか、あれで終わりじゃなかったのか。

心臓が強く鼓動する。自分自身でもドッと脈打つのが感じ取れた。


「勘違いであってくれ!」


神にも祈る気持ちで自分に言い聞かせた。

暗くて視界が悪いのを気にも止めず、全速力で村へ向かう。




――――




村が見えてきた。

やけに明るい。




さらに近づくと村の全貌がはっきりと見えてきた。

あちらこちらから火の手が上がっている。


(嘘だ、何があった、俺が山で寝てる間に。)


村に着くと、そこは地獄と化していてた。


ほとんどの家が、屋根や壁には大きな穴が空き、庭や畑が荒らされてる。

さらにあちこちで村の人達が血を流しぐったりしていた。


(山賊か?!嫌、それにしては家が壊れすぎている。何が起きたんだ。)


周りを見ても到底人の手でやられたとは思えないほどの被害の大きさだった。






「母さんっ!」


急いで家に向かう。


家の前に着くと言葉を失った。

膝から崩れ落ちるゲン。

屋根は焼け落ち、壁はほとんど無くなっていた。

どこが入り口だったのかもよくわからない。


「……かあ、さん……」


ふらふらと力なく立ち上がり家の入り口があったと思われるところに近づいていく。

そこには見覚えのある人物が力なくうつ伏せになって倒れていた。

その腕には所々擦り傷や打撲痕、そして綺麗な茶色の髪は見る面影もなく血や土埃で染まっていた。

さらには腰から下は瓦礫の下敷きになり、血の池を作っていた。


「嘘だ……。母さん!起きてよ!俺を、一人にしないで……。」


倒れていた人物、チトセの肩を揺する。

その体は冷たく、人形のようにただ揺れるだけだった。

ゲンの頬に小さな川が流れる。


誰もいない村に、ただ一人ゲンの泣く声のみが響き渡った。

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