狩人
ゲンはチトセの死を悲嘆し、そして自分の弱さを恨んでいた。
(俺に力があれば、母さんを助けられたかもしれない。)
今朝の山での出来事を思い出していた。
フォブレットに追われたこと、そして恐怖でただただ逃げることしか出来なかったこと。
もし自分が強ければ、そんなこともなくいつも通り村に帰ってくる事ができていたかもしれない。
そうすればチトセや村のみんなを救えたかもしれない。
悔しさで拳にグッと力が入る。
ゲンが悲しんでいる中、そこに近づいていく影が一つあった。
それは徐々に距離が縮まっていく。
ゲンはそれに気がつく事なくただ俯いていた。
「君っ!」
背後から声がかかる。
しかし、火が消えかかっているロウソクのように項垂れているゲンは、周りの音が聞こえずただただ押し黙っていた。
「君!大丈夫か?!」
足音が駆け寄ってくる。
声に気がつき振り返ると、そこにはチトセと同じくらいの歳の男が立っていた。
「……誰?」
「今は悠長に話している余裕はない!じきに第2波が来るぞ!」
何を言っているのか分からなかった。
第二波?
この男は何が起きているのか知っているのだろうか。
男がゲンの腕を引き走り出そうとする。
「ま、待って!」
「君のお母さんか?」
男はチトセの亡骸を見る。
ゲンはこくっとうなずくだけで黙っていた。
「……そうか、すまない。私がもう少し早く駆けつけていれば助かったかもしれない。とにかく急ごう。ここにいては君の命も危ない。君のお母さんのためにも、君は生きなければならない。……いいね?」
男はそうゲンを諭すように言い聞かせる。
母の側から離れたくなかった。
ゲンにとっては唯一の家族だ。
しかしここにいては危険なことにも分かっていた。
地響きがする。それも今まで感じたどれよりも大きな。
そしてそれは少しずつ強く大きくなっていた。
得体の知れない不安がゲンの心を侵していく。
ゲンは後ろ髪を引かれる思いで立ち上がりその場を去った。
少しずつ小さくなっていく母を時々振り返りながら。
男はゲンを誘導するように村の外れの森まで移動した。
変わり果てた村。
朝までの平和な日常が嘘みたいだった。
森に着くと、男はゲンに隠れているように言った。
そのまま村へ戻ろうとする。
聞きたいことが山ほどあったゲンは咄嗟に口を開いた。
「待って!おじさんは誰?」
男は振り返る。
「私はアクロ。狩人をやっている。」
狩人。とてもよく聞き覚えがあった。
ゲンの父シドは名の知れた狩人だった。
狩人とは人々に害を与えるモンスターを討伐する人のことを指す。
討伐中に命を落とす人も数知れない。
シドもその内の一人だった。
今まで気がつかなかったが、よく見ると背中には大きな弓を背負い、左右の腰には腕と同じくらいの長さはある細身の両刃剣が一振りずつ携えていた。
余程腕の立つ狩人なのだろうとゲンは思った。
それと同時に嫌な予感がした。
「もうひとつだけ聞かせてほしい。ここで何があったの?」
一呼吸置いて男は答えた。
「大量のモンスターに襲われた。いや、襲われたというより通過したという方が正しいかもしれない。」
「モンスターが、通過……通過って……」
予想斜め上の返答だった。
ゲンの中にやり切れない思いが渦巻き始める。
「それじゃあまるで……たまたまモンスターが通ったところに村があったから、みんなが…………」
その先が言えなかった。
ゲンの中に渦巻いていたものが、段々とドス黒く、そして大きくなっていくのを感じた。
「アクロさん、俺強くなりたい。そして、復讐してやる。母さん達をやった奴らを一体残らず殺してやる。」
ゲンの胸の内に黒くて熱い炎が灯った。
すこし間を開けて続ける。
「でも、俺には復讐する力がない。アクロさん!俺を鍛えて欲しい!」
必死な目でアクロに訴えかける。
まさかそんなことを言われると思っていなかったのか、アクロは戸惑った。
しかしすぐに口を開く。
「ダメだ。私にはそんな資格などない。それにモンスターの異常行動で今各地で被害が出ている。私にはそれを止める義務がある。それを追いかけながら君を鍛えるなんて到底無理だ。はっきり言おう、今の君では完全に足手纏いにしかならない。」
「そこを、なんとか!」
「ダメだと言っているのがわからないのか!」
間髪入れずアクロが声を荒らげる。
前のめりだったゲンだが、突然のことで萎縮してしまった。
つい顔を逸らしてしまう。
アクロはハッとし、穏やかな口調で続けた。
「私がやっていることはとても危険だ。私自身命を落とす可能性が十分にある。だからそんなところに連れていくことはできない。君はまだ若いんだ。わざわざそんなところに行かなくても強くなれる方法ならいくらでもある。」
「でもすぐに強くなりたいんだ。」
アクロは悩んだ。
ゲンの真っ直ぐで真剣な眼差しを目にしたからだ。
強くなる手段はいくらでもある。
その殆どは少しずつ歳月をかけて鍛えていくものだ。
しかし一つだけ心当たりがあった。
言うべきか迷っていたアクロだったが、ゲンの気迫に押され悩みに悩んだ挙句、ゆっくりと口を開いた。
「……だったら精霊の石を集めるといい。」
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