遭遇
恐る恐る音のした方を振り返る。普段山で見ることのない異形の生物がいた。
その姿は小型の肉食恐竜のような体形で、全身を覆う不気味に光る橙色の毛並み、顔には蛇のような鋭い目、長い口にはいくつもの牙をギラつかせ、両手には鋭く長い爪が一つずつある。
そして嫌でも目についてしまうのが、尻尾の代わりに付いている体長の半分は占めるであろう大きな鎌。
ゲンは見覚えがあった。
父シドが遺した本を絵本のように良く読んでいた。
その本に載っている『フォブレット』とよく似ている。
長い口からは唾液が垂れ、辺りをキョロキョロと見渡しながら彷徨っている。
腹を空かせ獲物を探し回っているようだった。
幸い帰り道とは反対側にそいつはいた。しかし、ゲンはすぐに動けないでいた。
下手に動いて物音を立てては危険だと、第六感が悟っていた。
幸いまだこちらには気が付いていない。
けれども、ここは見晴らしの良い開けた空間。見つかるのは時間の問題だ。
(……どうすれば)
そのとき、蛇のような目がゲンを捉える。と同時に、鳴き声というよりもどちらかというと奇声や悲鳴に近い不快な音が耳を劈く。
そして物凄い勢いで両手の長い爪を高く上げながらこちらに向かってきた。
次の行動に悩んでいたゲンは、動き出すタイミングが遅れてしまう。
持っていた薬草を放り投げ、慌てて来た道へと戻る。
しかし、凄まじい速さで、一瞬で距離を詰められてしまった。
――ビュンッ
何かが頭のすぐ上を掠めた。
次の瞬間、すぐ横にある太い幹が真っ二つになる。
そいつが大きな尻尾の鎌を振り回しながら飛びかかってきたのだ。
変な汗が全身から溢れ出る。あんなものが少し触れたりでもしたら、あっという間に持っていかれてしまうだろう。
ゲンは恐怖に支配される。
切られた木が大きな音を立てながら倒れてくる。
我に帰ったゲンは倒れてきた木をすり抜け、転びそうになりながら逃げる。
切り倒された木の断面は、まるでよく手入れされた刃物で切ったかのようだった。
「くそっ!なんなんだよ、あいつはっ!」
焦りと恐怖が入り混じった声が漏れる。
歩き慣れた道が、いつもよりも凹凸が激しくぬかるんでいるかのように感じた。
足が思うように動かずもたつく。
幸いにもそいつは大振りの攻撃の直後で、体勢を崩し転んでいた。しかしそれも束の間、すぐさま起き上がり再び襲ってくる。
ゲンは木の枝や草で傷を負うのも気に留めず、ひたすらに走って逃げた。
……どれだけ逃げていただろう。
足は鉛のように重く、心臓は破裂しそうだった。
なんとか人1人分はある細い道に差し掛かろうとしていた。そこは一歩踏み外せば坂の下へと落ちてしまう危険な場所だった。
しかし、日頃からここを通っていたゲンは安堵していた。この道に入れば奴は追ってこれない。
言うことの聞かなくなってきた足で踏み入れていく。
その時だった。
地面が大きく揺れ始める。
「嘘だろ…?」
疲れ切っていたゲンはバランスを崩してしまった。
抵抗しようとするがすでに遅かった。
スローモーションのように徐々に地面が近付いてくる。
そのまま急勾配な坂に体を打ち付ける。
全身に激痛が走った。
「……がっ!……うっ!」
声にならない悲鳴が漏れる。
さらに容赦なく、坂を転がり落ちていく。
ゲンは抵抗することもできず、ただただ痛みを受け入れるしかなかった。
脳が揺れ、目まぐるしく景色が変わる。
そのまま意識を手放してしまった。
最後に見たのは、坂の上でこちらを一瞥し引き返していくフォブレットの姿だった。
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