日常

 周りを山々に囲まれた盆地にある小さな村。その村には20戸ほどの三角屋根のこじんまりとした木造の家が点々とある。その中の一つに今年15歳になったばかりの少年が住んでいた。


「母さん、今日も行ってくるね。」


そう言いながら、ゲンはあまり手入れのされていない伸びきった髪を一つに結える。


「いつもありがとうね。最近小さな地震が多いから、気をつけて行くのよ。」


ゲンの母、チトセは心配していた。2人が住んでいる村からそう遠くないところには活火山があった。ここ数十年噴火したことはなかったが、この頃小さな地震が多発していた。村人たちの間では、近々火山が噴火するのではないかという噂が飛び交っていた。


「大丈夫だよ。地震ていってもまたすぐ収まる小さなやつだって、きっと。」


母チトセを心配させまいと、そうは言ったものの心の中では少し不安だった。ここの所やたらと地面が揺れることが多い。そして、その揺れは段々と間隔が短く、大きくなっていたのだ。


「そんなことより!母さんはもっと自分のこと気にかけてよ!今度倒れたら大変だって、医者の先生言ってたじゃん。」


「――そうね…こんな身体じゃなかったら、ゲンに苦労かけないですんだのにね。」


チトセはベッドの上で申し訳なさそうに言う。そして、タンスの上に置いてある1枚の写真へと寂しそうに目を移す。

そこには楽しそうに写る3人の写真が額に飾られている。嬉しそうに肩車をしてもらっているゲン、それを優しそうな目で見守るチトセ、そしてゲンを肩車するたくましい体の男、父シドの姿がそこにあった。


「いいんだよ、好きでやってることだから。それに父さんはもういないんだから、俺が母さんを守らなきゃ。じゃあ、そろそろ行くね!」


大きな籠を背負い身支度を終えたゲンは、そう言い放つと外へ出て行った。


家にひとり残されたチトセは、細くなった白い手を振りながら、閉まっていく扉を物寂しそうな目で見つめていた。





雲一つない青空。小鳥のさえずりが心地よく響き渡る。

隣の家のおばさんが外で畑いじりをしていた。


「今日も山へ行くのかい?孝行者だねぇ。うちにもあんたみたいな息子が欲しかったよ。この頃地震が多いから、気をつけて行くんだよ!」


ゲンの姿を見ると、作業を中断しよく通る大きな声で言った。


「母さんには苦労かけちゃったから。おばさんも気をつけて!じゃ、いってくるね!」


小さな村だから、みんな家族のように接してくれる。

大きく手を振ると、軽快な足取りでいつもの山へ向かって行く。村が小さく見えなくなる頃には、いつの間にか家で感じていた不安はほとんど無くなっていた。




山まではそこまで遠くなく、子供の足でも30分程で着く。


青々とした木で覆われたその山の中は、川のせせらぎが心地よく耳に響き、ひんやりと涼しい。きらきらと光る日の光は、どこか幻想的な雰囲気を醸し出している。ゲンはこの場所が好きだった。


ところが、今日はいつもとどこか様子が違っていた。普段聴こえてくるはずの小動物の鳴き声が聞こえてこない。山も少し騒がしい気がする。少し不審に思ったが、特に気にすることなく山の中へと入って行った。


そして、慣れた足取りで山の奥にある薬草の採取ポイントに向かっていく。




目的地までの道のりは少し険しい。しかし幾度となくこの道は通ってきたため慣れていた。途中、足場が崩れそうな危険な場所があるものの、特に何事もなく無事到着することができた。


目の前に背の高い木が全くないぽっかりと空いた空間が広がる。そこにはたっぷりと太陽を浴びた薬草が生い茂っていた。


「よし、あったあった!」


薬草を見つけるや否や、持ってきていた籠を地面に下ろし、採取にとりかかろうとする。






そのとき、どこかすぐ側で聴き慣れない音がした。

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