08話.[問題なく入れる]
「起きろ」
妹も随分声が太くなったものだなとか考えていたら額にびしっと攻撃された。
その時点で間違いなく可愛げがある妹ではないと分かってしまったため、寒くてもすぐに起きるしかなかった。
「おい、昨日のはなんだったんだよ」
「なんか落ち着かなかったんだ、だから折笠に相手をしてもらおうとしたのに冷たかったからさ」
「なにが冷たいだ、長くは付き合わねえと言っただけだろ」
ということは俺が帰らなければ付き合ってくれたということか。
嘘でもなんでもなくただ会話がしたかっただけだから「明日とかでもいいだろ」と言われて確かに……となってしまったからなあ。
で、結局藍と話したことですっきりできてしまったということはやはり異性パワーというのは強いのかもしれない。
「折笠も冷たいよな、放課後は無理なことが分かっているんだから午前中とかに相手をしてくれてもいいのによ」
「寧ろ教室から消えてるのはお前だろ」
「いやいるだろ」
「いねえよ、千鶴だって『最近はすぐに出ていっちゃうね』って言っているぐらいだぞお前」
基本的に来てくれたら対応するスタイルだからそれはない。
昼休みは妹作の弁当を食べた後に歩いたりもするが、それでも数分以内に戻ってくるんだ。
つまり、奏のところに行かない、藍が自分から来てくれているという現状では絶対にそんなことはないんだ。
「それより朝練はいいのか?」
「そろそろ行く」
「じゃあ一緒に出るかな」
「は? 暇だろ」
「いいんだよ、昔はこうして一緒に登校していただろ」
やたらと早く出て寄り道をしてから学校に行ったこともあった。
喧嘩も特にしたことないし、ここまで関係が続いているわけだから相性がいい――と言うよりは、お互いに踏み込みすぎなかった結果だとそんな風に考えた。
お互いにそこそこ適当な性格がいい方に働いたということになる。
「最近、朝霧とずっといるよな」
「そうだな、来てくれるからな」
「好きなのか?」
「はは、まさか折笠からそんなことを聞かれるとは思わなかったぞ」
標準の顔が結構怖いから意外すぎて吹きそうになるぐらいだ。
ただ、これが所謂ギャップ萌え、というやつなのかもしれなかった。
まあでも、これは結局折笠だからできたことだから俺が真似しても駄目になるんだろうが。
「好きなら一生懸命になった方がいいぞ」
「折笠が言うと説得力があるな」
琴寄は彼氏以外どうでもいいといった態度ではなかった。
彼氏の方もまた、彼女だけに意識を向けるわけではなかった。
そう考えるとやっぱり折笠も優しい奴だなとよく分かる。
「ありがとな、折笠がいてくれたおかげで乗り越えられたことも多いからさ」
「ま、昔から一緒にいるからな」
学校に着いてしまったから別れてひとり校舎の方に歩いていく。
これぐらいの時間に登校するのはかなり久しぶりで少しだけテンションが上っているというのもあった。
冬の静かな感じも好きかもしれない。
「あれ、早いな」
「うん、今日は早く起きたから」
教室に着いたら何故か藍が俺の席の横側に立っていたから挨拶をする。
「座っていい?」
「おう、いいぞ」
三月で二年生も終わって、春休みも終われば三年生になる。
そうなったら当然クラスも変わってくるわけだが、どうなるんだろうな。
「昨日の可愛いって可愛げがあるってことだよね?」
……答えづらいことをどんどん聞いてくるのが藍という人間か。
逆に奏の方は言いづらいことをどんどん言っていく人間だと。
いい姉妹だ、お互いに守ることができるわけだから強い。
「まあ、主なのはそれだな。だけど、……ふたりは普通にかわ……いいだろ?」
琴寄は可愛いと言ってもらったことがあるんだろうか?
もし言ってもらったことがあるとすれば、結局のところ折笠がすごいということになる。
これさえ真顔で言っていたとしたらどうすればそうやってできるのか教えてもらいたいぐらいだった。
「ぜんっぜん駄目ね、言うならもっとはっきり言いなさいよ」
「俺にそんなの求めるなよ……」
平気で可愛いとか言っている自分というやつが想像できなかったし、言えるような自分じゃなくていいと思った。
異性を見れば可愛いねとか言っている奴よりはまだマシだろう。
妹が持っている少女マンガの男子達は気軽に可愛いとか言いすぎだと思う。
「情けないわねえ、昨日なんてあんなに大胆に行動していたというのに」
「待て、誘拐はしていないからな?」
「手を繋いでいたでしょうが、昨日のはあんたからしたんだから大胆でしょ?」
あ、確かに昨日は初めて藍の手を自分から握ったことになるのか。
小さくて、温かくて、力の入れ加減が難しいそんな感じの手だった。
でも、握ればぎゅっと握り返してくれるから普通に……。
「でもね、私としては抱きしめるまでしてくれればよかったけどね」
「そうしたら誘拐したとか拉致したとか言うだろ」
「冗談って言ったじゃない、私は――な、なに?」
何故か妹の腕を引っ張ろうとする姉が。
座っているからなのか、単純に力が弱いのか、それかもしくは遠慮しているだけなのか、特に影響はなかった。
ただ、いつもの無表情ではなくなんとも言えない顔をしているのは気になるところだと言える。
「……仲間外れにしないで」
「してないじゃない、内容だってお姉ちゃんと高司に関することなのよ?」
「……奏は達男君を独り占めしようとする」
「してないでしょうが……」
俺のところに集まって折笠と琴寄が会話をしていたときは正にそんな感じの気持ちだった。
別にここじゃなくてよくね? と言いたくなるぐらいには仲間外れ状態だった。
しかも平気でいちゃいちゃし始めるし、前にも言ったように琴寄はちらちら見てくるし、折笠も真顔で結構恥ずかしいことを言うしで、こっちが恥ずかしくなったぐらいだ。
が、あれこそ関係を長期化させるために必要なのかもしれない。
周りの目を気にせずにいちゃいちゃできるぐらいじゃないと女子側からすれば不安になってしまうだろうから。
もちろん手を繋いだり、キスをしたりなんてことはなかったからそれを聞かされるのが地獄なだけで特に問題にもならない。
「それにね、私は高司みたいなのは嫌よ。だって女としては相手の方から動いてほしいじゃない? それなのに相手が高司だったらいつまで経っても前に進まなそうじゃない」
そんなことない! なんて言えなかった。
奏の言っていることはほとんど正論だ。
元々言い返すつもりなんかないが、言われたら黙るかそうだなと認めるしかないのが現実だった。
「それ以外はいいってことだよね?」
「い、嫌よ、身長だって高いのに筋肉とかなさそうだし」
最近は体育以外で動いていないから自信はないな。
中学のときは腹筋! って感じの腹筋をしていたものの、筋トレとかもしなくなってしまったから。
そこまで筋肉を意識しているわけではないだろうが、筋肉質なところも折笠の人気に繋がっているのかもしれないといま分かった。
「でも、奏にも優しいよね?」
「優しければ好きになるというわけではないわ、もしそうだったらいま頃やばい世界になっているわよ」
つか、この無意味なやり取りはいつまで続くんだろうか?
俺はひとりから好かれればそれでいい。
近くに行く度にきゃーとか言ってもらえるような人間にはなれないし、そんなのを求めているわけじゃない。
「その話はもうこれで終わりにしよう、奏からしても迷惑だろうしな」
「そっか、達男君がそう言うならやめる」
「おう」
意味もなく振られるのはごめんだ。
これからも色々と俺の悪い点を挙げられていくだけだろうからそれは聞きたくなかった。
奏はこの前のように難しい顔のまま腕を組んで黙ってしまったが、それがもう癖なんだと考えて片付けておいた。
二月になった。
別にそれとは関係ないが、特に用があるわけでもないのに自分の席でずっと休んでいた。
誰かを待っているわけでも、誰かが来てくれるわけでもないのに無駄なことをしている。
「あ、また寝て――」
「起きてるぞ」
だからこれは少し予想外だった。
だってもう放課後になってから一時間は経過しているんだから部活がない組はさっさと帰るだろ?
で、どうやら藍ひとりのようだったから少しほっとする。
……奏は意識してこっちの痛いところを突いてくるからな……。
「どうしたんだ? まさか家が嫌いってわけでもないだろ?」
「最近、すぐに帰りたくない」
「奏と喧嘩でもしたのか?」
彼女は「そういうのじゃないよ」と答えてから無理やり座ってこようとしたから慌てて譲る。
ここは暖かいわけでも、幸せな気持ちになれるわけでもないのに物好きだ。
「多分、もう二年生が終わっちゃうからだと思う」
「ああ、確かにあっという間だったよな」
「あとはこうして達男君がよく残っているからだよ」
「そうしないときは必ず一緒に帰っているしな」
すっかりそれが当たり前になったということか。
俺にとっての当たり前はひとりで登校し、ときどき折笠や琴寄と話し、放課後になったらひとりで下校する、というものだったから相当変わったんだなと。
ただまあ、家での時間は全く変わっていないからまだ落ち着けているのかもな。
「なんでそんなに一緒にいてくれようとするんだ?」
「なんでだろ、これまでだって達男君みたいに優しい子は多かったんだけど……」
陽キャじゃないから……なわけないよな。
モテない人間がいいとかそういうわけでもないだろう。
となると、ふと唐突になにをやっていたんだろうとなる可能性もあるのか。
ある程度仲良くなったところでそれをされるのはかなりきついぞ……。
「まあいい、ありがたいことだからな」
「そうなの?」
「当たり前だ、一緒にいてくれるというだけでも滅茶苦茶ありがたいよ」
折笠はいつでも遠くに行ってしまいそうな危うさがあるから尚更そう思う。
琴寄だって折笠が離れれば話すことは不可能になるんだからな。
残念ながらそんな感じだから本当に話せる存在が増えてくれてありがたい。
「藍――え? そんなびくっとしてどうしたんだ?」
いまここで怖いとか離れるとか言うのはやめてくれっ。
本当にただ女友達として存在してくれていれば十分満足できるから。
が、彼女はうつむいたまま座るのをやめて移動してしまった。
「お、俺がなにかしたか……?」
「……よく考えたら恥ずかしいことをしてたから」
「あ、席に座ることか? でも、本人に内緒でしているわけじゃないだろ?」
恥ずかしく感じるポイントが全く分からない。
普通手を握る方が後でうわあ! ってなるようなことだよな?
あ、奏と多くしてきたからそれが普通になってしまっている可能性もあるが……。
「細かいことはどうでもいいよ、私が達男君といたいからこうして一緒にいるんだからね」
「お、おう」
「だからもっと一緒にいたい」
「俺だってそうだよ」
こういうときにそういう細かいことは大事なことのはずだが、俺としては離れられる方が嫌だから気にしないようにしておいた。
もう前とは違うんだ。
折笠がそうだったように藍と毎日必ず最低でも一回は話せるような関係でいたい。
もちろん一緒にいられればいられるほど俺からすればいいわけで。
「手も繋ぎたい、達男君の方からしてほしい」
「じゃあ帰るか、帰らないのにそんなことをしていたらバカップルみたいになってしまうからな」
「ばかっぷる」
ちなみに折笠と琴寄がそうしているところを見たことがあるし、抱きしめ合っているところだって見たことがあるという不運な男だった。
「手を繋ぐということは私達は恋人?」
「え、いや、それは違うだろ?」
「でも、一緒にいたいと思うからそうだよね?」
いやまあ、一緒にいたいと思ってもらえるのは普通に嬉しいことだ。
恋とは関係ないが俺の方は一緒にいたいと思う方だったから尚更そう思う。
だからって、嬉しいからって騙すようなことをするのは違う。
「俺は仲良くなりたいと思っているけど違うな、だって藍だって別に俺のことがそういう意味で好きというわけじゃないだろ?」
ちゃんとしてやらなければならない。
ここで嘘でそうだと言ってしまったら奏だけではなく本人にだって幻滅される。
非モテだからってそこまでクソじゃないんだよ。
「この仲良くなりたい、一緒にいたい、手を繋ぎたいという気持ちはそれとは違うのかな?」
「聞かれても俺は藍じゃないから分からないぞ」
色々な意味で彼女は手強かった。
とりあえず留まっていても仕方がないから帰ることにする。
「言い忘れていたけど、奏と仲良さそうに話しているところを見るともやもやするんだよ?」
「そ、それは奏を取られたくないからじゃないか?」
「ううん、だって奏とは家に帰ればゆっくり話せるから」
こちらはもやもや、というか、そわそわしながら歩いていたら彼女の家に着いてしまった。
そうしたら扉の前に奏が立っていて、いつも通り難しそうな顔で「遅いわよ」と。
「奏、達男君を取らないでね」
「そんなことを言うということはやっと付き合い始めたの?」
「うん、そうだよ」
「よかったじゃない」
奏だけと離れて本当のところを言っておく。
こういうときでも流されてはいけないんだ。
本当のところを知っておけば奏は違うと止めようとするだろう。
「ま、それでもいいじゃない」
「は……」
「あんただって一緒にいたいと思ってるんでしょ? お姉ちゃんだって毎日一緒にいたいと言ってるぐらいだからそれなら悪いことにはならないでしょ」
味方なのかそうじゃないのかが分からなかった。
で、先程言っていたように気に入らなかったのか藍の手によって玄関前まで戻ることに。
「奏はライバル」
「違うわよ、私的には高司はありえないから」
「でも、いい人だって達男君といた後はよく言うのに?」
「そりゃそれは事実じゃない、でもね、いい人なら誰でもいいってわけじゃないのよお姉ちゃん」
そうだな、これは奏の言う通りだ。
それによく分かっていないとはいえ、姉が狙っている……らしき人間と敢えて仲良くしようとする妹はいないと思う。
相当仲が悪ければ傷つけたくてするかもしれないが、この姉妹はそうじゃないから安心できる。
「とにかく、私が言いたいのはさっさと帰ってきなさいってこと。高司もね、あんまり遅くまで居残らせないでよ」
「はは、悪い、最近は教室で話してから帰ることが多くてな」
「どっちにしろ寒いんだから帰りながら話すか、家の中で話せばいいじゃない」
「今度からはそうするよ」
俺が一緒にいたいと考えて無理やりいてもらっているわけじゃないんだ。
一緒にいたいと言ってくれているならどんどん行くだけだ。
別に変なことをするというわけじゃないから家の中にだって問題なく入れる。
「藍、奏、これからもよろしくな」
「うん」
「だからお姉ちゃんだけにしておきなさいよ」
奏にはちくりと刺されてしまったが気にしないでおいた。
これほどありがたいことはないからな。
だからこれからもそこだけは変えるつもりはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます