07話.[一緒で可愛いな]
暇だったから校内散歩ついでに奏の教室を探してみた。
それで簡単に見つけることができたわけだが、机に突っ伏して寝ているだけだという……。
いや、いやいや、疑ってはいけない。
いまは眠たくて寝ていただけかもしれないんだから信じてやらなければならない。
とにかく、せっかく来たんだから気にせずに突撃することにした。
明らかになんだこいつって顔で見られているが(多分被害妄想)、気にせずに奏の机をタップする。
「ん……?」
「よう」
彼女はひとつ伸びをすると「……お姉ちゃんは?」と聞いてきた。
んー、周りの人間が近づいて来る雰囲気はないからやっぱり……なのか?
仮にそうだとしても彼女だったら「だからなに? お姉ちゃんがいれば十分なんですけど」とか言いそうだ。
「他の友達といたから誘うのは無理でな」
「なのに一年生の教室に突撃して私には話しかけられるのね」
「それはほら、妹の方は寝ているだけだったからな」
「寝ているときこそ話しかけにくいでしょ、あんたってよく分からないわね」
男子といるところを見たら空気を呼んで近づかないようにするし、女子といるところに突撃する勇気はないから自然とこうなる。
空気の読めないような人間にはなりたくないのと、女子の集団に突っ込むとそれだけで悪く言われる可能性があるから余計にできなくなるんだ。
小中学生時代にそういうミスでぼろくそに言われたことがあるからトラウマとまではいかなくても結構ダメージとして残っているのかもしれなかった。
「それともなに? お姉ちゃんじゃないから気にしなくていい的な感じ?」
「違うよ、なんでそんな悪い方にばっかり考えるんだ」
初対面の相手にも大胆に接することができるのになんだろうか?
実はそれも全て無理やり装っているだけなんだろうか?
ありのままでいると否定されたときにかなり傷つくから守るためにそうしているのかもしれない。
あとは……あ、奏の性格的に藍を守るためには必要なことなのかもしれなかった。
「ちょっと廊下に行こ」
「は? お、おう」
廊下に出ると中途半端なところで足を止めて壁に背を預けた。
それから腕を組んで難しい顔のまま黙る彼女。
「……お姉ちゃんと来てほしかったんだけど」
「悪い、だけど歩いていたから丁度よかったんだ」
「つまり探したってことでしょ? 完全に怪しい人間じゃない」
「はははっ、確かにそうだなっ」
奏って何組だ? なんて聞くことはできなかったから仕方がない。
彼女の言うように、藍が案内してくれるのが本当は一番だった。
だってこんなところでうろちょろしている男とか怪しすぎだろ。
陽キャでイケメンで後輩にも知られている男子君だったら「どうしたんですか?」とか勝手に近づいてきてくれるんだろうが……。
「しかもその目的の人物がまだ仲良くない女子なんだから正直、ストーカーみたいなものよね」
「理不尽すぎだろ……」
来なさいと言われたから来ているだけだぞ。
仮にそう言われていなかったら藍の妹だとしてもこうして行ったりはしていなかったぞマジで。
当たり前だ、同級生の妹はそれこそ友達の友達みたいなものなんだからな。
「嘘よ、……ただ、教室に入ってくるとは思わなかったから少し焦ったわ」
「じゃあこれからは廊下で待ってるよ」
「あんたひとりで待ってたらそれこそ怪しいでしょ、噂になるわよ?」
「次は藍を連れてくるよっ」
どう選択しても俺はストーカーみたいなことをしているみたいだから駄目だ。
つか、これはお姉ちゃんを連れてこいと言われているだけなんじゃないか?
三階に上がるのは緊張するから姉から来てくれればラッキー程度に考えているだけで俺はいらねえだろ……。
「奏、気持ち悪いことをして悪かったな」
「は?」
「いや、まあ……そろそろ戻るわ」
二度と同じような思いにはさせないからな。
俺だって一応学習能力があるつもりだから安心していい。
「あ、おかえり」
「おう、奏が『お姉ちゃんに来てほしい!』って言ってたぞ」
「はは、なんか上手だね」
これで詫び……になればいいが。
姉が来てくれれば奏はきっと安心できる。
俺が行っても静葉が安心できるようなことはないから普通に羨ましかった。
「奏は正直だからいいよね」
「藍も同じような感じだろ」
「私は……あんまりしたいこととか言えないから」
一緒にいたいとか言えるんだから十分だと思うが。
それになにより、手を握ったりできる時点で俺にはない強さを持ってるよ。
「ただ、奏に会いに行っているとは思わなかった」
「呼ぼうとしたんだぞ? でも、友達と楽しそうに話していたからさ」
「それでも来てくれればよかったのに」
「勇気がいるんだ、俺にはないから分かってくれ」
それにもうひとりでは行ったりしない。
つか、正直藍のところに行くのも本来は控えるべきなのかもしれない。
……ひとりで過ごすことになったからって来てくれた彼女のことを悪く考えてしまった人間にその資格はないだろ、という話。
それでもあの約束があるから藍から逃げることは不可能だった。
「なんか悪いことを考えてる」
「ん? 考えてないぞ」
「余計なことを考えて距離を置いたりしそうだった」
奏が言っていたことは本当のようだった、って、嘘をつく必要がないか片付ける。
少しだけ怖い顔をしていたからもうすぐ予鈴が鳴るということで教室に戻らせた。
安心してほしい。
だって結局俺に離れるなんて勇気はないんだから。
一緒にいたいと考えてしまっている時点でなにもかも意味がない思考だった。
「高司ー――って、なに寝てんのよ」
どうせ寝るなら家で寝なさいよと自分のことを棚に上げてツッコんだ。
お姉ちゃんは高司と一緒にいたいのかそうじゃないのかがよく分からない。
いまなんて、というか、普段からチャンスみたいなものなのにね。
「起きなさいよー」
こっちは気にせずに机とかじゃなくて本人を揺らしていく。
よくお姉ちゃんにもしていることだから特に気にならなかった。
これで起こせなかったことはないから、絶対に数秒後には起きるものだと思っていたんだけど、
「起きないわね……」
これじゃあ寝ている人間に悪戯する悪い人間みたいだった。
相手が異性となると余計に悪くなってくる。
生きていることは分かっているから余程眠たくなるようなことがあったということだよね?
というか、あれからお姉ちゃんは何度も来てくれているのに高司が全く来てくれなくなったから気になっているところではあった。
「ここにいたんだ」
「あ、まだいたのね」
「うん、奏を探していたんだ」
わざわざ探さなくても放課後であればお姉ちゃんのところに勝手に行くから気にしなくていいのに。
それに一緒に帰る気があるのなら校門で集合しようとでも言っておいてくれれば守るんだから。
「達男君は寝ちゃってるね」
「ずっと起きないのよ、あ、そうだ! お姉ちゃんが声をかけてみてよ」
そうすれば絶対に起きる。
もしこれで起きなかったら頬でも引っ張るつもりでいた。
ま、ここで違いというやつを見せつけてくれるんだろうけどねー。
「達男君、風邪引いちゃうよ」
……数秒経過しても私のときとは変わらず、といった感じだった。
今度こそ生きているのかどうか分からなくなって確認してみたものの、普通に呼吸をしているようで段々とむかついてきた。
お姉ちゃんにはこんなことをさせられないから妹である自分が鬼にならなければならない。
「起きなさ、いっ!」
「うわ!?」
はぁ、最初からこうしておけばよかった。
頬に触れるのはあれだったから肩を思い切り叩いた結果になるけど、どちらかと言えば声の方に驚いたのかもしれない。
「なにずっと寝てんのよ」
「奏かっ、驚いたぞ……」
「なんかあったわけ?」
「いや、思いの外気持ちよく寝ることができてしまっただけだよ」
高司は呑気に笑いつつ「帰るか」と。
自分が寝ていたくせに随分勝手な人間だ。
まあでも、残っていても仕方がないから帰ることにした。
「奏は最近、なんか楽しそうだな」
「って、あんたはちょっと前までの私を知らないでしょうが」
「まあそうだけどさ、藍が沢山行くようになったからか?」
「確かにお姉ちゃんが来てくれるのは嬉しいわ」
正直、学校が楽しいと感じたことはない。
それでもなんとか腐らずにいられているのはお姉ちゃんが一緒の学校にいてくれるからだ。
「いいな、静葉は別の高校に進学してしまったから羨ましいよ」
「ぷふ、あんた嫌われてるんじゃないの?」
「そうじゃないと思いたいけどなー」
生意気だとか言ってこないから調子が狂う。
きっとこうなるという自分の考えとは全く違う結果になって返ってくるから困る。
でも、人間なんだから溜まりに溜まったらどうなるかは分からないか。
わざと怒らすような趣味はないからこのままでいいんだけど。
「お姉ちゃん? なんでそんなに黙ってんの?」
「奏が楽しそうだったから邪魔したくなかっただけだよ」
「楽しそう? 楽しそうねえ」
まあ、高司と話していて嫌な気持ちになることはないからそこが違うと思う。
相手をする際の構え方によって変わってくることだけど、うん、まあ別に変に気を使ったりしなくて済むのは楽だ。
まだ出会ったばかりだから高司が隠しているだけって可能性もあるだろうけどね。
「でも、こいつは来ないから」
「そういえばなんでなの?」
いつもはちゃんと顔を見て答えてくれるのにいまはそうじゃなかった。
違う方を見つつ「特になにもない」と答えただけだった。
こんなの任意だし、お姉ちゃんだけでも来てくれればそれでいいから特になんとも感じない。
「それより奏、藍は暗いのが苦手なんだから放課後になったらすぐに一緒に帰ってやってくれ」
「ちょっとぐらいなら大丈夫よ」
「いやでも、女子だけだから危ないだろ?」
「は? あんたはどうせ暇人なんだから一緒に帰ればいいじゃない」
お姉ちゃんだってそれを望んでいる。
昔はこっちといてばかりだったから変わったんだなと少し嬉しくなったぐらいなのに、その一緒にいる人間がこんなのじゃ困るんだ。
「あんたもっとしっかりしなさいよ」
「俺はずっとこんな感じだよ」
「困るのよ、お姉ちゃんと一緒にいる人間がそんな感じだと」
「そうだな、俺が奏の立場なら他のもっとしっかりとした人間といるように望むな」
文句を言いたくなって高司! と呼んだときにはもう家に着いてしまっていた。
高司は微妙な顔で笑うと「じゃあな」と言って向こうへ歩いていく。
「入ろ」
「そうね」
突っ立っていてもなにかが変わるわけではないから仕方がない。
でも、いまの高司のままなら私は……。
「折笠先輩、また明日もお願いします」
「おう、気をつけろよ」
「はい、それではこれで失礼します」
よかった、ちゃんと会うことができた。
寒い中ずっと待っていたから会えなかったら泣きたくなるからマジでよかった。
「よう」
「は? なんでいんだよ?」
「たまにはゆっくり話がしたかったんだ」
「そう長くは付き合わねえぞ」
「それでいい、別になにか相談に乗ってもらおうとかそういうことを考えているわけじゃないからな」
日曜日とかはゆっくり休みたいだろうから平日に待つしかなかったんだ。
ただ家に着くまでの間、話せればそれでよかった。
午前中とかは寝ていたり他者といたりするからなかなか近づきにくいんだ。
「で?」
「本当に特になにもないんだ」
「だったら明日とかでもいいだろ」
部活で疲れた状態のときにこんな感じで来られたら嫌か。
さっきも言ったようにたまにはゆっくり話したかっただけだったんだがな。
「悪い、もう帰るわ」
「なんだよ」
んー、なんだろうなこの感じ。
奏から言われたことを気にしているとかそういうことではないんだが、なんか落ち着かなくて勢いだけで行動したくなる。
いまだって帰ればいいのに帰らずに違うところに向かって歩いていた。
自然と朝霧家の近くまで来てしまったときは気持ち悪いなと感じ、内が寒くなったぐらいで。
「達男君」
「うわっ! 違うからな!?」
「ちょっと歩こ」
暗いところが苦手な少女は夜遊びが好きなようだった。
ホラー番組や映画を怖いけど見てしまう心理、みたいなものだろうか?
ちなみにそういうのは得意だったりする。
ただ、現実の人間が怪我しているところを見たりすると目を逸らしたくなるが。
「どうしたの? いつもの達男君らしくないけど」
「なんか落ち着かないんだ」
「それは奏があんなことを言ったから?」
「違うよ、それに奏が言っていることはもっともなことだろ」
「私はそんなこと思っていないよ」
でも、やっぱりそこじゃないんだ。
そのことはもう内で片付けてある。
奏のところにはひとりで行かないが、藍のところには行くとな。
が、今回のこれは自分でもよく分かっていないからどうしようもない。
食事や入浴で発散もできていなかったし……。
「分かった」
「お? 言ってみてくれ」
「多分、最近は私とあんまり手を繋いでいなかったからだと思う」
おいおい、真顔で最高に面白いことを言ってくれたぞ彼女は。
あと、やっぱり言いたいことを言えない彼女というやつを想像できなかった。
いまの発言も大胆だとかそんな風には思っていないんだろうな。
「ははっ、じゃあ手を貸してくれ」
「うん、いいよ」
おお、単純に人のぬくもりというのは安心できるものだな。
ずっと待っていて普段より冷えていたもんだから温かい物を食べたぐらいにはほうっとした。
「大丈夫」
「両手でされると効果二倍だな」
「なんでこんなに冷えてるの?」
「さっきまで折笠を待っていたんだ、結局すぐに別れたけどな」
いま気になるのは彼女はいいんですか!? ということだった。
同じぐらいに終わるということは遅い時間なわけで、ひとりで帰らせたら危ないでしょうがと奏みたいに言いたくなる。
運動部所属少女とはいえ、結局、男に本気を出されたら勝てないんだからしっかりしておくべきだ。
「藍、いつもありがとな」
「どこかに行っちゃったらやだ」
「行かないよ」
感謝ぐらい伝えさせてくれ。
奏がいるときだと恥ずかしいからいま言うしかなかった。
あと、そこは真顔で「うん」と言ってくれるだけで十分だったんだがな……。
「馬鹿高司ー!」
後ろから大声が聞こえてきたと思ったら奏だった。
まあ、他の人間から急に罵倒されても怖いから助かった形になる。
「お姉ちゃんを、はぁ、誘拐、はぁ、すんじゃないわよ!」
「してないぞ……」
もうこれ嫌われているだろ……。
こうなってくると藍に悪い情報を流して藍が離れていく可能性があるから微妙だ。
特に注意することもなく見ていることが多いのは実は姉も――なわけない、と思いたい……。
「ふぅ、まあ冗談だけどね」
「質が悪い冗談はやめてくれ」
これからも会いに行くのはやめようと決めた。
いやほら、嫌いな相手の顔を見なくて済むならそれが一番だろ?
単純に俺が悪く言われたくないという情けなさが出ているだけとも言えるが、人間なんて所詮はそんな感じではないだろうか。
悪く言われたいなんて考えている人間はごく少数しかいないんだしこれが普通だ。
「あ……」
「ん?」
なにか言いたいけど言いにくそうな感じの奏。
なんだなんだと考えていたら「……さっきは自由に言って悪かったわね」と言ってくれた。
「はは」
「な、なによっ」
「いや、藍と一緒で可愛いなと思ったんだ」
可愛げがあるというのはいいことだ。
残念ながら俺の方はそういうのがないからなかなか厳しくなる。
いまから頑張れば同じとまではいかなくても多少はよくなるだろうか?
「うわ、お姉ちゃんにだけ可愛いと言っておきなさいよ」
「仲間外れにしたら可哀想だろ? 俺がそうされたら嫌だからな」
自分がされて嫌なことをなるべくしていないつもりだ。
いつか返ってくるというのはマジでそうだと思っているからこれはずっと同じままでいい。
とはいえ、今日のところは家まで送って解散にしておいた。
俺もそろそろいい加減帰ってゆっくりしたかった、というのが一番の理由だがな。
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