06話.[見ていたかった]
「高司君おはよ!」
「おう」
折笠君の彼女さんは今日も元気だった。
彼女にとってはこの寒い気温なんてどうでもいいのかもしれない。
また、学校に行けば自然と友達に会えるから嬉しいのかもしれない。
こんなんでも来てくれなくなったら寂しく感じそうだと元気な彼女を見つつ内で呟いた。
「あ、そういえば朝霧さんとは何時ぐらいまで一緒にいたの?」
「四時だな」
「えー!?」
待った、こういうベタな反応って逆に気持ちいいんだな。
こういう分かりやすいリアクションを見せてくれる人間は面白いかもしれない。
となると、苦手意識なんかを持っていたりなんかしていたらもったいないことになるよな。
「琴寄、これまで悪かったな」
「え? なんで急に?」
「これからもどうしようもなく暇だったら来てくれればいいから」
「いいの? 私は高司君と友達だと思っているから行かせてもらうけどさ」
これが結果的に一番面倒くさくならなくて済む方法だった。
つか、琴寄とか朝霧のことよりもいまは静葉のことが気になっているからそっちに意識を向けている余裕がないというか……。
ずっと暗いままだから家の中がどんよりしている感じで微妙なんだ。
「高司君、おはよ」
「おう」
「静葉ちゃんは大丈夫そう?」
「いや、それが全く会話できていなくてな」
さっさと部屋に引きこもってしまうからどうしようもなかった。
自分がよくああいうことをするからされる側は困るんだなと、初めて気づいた形となる。
部屋の外で朝霧が会いたがっていると言ったところで変わらないんだから今回は相当重症だった。
まあでも、初めての彼氏と初めての喧嘩……かどうかは分からないがしてしまったことになるわけだし、きっと俺には分からないことだってあるんだろうが……。
「そっとしておくのがいいと思う」
「ああ、というかそれしかできないからな」
俺が起きたときにはもう出ていたからその点だけは安心できる。
今日は始業式とHRだけだから静かに過ごして時間経過を待つだけだ。
起きて静かにしていれば問題視されないからその点だけは気楽だった。
「初日って呆気ないよね」
「そうだな、入学式の日だってこんな感じですぐに終わったしな」
俺のときは来なかったものの、大好きな妹のときは入学式とか卒業式とかにちゃんと行っていたからそこでも露骨だった。
ただまあ、変に期待しなくて済むことからこれからもそれを続けてほしいと考えている。
「ちょっとゆっくりしていこ」
「いいぞ、やらなければいけないこととか特にないしな」
三年になったらクラスはどうなるのか。
意外と琴寄と一緒になって折笠&朝霧とは別のクラスになる、みたいな展開になりそうだ。
少しだけ大人な対応をできるようになったいまならそれでも構わないが、正直、それだったら朝霧と同じクラスになれた方がいいな。
「妹がね、静葉ちゃんを引っ張り出しなさいよって言ってた」
「ははは、俺だってできるならしたいけどな」
「あと、高司君にまた会いたいって言ってた」
「それは嘘だろ……」
「でも、気になってるって言ってたよ?」
それは無垢な姉が弄ばれないように妹が気をつけているだけだ。
俺としても心配になるからしっかりしている味方がいてくれるというのは大きい。
もちろん彼女のことをしっかりしていないとか言うつもりはない。
でも、気をつけていたところでひとりだとどうにもならないときがくるかもしれないからそういう存在は大事なんだ。
「朝霧、妹とちゃんと仲良くしておけよ? 拗ねて逃げたりしないでな」
「む、……いつまでそれを言うの」
「ははは、悪い悪い」
妹と仲良くしておかなければならないのはお前だよという話だった。
いやでも本当に話すらしてくれないんだから恋ってやっぱいいことばかりではないなと。
まあどんなことでもデメリットというのはあるから今更かよとツッコまれてしまいそうだが。
「紛らわしいから藍でいいよ」
「そうか、じゃあ呼ばせてもらう」
「私も
「呼び捨てでいいぞ」
なんとなく彼女から君付けされるのは少し気恥ずかしかったんだ。
つか、なにも達成していないし、男らしくもないから名前負けしているよなあと思った。
そういうつもりでつけたわけではないだろうし、名前なんてそんなものだろと片付けることができてしまうかもしれないが……。
「あの夜に言ったことは勢いだけのものじゃないよ」
「一緒にいたいってやつか?」
「うん、何度も言うけど達男君は優しいから」
「嫌われないように動いているだけだよ」
できているのかどうかは分からない。
相手のためを思って言った言葉が逆効果になる可能性もある。
静葉のときみたいになにもしなさすぎても、それもまた逆効果になるかもしれないしで難しい。
「そもそも俺は折笠と違って意地悪なんじゃなかったのか?」
「……あのときは確かに意地悪だった」
「駄目って言ったのに勝手に来たからだろ……」
暗いところが怖いのに無理して来られるぐらいならひとりでよかった。
あのときの俺は面倒くさい人間だったから棚に上げるのもどうかと思うが、だからといって無理やり来るのは違うだろう。
ただ、考えていたようにはならなくて彼女のことを悪く考えてしまったのは確実に俺が悪い。
なので、これからは非モテのことを考えてクリスマスとかバレンタインデーとかをなくしてほしい――なんてな。
「だから大晦日のときはちゃんと来てくれて嬉しかった」
「約束だったからな、俺はそういう風になったら守る人間だよ」
「逃げないでいてくれているよね」
「ああ、そもそも藍から逃げる必要なんてないからな」
余計なことを言わずに一方的に謝罪をしていた。
彼女はよく分からないといった顔でこちらを見てきた。
「そろそろ帰るか」
「もう……?」
「ああ、だって暗いの苦手なんだろ?」
十六時の時点で怪しくなってくるぐらいだから早く帰路に就いておくのが一番だ。
話すのは正直歩きながらでもできるし、こっちは自然と送ることになるんだからなるべく早く行動できる方がいい。
あとはいまも言ったように彼女のことを考えての発言だった。
「誰かがいてくれれば問題ないよ、大晦日もそうだったでしょ?」
「それは無理しているだけだろ?」
「……達男君は本当に意地悪」
おいおい、なんだその言い方は。
もしなにかが変わってきているんだとしたら不安になる。
あ、だけどそこまで怖くないぞと言いたいだけの可能性もあるか。
すぐに勘違いしそうになるのはこれまた非モテの弊害だなと微妙な気分になった。
「でも、迷惑をかけたいわけじゃないから帰ろ」
「おう、帰ろう」
隣を歩く彼女はいつものように静かだった。
琴寄みたいに大げさに反応するわけでもなく、分かりやすく楽しそうにするわけでもなく、彼女らしくそこに存在しているだけ。
人はそれぞれ違う方が接していて楽しいわけだし、これからも同じような感じでいてほしかった。
「っと、気に入ったのか?」
「この前したとき達男君の手が凄く冷たかったから」
「確かに藍の手は温かくていいな」
例えば課題を出されていたときなんかには帰ってすぐにやるのは辛かったりする。
手が冷えすぎていて上手く動かないんだ。
だから自然と後回しになって後々面倒くさくなるので、これは地味にありがたいことだった。
ただ、これはなんというかその、恋愛的な意味より兄妹的なそれに感じるわけだが……。
「まあいいか」
「うん?」
「なんでもない」
信用してもらえていると考えればそれはいいことだった。
俺は異性の友達がほしかったからこれからもこの距離感のままでよかった。
「兄貴の裏切り者」
久しぶりにすぐに部屋にこもらずにいてくれているなと思ったらこれだった。
妹曰く、彼氏と喧嘩して上手くいっていないときに見せられるいちゃいちゃは嫌、ということらしいが……。
それよりもだ、あの場面を見られていたみたいだ。
別に構わないと言えば構わないが、俺が一方的にしているみたいに見られるのは嫌だった。
ま、妹は俺がそういうことをできない人間だと分かっているからマシかもな。
「つか、まだ喧嘩してんのかよ……」
「し、仕方ないじゃんっ、学校が始まっちゃったんだからっ」
「だから冬休み中になんとかしておけよって言っただろ?」
「う゛……」
こうなってしまったら妹が悪いとしか言いようがない。
今日は始業式ですぐ終わる日だったんだから放課後に時間を作るべきだったんだ。
それなのにあっという間に帰ってきてなにをしているのか。
「冗談でもなんでもなくあまりに悠長にしていたら振られるぞ」
流石に面倒くさすぎだ。
半日からほぼ一日ぐらい反応しなかったぐらいでなんなのか。
それでキレて一緒にいられる時間を減らしていたら本末転倒だろう。
元々束縛してしまうような人間だったのだろうか?
これまでだったら「仕方がないよ」と片付けられたことだというのに相手が好きな人間というだけでここまで変わってしまうんだから普通に怖い。
「携帯貸せ」
「え、なんで?」
妹が面倒くさいのは確かだが、流石にこのままというわけにはしておけない。
これ以上に傷ついているところを見たくないから見なくて済むなら構わない。
敵みたいな形になってもいいから、楽しそうな様子を見られれば十分なんだ。
「俺が呼び出してやる」
「い、いやいやっ、あの子はあっちの市に住んでいるんだよっ?」
「仲直りしたいという気持ちを確認できればいいんだよ」
頑張らなければいけないと思ったのか真面目な顔で携帯を見つめ始めた。
「電話、かけるね」
「おう、じゃあ俺は部屋に戻るわ」
これで全く会話ができないままになる、なんてことにはならないだろう。
とことん面倒くさい人間でなければ大丈夫なはずだ。
そうしたら後は勝手に仲を深めていくだけだから、兄貴が頑張る必要もなくなるから頑張ってほしい。
「あ、課題やらないとな」
藍と手を繋いでいて問題もなかったのに結局後回しにしてしまった。
まだ冬休みのときのような気持ちでいるのかもしれないので、ここいらでしっかり切り替えなければならない。
ただ、逃げる必要はなくなったから特になにも問題は起きなさそうだった。
「ちょっと兄貴! もしかして二股かけてるの!?」
「は、はあ?」
人のことより自分のことを気にしろよと言いたくなったところではあるが、なんかやけに興奮しているから付いていくことにした。
誰が来たかなんて分かる、藍の妹がひとりで来たんだ。
「あ、このうるさいのが静葉って子なの?」
「ああ、俺の妹なんだ」
藍の妹、
いまは一応夕方頃となっているわけだが、静葉が出ているときに限って藍が来ないという……。
「内弁慶なのかしら? 家じゃないと大きな態度でいられない人間っているわよね」
「この前は彼氏と喧嘩していてな、だから藍になんとかしてほしくて頼んだんだ」
「ふーん、じゃ、もう仲直りできたの?」
「えっ!? あ、は、はい、いまさっき……」
「よかったじゃない」
同級生だぞと言ったらリビングから出ていってしまった。
外面だけで何歳かなんて分からないんだからそこまで恥ずかしがる必要はないぞ。
プライドが云々ということなら衝突する前に離れることができてよかったのかかもしれないが。
「それよりもだ、ひとりであんまり来るなよ」
「いいじゃない、あんたが全く家に来ないからよ」
「あれからそう時間も経っていないからな」
姉妹以外の人間と遭遇したら気まずいから俺的にはこっちか外で会うのが一番だ。
しっかし、ただ女子が家に来たというだけで二股判定されるのは勘弁してほしい。
俺がどんなに頑張っても振り返ってくれる人間はほとんどいないと静葉も分かっているはずなのにな。
そういうマイナスなことに限って言えば静葉以上に知っている人間はこの世にはいない。
「お姉ちゃんがすぐに部屋に引きこもっちゃったのよ、あれは間違いなくあんたのせいよね」
「おいおい、なんでも俺のせいにしてくれるなよ」
帰りの雰囲気は間違いなく悪くなかった。
恋愛的なそれではなかったものの、順調に仲良くなれていることが分かってよかったぐらいだぞ。
だからそれは間違いなく俺以外とのことでなにかがあったか、早く課題をやってしまおうとしているかでしかない。
「つか、なんで名前呼びになってんの?」
「藍が紛らわしいから名前呼びでいいって言ってきたんだ」
「意外ね、拒むかと思ったわ」
「そうか? 俺は基本こんな感じ――と言われても分からないか」
天の邪鬼というわけではないから食べていいと言われたら食べるし、○○していいと言われたらさせてもらう。
もちろん内容によっては対応も変わってくが、基本的にはそうやって生きてきたことになる。
特にこの生き方でトラブルが起きたりとかはしなかったから死ぬまで継続するつもりだ。
「朝霧妹こそ『お姉ちゃんに相応しくないから消えて』とか言ってくるかと思ったんだけどな」
「なにその偏見……、あと奏でいいわよ」
「そうか、じゃあ呼ばせてもらうわ」
ところで俺の妹はいつ戻ってくるんだろうか?
勘違いして敬語で対応してしまった、というだけなんだからダメージも少ないはずなのに、同級生や年下だと判断してタメ口で話してしまったときよりもよっぽどいいはずなのにな。
あ、彼氏と話しているということならいいんだが。
「お姉ちゃんはね小さくて可愛いの。でも、妹としてはもう少しぐらい警戒しつつ生きてほしいと思う。だから、お姉ちゃんがあんたのことを気に入っているということなら少しぐらいは安心できるかなって思って」
「俺は俺らしく存在しているだけだ。多分、なにかが起きても強い人間みたいに動いてやることができないだろうな。そりゃ話を聞くぐらいだったらできるけど、きっと奏が求めているようなことは――」
「別にいいのよ、お姉ちゃんが求めているときに一緒にいてくれればそれでね」
警戒……とかしてないよな。
もしそうじゃなければ翌日に近づいたりしない。
あのときぶつかったのが折笠じゃなく、話したのが俺でもなく、全く関係のなかった男子が相手であったとしても謝るために近づいていそうだ。
「ま、同じ学校だからすぐに行けるのはいいことね」
「そうだな、藍も階下に行けば奏がいるということで気が楽だろ」
「よく逃げるけどね」
特になにもなければ仲良し姉妹のままでいられるんだから大丈夫なはずだ。
俺の方もなんとか妹と上手くやれているからこのまま続けたいと考えている。
「……ただいまー」
「なにしていたんだよ?」
「すぐに戻ろうとしたんだけどまた電話がかかってきてね、明日、ちゃんと話し合うことになったよ」
「そうか、焦らず冷静にな」
「うん、一緒にいられないのは嫌だから」
いつも任せてしまって悪いが調理をしてもらっている最中に家を出た。
奏は「いつまでも寒いままよねー」なんて呟きつつちょっと前を歩いていた。
んー、身長差はあまりないがやはり彼女の方が大きく見えるなと。
「高司、あんたもっと来なさい」
「求められたらな」
「いいのよ、お姉ちゃんに向かって『藍、お前ともっといたいんだ』とか言えばね」
「どこの俺だよ……」
何度も言うがそれができるなら非モテはやってないんだよ。
少し失敗するだけで友達ですらいられなくなるかもしれないから怖いんだ。
結局、ひとりでいいとか、付き合えなくていいとか、そういうのはそういう環境にしかいられなかったから言っていただけで。
「あと、午前中はお姉ちゃんと私のところに来なさい、暇すぎて死にそうなのよ」
「あっ、まさか友達が――」
「なわけないでしょうが!」
「はははっ、だよな」
暇人すぎるから藍を巻き込んで行こうと決めた。
話を聞いている方が正直好きだから姉妹のやり取りを見ていたかった。
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