05話.[別に構わないが]

「兄貴ー、おはよー」


 新年早々妹は元気だった。

 ちなみにこっちは寝られていなかったからぐったりとしているぐらいだ。

 理由は一階で寝ている低身長女子がいつまでも寝てくれなかったからだ。


「ぐへへ、藍さんの寝顔を見てこよーっと」

「待て待て、ほら」

「ありがとう! ……って、なんで毎年兄貴がお年玉をくれるの?」

「静葉に対してだけは優しいお兄ちゃんだからな」


 お年玉と言っても三千円ぐらいだし、これにしたって自分が貰った小遣いから出てきているだけ。

 両親としても娘大好き人間達だからこれに不満をぶつけてきたりはしないだろう。

 というか、よくも悪くもなにも興味を持たれないからまじで会話すらしていないというのが現状だった。


「起きるか」


 爆睡するのは朝霧を送った後でも問題ない。

 朝だから妹に任せるということも悪くはないわけだが、それはなんかあっちの家族的にも違う気がするから選べなかった。

 とりあえず一階に移動して顔を洗うことに。


「兄貴ー、じゃーん!」

「朝霧の髪で遊ぶなよ……」


 日付が変わるあたりで眠たくなっていた人間が四時まで起きていて眠たくないわけがない。

 いまだって自由にされているというのに本人にとってはどうでもよさそうだった。

 それでも昨日と違っていい点は妹がずっといてくれるということだ。

 だから俺は彼女が帰る選択をするまで休んでいるだけでいい。

 正直、お持ち帰りされると考えていたがそうではなかったみたいだ。

 まあ、相手の親の車で向こうに行っていたわけだから甘い雰囲気にはならないという見方もできてしまうが。


「た、高司君」

「どうしたんだ?」

「……夜中の私はちょっとあれだったよね」


 あれ、と言われても本人じゃないから分からない。

 夜中の彼女と言えば少しわがままだった、というだけだ。

 それ以外は普段の彼女となにも変わらない。


「……男の子とあんな時間までいるのは初めてだった」

「ああ、今回は意地を張った結果でもないしな」


 集まった時間が普段と比べれば遥かに遅いから仕方がないと言えば仕方がない話だと言える。

 ただ、この感じだと新しい年になったら解散するつもりだったんだろうな。

 それが何故か勢いだけでまだいたいとか言ってしまったもんだから、俺がそれを拒まずに受け入れてしまったもんだから狂ってしまったと、彼女はそう言いたいんだ。

 俺はあそこで拒んでも約束があるからどうせ無理だと諦めていたところもあった。


「一年に一度しかないわけですからテンションが上ってしまったんですよ、恥ずかしいことじゃないですよっ」

「でも、……私と高司君は話し始めてからそう時間も経ってない……」

「クリスマスと違って兄貴は意地を張って断ったわけではないですよね? つまり、兄貴も藍さんと過ごしたかったということですよ!」


 意地は張ってないぞっ。

 まあでも、やっぱり折笠にぶつかってひゃうとか言っていた彼女が本当のところなんだろうな。

 それなのに結構大胆なことをしてしまったから今更になって恥ずかしーとなっていると。


「それに藍さんが一緒にいたかったんですよね? 兄貴に無理やり連れてこられたわけじゃないですよね?」

「うん、高司君は優しいから一緒にいたかった」

「じゃあいいじゃないですか」


 なんか……変に頑張っていないか?

 こういうので告白もしていないのに振られることだってあるんだからもう少し気をつけてほしかった。

 小学生の頃にも似たようなことがあって関係が終わってしまったから微妙な気持ちになる。

 妹としては異性の友達と仲良くしている兄というやつを見たいのかもしれないが、それで終わることもあるんだぞと言いたい。


「でも、自分から手を握るとか初めてだったし……」

「手を繋いで歩いたんですか!?」

「うん、冷えていたから……」


 どうしてどんどん興奮する情報を与えてしまうのか。

 あと、どうして妹はこんなにコミュ強なのか。

 こういう明るさと、ときどき見せる少し弱そうなところに男子は揺れるのかもしれない。

 ……男なんて優しくしておけば簡単に揺らすことができるから簡単だよな。


「質問タイムは終わりな、朝霧、そろそろ帰った方がいいだろ」

「うん、妹にも会いたいから帰る」


 これは決して追い出そうとしているわけではなく、ただ単に不安になってくるからだった。

 今後のためにも、相手の両親に嫌われるようなことにはなってほしくない。

 正直、これでもう危うくなっているところではあるが……。


「妹は何歳なんだ?」

「十五歳だよ、高校一年生」

「そうなのか」


 そりゃまあそうじゃないと逃げられないか。

 姉妹で同じ高校に通っているとか少し羨ましく感じてくる。

 俺の妹は他校を選んでしまったから兄妹で通うということができなくなってしまったわけだし。

 あの高校に進学しないと聞いたとき、冗談抜きでかなりヘコんだことをいまでも鮮明に思い出せる。


「着いたね」

「じゃあまた――ん?」

「連絡先交換しよ」

「おう、じゃあするか」


 交換したら「ありがと」と言って彼女は笑った。

 ……ちくしょう、可愛いじゃねえかおい。

 寒いからということと、異性の家の前でずっといるわけにもいかないからすぐに帰ることにしたけどさ。


「恐ろしいぜ……」


 俺が考えたことは全て外れているだろうが、俺にとって怖い存在なのは変わらなかった。

 こんなことを言えば絶対に妹はハイテンションになるから黙っていようと決め、寒い寒いと吐きながら帰ったのだった。




「よう」

「珍しいな、わざわざ来るなんて」

「三が日は部活もないからな」


 運動部所属のくせに俺より寒いのが苦手な人間だから面白かった。

 顔はいつでも女子が見れば寒くなる感じの怖さなのに不思議な人間だ。


「千鶴が『珍しく高司君が言うことを聞いてくれたんだよ!』って言ってたぞ」

「大晦日はと受け入れたのは俺だったからな」


 ……厳つい男が女子の真似をするというのはなかなかにやばい。

 真顔でやりきるもんだからツッコむことすらできずにタイミングを逃してしまった形になるが。

 救いな点は琴寄の○○がいいとか言ってこないことか。

 もしそうだったらずっと昔から一緒にいる友だとしても逃げてたね。


「朝霧がいると強気に出られないんだろ」

「まあ、実際のところはそうだな」


 何度も言うが今回のこれは自分が言ったことを守っただけだ。

 だからこれから先も同じようにやろうとはしていない。

 友達の彼女と仲良くしたところでなんにもメリットがないから。

 

「じゃあこれからは朝霧を連れてくるかな、そうすれば千鶴も悲しまなくて済む」

「彼女と他の男子を仲良くさせようとするなよ」

「別にいいだろ、千鶴はそんなことで変わる女じゃねえ」


 琴寄が変わらないんだとしても、俺のことを求めることはないとしても、彼女が他の男子と仲良くしていたら気になるものじゃないのか?

 ああ、一緒にいる時間が長いからこっちのことを信用してくれている、というのもあるのか。


「そういえば朝霧が俺より折笠の方が意地悪じゃないって言っていたぞ」

「ふっ、そりゃそうだろ、俺は他人に意地悪い行為をしたりしねえからな」


 彼女よりも一緒にいた人間相手に嫌なことを平気で求めてくるわけだが。

 女子相手には意地悪なことをしないということならいいのか悪いのか分からなくなってくる。

 それでも求められる人間だからなにかが起きても大問題には発展しないのが強みと言えるか。

 琴寄のことをしっかり大切にしておけば結果として周りがいい目で見てくれるわけだから彼女がいるというのはそれだけで大きい。


「で、今日琴寄は?」

「家だな、風邪を引いたって言ってたから寄ってからここに来たんだ」

「いてやれよ……」

「俺がいたところで圧にしかならねえよ」


 いてやることが一番体調を治すのに効果があるというのに馬鹿か。

 なんでこういうところはマジで考えが足りないんだろうか。

 行っていないというわけではないから多少の効果はあるだろうが、琴寄からすればいてくれると期待しただろうに……。


「琴寄のためだ、一緒にいてやれ」

「はは、なんだかんだで優しいじゃねえか」

「いいから早く行け」


 ごちゃごちゃ言ってる親友を追い出してリビングに戻ってきた。

 必要なとき以外両親はここに来ないで部屋に引きこもっているからその点はいい。

 会話しないことが当たり前になっているから寂しいということもなかった。

 ただ、ひとつ問題があるとすれば、


「静葉、仲直りしに行かなくていいのか?」


 妹が明るいからなんとかなっているだけであって、妹まで暗くなってしまったら駄目になってしまうことだ。

 大晦日に一緒に過ごしたぐらいなのになんで喧嘩なんてしてんだと言いたくなる。

 

「……どうせ六日に会えるもん」

「いやでも、学校が始まったら色々やらなければいけないことも出てくるぞ」


 とはいえ、本人に動く気がなければ全く意味のない言葉とも言える。

 それにそんなことは妹もよく分かっていることだろう。

 でも、内にある複雑さをどうにかすることができないからここにいるままなんだ。

 折笠にも挨拶をしなかったぐらいだから相当重症……なのかねえ。


「すぐに反応できないことだってあるだろ、正月近くなら尚更そうだ」

「……だからって次の日までスルーっておかしいでしょ」


 それぐらいでなんだよと言いたくなってしまうところだが、そこはまあ人それぞれだから黙っておいた。

 こうなったらもう自然と一緒にいる時間が増える学校が始まるのを待った方がいいのかもしれない。

 体操座りなんかしていたところで体が疲れるだけだから昼寝でもしてこいと部屋に戻らせる。

 こちらもまた下手に喧嘩になっても嫌だから外に出た。

 ああいうときはひとりでいたいだろうから距離を作っておいた方がいい。

 設置されていたベンチに座ってぼうっとしていたら家から追い出されたような気分になってしまった。

 家族の誰かがああいう感じだと結構影響を受けるというのは確かなようだ。

 もっとも、なんにもしてやれない自分にはぁとため息をつきたくなるだけだが。


「ねえ、あんたが高司って人、でしょ?」

「ああ、そうだけど……」


 俺らと同じぐらいの女子に話しかけられた。

 選択次第では社会的に死ぬからこういうことはなるべくない方がいい。

 もっとも、そう願っていたところで唐突にこういうことは起こるから気をつけたところで、という話になってしまう。


「あ、私は藍の妹なの」

「そうなのか? よく分かったな」

「顔写真とか見せてもらったから」


 か、顔写真……?

 集合写真は撮ったものの、朝霧姉とは別のクラスだから写真としては残っていないはずだ。

 去年は一緒でした~なんて展開だったら俺が忘れているわけがないからな。

 となると、行事とかの写真に写っていた、ということだろうか?

 つか、ひとりで探させるよりも一緒に行動した方が早かったと思うが……。


「で、なにが言いたくて来たんだ?」

「お姉ちゃんと連絡先を交換したんでしょ? それなのにどうしてメッセージとか送ってあげないのよ」

「そう言われてもな、俺はそもそもああいうやつはあんまり使用しないんだよ」


 男がと言うより俺に問題がある。

 積極的に送りまくれるのであれば長年非モテなんかやっていない。

 ただ文章を送るというだけでなかなか勇気が必要になるんだ。


「そのお姉ちゃんから送ってきてくれたら返すけどな」

「あんたそれでも男なの?」


 あれだって本当は考えていなかったことのひとつだと思うんだ。

 仮に交換するとしてももう少し仲良くなってから~となるのが普通だろう。

 でも、勢いでしてしまったから消してとも言いづらい状態になっていると。


「こんなところにいるってことはどうせ暇なんでしょ? だったらいまから家に来なさい」

「いきなり行ったら迷惑だろ?」

「お姉ちゃんなんて暇すぎてずっとぼうっとしているぐらいなのよ? それならあんたが急に来ることで刺激を与えられるかもしれないから早く」


 よくある妹の方が強い――というパターンじゃないな。

 朝霧はあれでいて俺にはない強さを持っているからどっちも同じぐらいか。

 初対面のとき以外は慣れない相手にもぐいぐい行けるからすごい。


「ただいまー」

「お邪魔し――」


 待て、わざわざここで入る必要はないのでは?

 ぼうっとしているらしい朝霧を連れてきてくれれば俺的にはそれが一番だ。

 あと、ちゃんと移動先が朝霧家だったから妹というのが本当のことだと分かって安心できたが。


「おかえり」

「ただいま、高司を連れてきたよ」


 別に構わないが一応年上を呼び捨てにするってよくできるなあと。

 俺だったら○○先輩とかじゃなくて先輩としか呼べなかったから尚更そう思う。

 それとここで驚いたりしないあたりが最高に朝霧らしかった。

 なんて、結局のところあまりどころか全然知らないんだけども。


「よく会えたね?」

「外でぼうっとしてた、なんかアホっぽかったけど普通だったから連れてきたの」


 アホか、アホか……。

 喧嘩にならないように逃げているような状態だから間違ってはいないのかもしれないが、いまのそれには結構傷ついた。

 彼女も特に「そんなことないよ」とか言うこともなく「客間に行ってて」と消えてしまったし……。


「俺はもしかしたら隠しているだけなのかもしれないぞ? それなのに普通と判断して連れてきてよかったのか?」

「よかったのかもなにも、あんたは何度もこの家までお姉ちゃんを送りに来ているじゃない」

「それだって計算かもしれないだろ?」

「お姉ちゃんってそういうのに敏感だからね? あんたが悪い人間なら一緒に大晦日に過ごしたりしないわよ」


 朝霧妹は腕を組んでこちらを見てきた。

 姉はそうでも妹的には気に入らない、ということだろうか?

 だが、あの約束があるから誘われてしまえば逃げることは不可能なんだ。

 そもそも、既に俺がそんなことをしようとはしていないから意味がない。


「お待たせ」

「あれ、なんで着替えてきたのよ?」

「あれはずっと昔から着ている服だったから恥ずかしい……」

「ぷふっ、なんかお姉ちゃんが乙女みたいなんだけどっ」


 なかなかに失礼な反応だった。

 ただ、俺の妹みたいに既に付き合っている、なんてこともあるかもしれないからなんにも言えない。

 仮に誰かと付き合っていなくても初対面なわけだし、俺には黙っていることしかできないんだ。


「いきなり連れてくるなんて思わなかった」

「お姉ちゃんが暇そうだったからよ」

「うん、確かにやることがなかったからありがたいよ」


 それにしてもこの姉妹、身長差がそうなかった。

 俺は妹の方が高身長だろうなと予想していたわけだが、想像とはやはり違うなと。

 髪に関しては長さが同じぐらいだからどちらかが真似をしている可能性もある。


「朝霧、また今度家に来いよ、静葉が会いたがっているからさ」

「うん、今度また行かせてもらうね」

「あ、いや、できれば今日の方がいいかもしれない」

「行って大丈夫なの?」

「ああ、俺も静葉も特になにもないからな」


 意味はないものの、警戒されないために妹も連れて行くことに。

 学校は違うが同級生同士だからこそできる会話というのもあるかもしれない。

 もしそれどころではないということで拒絶されてしまったら昼飯でも作って食べてもらおうと決めた。

 で、あくまで自然と来てくれた感を出したかったからわざわざ呼んだりはしない。


「その……しずは? だっけ、部屋にいんの?」

「ああ、そういうことになるな」

「呼んできなさいよ、これじゃあなんのために来たのか分からないじゃない」


 うーん、正論すぎる。

 このままじゃ結局なんのために連れてこられたのかと文句を言われかねないし仕方がないか。


「だったら朝霧、付いてきてくれ」

「分かった」


 部屋の扉をノックして数秒待つ。

 朝霧に前にいてもらうことであくまで朝霧が妹に会いたかったから、という雰囲気を出したかった。

 が、寝ているのか十分ぐらい待っても出てこなかったので、下に戻って結局飯を作って食べてもらうことにしたのだった。

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