04話.[気持ちが悪いわ]

「ただいまー!」


 また寝てしまったみたいだった。

 携帯を見てみたら二十時半ぐらいで昨日よりはマシかと片付ける。

 それよりもだ。


「兄貴ー!」

「おかえり」


 元気っ子が帰ってきたようだ。

 ところで、ずっとハイテンションを維持するのってどうやってやるんだろうか?

 俺にもそういう能力があればもう少しぐらい生きやすくなるんだが。


「ただいま! ひとりで可哀想だったからちょっと早めに帰ってきたんだ!」

「別によかったのに、せっかく初めて彼氏と過ごせたんだからさ」

「いいのっ、兄貴だって大切なんだからっ」


 なんでこんな可愛げのある子に育ったんだろう……。

 やっぱり静葉には嫌われたくないな。

 余所の異性には嫌われてもいいから妹とはずっとこんな感じで仲良くしていたい。


「む、誰か来たみたい!」

「危ないから俺が出てくる」

「分かった!」


 大丈夫、馬鹿じゃなければ来たりはしない。

 朝霧は俺より頭がいいとテストの結果で分かったことだし、頭がいい人間が絶対にそんなことをしたりはしない。


「はい――」

「高司君っ」


 ……涙目になるぐらいなら来るなよっ。

 彼女相手には強気で出られないようになっているから上げて飲み物を渡すことしかできなかった……。

 この家には両親もいるし、なにより静葉だっているんだから問題にならない。

 俺に暗闇が怖いとかそんな女子みたいなソレがあるわけではないから送っていけばいいわけだしな。


「むむ、兄貴のやばい現場を見てしまった……」

「朝霧は俺と同級生だぞ」


 正直俺も最初は似たようなことを考えたから責められなかった。

 なので、こうして淡々と対応をしていくしかないんだ。


「なんだってー!? って、知っているけどね」

「なんで知っているんだよ」

「千鶴さんから聞いてましたし、そもそも朝霧さんと直接お話ししたこともありますしね」


 もうこれ、同級生である兄より仲いいんだろうな……。

 内はともかく、女子ってそういう点は最強だった。

 でも、俺がぐいぐい近づいたら気持ちが悪いからできないと。

 男として生まれた時点で、と言うよりも、非モテとして生まれた時点で詰んでいるというわけだ。


「こんばんは!」

「こんばんは」


 さっきの涙目も作戦みたいなものか。

 あれで帰らせないようにしたんだ。

 効果はあった、ひとりで帰すわけにもいかないからとすぐに家に上げていた。

 結局、みんな琴寄みたいな人間なんだ。

 目をつけられた時点でこれまた詰んでいるということだった。


「それで今日はどうしたんですか? この時間ですから約束をしていたとかでは……ないんですよね?」

「ううん、約束はしていたよ?」

「そうなんですか?」

「うん、家族と過ごした後に行くって高司君に言っておいたから」


 言えばそれでいいというわけじゃない。

 自分のしたいことをぶつけて、相手がそれを受け入れてくれてからやっと、行動ができるんだ。

 だが、彼女はそれをぶっ飛ばして勝手にここにやって来た。

 こうなってくると暗いところが怖いというのも嘘のように感じてくる。

 本当のところはそうやって異性とかを弄ぶ邪悪な人間かもしれないんだ。

 クリスマスにこんなことをすれば非モテ男子は揺さぶれるかもしれないが俺はそれには該当しない。

 久々に仲良くなりたいって思えた相手だったんだけどなあ……。


「兄貴は――な、なんでそんなに怖い顔をしているの?」

「朝霧、送るから帰れ」

「やだ」

「じゃあ静葉と過ごせ、じゃあな」


 今回のこれは本当にふて寝をするつもりだった。

 こいうことにならないためにも大晦日はと終わらせたはずなんだが……。

 まあでも、簡単に言ってしまえば俺が大人な対応をできていないのが悪かった。

 朝霧は同級生だが、静葉の前で見せていい態度じゃない。

 恥ずかしい人間だ、それで部屋に引きこもっているのが俺みたいな人間だ。

 そしてこういうときに残念な点は、本気で寝ようとしていても三十分ぐらいはかかってしまうことだった。

 それなのに先程みたいに寝落ちすることは多いという面倒くさいソレがあって。

 それでもなんとか朝まで寝て一階に戻ってきたら、


「……そりゃまあ送らなかったらこうなるか」


 ソファの上ですやすやと朝霧が寝ていた。

 静葉が帰すわけがないか。

 布団はしっかり掛けているから風邪は引かないだろうが、なんでここで寝ているんだろうか?

 もしかして意地を張ってここから動かないとか彼女が言ったんだろうか?


「朝霧起きろ」


 目を開けてからせめて静葉の部屋で寝ろよと言ったら「ばか」と怒られた。

 全てとは言えなくてもある程度は正しい対応をしたはずなのにこれではあんまりだと言いたくなる。


「高司君は折笠君より意地悪」

「折笠は優しいからな」


 求められないとこうして歪んでいく。

 求められなくても真っ直ぐ頑張っている人間もいるから俺みたいな人間ばかりではないがな。


「彼女がいる人間を好きになるとか不毛な恋はやめておけよ」


 俺に言えるのはこれぐらいだけだ。

 あれでいて一途な野郎だから絶対に振り向いたりしない。

 いや、振り向かれたりなんかしたら最悪だからそうであってほしいと願っている。

 多分こんなことを言えば足で攻撃されるだろうから口にはできないが。


「怒ってるから」

「でも、約束はしていなかっただろ?」

「逃げたことも怒ってる」


 ふたりから逃げるのは面倒くさいぞ……。

 でも、できれば彼女ともあまりいたくないが、表面上だけでも合わせておくのが一番だろう。

 それに大人な対応というやつをそろそろできるようにならないと不味い。

 まあ、正直に言わせてもらえばこんなのはただの逆ギレだけどな


「どうすれば許してくれるんだ?」

「これから逃げたりしなければ許してあげる」

「分かった、朝霧だけだったら逃げないと約束する」


 どちらにしても大晦日は会わなければいけないわけだからこれでよかった。

 ふたりと関係が微妙な状態で行くのはごめんだから。


「朝霧、そろそろ帰った方がいいぞ」

「あ……実は言わないで来ちゃったから」

「不味いだろ、早く行こうぜ」


 家まで送ったら自宅に戻ってきて昼まで寝た。

 やはり家にいるのが一番幸せだった。




「は? 折笠は来ない?」

「うん、折笠君はわざわざ寒い中、外にいたくないって言ってきて……」


 って、毎年そうだったから別に驚くようなことでもなかった。

 ただ、女子ふたりと俺、というメンバー構成が不味いだけで。


「琴寄的には嫌だろうがもう行くしかないからな」

「ううん、私は別に大丈夫だよ」

「私も大丈夫」

「そうか、それなら行こう」


 新年になるまで会話をして待つぐらいだから特に問題も起きないと思いたい。

 変わったらすぐに帰ればいいわけだし、朝霧は怒らせなければ言うことを聞いてくれるからそう悪く考える必要もないはずだ。

 ……そうずっと考えていなければ正直やっていられなかった。


「私、一回ぐらい人が多いところにいってみたいな」

「年内最後の日にもみくちゃにされたいのかよ……」

「で、でもさ、なんか一体感を得られそうというかさっ」

「別に近所の神社だってそれなりにいるだろ」


 十人でも集まればそこはもう賑やかになるんだからそれで我慢しておいた方がいい。

 テレビで見るような場所は誰かといったら楽しくもイライラしそうだし、遠い場所だから眠くなったりしてもすぐに帰れないからあんまりいいこともないと思う。

 そういう思い出を優先したいということならそれもまたひとつの選択肢なのかもしれないが。


「朝霧、寒くないか?」

「うん、大丈夫だ――くしゅっ」

「琴寄と手でも繋いでおけ、そうすれば多少は暖かくなるだろうしな」


 俺もなんでこんなことを繰り返しているんだろうか。

 静葉と来たり、ひとりで来たりと、メンバーの違いはあっても毎年忘れることはなかった。

 俺こそこういうことは無駄だと片付けて呑気に寝ていそうなのにどうしてなんだ。

 寒い思いを味わってもやめようとは思わないからマゾなのかもしれない。


「ん? どうした?」


 服の袖を引っ張ったところでそこにはなにもない。

 カイロとかも持ってきているわけではないから助けてもやれなかった。

 つかさ、女子ってなんでこういうときに下は寒そうな格好で来てしまうんだ……。


「トイレに行きたいから付いてきて」

「嘘じゃなかったのか?」

「え?」

「暗いの、本当は苦手じゃないんだろ?」

「……普通に怖いけど」


 なんか苛めているみたいだったから付いていくことにした。

「待ってて」と何度も言ってくるからゆっくりしてこいと返しておく。

 なにが本当でなにが嘘なのか分からないから怖い。


「優しいね」

「違う、そういう約束をしているだけだ」

「そういう約束?」

「朝霧からは逃げないって約束だ」


 守らなかったら今度こそ質の悪い存在になるから気をつけなければならない。

 向こうもまた、俺がそこを守っていればわがままを言ってくることもないだろう。

 今日はともかくとして、新年になってしまえばそう琴寄も来ないだろうから問題もない……と思いたい。


「高司君の手を握っておく」

「おいおい、その手ちゃんと洗ったのか?」

「あ、洗ったっ」

「はいはい、分かったから静かにしろ」


 家を出た時間がそこまで早かったというわけではないからもうだいぶいいところまできていた。

 会話がなくて気まずいようなこともなく、朝霧と琴寄が意外と楽しそうに話していたから少し安心する。

 女子のこういうところは真似しなければならないところだった。

 とにかく表面上だけは合わせていくスタイルを早く習得しなければならない。


「もう終わるね」

「ああ」


 わざわざ数えるような陽キャラじゃないから黙って待った結果、すぐに新しい年になった。

 一応のあれとして挨拶をしておく。

 ……来年もこうして来ることがあったら折笠を連れてこようと決めた。

 だってそのときはまだ卒業する前なんだから無理なこともないし。


「ふぅ、私は怒られちゃうから折笠君のところに戻るね」

「……だったら誘うなよ」


 あ、いかん口に出してしまっていた。

 もちろん聞き逃すような距離でも、賑やかな場所というわけでもないから「そこっ、聞こえてるからねっ」と怒られてしまった。


「でも、今日は一緒に来られてよかったよ! 朝霧さんも付き合ってくれてありがとう!」

「うん、私も来られてよかった」

「はは、高司君と違って可愛いなー」

「余計なお世話だ」

「はははっ、それじゃあまたねー!」


 ひとりで帰ると危ないだろ、とは何故か琴寄相手には思わないんだよな。

 それに多分、あの彼氏君が近くまで来ている気がするんだ。

 行かない選択をしたことを後悔して絶対に来ている。


「朝霧も帰らないとな」

「……実はちょっと眠たい」

「だろうな、俺だってそうだ」


 こんな時間まで起きていることがあんまりないから酷いことになりそうだった。

 帰って寝たら夕方頃まで起きない自信がある。

 が、ここで問題だったのは「まだいたい」とかなんとかわがままを言いだしたことだろう。

 ……朝霧からは逃げないという約束をしている以上、別れることはできない。


「おいっ、ふらふらしてると危ないぞ」

「……ねむたい」


 こうなったら仕方がない、昔よく静葉にしたように背負って帰るしかない。

 俺としてもふらふら歩いて怪我をされるぐらいならこっちの方がいい。

 実際に背負ってみたらかなり軽くて、またあの不安が出てきてしまった。


「朝霧、ちゃんと食べているのか?」

「うん……いっぱい……」

「ならいいんだけどさ、なんかやけに小さいし軽いから心配になるよ」


 内にある複雑さとかはどうでもいい。

 特に問題がないなら構わないが、なにか困っているということならやっぱり言ってほしかった。

 気づかないままで終わってしまうというのが一番最悪な形だと言える。

 信用できないということなら琴寄とか他の友達とかでもいいから頼ってほしい。


「心配、してくれるの?」

「当たり前だろ」

「でも、たくさん食べてるから大丈夫だよ?」

「あ、もう眠くないんだろ」

「いまので吹き飛んじゃった」


 まあいいや、傍から見ても兄妹ぐらいにしか見えないだろうから気にするな。

 地味に温かいから防寒アイテムみたいなものだ。

 しかしまあ、俺もなかなかリスクのあることをしたことになるわけだが……。


「朝霧の両親は意外と厳しくないな、こういうときに外出を許してくれるわけだし」

「うん、あ、だけど今日みたいに遅い時間だと不安そうな顔をする」

「そりゃまあ親としては不安になるだろ」


 こっちの両親は静葉大好き人間なだけでこっちに話しかけてきたりはしないため、言ってから家を出るとかそういうことをしていたのは小学生時代ぐらいだけだった。

 妹が生まれてからは露骨だったからあ、はいという感じで片付け――って、俺は小さい頃から色々なことを片付けてきすぎだろ……。

 が、片付けたはずなのに数時間後か一日後には同じことで考えごとをしているから結局できているとは言えないことになる。


「下りて歩きたい」

「大丈夫なのか? それなら下ろすぞ」


 彼女はしっかりと自分の力で着地し、再度こっちの手を掴んできた。

 なんだろうな、妹が背伸びをして無理しているみたいに感じてくるこれは。

 手も小さいし、やけに熱いし、本当に昔の静葉そのものなんだよなあと。


「私は高司君に助けてもらったから」

「だからこれはその礼って?」


 もしそうだとしたらかなり自分に自信があるということだ。

 こういう大胆さは真似……しなくていいな。

 男の俺がやったらすぐに社会的に死んでしまうことだろうし、うん、真似しなくていい。

 つか、真似しようとしてもいちいち引っかかってできないと言う方が正しいかもしれなかった。

 女子側としてもイケメン君からされるのならともかくとして、俺みたいな人間からされれば目の前で吐きそうだ。


「ううん、これは違うよ」


 どうやら違かったらしい。

 となると、冷えるから暖まるためにしているというだけか。

 当たり前だ、意識してこうしているんだとしたら余計に不安になってしまうぞ。

 彼女の今後のためにもチョロくないままでいてほしかった。


「朝霧の手は小さいな」

「成長してくれなかった、でも、手だけ大きいよりはいいと思う」

「ははは、だな、その身長ならこれぐらいが一番だよ」


 話している間に彼女の家に着いてしまった。

 さて、これで満足したのか、まだまだ満足できていないのか。

 満足できていなかった場合は本当に大変なことになるから満足したと言ってくれ。


「このままいたいって言ったら迷惑になっちゃうよね」

「いや別に特にどうにもならないけど」


 ……やっぱりクソで馬鹿な人間だった。

 今日は解散にしよう、それで終わらせておけばいいものをアホだ。

 ただ、俺も眠気というやつがぶっ飛んでしまったから時間つぶしをしたかったのもある。


「大丈夫なの?」

「もしそうするなら許可を貰ってこないと駄目だぞ。両親が許可してくれたのはあくまで神社に行くことだけだからな」

「じゃあ行ってくる」


 はぁ、キメえ、気持ち悪い。

 でも、女子とこうして過ごせることなんて微塵もないと言っていいから無駄にしたくないと考える自分もいる。

 別に付き合えなくていいから普通に話せる女友達がほしかった。


「一緒にいる子が男の子だと言ったら驚いていたけど許可してくれたよ」

「そうか、それなら行くか」

「うん、あ、でも……今度は床がいい」

「ああ、布団を敷いてやるから大丈夫だよ」


 結局あれは意地を張っていたからだったみたいだ。

 相手をするのが大変なのは意外にも彼女の方なのかもしれない。

 ただ、仲良くしたところで誰かに文句を言われることはないからその点はいいな。


「静葉ちゃんはもう寝ちゃった?」

「いや、彼氏と向こうの神社に行っているんだ」

「そうなんだ、ということは結局いないんだね」

「ああ、悪いな」

「ううん、寝なくていいだけでありがたいから」


 おいおい、不良娘になるのはやめようや。

 基本的には言うことを聞いてくれるそんないい子でいてほしい。

 つか、クリスマスのときの俺はイカれていたとしか言いようがない。

 マジで気持ち悪いわーと内で吐きつつ自宅へ向かって彼女とゆっくり歩いた。

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