03話.[さっきのあれで]
普通にやっておけばテストは問題なく終えられるからどうでもいいことだった。
球技大会に関してもできることをやっておけばあっという間に終わるからどうでもいい。
だが、なんだかんだでクリスマスが近づいてくるとそわそわするというのが現実だった。
と言うのも、教室でもそういう会話が多くなってくるからだ。
大抵は家族と過ごすとか同性の友達と過ごすといった内容のものだが、そこはまあやはり男女で過ごそうとする人間も出てくるんだ。
声がそこそこ大きいから聞かないようにしようとしていても情報が入ってきてしまうのが嫌だ。
まあでも、まだどっちも終わっていないからなーとか考えていたらあっという間に終業式が目の前までやってきてしまった。
終業式=クリスマスだから俺としてはもう余裕がない。
「高司君、ちょっといい?」
「……リア充がなんの用だ?」
露骨に嫌そうな態度でいるのに彼女的には全く気にならないようだった。
俺が同じようなことをされたらや、やっぱりいいわとか言って去ることになるけどなと内で呟く。
「クリスマスはふたりきりがいいということで無理だけどさ、イブの今日ならみんなで集まれるでしょ?」
「イブも含めてクリスマスだろ」
「そうだけど、今日ならいいって折笠君も言ってくれたから」
「残念ながらイブは家族と過ごすんだ」
同じ家の中にいるんだから家族と過ごす(笑)と言っても嘘ではないはずだ。
ただ、静葉は毎年イブは女友達と過ごすからどうしようもない。
もし参加できそうなら朝霧も誘ってやってくれと言ってから教室を出た。
「もう今年も終わるのか」
窓の外に目を向けてもそのような感じには見えないが。
唐突ではあるが、冬の好きな点は空が綺麗なことだ。
夏とかにはなかなか見ることができないぐらいの青空が広がっている。
何気に内のごちゃごちゃをどうにかする力があって、結構頼ることもあった。
「高司君はここにいるのが好きだね」
「あ、そういえばイブって自由なのか?」
……会話になっていないが仕方がない。
だが、あのわがままリア充女子だって朝霧が来てくれれば満足するだろう。
行ってから俺がいらなかったことに気づかれても嫌だし、彼女には悪いが犠牲になってもらう。
別になにか損するわけでもないし、普通に楽しめるだろうから悪くはないはずだ。
「うん、特になにもないよ」
「それなら琴寄が一緒に過ごしたいって言っていたぞ」
「それって高司君も来るの?」
「俺は誘われなかったからな」
「そうなんだ」
嘘をつく回数が増えていくと少しだけ不安になってくる。
いつかどかんと爆発するときがくるんじゃないかってな。
彼女に対してはこれで一回目だからまだなんとかなる領域にいられているが、折笠とか琴寄相手に関しては……。
「朝霧は静かって感じがするな」
「あんまり騒いだりしないよ?」
「そうじゃなくて、内側もそうなんじゃないかって思ったんだ」
「分からない」
俺もなんでこんなことを言ったのか分からないから大丈夫、なんてな。
これでも意外と話すのが好きだからついつい余計なことを言ってしまうんだ。
あと、女子が相手だからなるべく一緒にいられるようにと動いている自分がいる。
多分、妹から嫌われてしまえばこんなことをする自分はいなくなることだろう。
が、わざわざ自分の妹と不仲にはなりたくないからそれもできないままという状態なわけだ。
「寂しいの?」
「いや、寂しいとかそういうことじゃないんだ」
夕方、完全に暗くなる頃に空を見ていると少しだけそんな感じになることもある。
でも、そんなのは結局飯でも食べてしまえば吹き飛ぶぐらいしょうもないやつだ。
本当にクリスマスとかバレンタインデーとかそういう行事がこなければ特に不満もないからそれには該当しない。
「でも、なんか不満が溜まっているような感じが伝わってくるよ?」
「まあそりゃ、生きていれば不満を感じることなんて沢山あるからな」
「私はそういうとき、たくさん読書をして発散するよ」
「はは、いいな、そういう発散方法があるというのは」
俺の場合は……それこそ飯を食べたり妹と会話をしたりして、というところか。
溜まりに溜まるということがないから意識して発散させようとしたことはないな。
結局どれも中途半端というか、よく考えてしまえばなんであんな無駄なことで悩んでいたのか、みたいなことになるから。
「クリスマス、本当は誰かと過ごしたい?」
「そりゃまあひとりよりは誰かといられた方がいいだろ」
「じゃあ相談してみるね」
「は、え?」
理解しようと頑張っている最中に「ん? だって誰かといられた方がいいんでしょ?」と彼女は重ねてきたが……。
いやそれは違うだろ。
無理やり相手に付き合わせるようなそれじゃ意味がない。
過ごしたいって思ってもらえるような感じじゃないと駄目なんだ。
だって俺はよくても相手は我慢しているだけ、ということなんだから。
それに俺らは同性同士というわけではないんだから折笠のときとは違うんだ。
「駄目だ、朝霧は家族と過ごせばいい」
毎年そうやって過ごしているのなら家族だって楽しみにしているはずだ。
彼女のためにって沢山料理を作るかもしれないし、頼んでいるかもしれない。
なのに前日にいきなり他の人間と過ごすなんて言ったら悲しむだろう。
「それなら今日は?」
「……誘われてないから無理だな」
「だからふたりなら――」
「気持ちはありがたいけどさ、朝霧はもう少し自分の性別というやつを考えて発言しないとな」
ただの平日なことには変わらない。
世の中にはクリスマスだからって盛り上がれる人間ばかりではないし、ひとりで過ごさなければならない人間だって沢山いるだろう。
今年はそうだった、というだけで終わる話だ。
……まあ俺がこういう風に考えれば考えるほど未練たらたらでださく見えてしまうが、なんでも仕方がないと片付けておけばいい。
「そろそろ戻るか」
「うん」
今日だっていつもよりかなり早い時間に終わるからゆっくり過ごせばいいんだ。
家で過ごせることが幸せだから、それだけで十分だった。
「やべ……寝てた」
携帯を見てみたらもう二十二時だった。
十五時ぐらいから寝ていたわけだから寝すぎだろとツッコミたくなるぐらいだ。
「やっと起きたのか」
「……なんでいるんだ?」
これは女子とか男子とか関係なくぎゃあ! と叫びたくなることだ。
彼は全く気にした様子もなく「静葉が入れてくれたんだ」と教えてくれたが。
「琴寄がいるとか言わないよな?」
「いないぞ、俺だけだ」
「それならいいけどさ」
喉が乾いたからとりあえず一階へ移動して飲み物を飲んだ。
隠れているとかそういうことでもなく、本当に琴寄がいなくてほっとした。
誰かと過ごせば楽しく過ごせるのは本当のことだし、誰かと過ごせば最悪な気分になるというのもまた本当のことなんだ。
「起こせばよかっただろ?」
「気持ちよさそうにふて寝してたからな」
「そういうのじゃないぞ」
マジで夕方まで寝ようとしていたら本格的に寝る時間まで寝てしまっていたというだけだった。
そもそもの話として、自分が断っておきながら不貞腐れて寝るわけがないだろう。
流石にそこまで子どもじゃないし、天の邪鬼というわけでもない。
……朝霧のあれには揺れに揺れたが、まあそこはなんとか耐えることができたから問題もないかなと。
「懐かしいな、こうして折笠と過ごすのも」
「去年も過ごしただろ」
「はは、そうか、そういえばそうだったな」
自分が少し避けているのもあるし、向こうにとっても部活だったり優先したいことが増えて遠くなってしまったように感じた。
一緒にいられる学生時代でこれなんだから社会人になったりしたら完全に関わることもなくなりそうだ。
俺もいまみたいに暇人ではなくなるだろうからこれも仕方がないことだと片付けるしかないのかもしれない。
でも、朝霧や琴寄はともかくとして、彼とはうんと小さい頃からいるんだから社会人になってからも関わり続けたいが……。
「あ、そういえばどうして急に彼女を作ったんだ?」
「別になにかが変わったわけじゃない、ただ俺のことを求めるような人間がこれまではいなかっただけだ」
「そうか? 俺と違ってよく告白されていただろ」
「誰でもいいわけじゃねえんだよ」
そりゃまあそうだな、俺だってそうだ。
が、ある程度の妥協も必要だが、妥協をするにしても頑張ってからじゃないと続かない。
つまり、いま付き合っていて長続きをしている恋人達は頑張った人間達というわけで、そうなるとなんにも頑張っていない俺みたいな人間が羨む資格はないな、と。
「腹減ってるだろ? 俺が作ってやるよ」
「え、折笠が?」
「ああ、たまにはな」
なんだなんだと警戒している内にぱぱっと作り終えてしまった。
食べさせてもらったら普通に美味しくてなんか意外だった。
家で遊ぶんだとしても菓子パンとかを買ってくるタイプだったから余計に。
「よし、じゃあ言うことを聞いてもらうぞ」
「別に自分にできることなら俺は聞いているだろ」
琴寄と一緒にいるな、とかだったらいいな。
もし彼氏である彼がそう言ってくれたら平和で楽しい毎日に戻る。
俺がいくら拒もうとあの手この手で近づいてこようとするから説得するのは無理。
その点、彼の言葉や行動は最強の切り札みたいなものだ。
決して負けることはないそんなカードを切ってくれればよかった。
「千鶴と仲良くしろ」
「あれ? あー、間違えているぞ折笠、琴寄と一緒にいるな、だろ? ははは、肝心なところを間違えるとか――」
彼は立ち上がって俺を見下ろすと「間違えてねえよ」といつもの顔で言ってきた。
おいおい、どこに彼女と他の男子を積極的にいさせようとする彼氏がいるんだよ。
まさか他の男子と仲良くしているところを見て興奮する人間でもないだろうし、マジでなんなのかと聞きたくなった。
「マジ?」
「ああ、高司が変に抵抗するせいで意識がそっちに持ってかれてんだよ」
「明日で変わるだろ」
「クリスマスだからって特になにもしねえよ」
それでもその要求だけは聞けなかった。
琴寄と仲良くするぐらいなら朝霧と仲良くしていたい。
「琴寄とだけは無理だ、苦手なんだよ」
「千鶴はただ近づいているだけだろ」
だからそれが嫌なんだよ。
昔はされていなくても仲良くしていれば折笠に怒られるかもしれないからな。
そんなことになるぐらいだったら仲良くしない方がいいし、そもそもとして、琴寄と仲良くするつもりもなかった。
「もう帰った方がいいぞ、明日も一応学校はあるんだからな」
風邪を引いたらクリスマスだって楽しめなくなるんだ。
別に自分がひとりだからって誰かと過ごせる人間を恨んだりしない。
そんな屑で小さな人間じゃない。
あと、彼氏と仲良くすることでこっちに来なくなるということをいまでも狙っているんだ。
「高司」
「……友達やめるとか言われても仲良くするつもりはないからな」
「は? ちげえよ、ひとりで泣くなよ」
「泣かねえよ! 早く帰れ!」
「はははっ、じゃあな」
くそ、静葉も余計なことをしてくれる。
微妙な感じだったから洗い物をしてから風呂に入って戻ってきた。
冗談抜きでベッドだけが最高だった。
「高司君っ、ちょっと待ってっ」
無視して歩き出そうとしたら腕を掴まれて動けなくなった。
違う、本当に物理的に力で負けてしまっている状態なんだ。
やはり運動部だけあって折笠に負けないぐらいの力があるということか。
「クリスマスはもう諦めるけどさ、大晦日っ、大晦日なら別にいいでしょ?」
「朝霧は?」
「もちろん誘うよ!」
俺ひとりでいちゃいちゃカップルを見たくないから協力してもらおう。
あとはそう、これ以上拒み続けると琴寄は全く怖くないがもっと怖い奴が動き始めるから仕方がない。
何度も来られるぐらいならちょっと付き合って興味をなくさせればいいと今更気づいたという……。
「じゃあまあ大晦日はな」
「ありがとう!」
おうおう、そういう笑顔は彼氏にだけ見せておけよ。
行動を制限しているようでしていないから関係のない俺達が巻き込まれる羽目になるんだ。
もうこれは琴寄が悪いんじゃなくて折笠が悪いということで片付けておこう。
「よう――って、今日はクリスマスなのにそんな顔をしてどうしたんだ?」
滅茶苦茶不満ですといった顔をしていたから気になってしまった。
とりあえず来年の五日までは最高の場所にいられるってのにどうしたんだ。
なんとなく両親のことが好きそうという勝手な偏見があるため、考えに考えてもこの顔の意味が分からないままで。
「……むかついてる」
「琴寄にか? 直接ぶつけないで読書とかで発散させておけよ」
やっぱり被害者は俺だけではないらしい。
それにしてもこういうことを言ったりするんだなと少しだけ意外だと思った。
不満を感じていても読書とかでなんとか片付けていそうだったのにな。
「……クリスマスイブはみんなで過ごしたかった」
「あれ、琴寄から誘われなかったのか?」
「誘われたよ? でも、高司君も折笠君もいなかったから」
それはそれで女子会みたいな感じで楽しめるからいいだろう。
あんな話を聞かされておきながら結局誰とも過ごせませんでした~などといった展開よりはよっぽどいい。
いやもうマジで本当に期待した後に落とされるとキツいから味わってほしくない。
「じゃ、また大晦日にな」
「高司君にむかついてる」
「なんでだよ……」
逃げ去ったときの彼女はどこにいったんだ
いやまあ、おどおどびくびくされるよりは断然いいが、だからってこうして琴寄みたいに強気で来られても困ってしまう。
でも、不安になるからやっぱりこういう感じの方がいいかと片付けた。
「結局ああやって言うことを聞くならイブのときにも聞いてほしかった」
「そりゃ悪かったよ、でも、今日は本番なんだから楽しめるだろ?」
飯だって沢山食べればそんな細かいこと、終わったことなんてどうでもよくなる。
あとは温かい風呂にでも入れば完璧だ。
その後は明日から冬休みだからということで夜ふかしをしてもいいし、冬休みを満喫するためにさっさと寝てもいい。
迷惑をかけていなければ誰にも制限されない時間の始まりなんだからもっと緩くいるべきなんだ。
「今日行くから」
「は? 駄目だって言っただろ」
琴寄みたいになるのはやめてくれっ。
もしそうなったら新年になった途端、ふたりから逃げなければならなくなる。
そうでなくてもあのわがままリア充女子のせいで危うくなっているんだから勘弁してほしい。
静葉も実際はこんな感じだから女子=こういう人間だと言われれば諦めるしかないのかもしれないが……。
「楽しんだ後に行くからっ」
「駄目だ、大体怖がりのくせに無理するんじゃない」
「だったら高司君が迎えに来てくれればいい」
「嫌だよ、なんで敢えて寒い中出なきゃいけないんだ」
俺が彼女のことを好きでいる、とかだったらそりゃ寒かろうが雨が降っていようが迎えに行くがそうじゃない。
一緒に過ごしたいのであれば昨日ふたりきりで過ごそうと誘っているだろうに。
それがなかったということはつまりそういうことだ。
「一緒に過ごしてくれたらご飯作ってあげるよ?」
「いいよ、ある程度俺でも作れるし」
勝てそうになかったから途中で帰ることにした。
追ってきたから走って逃げたら撒けたから助かった。
俺の家を知っているわけではないし、怖がりだし、連絡先だって交換していないからこれで逃げ切れる。
仲良くしたいなら明日にでも会えばいいんだ。
敢えてクリスマスに一緒に過ごす必要なんかない。
さっきのあれで完全に愛想を尽かしたということならそれはもう仕方がない。
俺は俺らしく存在しているだけなんだ。
これからも余程のことがない限りは変えるつもりはなかった。
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