02話.[モチベーション]
「勘弁してくれよっ」
この前のあれが悪かったのか、何故だかやたらと琴寄に追われる日だった。
普段は教室から逃げるような人間じゃないのに、寧ろゆっくりしているぐらいの人間なのに、逃げていないとやっていられない毎日が続いている。
俺ごときにああいうことを言われたのが気になるのかもしれないけどさあ、彼氏がいるんだからもう少し気をつけようや……。
「高司――」
「朝霧助けてくれっ」
彼女の後ろに隠れてから数秒が経過した頃、にこにこ笑顔の琴寄がやって来た。
色々な場所に逃げても絶対にばれるのはなんでだろうか……。
「朝霧さん、その子を渡してくれないかな?」
「でも、助けてくれって頼まれたから」
「別に嫌なことをしようとしているわけじゃないんだよ? 前々からいるのに友達じゃないとか言ってきてこっちが傷ついているぐらいなんだからね?」
「高司君がもういいって言うまでは駄目」
折笠が注意しないのが悪いんだ。
琴寄も琴寄で自由に行動しすぎだと思う。
きっと縛ったりしないからいい相手! とかなんとか考えつつ行動しているんだろうが、それで巻き込まれるこちらのことはなんにも考えられていないんだからやっていられない。
もう最近のこれで苦手レベルから嫌いレベルになっているぐらいだというのに……。
「朝霧、巻き込んで悪かったな」
「もういいの?」
「ああ、そもそも俺がなんとかしなくちゃいけないことだからな」
そこまで考えて自分も似たようなことをしていたことに気づくとかアホだった。
どんな理由であれ、巻き込んでしまったら俺も同類となってしまう。
だが、朝霧が消えてから滅茶苦茶不安になってしまった。
俺ひとりで琴寄の相手とか絶対に無理だろこれ……。
「千鶴、高司にうざ絡みすんなよ」
来るのが遅いぞ折笠!
でも、これでまた平和な毎日というやつが戻ってくるわけだ。
だったら少しぐらいは許してやらなければならない。
「違うよ、高司君が酷いことを言うからだよ」
「酷いことって?」
「だって友達じゃないとか言うんだよ?」
「そりゃ高司からしたら千鶴は友達の友達みたいなもんだろ」
当たり前だ、だって俺らは二年の十月ぐらいから話すようになったぐらいだぞ。
彼とはずっと小さい頃から一緒にいたが、そんな感じだった。
ずっと昔から琴寄が彼女だったということはないみたいだが、元々教えるつもりもなかったみたいだ。
初めて彼女と仲良さそうにしているところを目撃した際にはかなり嫌そうな顔をしていたぐらいだし。
「折笠君までそんなこと言うんだ……」
「別にどうでもいいだろ、千鶴には俺がいるんだから高司の存在なんて関係ねえ」
「……は、恥ずかしいからここではやめてよ」
「恥ずかしくなんかねえ。俺が好きなのは千鶴で、千鶴が好きなのは俺なんだから」
わー、男らしくて格好いいー――じゃねえんだよ。
こういうのが嫌だから逃げてんだよ俺は。
ちらちら見てくることがあるのは恥ずかしさから、と言うよりも、優越感からなのかもしれないと考えてしまった。
とにかく、非モテの前でそんなことをするのはやめよう。
もうそうやってずっと彼の前でメ○の顔をしておけばいいんだ。
二度と俺のところには来るんじゃないぞと内で叫んでからこの場をあとにした。
「琴寄さんと友達じゃなかったんだね」
何故か俺らの教室にいたから丁度いい。
「ああ、つか、琴寄は朝霧のことを知っているみたいだったけどどういう関係だ?」
「同じクラスというだけだよ、これまで話したことはなかったけど」
そこは性差ってやつなのかもしれない。
内はともかく表面上だけはすぐに仲良くやれてしまうのが女子だと思うから。
「あ、さっきはありがとな、助かった」
謝罪は……しないでおいた。
構ってちゃんみたいになってしまうのは嫌だからこれでいい。
そもそも俺らはなんでこうして一緒にいるのかも分からない関係だしな。
「高司君は助けてくれたから」
「あれは違うだろ」
「でも、怖い思いを味わっていたときに助けてくれたよ?」
まあいいや、そこで拒んだところで琴寄のときと同じようになるだけだから。
それにこちらも助けてもらったことで終わった話なんだ、出す必要はない。
ただ、なにかをしたらこうして返ってくると考えたら……まあ悪いことばかりではなかった。
「暗いのが嫌なら夜に出歩いたりするな」
「うん、守るよ」
「あとは……困ったら言えよ、俺にできることならしてやるからさ」
「うーん、特にないかな」
「ないならない方がいいだろ」
速攻で振られてしまったからこれ以上は言えないでいた。
……これをきっかけに仲良くなりたいと考える気持ちが悪い自分がいて、正直、頭を掻きむしりたいぐらいだ。
男に生まれたからなんだろうが、女子の前で格好つけたがるこれはなんとかならないのか……。
折笠はあくまで自然体でいられるから羨ましいな。
「じゃ、また今度な」
「うん」
んー、ひとりでいられるときの方が落ち着けてしまうというのは複雑だった。
まあでも、ひとりでいれば誰かに迷惑をかけるわけでもないからその点ではいい。
残念な点は、ひとりにしてくれーなんて願わなくても勝手にそうなることだった。
「兄貴ー、ちょっといい?」
「おう、どうした?」
飯を食べて風呂に入るまでの間、だらだらしていたら妹が部屋にやって来た。
この歳になっても喧嘩とかあんまりしないから兄妹仲というのは悪くないと思う。
気になることをひとつ挙げるとすれば、妹には彼氏がいるということだろう。
あと、同じ高校じゃないというのもなんだか寂しいところではある。
「明日電子辞書を使うんだけどさ、貸してくれない?」
「別にいいぞ、ほい」
「ありがとっ」
確かそういうのも全部買っていた思うが、無くした……わけじゃないよな?
となると、誰かに貸したいからなのかもしれない。
当分は使う機会がないから埃をかぶっているぐらいなら誰かに使ってもらえた方がいいはずで。
「
「兄貴が通っている高校と変わらないよ、あ、女の子が多いという点は違うけどね」
「女子ばっかりか、苛めとかがなければ静葉にとって最高の環境だな」
「うーん、そうとも言えないけどねー」
中学時代よりも小学時代の女子の方がかなり怖かった。
同性相手にも容赦なく牽制するし、もうその頃から男子を意識しているせいで余計に悪く影響していた。
あと、リアルにそういう場面を小さい頃に見てしまったせいで微妙になってしまったというのもある。
ちなみに折笠はそれを見て爆笑していたぐらいだけどな。
「兄貴はまだ千鶴さんといられてるの?」
「なんでそこで琴寄なんだよ……」
「ははは、だって折笠さんとはそう離れる理由もないでしょ」
そういえば意外と友達のままだ。
ああいうタイプはあっという間に切りそうなものなのにそういうのが一度もなかったことになる。
手や足は出やすいのにそういう風にはしないんだから面白い人間だと言える。
「彼氏がいるってどんな感じだ?」
「え……なんかキモい……」
「風呂に行ってくるわ」
最近の自分が気持ちが悪いことなんて自分が一番分かっているんだ。
あのなあ、内でなんと言おうとやっぱり興味を抱いてしまうものなんだ。
「恋? 興味ないわ」とか言っている奴がいたら大抵は強がっているだけだ。
……まあそんなことを言っていた奴もあっという間に彼女を作って楽しそうにやっていくわけだが……。
「兄貴ー」
「ちょ、脱いでるんだけど……」
「まあいいじゃん、それより後で勉強を一緒にやろうよ」
受験生のときだってすぐにだらけていた妹がこんなことを言うとは。
自分がなんだかんだで前に進んでいるように、妹もまた同じだということなのか。
「真面目にやっておかないとクリスマスは楽しめなくなるからな」
「そうそう、それに今年は、ふふふ」
みなまで言う必要はなかった。
つまり彼氏と初めて一緒に過ごせる年だからしっかりやっておかなければならないと、そういうことだろう。
まあ流石にキス以上のことはしないと思いたいが……。
「そうなると今年はひとりか……」
家族と過ごすクリスマスというのも楽しかったのにそれすらなくなるようだ。
妹がメインで動いていたからメインがいなくなってしまえば適当になってしまう。
自分がばりばり動いてまで楽しもうとはしたくないし、仕方がないから諦めよう。
「静葉ー……って、寝るな」
「ぶぇ! もうちょっと優しく起こしてよ」
「彼氏がいるんだからもっと気をつけろよ」
いやでもこういうところは悪くないと思うんだよな。
なんか兄らしくいられているというか、静葉に対してだけは年上らしくいられているというか。
くそ、せめて琴寄が後輩であってくれたらよかったのにとしか言いようがない。
だってそれならあんなにぐいぐい行くことは不可能だろうから。
が、何故か妹は爆笑するというよく分からない結果になった。
「ぷふっ、だって相手は兄貴だよ?っ」
「兄だからって男には変わらないんだから彼氏君は嫌だろ」
「いやでも、兄妹だし……」
「ま、勉強やろうぜ」
「あははっ、なにそれっ」
できれば家族とは仲いいままでいたい。
異性と上手く仲良くできないから、せめて妹とぐらいは仲良くしておきたかった。
それでもある程度耐性ができているのは妹のおかげだ。
明るい面もあれば結構ダークな面もあるので、悪口とかもすぱっと言う存在だし。
ちなみに同性に対するソレが多いからやっぱり表面上だけのものが多いのかなーなんて感想に落ち着く。
「血の繋がった兄妹じゃなければ兄貴のことを好きになっていたよ」
「ないだろ、それなら出会ってすらいない」
俺が好かれないことを知っているのに意地が悪い発言をしてくれる。
このままこの話を続けるとダメージを受けるだけだから勉強に集中した。
それにしても……コタツという家具は本当に最強だった。
動くことが大好きな妹が留まって寝そうになってしまうぐらいには最強で。
「重い……」
調理時に使うあの三本のやつらよりもかなり重かった。
まあでも、キモいとか言わずに部屋で一緒に勉強をやってくれるぐらいだから悲観する必要はないのかね。
「ん……あにき……?」
「おやすみ」
「あ……おやすみ」
自分の部屋に移動してベッドに寝転んだ。
とにかく平和な毎日が続けばいいと願いつつ、眠気がくるのを待った。
「高司、クリスマスってどうすんだ――って、なんだよその顔」
どんな顔をしているのかは分からないが、多分そんな感じの顔を誰だってしたくなるもんだ。
あ、だけど別に誘ってきているわけではないのかと気づき、謝罪をしておく。
いかんな、特になにがあるというわけではないのにクリスマスやバレンタインデーが近くなると攻撃的になるところが恥ずかしい。
「ちなみに折笠君は琴寄さんと過ごすんですよね?」
「まあそりゃ恋人なわけだからな。昔みたいに野郎同士で集まって馬鹿騒ぎ、というのはできなくなったな」
何故か毎年海辺まで行って騒ぐという決まりになっていた。
もちろんルールは守っているし、クリスマスの夜に敢えてあんな寒いところに行く人間達は少ないから特に問題もなかった。
花火禁止なのに花火をしているような人間達とは違うんだ。
あと、小遣いというのもあまりなかったからすぐに帰ることになったしな。
「あのちび――朝霧を誘ってみたらどうだ?」
誘えるわけないだろ……。
仮に誘ったとしてもまだ会ってから一週間も経過していないんだから断られるに決まっている。
そんなダメージを負ったら泣きそうになるからできるわけがない。
「ある程度の時間までみんなで過ごしたらどうかな?」
またこいつは余計なことを……。
彼が「ふたりきりがいい」と言ってくれたからよかったものの、それがなかったら無自覚で質が悪い存在を前にダメージを負うところだった。
嫌われていても気づかないで無邪気に近づきそうな人間だ。
それかもしくは、こういうところが好かれて嫌われることがなかった可能性も。
「でも、せっかく朝霧さんとも話せるようになったんだからさ……」
「そんなの大晦日とかに集まればいいだろ、敢えてクリスマスに集まる必要はない」
「でも……」
「俺は千鶴と過ごしたい、ただそれだけだ」
基本的には聞いてくれるが、これと決めたらあまり変えない人間でもあるから琴寄は諦めるしかない。
そもそもどうせある程度時間が経過する前に我慢できなくなるに違いないんだ。
そうしたら俺らが気まずい思いを味わうわけで――って、だから俺は馬鹿だな。
朝霧のことしか出していないんだから誘われていないだろうが……。
「私も家族と過ごすという決まりがあるから」
「そうなんだ……」
「それに、折笠君は琴寄さんとふたりきりで過ごしたいと言っているわけだからね」
ひとつ言えるのは彼女が彼と付き合ってくれていてよかったということだ。
だってそうじゃなければ他の女子も加わってもっと面倒くさいことになる。
彼に近づくために利用されるのもごめんだった。
それもまた経験したことがあるという……。
興味を抱いてはもらえないのに利用はされまくるってどんな人間だよって言いたくなるね。
話も終わったから廊下に出たら朝霧がとてとてと歩いて付いてきた。
「あのふたりは付き合っているんだよね」
「おう、少し前からな」
目撃なんかしなければよかったんだ。
そうすれば卒業まで知らないままで済んで、いまみたいに面倒くさいことになることもなくなっていたというのに。
折笠がいればいいと考えて行動していたのが裏目に出た形となる。
そりゃ友達がひとりだったらその相手のところに行ってしまうわけで。
そして折笠だって彼女がいるならその彼女といようとするわけで。
「朝霧はよく助けてくれるな」
「え?」
「俺がそう思っているだけだから気にするな」
丁度いいタイミングで来てくれるから本当に頼もしく見える。
身長だって滅茶苦茶低いのに、暗闇が怖いぐらいなのに、妹から拗ねて逃げ出すぐらいなのに。
可愛げの塊でもあるし、優しい子でもあるしで、なんかずっと近くにいてほしいぐらいだった。
ただ、それは琴寄の
「そういえばこの前、女の子と歩いているところを見たよ」
「折笠がか?」
「ううん、高司君が」
「ああ、それは俺の妹なんだ、静葉って名前でな」
制服も違うからそう見えてもおかしくはないのかもしれない。
たまに駅まで迎えに行ったりするからそのときに見られたんだろう。
隠すようなことでもないし、恥ずかしいことでもないから全く気にならないが。
つか、妹以外の異性と歩く機会がない、そう言うのが正しいと言える。
「凄く仲良さそうだったから彼女さんかと思った」
「はは、あるわけないだろ」
そう、あるわけないんだよ……。
あったらたかだかクリスマスごときで苛ついたりしていないんだよ。
琴寄にだってもっと大人な対応ができていたはずなんだよ。
「手も繋いでいたぐらいなのに?」
「待て、それは誰だよ?」
「え、だから高司君――」
この歳でもうそんなに衰えているなんてという目で見ていたら「む、その顔は嫌」と言われてやめた。
静葉は距離が近いからそのように見えた――いや、仮にそうでも繋いでいるようには見えないだろと不満もぶつけたくなったが我慢。
「とりあえず、クリスマスの前にまずテストを乗り越えないとな」
「私にとってはそれだけじゃなくて球技大会も敵だから」
「分かる、分かるぞ」
運動神経がよくないから絶対にチーム競技には参加しない。
個別でやれるバドミントンか卓球に参加してあっという間に終わるというのが理想だった。
それでも体育祭みたいにミスったら迷惑をかける、というわけではないから許してもらいたいぐらいだ。
ただ、そうと分かっていても気分が下がるからモチベーション維持が難しかった。
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