79作品目

Rinora

01話.[いまはとにかく]

「ひゃぅ……」


 友と歩きながら話していたら急にそんな声が聞こえてきて足を止めた。


「あ? なんだこの小さいの」


 まあ言い方はともかくとして、本当に小学生なんじゃないかと思えるぐらい小さかったから気持ちはなんとなく分かる。

 なんて、そんなことを考えている場合じゃないよな。


「大丈夫か?」

「……だ、大丈夫」

「そうか、怪我とかないか?」

「うん、どこも痛くないよ」


 友はずっと運動部に入っているからそんな人間にぶつかれば大抵の女子はこうなってしまう。

 体幹の強さや体格差が違いすぎるから仕方がないことだ。


「悪かったな」


 彼女は首をぶんぶんと振ると慌てて向こうの方へと走っていった。


「甘えな、あっちからぶつかってきたのによ」

「わざとじゃないからな」

「じゃあ俺はぶつかられ損かよ」

「倒れたりしていないんだからいいだろ、大男が小さいことを言うな」

「うわあ、自分が無傷だからって好き勝手言ってくれやがって」


 友はこちらの尻をばっと蹴ってきた。

 すぐに手が、いや、足が出るところは問題だ。

 ただ、こんな友でも彼女がいるんだから現実ってやつはよく分からない。

 まさか女子が暴力的な人間を好きになりやすいということはないだろうし……。

 それにそれがもし本当だとしても俺はそれを本当のことだとは思いたくなかった。

 と、真面目にやっているのに十七年間非モテな人間は言いたくなる。


「折笠は明日からまた部活だからどこかに行こうぜ」

「移動が面倒い」

「まあそう言わずにさ、ほら、中学のときは野球をしていたわけだからバッティングセンターとかどうだ?」

「奢りなら行ってやるよ」

「まあ数回分ぐらいはな」


 通学路から外れて少しだけ歩いていくとゲームセンターやバッティングセンターがあるそんな通りに出る。

 残念ながら俺は運動がそこまで得意ではないから金だけ渡して見ていることに。

 ここにある最速のマシンにもすぐに対応できるのはやっぱりすごい。


「ここじゃ物足りねえな」

「なんで野球続けなかったんだ?」


 中学三年の最後の大会が終わったときに友は唐突に「野球やめる」とそう言った。

 強い学校というわけではなかったものの、俺らと比べたら遥かにすごかったし、他校の人間と比べても負けないぐらいの実力はあったのに変えることはしなかった。

 当時は理由も教えてくれなかったから運動部自体が合わなかったんだろうな、と片付けていたのだが……。


「暑苦しいからだ」

「それでも結局、運動部に入っているんだから変わらないだろ」

「それに道具を使わなきゃいけないというのはなんか違うんだよ」


 物足りないと言いつつまだやろうとしているあたり、野球が嫌いになったというわけではないんだろうな。

 単純にここでやめてしまったら金を返さなければいけないから、などという理由の可能性もあるが。

 あと正直、今更になって彼女がいるのに誘ってしまってよかったんだろうかと不安になっている自分がいる。


「なあ、彼女はよかったのか?」

「夜に会うから問題ない」

「そうか」


 そういうものなんだな。

 自分に彼女がいたとしたら午前中とかだって一緒にいたいとかわがままを言っていそうだった。

 いやだって彼女なんだからなにをしているかとか気になるだろうし……。


「そろそろ帰るか」

「もういいのか? じゃあ帰るか」


 少し遊んだだけで真っ暗になってしまうというのは考えものだった。

 冬だから仕方がないと言えば仕方がないが、こればかりはどうにかしてほしいと考えてしまう。

 外でゆっくりできないというのはつまらないからな……。


「あ、さっきのちびだ」

「本当だな」


 高校の制服を着ていないとやっぱり小学生に見えるぐらいの身長だった。

 住宅街の方とは別の方に歩いていっているのを見て、なんとなく不安な気持ちになってしまった。

 とはいえ、それで追ったりなんかしたら自分が一番気持ち悪い存在になるから難しいんだ。


「帰るわ」

「は? なんでこんな中途半端なところで別れようとするんだよ」

「なんか彼女に会いたくなったんだ、じゃあな」


 はぁ、これだから彼女持ち、彼氏持ちの人間は嫌なんだ。

 なにかをしていても急にそういうことで消えてしまうから。

 優先順位的に勝てないのは分かっているが、それで結局去るぐらいなら来なくていいぞと言いたくなる。


「うわ、こっちに来た……」


 慌てて走って逃げたところでどうにかなる距離じゃない。


「あ、さっきの……」

「もう暗くなる、というか、暗いんだからひとりで歩いていたら危ないぞ」


 ゲーセンとかパチンコ店とかがあるからチャラいのもいそうだし自衛した方がいいに決まっている。

 用があるのなら休みにでも行けばいいんだ。


「……怖いから一緒に帰ってもいい?」

「おう、それはいいけどよ」


 同じ高校の生徒だからってここで一緒に行動してしまうのもどうなんだ?

 そりゃ折笠と比べたら見た目の凶悪さもあんまりないつもりだからあれだが……。

 ただ、折笠は言葉遣いが悪いだけで本当はいい奴だ。

 だから実際求められるのは折笠みたいな人間というわけで。

 はぁ、人間としても負けているのに勝てるわけがないよな。


「……さっきの人、怒っていなかった?」

「ああ、ぶつかられ損とか言っていたけどな」

「……逃げていたから意識が前にだけ向いてなかった」

「相手が相手なら怪我をさせてしまうかもしれないから気をつけないとな、自分だって下手をすれば怪我してしまうわけだからさ」

「うん……」


 やべえ、最高に格好悪い。

 こういうところがマジでモテない理由だ。

 まあでも、こういうところはずっと変わらないから女子からしてもなし判定を簡単に下すことができていいかもしれなかった。

 いまはお互いに求める条件が上がって恋をするのが当たり前ではなくなっているわけだし(俺の願望かもしれないが)、そう悲観する必要もないだろう。

 つか、逃げていたってなにからなんだ?

 でも、別に友達というわけじゃないから気になっても聞くことができないままで。


「あ、こっちだから……」

「そうか、気をつけろよ」

「うん、ありがとう」


 ちなみに俺はいま歩いてきた道を戻る必要があるわけだが……。

 

「いいか」


 暇人なんだから暇つぶしができてよかったと考えておこう。




「高司君、折笠君を見なかった?」

「折笠なら多分トイレだぞ」


 琴寄千鶴ちづる、この子が折笠の彼女だった。

 ふたりきりのとき以外は絶対に名字で呼ぶことを貫く。

 何故それを知っているのかは単純、待ち合わせに遅れた際に名前で呼んでいるところを聞いたからでしかない。

 それはいいとして、別々のクラスだからこうして聞いてくることが多かった。

 折笠もまた、学校で優先して動くことはないからこんなことになるんだ。

 いい点は、それで理不尽に怒られたりしないことだけだな……。


「高司君って毎回柔らかい態度で相手をしてくれるよね」


 誰だってそうだろ……。

 友達の彼女だからとか関係なく、悪い人間相手でもなければみんなこんな感じだ。

 こういうところは苦手なところだった。

 ないとは分かっていてもあのすぐに手が出がちな男子君に敵視されるかもしれないから不安になってくる。

 あと、よく分からないがダメージを負うことになるからできるだけ関わりたくないというのが正直なところだ。

 なので、色々な言い訳をして今日も逃げてきてしまった。


「なにやってんだ?」

「琴寄が探していたぞ」

「そうなのか? しゃあないから行ってくるか」


 廊下途中の窓の前で足を止めて向こうを見ていた。

 冬だからというのもあって澄んでいて綺麗な青空が広がっている。

 それを見ている自分の内側は濁ってしまっているものの、そう悪いことばかりでもないんだと教えてくれている気がした。

 本当に法律で恋愛を絶対にしなければならないとかルールがなくてよかった。

 モテる人間は日々求められているだろうから分からないだろうが、全くそういうのがない人間だっているんだから。


「高司君」


 また来たのかと内でため息をついていたら琴寄じゃなくて二度見してしまった。


「え、同級生だったのかっ?」

「うん、私も高校二年生だよ」


 数秒なんと言っていいのか分からなくて黙っていたら「朝霧あい」と自己紹介をしてくれた。

 いや、それよりも同級生だったことのインパクトがでかすぎて頭が……。

 一学年にひとりは必ず低身長の人間がいるとはいえ、流石にここまで小さいと心配になってくる。

 飯とかちゃんと食べられているのか分からなくなってくる腕や足の細さも影響している。


「あ、それで今日はどうしたんだ?」

「昨日のお礼がしたいから来た」


 冗談でもなんでもなくなにもしていないからいらないと返しておく。

 もう終わった話だから意味はないが、どちらかと言えばしなければならないのは謝罪だ。


「礼はいいからひとつだけ教えてほしいことがある」

「なに?」

「昨日、なにから逃げていたんだ?」


 ずっとこれが気になっていて気持ちよく寝ることができなかった。

 もう会える可能性は低かったし、仮に会えても会話することもないだろうからと諦めていたわけだが、こんなことになってしまえばそりゃ止められるわけがない。

 自分の健康にも関わってくるわけだから仕方がないんだ。

 いきなりぐいぐいいって嫌われたとしてもこれまでとあんまり変わらないからな。


「妹から逃げていただけだよ」

「どうして逃げる必要があるんだ?」

「……言うことを聞いてくれないから拗ねていただけ……」


 なんだその理由、可愛いかよ。

 礼を言って教室に戻ってきた。

 相変わらず琴寄と楽しそうに話している折笠を見てうへえという気持ちになったものの、いまは気分もあんまり悪くないからダメージは少なくて済んだ。


「なんかおかしいよな」


 昼休みはひとり廊下でそう吐いていた。

 もう飯は食べてしまったからこんなことでしか時間をつぶすことができないんだ。

 乱暴で雑で女子相手にもあの態度なのにみんなから好かれているのはなんなんだ。

 そりゃもちろん怖がっている女子もいるだろうが、何故かクラスの女子みんなからいい態度でいられているってなあ……。


「なにがおかしいの?」

「ああ、折笠のことだよ。朝霧は折笠のこと、怖いと思ってくれているよな?」

「でも、昨日のあれは私が悪いから……」


 駄目だ、せめて彼女ぐらいはあの乱暴男に負けないでいてほしかった。

 とはいえ、悪く言いまくる意味もないし、そんな最低なことはできないからどうしようもない。

 それなら……、


「折笠、朝霧が謝りたいんだってよ」


 こうして直接話させるしかないだろ。

 ますますいい方に傾く可能性があるからリスクのある行為ではあるが、なにもしないよりは俺の精神的にもずっといいから。


「あ? なんだ昨日のちびか」

「……昨日はごめん」

「昨日謝ってほしかったところだが特に痛くもなかったしな、どうでもいいからそんな話はもうやめろ」

「ありがとう」

「だからどうでもいいことなんだって」


 ただただ俺のクソさが出ただけだった。

 圧倒的に敗北した俺にはここにいられる勇気がなかったから廊下に逃げる。

 きっと女子はああいうところに弱く、そして影響を受けるんだと分かった。

 が、誰がやってもそうなるわけではないことを俺は知っているので、知ったところでどうするよ(笑)という状態だった。

 

「どうせ出会いもないし学校やめるかな……」


 なんて言いつつも、結局翌朝になれば登校するためにのそのそと準備しているんだから笑えてしまう。


「あれ、今日も廊下にいるんだ」

「琴寄か、彼氏なら教室にいるぞ」

「分かってるよ、さっき話してきたし」

「だったらどうしてここに?」

「折笠君とは学校が終わった後にでも話せるからね、学校にいるときは他の子とたくさん話すって決めているんだ」


 なになら他人に勝てているんだろうか?

 マイナス面のことならいくらでも挙げられるものの、残念ながらプラス面でのことがひとつも出てこなかった。

 ただ、それでも問題なくこれまでやってこられたのはまず間違いなく折笠のおかげだと言える。


「それでも敢えて俺のところに来なくてもいいだろ」


 暇人としてはありがたいが相手が彼女だということなら話は別だ。

 なんか態度とか言動とか笑顔とか、色々と苦手なことが多いから。

 別の男子が見たら「可愛いよな」とか言われそうな容姿や態度ではあるが、残念ながら俺にはそう思えない。

 別に好きだったとかそういうことでもないのにこれだから……もしかしたら前世になにかあったのかもしれないな。


「なんで? 高司君とだって友達なんだから話したいと思うのはおかしなことじゃないよね?」

「おいおい、俺達がいつ友達になったんだ」

「え、酷いよ……」


 酷いのは折笠&琴寄カップルだった。

 折笠と普通に話していたらいきなりやって来て俺の目の前でイチャイチャしてくれるからだ。

 いまさっき言っていた学校で云々は彼氏を見ると忘れてしまうらしい。

 まあでも仕方がないことだ、彼氏がそこにいるなら話したくもなるだろう。

 折笠だって面倒くさそうにしながらも楽しそうに相手をするから普通のことだと片付けられる。


「戻るわ」

「あっ、それなら私も行くよっ」


 教室に戻ったら既に朝霧はいなかった。

 席に着いてゆっくりしていたら折笠がやって来て机にばんと両手をつく。


「連れてきたくせに放置して逃げんな」

「あの後はどうだったんだ?」

「妹が呼んでるからとかで戻ったけどよ」


 妹の方が大きそうだな、なんて想像しつつ時間経過を待つ。

 琴寄は先程言ったことを守ろうとしているのか隣にいるのに話しかけるようなことはなかった。

 そんなことをすれば当然彼的には気になるわけで、話しかけられてからはそれはもう止まっていなかったが。

 嫌な点は場所を移動しないで会話を続けることなんだよな。

 しかもそのとき、なんかちらちら見てくるからマジで最悪だと言える。

 これは非モテ特有のそれというわけではなく、冗談でもなんでもなくちらちら見てきているんだ。

 多分、彼氏と話しているときはハイテンションになりすぎてしまうから他人の目というやつを気にしているんだろう。

 だから休み時間が短く設定されていて本当にありがたかった。


「ふぅ」


 放課後になれば部活に行かなければならないふたりとは簡単に別れられるというのも大きい。


「高司君、折笠君は優しかった」

「ああ、いつもあんな感じなんだ、折笠は女子にだけ優しくするわけでもないしな」


 折笠のことを話せば話すほど、あ、だからモテるのかって分かっていくのはあれだな……。

 部活に入っていなくてもう帰るみたいだったから一緒に帰ることにした。

 って、なんで一緒に帰っているんだ……。


「妹と一緒に帰らなくていいのか?」

「高校生だけど友達を優先することが多いから」

「一緒に帰りたいなら誘えばいいと思うけどな」

「家でゆっくり話せるから問題ないよ」


 色々出して別行動をしてもらう作戦はいつも失敗する。

 特に琴寄には効かないからどうしたもんかと頭を抱えることも多い。

 なるべくふたりきりではいたくないが、かといって、折笠も来てしまうといちゃいちゃされてしまうしで非モテには厳しかった。


「悪い、醤油を買ってきてくれと頼まれていたからスーパーに行くわ」

「うん、気をつけてね」

「朝霧もな、じゃあな」


 正直、面倒くさいことにしかならないから女子の友達はいらなかった。

 モテたいとかよりも平和な毎日というやつを求めているからこれでいい。

 女子と一緒にいるだけで理不尽に怒られることって普通にあるからな……。

 なので、俺らしくいられているいまのような状態が一番なんだ。


「重い……」


 醤油、味醂、料理酒、今日に限って物理的に重い物を買ってこいと頼まれていた。

 決して逃げるためだけにあんなことを言ったわけではないんだ。

 同級生から逃げるなんてそんな情けないことをできるわけないだろうがっ。

 なんて、琴寄から逃げまくっている情けない人間がここにいたわけだが、いまはとにかく平和な場所に帰るだけだから気にしないことにしておいたのだった。

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