第1話 空から降る顔のない血塊

 さて、早速潤華はアイローンに手を引かれて馬車に乗り込む。するとそこには、鎧を着て剣を持った男が目を閉じ、凛とした佇まいで座っていた。


「坊や、この男は自分の馬車が危ない時に何をしていたのかしら? どう見ても寝てる様にしか見えないのだけれど?」

「お姉ちゃん、僕の事は坊やじゃなくてアイローンって呼んで?」


 アイローンは潤華の質問を無視して、自分のことを名前で呼べと主張してくる。上目遣いで目をキラキラさせながら。

 普通の女性ならメロメロになる。トゥンクする。

 実際、アイローンはこの方法を使ってお菓子やおもちゃを買ってもらっていた。

 しかし、


「聞いたことには答えなさい! いい? ワタクシは今質問をしたの。自分の要望を通したいのならまずはそれに答えてからにしなさい。それから提案すれば考えてあげないこともないわ」


 めっちゃ怒られた。しかも遥か高みから。ほとんど初対面なのに。だが、それが潤華なのだ。

 しかし言われた方はたまったもんではない。これは文句を言ってもいい。

 だが、アイローンは頬を染めながら気の抜けた返事をした。


「ふぁ、ふぁぁい……」


 アイローンの中のMが目覚めた瞬間である。


「それで、質問の答えは?」

「……え? あ、うん。今答えるね」

「敬語っ!」

「ひぅっ!」

「さっきから聞いていればまったく………いい? 目上の人には敬意をもって接しなさい。うん、じゃなくて、はい。答えるね、ではなく、答えます。わかった?」

「け、けいご……って?」

「わからないのかしら? その土地の習わしもあるのかしらね。号に入っては郷に従えと言うし……まぁいいわ。さっき言ったことは気にしなくてもいいわ。好きなように話しなさい」

「う……うん? よくわかんない……あ、それでね? その人──セルゴって言うんだけど、別に寝てる訳じゃないよ? セルゴが馬に乗ってこの馬車を引いてくれてたんだけど、盗賊が来たら中に逃げて怖くて気絶してるだけだから。ちなみにその人は形から入るタイプだから、鎧と剣は役にたってないよ!」

「いる意味ないじゃない」


 ごもっとも。


「でも僕はまだ馬に乗れないからしょうがないんだ……。あ、今起こすね?」


 アイローンはそう言ってセルゴと呼ばれた男の傍に行く。そして馬車に積んでいた藁の束からなるべく細いものを一本手に取ると、それをセルゴの鼻に差し込んだ。


「ふぁ……ふぁ……ふぁっくしゅ!」


 セルゴは書類でも送れそうなクシャミをしながら起きる。


「セルゴ起きた? 家に帰りたいから頼める? もう盗賊はいないよ! このお姉ちゃんがやっつけてくれたから」

「はぇ? なんだこのクソガキ……坊ちゃん! ご無事でしたか!」

「うん、全然誤魔化せてないね〜。まぁいつもだからいいけどさ」

「あっはっはっ! さすが坊ちゃん! 超かっけえ〜! で、そのお姉ちゃんってのは……ってこれは……」


 セルゴは潤華を見てその姿に釘付けになる。

 見た目は十七から十八歳ほど。背中まで届く黒曜石かと思うほどの艶のある髪。大きな瞳にピンクの唇。体は薄い紫のドレスに包まれていて、その少し開いた胸元から覗く、豊満なおっぱい様の上乳が素晴らしい。むしろそこしか見ていない。

 そしてそのままセルゴは無意識に口を開いた。


「抱きてぇ」

「お黙り」

「ひゅっ……」


 潤華の平手打ちでセルゴは膝から崩れ落ちた。


「セルゴ!? ちょっ……あ、ダメだや。完全に意識とんでる。綺麗な人見ると欲望丸出しにするのやめろって言ってたのに。はぁ……これ、どうしよう……」

「自業自得ね。それで馬だったわね? ワタクシ、馬なら乗ったことあるの。ちょっといいかしら?」


 そう言って潤華は馬車から降りて馬を見る。馬は潤華を見ては地面に伏せて怯えている。

 見つめ合う一人と一頭。

 そして潤華が口を開いて一言。


「あなた、走りなさい」


 馬は即座に立ち上がり、ちょっといい顔をすると首をクイッとやる。まるで『Hey彼女、乗れよ』とでも言うかのように。

 それを見た潤華が馬にまたがろうとすると、馬は何故かそれを避け、顔を馬車に向ける。『あんたはそっちに乗ってな。後は俺っちに任せろ』とでも言って……るような言ってないようなまぁどっちでもいいや。


「坊や、大丈夫そうよ」

「すごいっ! お姉ちゃんはテイマーなの!?」

「ワタクシ、将棋はわからないわ」


 それは桂馬。

 さ、そんなこんなでアイローンの家に向かって馬車は走り出す。

 馬車の中では潤華が車とは比べ物にもならない程の揺れに腰を押さえる。しかし、いつまで経っても痛くならない腰を押さえながらヨガを続けることを決意していた。


 しばらく走ると外は完全に暗闇に包まれた。街灯なんてものはもちろん存在せず、こんな暗闇を馬はどうやって走っているのかが気になった潤華は身を乗り出すと、前方の視界を塞いでいた布を捲る。

 そこで目にしたのは、先程までは無かった角のようなものが生えた馬。そしてその角が光って辺りを照らしている。


「……あれがLEDなのね。さすがだわ。家の者が交換したがっていたのも頷けるわね」


 そう言って座り直した。



 更に揺れを感じながら走り、やがて馬車は止まる。そして潤華がアイローンに手を引かれて馬車から降りて目にしたものは、レンガ造りの大きな白い建物。暗くてよく分からないが、周りと比べてもその大きさは別物。そして、潤華の家よりも遥かに大きかった。


「ここが僕の家だよ!」

「大きい……。坊や、あなたはいったい……」

「あはっ! 僕の家はただの金持ちだよ!」


 アイローンがそう言った瞬間、


「「っ!?」」


 空から血まみれの人が、二人の間に降ってきた。

 暗がりで見てもわかる。腕は傷だらけ。足は曲がってはいけない方に曲がっている。


 そして、顔が──────無い。


「のっぺらぼう!?」


 そう、潤華は叫んだ。

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財閥令嬢の異世界転移~その高笑いは世界をひれ伏せる。追放されても逆ギレ令嬢は常に無敵~ あゆう @kujiayuu

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