財閥令嬢の異世界転移~その高笑いは世界をひれ伏せる。追放されても逆ギレ令嬢は常に無敵~
あゆう
マダム、異世界で笑う
その女性の名前は
高明寺財閥の令嬢にして、親の遺産と会社の売上のみで生活を送る苦労知らず。49歳にして、そうは見えない美貌の持ち主。
子供はいない。
そもそも生まれてから一度も男に体を許した事すらない。
注目を集める美貌を持っている為、言いよる男の数は星の数程いたが、その中に自分に見合う男がいないから、と。
もちろん親の言う通りに結婚した男とも。だから夫は他所に女をつくり、そこで出来た子を跡取りとして育てている。
潤華はその事に文句はない。自分の優雅でエレガントな生活に影響がない限り口出しはしない。
そして今日も護衛を付けてランチに出かける。一皿ン万円の一口で終わるようなランチを食べに。
「さぁ! 今日は何を食べましょうか! 護衛達、しっかりとワタクシを守りなさい! オホホホホ!」
護衛は前に二人。後と左右に一人ずつ。少し離れた所にさらに五人の合計十人。どんな方向からの襲撃にも対応でき、上から見たらまるで五芒星の様。
ちなみにオホホな笑い方は、幼少期に見たアニメのお嬢様キャラの真似が今でも抜けていないからだったりする。
そして、高笑いと共に潤華が車に乗ろうとした時だ。
「運転手、今日は少し腰が痛いの。だから決して車を揺らさないように頼むわね? いいかし──ポウッ!」
言葉を言い切る前に潤華の頭は一発の銃弾によって撃ち抜かれた。
非情に。無情に。あっさりと。マヌケに。
そしてそれに気付いた護衛達が潤華に駆け寄ろうとした時、丁度護衛の十人が五芒星の中に五芒星を描くような位置に動いた。
その瞬間その護衛達が点となり、光の線で結ばれ、辺りを眩しい光が包んだかと思うと、その光が収まる頃には潤華の体は消えていた……。
◇◇◇
死んだはずの潤華が意識を取り戻した時、そこは無限に広がる白い世界に立っている。
その目の前には、白いローブを着たこの世のものとは思えないわけではない程のこんな子が店員だったらいいなーって位の美女。
その美女が口を開く。
「高明寺潤華さん。貴女には記憶をもったままでの転生、もしくは今のままでの転移の権利があります。如何致しますか? 尚その際、この特典クジの中からランダムで新しい世界で生きるのに役に立つスキルが与えられます。どうしま──」
「お黙りなさいっ!」
「ひっ!」
厳かに、それでいて優しく話しかけるその美女は潤華の一喝で一気に怯えたようになる。
「全部よ! 全部寄越しなさい! よくわからないけどその【すきる】というものは良い物なのでしょう? ならば全てをワタクシに寄越すのです!」
「だ、だめです! そんなことしたら貴女が耐えられません!」
「お黙りと言ったのが聞こえないのっ!」
「ひうっ! この人怖いぃ……」
美女はとうとう泣き出してしまった。そしてその時に落としてしまったクジを潤華が拾い上げる。
「これね。えー【絶対防御】に【若返り】【空気振動】【威圧】他にもたくさんあるようだけれども……さっぱり分からないわ! 説明しなさい!」
「だからそれを言おうとしたじゃないですか! なのに途中で止めるからぁ! まずは転生か転移かを選んでくださいよぉ!」
「それがそもそも分からないと言っているのがわからないのかしら? これだから髪を染めてはしゃいでる若い子は……。そうね。よく分からないけどワタクシはワタクシ。今のままであるからこそのワタクシよ!」
「これでも貴女の何千倍も生きてるんですが!? って、あぁぁぁーっ!? はやくそのクジ離して下さい! 勝手に転移が発動してます! 特典もったままで今のままでとか言うからぁ!」
「だからその点Eってなんなのかしら!? もしかして算数!? ワタクシ、これでも女学院を首席で卒業した実績があるのよ! さぁ! 早く説め──」
「あぁぁぁぁぁっ!!!」
美女の叫びも虚しく、潤華の体は光に包まれて消えてしまった。
「あんなに大量のスキルもって転移とか……絶対に魂が耐えきれなくてすぐ存在が消えちゃう。どうしよう……でももうどうしようもないし……しーらないっ! 知らないったら知らない! ……はぁ。次に来る人への特典どうしよ……。とりあえず飲も」
美女は投げやりにそう言いながら、どこからか取り出したビンを片手にどこかへと去っていってしまった。
潤華が立っていた場所で、【存在変換】と書かれたクジが光りながら消えていた事に気付かずに……。
◇◇◇
潤華は一人、佇んでいた。
建物も何も無く、草が鬱蒼と生い茂る平野に。視線を動かせば、少し離れたところに山が見える。それだけ。
「ここはどこなの! 誰か答えなさい!」
そう叫んでも周囲には誰もいない。聞こえるのは風の音。その風に揺られて擦れ合う草の音。そして山から聞こえる何かの雄叫びの様なものだけ。それが自身が叫んだ声のやまびこだとも気付いていない。
ハンドバッグからスマホを出しても圏外。護衛呼び出し用のボタンを押しても誰も来ない。
「牛……かしらね? 牧場に誘拐されたとでも言うの? だけどどこにも牧草や柵も無いわね。ならばここはどこかしら? 電話も繋がらないからもしかして海外? いえ、海外でも使えるようにしていたはずだわ。まったく……護衛達は何をやっているのかしら。帰ったら正座で説教だわ」
潤華はスマホの画面を何度かペチペチ叩く。叩いた後でもう一度電話してみてもさっぱり繋がらない。どうやら幼少期に使っていたCDコンポとは違うようだ。
「……とりあえず歩いてみましょう」
潤華はそう言うと、ハンドバッグから磁気ネックレスを出して首に巻くと、ゆったりと歩き出す。
どれ程歩いただろうか? 潤華の視線の先に道のようなものが見えてきた。
普段は常に車で移動していた潤華は体力に自信は無い。婦人会のヨガに通ってはいるが、そんなに長く歩けるとは思っていない。その為、自身の疲れの程度的には、それ程長くは歩いていないだろうという結論に至った。
「そんなに歩いていないはずだけど、こんな所に道があったのね。最初に居た場所からは見えなかったけれど。というかここは道……でいいのかしら? 舗装も何もされていないということは……きっと農道ね。とりあえずどちらかに歩いて行けば民家があるでしょう。高明寺の名前を出せばきっとすぐに分かってくれるでしょう。そうしたらそこで迎えを待ちましょう」
潤華は自信たっぷりに右へと歩き出す。ハンドバッグから出した日傘を立てて手を離すと右に倒れたからだ。
「このバック、思ったよりもたくさん入るのね」
なんて呟きながら。普通ならそんなに入る訳がないのにだ。
そして歩き続けている内に日が暮れてきた。
そこでやっと潤華は気付く。日が暮れる程に歩いても全く疲れていない事に。
「ヨガ……凄いわね」
全部ヨガのおかげになった。
ヨガパワーで更に歩いていると、道を何かが塞いでいる。そしてその周りには身なりのみすぼらしい不潔な男達が複数人。髪の色は金や赤、銀に緑。手に西洋風な剣を持っていた。
「なんなのかしらあの髪は。ここは日本じゃないみたいだわ。それにあれは……馬車? どうして馬車を? トラックを買うお金も無いというのかしら? どれだけ田舎に連れてこられたと言うの? そしてあのむさ苦しい男達は何を? お祭りかしら?」
潤華はゆっくりと近づく。すると、野太い声が聞こえてきた。馬車を取り囲んでいる男の一人のものだ。
「おうゴラァ! 早く降りて来いオラァ! 荷物と馬車寄越せゴラァ! なるべく長く大事に使いたいから馬車には傷を付けたくないんだからなぁ? おぉ? 素直に降りてくれば、命だけは助けてやるぞ? 俺、血を見るの怖いから」
正直すぎる。
そこで潤華は一つ気付く。海外なのに言葉が通じる事に。そして更に思い付く。きっとここは昔、日本人が流れ着いて母国語として日本語を定着させたのだろうと。
潤華が勝手にそう結論づけたところで馬車の中から声がした。
「ほ、ホントですか? ほんとに殺されませんか?」
そう言って降りてきたのは青髪金眼の美少年。そこらの淑女が見ればトキメキ確定な美少年が宝石のような涙を流しながら馬車から降りてきた。
しかし潤華の反応は違う。確かに可愛らしい見た目だが、それ以前に気になる事が一つ。ここが海外だとしても、青い髪なんて見たことが無かった。つまり──
「んまーっ! あんな小さい子の髪を染めるなんて親の顔が見てみたいわね!」
婦人会の健全育成部の部長でもある潤華は、子供の髪を染めるのに反対派だった。
それと同時に地域見守り隊の隊長もやった事があった為、大人が刃物を持って子供にたかるのも見過ごせなかった。
だから潤華は力強く足を踏み出し、声を上げた。
「ちょっと貴方、『どきなさいっ!』」
潤華がそう言った瞬間、先程まで美少年を脅していた男は吹き飛んで木にぶつかり、白目を剥いた。
「よろしい」
全然よろしくない。
そして潤華の状況もよろしくない。なぜならその男の仲間である、武器を持った男達に囲まれていたから。
「おい嬢ちゃん。今何をした?」
「嬢ちゃん? 確かに海外では日本人は若く見られるけれども、嬢ちゃんはさすがにお世辞が過ぎるのではないかしら? 齢五十を迎えるワタクシには、逆に失礼にあたることを学びなさい」
「五十? 何言ってんだこの嬢ちゃんは。まぁいい。これだけの見た目だ。奴隷商に売ればかなりの額になるだろうよ!」
「売る? このワタクシを? ホホ……」
「ホホ?」
「『オーホホホホホホホホホホホホホッ!』」
潤華が顎を上げて胸を張り、高笑いを上げる。
すると周りにいた男達が一人、また一人と体を震わせて地面に膝をついていく。
「『オホホホホホホ! オーホホホホホッ!』」
更に空気が震え、大地が軋みを上げる。馬車の車輪はカタカタと音を上げ、馬は怯えて暴れだし、美少年は失神していた。
そして──
「貴方達、面白いこと言うじゃない!」
高笑いを終えた潤華が男達に向かってズビシッ! と指をさしながらそう言った。
「……あら?」
しかし、男達は全員口から泡を吹きながら白目を剥いて倒れていた。
「集団食中毒かしらね。誰も食事の前に手を洗ったりしなそうだもの。まぁいいわ。さっきの坊やは……あら大変!」
潤華は失神していた美少年に駆け寄ると優しく抱き上げ、頬を叩く。右から左へ。そして左に流れた手を手首のスナップを効かせて更に右へ。
所謂往復ビンタ。
「坊や、大丈夫?」
心配そうな声をかけながら三往復ビンタした所で美少年は起きた。
「う、うぅ……大丈──ブフゥ!」
手首は急に止まらない。
「目が覚めたのね。大丈夫かしら? 怪我はしていない?」
「は、はい。……! あ、あの盗賊達は!?」
「盗賊? あの不潔な男達の事かしら?」
「はい……ってみんな倒れてる!? もしかしてお姉ちゃんが!?」
「あらあら、坊やまでお世辞が過ぎるわよ? 妙齢の女性に行き過ぎたお世辞は失礼になる事を覚えておきなさい」
「え? だって……。いや、それよりもお礼させてよ! 父さんが山でオークを狩って来たんだ!」
「おーくって言うのは聞いた事ないけど、ジビエみたいな何かかしら? そうね。お礼って言うなら頂こうかしらね」
「ほんと!? やったぁ! あ、僕の名前はアイローン。お姉ちゃんは?」
「……すごくシワが伸びそうな名前ね。まぁいいわ。ワタクシの名前は高明寺潤華よ。そうね……マダム潤華とでも呼びなさい」
「わかった! じゃあ僕の家はこっちだよ。行こっか! マダム・ウルカ」
これが潤華の異世界ファーストコンタクト。
そしてその後、たった一晩にして国を滅ぼし、国を救った【マダム・ウルカ】の名前がこの世界に響き渡り、追放宣言に逆ギレするまで僅か────
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