第3話 creep

 アイドルは、ファンが作った虚像だとわかっている。


 芸能人と出会える機会はフリーターの僕にはないし、プロ野球選手になれなかった時点で、夢は叶わないことなんて知ってるし、現実見てるし、リアコじゃないし。


 年末のお笑い賞レースで優勝した芸人が集まる番組のゲストとして出演しているミカは、面白くないネタなのに声を出して笑っている。ネットでたくさん誹謗中傷の言葉を浴びていても「アイドル」として芸能界で生きている。

 バイト先の店長に怒鳴られただけで生きる意味なんてないって思うような、そんな平凡な僕の人生に、可愛いミカがいてくれるだけで、鮮やかな色が塗られていく。

 

 今思えば、ただそれだけで良かったのかもしれない。

 

 初めて現場で見たミカは、僕の人生にいると思っていたミカの何百万倍も可愛かった。

 小さい顔のパーツをじっくり眺めても、パーツを並べたときのバランスも全てが美しくて、黒髪がさらさら揺れる度に、ふわふわとしたいいにおいがする気がして、細すぎる手足を使って何曲も軽やかに踊るのに前髪は絶対に崩れなくて、透明な白い肌が「今日は来てくれてありがとう」の一言で赤らんだとき、僕は帰りの電車の中で、「どうすればミカと結婚できるか」ってことだけを考えて生きることを決めた。


 まず、居酒屋のバイトを週6で入れた。バイト代は、旭川橋あさひかわばしサンデーのCDやアルバム、ピンクのグッズ、旭川橋サンデーが表紙のテレビ雑誌、ミカのインタビュー記事が2ページ載ってるティーン向け雑誌、ミカのグラビアポスターが載ってる写真週刊誌、ミカの1st写真集などにつぎ込んだ。

 ミカのSNSを毎日チェックして、「おはよう」から「おやすみ」の挨拶コメント、自撮り画像には最速で「可愛い、生きてて良かった」とコメントをする。

「ありがとう!」とコメントが返ってきたとき、震えながらスクショして、スマホの壁紙にして、一日中眺めていた。

 バイト中、テーブルの上で何十分も放置してたくせに「ビールがぬるい」とクレームを入れてきたサラリーマンがいても、「僕はミカにありがとうと言ってもらえたし…今日だけはこの人に優しくしてもいいかな…」と思うことで、穏やかに接客できた。

 ツアーがある期間はバイトをすべて休ませてもらい、どんな遠方でも全日程参加は当たり前、ミカのグッズは全種コンプリートした。

 眩い光を浴びてステージに立つミカは、一本でも多くのピンクのペンライトが見えたら幸せなんだろうなと思いながら、左右に3本ずつペンライトを持って必死に振った。

 

 でも、こんなことをしていても「熱心なファン」にしかなれない。

 SNSの投稿では、「ファンのみなさんからもらったプレゼントを使ってます♡」の文字と一緒に、大量のピンクのプレゼントが飾られていた。

 そのなかで、バイト代を必死に貯めて僕がプレゼントした8万円のyu-yuのピンクの新作ハンドバックは、ずっと奥の方に埋もれていて、手に取ってくれたのか、これから使ってくれるのかどうかわからない。

 握手会でも、「いつも応援してます、大好きなんです、結婚し」の辺りで警備員に剥がされる。ミカはいつもありがとうと言葉にできないほど可愛らしく頬笑むが、目線は次のファンに注がれている。

 ライブ後、出待ちが禁止されているのにも関わらず、どうしてもミカに会おうとしてしまって、「害悪ファン」として顔と名前を覚えられてからは、僕の時間だけあきらかに時間が短くなってしまった。

 

「熱心なファン」もとい「害悪ファン」が結婚できないなら、「一般男性」だったら結婚できるだろうか。

 そもそも、芸能人と結婚する「一般男性」は、社長。お金持ち。大学を中退した僕が猛勉強して、コンサルタント会社の社長になる頃には、ミカはイケメンIT社長と結婚している、かもしれない。

 そんなの困る。ミカの幸せを心から願うし、ミカの幸せは僕の幸せだけど、ミカと結婚してミカを幸せにするのは僕だ。

 

 じゃあ、「一般男性」の僕をやめて、僕が「アイドル」になったら「アイドル」のミカと結婚できる。きっと、そうだ。


 僕は、今までシカトし続けてきた原宿、渋谷、表参道で声をかけてきたスカウトの人たちの名刺を財布の中から掘り起こして、連絡をとり、「君みたいなイケメンが今まで芸能界に興味なかったの?!なんで?!!すぐにアイドルにしてあげる!!」とまくし立ててきた大手芸能事務所の面接を受けた。

 面接は、すいすいと上手く進み、未成年との飲酒をバラされて炎上、さらにラブホで女の子と撮った写真を拡散されてクビになったメンバー「イズミ」がいたアイドルグループ「Mooooon《ムーン》」に加入、僕は「ユウ」という名前で活動を始めた。

「Mooooon」は5人組アイドルグループで、oの数はメンバー数を表す。

 しかし、イズミが脱退して4人になってしまった。メンバーの加入、脱退を考えないアイドルグループ名としてはありがちなことだ。

 そこで、oの数の補充のために僕が入った。ダンスはともかく、歌唱力には全く自信がなかったが、今のアイドルはそんなもんだよ、と言われた。そんなこと無いと思う、たぶん。


「ユウ」を応援してくれる「ファン」はたくさんいた。辞めたメンバーの代わりということもあり、風当たりが強いのかと思いきや、「ユウ君に推し変できてよかった~」、「ユウ君の方は真面目そうで安心(; ;)」と応援してくれた。

 あと、メンバーの炎上のせいでグループのイメージが悪くなったなか、初めてアイドル活動をする僕をメンバーが献身的に支えるというプロモーション活動ができて、グループの好感度も上がったようだ。


 僕は、ミカと結婚するためにアイドルをしているのに、「ユウ」は「ファン」を愛さなければならない。でも、ミカと結婚するためなら、僕はいくらでも「ファンを愛しているユウ」を演じよう。

 そして、テレビ局で偶然すれ違ったミカと「実はずっと前からファンで…出待ちとかもしてて…」とさりげなく声をかけて、それとなく連絡先を聞いて、しっかりとご飯を食べに行く約束をする。まだ焦らず、アクセルを踏まず、ミカにゆっくりと近づいて距離を縮める。そう決めた。


 しかし、人生はそう上手くはいかないようだ。僕が初めて歌番組に出られることが決まった日、ミカの旭川橋サンデー卒業と、芸能会引退が発表された。


「一般男性」の僕が「アイドル」になったら、

「アイドル」のミカは「一般女性」になってしまった。


 

 

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