第4話 wheel
彼女は甘いものが好きなんですよね、と話してから、植村さんはシフトが重なる度にコンビニスイーツをくれるようになった。今日は、いちごのロールケーキ。
植村さんは、66歳に見えないほど若々しくて、恋バナが大好きだ。定年までずっと工務店で働いていて、その後、今の警備会社に再就職したらしい。
初めは、都会出身の僕によそよそしい態度だったが、彼女がいると言った途端、どんな子なのか、どこで知り合ったのか、代わり映えしない、誰も僕に聞いてくれない質問をたくさん聞いてくれる。
「せば、結婚はいつすんだ?」
「結婚はまだですね」
「なして?」
「僕が頼りないので…」
「別にいいねが〜」
52歳の時に奥さんに先立たれてしまった植村さんは、新婚旅行で電車の切符を無くしてしまった話とか自分の不甲斐ないエピソードをたくさん披露してくれた。
僕は、うんうんと頷きながら早く美花に会いたいな、としか思ってなかった。
「じゃあ、僕は見回りをしてきます」
「わりな〜よろしぐだのむ〜〜」
腰が悪い植村さんは、階段の上り下りがつらいので、警備室がある1階から2階の見回りをする。
僕は、3階から5階まで見回りと、そのついでに、防犯カメラの死角にある5階の僕たちの家に寄る。
美花は、後部座席でウサギのキャラクターの毛布をかけて丸くなって寝ていた。天使。
思わずドアを開けると、その音が響いて美花がもぞもぞと小動物のように動き出した。
「うるさい」
「ごめんね、まだ寝てていいよ」
「うん…」
美花は、寝起きが悪いのでまだぼんやりしている。
「もう少しで終わるよ」
「わかった…」
「あとで、廃棄のロールケーキ持ってくるね」
「…いらない」
「え?」
「なんでもない、眠いから後で食べる…」
「じゃあ、また後で」
今度は、音を立てないようにゆっくり閉める。美花は、頭まで毛布を被ってもう一度眠ったようだ。
シフトが入ってる時は、こんな感じで見回りをして、シフトが入ってない曜日(そんな日はほとんどない)は、少しずつ車の位置をズラしてみたり、防犯カメラの死角になるようにしてる。
警備員は、植村さんと、もう1人しかいないし、住宅街も近いから、ここのサンチョは気に入ってたんだけど、さすがにバレそうだから、そろそろ他の施設に異動願いを出してみようかなと思う。
「ユウ」は、1度しかテレビに出たことがないから、採用の面接でも、他の警備員も誰も僕のことを知らなかった。だから、スムーズに警備会社で働くことができた。
僕は、コンビニでアルバイトなんてしてない。ましてや、美花に賞味期限が切れた食べ物をあげるなんて有り得ない。
一緒にスマホは水没させたし、芸能界から逃げてきた僕たちだから、美花には今日が何日かとか、そういう現実的なことを忘れて欲しくて、日付を誤魔化すために「廃棄のコンビニスイーツ」って嘘をついてる。
こんな陳腐な嘘を、美花はきっと気づいてる。
それでも、「ミカ」は、「一生好き」って言ったのに、他のアイドルを好きになってライブに来なくなるような、そんなファンたちの汚い嘘を信じてあげることに慣れてるから、僕の嘘も信じてるフリをしてくれるんだろう。
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