第2話 idling

 ピンクは、私を離さない。


 ライブのグッズや衣裳も、ファンから届いたワンピース、イヤリング、グロス、財布、ポーチ…たくさんのプレゼントも、ピンク。SNSでの私のファンマークはピンクのハート。

 私の名前を知らない人でも、「旭川橋あさひかわばしサンデーのセンター」の次くらいに、「旭川橋サンデーのピンク担当」として「私」が記憶に残る。


 私は、ファンの偶像、象徴、憧れ、幻想。

 

 ファンは、私に個人的な願いを込めて、理想的な「ミカ」を生み出す。

 そして、莫大なお金をかけて、会えるよう、握手できるよう、ハグできるよう、付き合えるよう、結婚できるよう祈る。

 私のSNSを毎日チェックするだけで、私の全てを把握したつもりになっている。

 私は、ファン一人ひとりが生み出した「ミカ」の全部を知らない、理想に応えられない。エゴサーチしても、ネット掲示板を見ても、みんなが作った「ミカ」の型はバラバラだ。

 せめて、ファンの共通認識として、型のお手本として、「ピンクが似合うミカ」を演じていた。


 夢と希望で塗り固めたはずなのに、それらをはぎ取って、理想とかけ離れた行動を私がしたときに、もしくは丹精込めて作った私よりも、嘘ばかりの週刊誌やネットの記事を信じたときに、私は裏切り者になる。願いは呪いに変わる。私への愛はアンチコメントになって、ピンクのかわいいグッズはフリマサイトに並べられる。

 私にそんな彼らを責める資格はない。今の私は、ファンに貰ったプレゼントや、自分のライブグッズをリサイクルショップに売って生計を立てている。

 

 ピンクに縛られたアイドルは、ピンクに命を救われている。

 

 

 優吾は、「ミカ」を推している。

 

 私はもう美花になったはずなのに、優吾は「ミカ」担当の「オタク」のまま。

 優吾は私に人生のすべてを捧げてくれた。でも、それは、私が「ミカ」だから。私が「ミカ」ではなくなったら、優吾は私を置いていく。

 

 14歳から研修生としてアイドルになって以来、10年間も「ミカ」だった私は、優吾と上手に生きられると思ってた。

 でも、担々麺のカップヌードルを食べているときに、優吾が「辛いものも食べられるんだね」って言った途端、怖くなった。

 私がいつ、どこで、何を答えたのか覚えてないインタビュー記事を熟読していた優吾にとって、私はずっと「甘い物がすきな子」なんだ。


 優吾がバイトに行ってる間、ピンクのパーカーのフードを被って、マスクをつけて、こっそり古本屋に行き、私が読者モデルをしていた雑誌や私の写真集を立ち読みするのが日課だ。

 私はこんな事を答えてたんだ、こんな風に笑うんだとカンニングしながら、優吾が求める「ミカ」として生きる準備を進めている。


 長年、「ピンクが似合うミカ」を演じ続けていた結果、自分の好きな色なんてわからなくなった。「ミカ」は、ファンだけではなく、私の偶像、象徴、憧れ、幻想そのものだった。

 私たちの家が白で良かった。何色にもなれる色。この先、美花の好きな色がわかったら、ペンキで塗りつぶして、優吾の理想を裏切ろう。

 

「ミカ」を裏切った美花を、優吾はどうするのかな。

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