立体駐車場、駆け落ち日和

更紗

第1話 drive

 大型商業施設「サンチョ・パンサ(通称サンチョ)」の立体駐車場付近の住宅街は、深夜にゴミを出す不届き者が多い。

 だから、23時にバイトが終わった後、サンチョの閉店時間である午前2時までにゴミを物色して、警備員に見つからぬよう帰宅し、夜を明かすことができる。

 僕たちにとって、大変有難い。

 明日は資源ゴミの日なので、できるだけ綺麗な漫画、雑誌、写真集を運び出してきた。少年漫画の名作「キック!!」の単行本が最終巻までまとめて置いてあったので、売上が大いに期待できる。

 

 僕は運転席で、シワを伸ばしたり、破れてるページがないか確認して、サンチョの中にある古本屋での売却準備をしている。

 一方、美花みかは、後部座席に寝っ転がって、さっき僕が拾ってきたファッション誌「airu アイル」3月号をめくっている。

「ルルのインタビュー記事、4ページも載ってる〜。でもこれ鼻修正してるね、こんなに高くないもん」

「ルル」とは、アイドルグループ「旭川橋あさひかわばしサンデー」のセンター「神崎かんざきルル」のことだ。

「Q.理想のデートは?A.ドライブデートだって、ウケる。ドライブデートなんて地獄じゃん」

「何で?」

「まず、会話が途切れたら地獄。二人きりの無言の車内。気まずくない?」

「音楽をかければいい」

「じゃあ、トイレに行きたくなったら?なかなか言い出しにくいよ」

「サービスエリアに寄ろうって、さらっと声をかければ、お互いに察するよ」

「渋滞が続いて、サービスエリアまで間に合わなかったら?」

「簡易トイレを用意しておく」

「ぜったいに臭い」

「慣れればそうでもないじゃん」

美花はスンと鼻を鳴らして、「たしかに」と呟く。


「ドライブデート、してみたい?」

 美花は「今月の星占い」のページを熱心に見ていた。先月号だから、今の運勢ではないのに。目線を合わせてくれなくて、僕の質問は消えた。


「廃棄のマリトッツォちょうだい」

「はいよ、今大流行のはずなのに大量に廃棄処分になるんだよな」

「それは、もう流行ってないって言うんだよ」

 僕は、バイト先で貰ってきた「もう流行ってないコンビニスイーツ」を後部座席に向かってぽいっと投げる。

美花は、こんな夜更けにマリトッツォかよ、と呟き、面白くなさそうに笑う。

「深夜スイーツなんて体重管理してた頃には有り得ない、絶対太る」

「美花は太っても、いつまでも可愛いよ」

「知ってる」

「ルルよりも可愛い」

「しつこいよ、害悪ファン」

「たしかに僕は、一番の害悪だ」

「事務所に顔も名前もバレてるもんね」


「いつか、地獄のドライブデートしようよ」

 もう一度、言ってみる。僕はいつも、未来の話をしたい。

優吾ゆうごと一緒なら、地獄じゃない」

 そして、美花は僕が望む言葉を返してくれる。それは、「ミカ」の言葉でもかまわない。

「だって、車内の無言も気にならないし、サンチョの中のトイレにも、公衆トイレにも間に合わなかったら、車内での簡易トイレなんて当たり前」

「じゃあ、楽しい理想のドライブデートができそうだ」

「でも、車は動かないほうがいいよ。止まってる方が楽。酔わないし、いつでも寝れるし。車の中で生活できるなんて、ドライブデートより最高じゃん」

 生クリームでベトベトになった手を舐めながら、ドヤ顔をする美花は、可愛い。尊い。優勝。

 僕の人生すべてを懸ける「推し」。


 美花は「旭川橋サンデー」の元センター「小泉ミカ」。

 僕は、あの握手会の日、美花の手をそのまま離さずに、白い軽自動車に乗り込んで、一緒に駆け落ちをした。

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