第14話 片翼

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総合ポイント:3944

日間ポイント:590


ジャンル別日間ランキング:22位

ジャンル別週間ランキング:31位

ジャンル別月間ランキング:91位



13位を取ったあの夜から、数日が経った。



日に日に落ちていく日間ポイント。

同時に、ランキングは上がることなく失速していく。


その代わり、月間ランキングの末端に載ることはできた。


まだ、チャンスはあった。


たとえ順位を落としたとしても、ランキングの上位の方で生き残っていれば、書籍化のチャンスはある。



そうだよな?



ゆかは、頷いた。

その動作とは裏腹に、悲哀の混じった瞳を、俺は忘れられなかった。



それから、一日三回ある更新によって、俺の順位は日に三回、下がっていく。

一位の小説は、書籍化とコミカライズが決まったらしい。



「カノンさん……」



52位。

たまに上がって、43位。

三日経つと、65位にまで下がって、比例して週間、月間の順位も下がっていく。


総合ランキングの方は、怖くて覗くことができなかった。



「更新をお続けになっていれば、まだ勝機は――」



ゆかは、何度も俺を励ましてくれた。

慣れない手料理を振る舞ってくれた。

眠れない俺のために、添い寝をしてくれた。

俺が眠るまで、ずっとそばにいて、励ましてくれた。



一ヶ月が経ち、ランキングから俺の名前が消えた頃。



更新も、ストックも、書く気力も、俺にはなかった。

何もなかった。

手のひらから、何もかもが落ちて砕けていく音を聞いた。



「やっぱり、だめだった」



ゆかから助言をもらい、助けてもらって、ランキングに載るという夢を見た。


けど、それ以上はなかった。

何も、なかった。

一位には、掠りもしなかった。


書籍化は、まだ遠かった。



『びっくりするほどおもしろくなかった』



久々にきた感想は、そんな内容のものだった。

視界の隅が、黒くなっていくのを感じた。


もう、書きたくない。


そんな折だった。

スマホが鳴ったのは。







「――ゆか!? 大丈夫か!?」


「あ……カノンさん。ご心配かけて申し訳ございません、この通り命には――」


「ゆか……っ」



滲む汗の気持ち悪さと荒い呼吸をぶら下げて、俺は病室で横になるゆかに近づいた。

ギプスで固定された腕と脚。

痛々しい治療の痕に、俺は涙を流していた。



俺に電話をかけてきたのは、ゆかの護衛のひとり——飛鳥あすかさんだった。



荷物を取りに家へ帰っていたゆかが、事故に遭った――



その報せを聞いて、俺はすぐに家を飛び出した。


走って病院へ向かう俺を護衛の一人が見つけてくれなければ、面会時間内に辿り着くことはできなかっただろう。



「少々、ドジを踏んでしまいました。女の子がバイクに轢かれそうになっていたので……」


「バイクに、轢かれたのか?」


「……はい。女の子と一緒に華麗に生還……なんて、小説のようにはいきませんでした」



自嘲気味に笑うゆか。

その笑顔が、見ていられないほど痛々しかった。



「この腕じゃ、しばらくは書けそうにありませんね。幸い、女の子は軽症だったそうなので。ゆかに後悔はありません」


「……俺は、ゆかが一番、大事だ」


「……カノンさん。お褒めになって? ゆかは、間違ったことはしていないのですから」


「けど、ゆかの体が……一歩間違えれば、死んでたかも――」



言っていて、気がついた。


もう、俺にはゆかしか、いないんだと。



「……生きて、いてくれて……ありがとう……」


「……はい」



無傷の俺がベッドに顔を埋めて泣いて、事故にあったはずのゆかが俺を慰めていた。



それから毎日、俺はゆかのお見舞いに行った。

朝から夜まで、ずっと一緒にいるのはゆかにも悪かったので、朝から昼までの三時間をゆかと過ごした。


お見舞いに行った三回目と七回目でゆかのお母様と鉢合わせて、電話の件をあくびと一緒に謝られた。


ほぼ毎日通っているのに、ゆかの友達らしき人は誰一人も見なかった。


いつもいる護衛の人と、たまにお母様と看護師だけ。

本当に、友達が一人もいないらしい。



「夕方に一度だけ、編集者さんがお見舞いにいらっしゃいましたよ」



編集者。

もう、俺には関係のない言葉だった。



「――大変申し難いことなんですが」



そんなある日。

腕と脚のギプスも外れ、リハビリも順調だった。


それなのに、



「右腕に、後遺症が残ってしまったようで……動かせないことはないのですが、痛みと痺れと、前のように指を動かすことができなくなってしまいました」


「―――」


「ですがご心配には及びませんよ。少々、お時間はかかってしまいますが片腕でも小説は書けますし、カノンさんとお手を繋ぐことだって――カノン、さん?」



どうして。



「カノンさん……? どうか、なさいましたか? どうしてお泣きになって……」


「どうして、ゆかが……ゆかが、どうして……!」



俺ならよかったのに。

才能のない、小説家になることのできない俺なら、構わなかったのに。


どうして、ゆかに。

どうして――




その日から、俺はお見舞いに行くことができなかった。


以前のように動かせないゆかの右腕。

片腕だけでも書けると笑ってみせたゆかを思い出すだけで、俺は涙が溢れた。


そんなこと、ないだろ。

致命的だ、そんなの。


ゆかから何通も来ているメッセージを無視して、俺は『小説王』のランキングページを見る。


癒えぬ怪我を負った彼女を、さらに追い詰めるような出来事がそこで起きていた。


不動だった累計ランキング一位のゆかが、二位に引き摺り下ろされていた。


現在、女帝の称号を手にしていたのは、以前に聞いた八幡いちかだった。


流石の人気だった。

SNSで調べてみても、その話で持ちきりだった。



あの玖楽蓮くうられんを地に貶めた――


八幡いちかは玖楽蓮を上回る存在――


ついに打倒、玖楽蓮――



『玖楽蓮より八幡いちかの方が好き』



そんな言葉もたくさんあって、腹が立った俺は、八幡いちかを貶すために彼女の小説を読んだ。



一話を読んで、己を恥じた。

最終話を読み終わった頃には、涙を流していた。



別格だった。

俺なんかが、相手になるわけがなかった。


あの玖楽蓮を引き摺り落として一位になった小説が、おもしろくないはずがなかった。


俺は、涙が止まらなかった。



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