第13話 夜の散歩
初投稿から四日が経ち、夜。
順調に順位を上げていき、現在ジャンル別日間ランキング13位。
ここまで来ると、一日で五万アクセスを越え、ジャンル別週間ランキングにも名を連ねることができた。
日間ポイントは912。
週間ポイントは1922。
総合ポイントは2820となった。
千を越えるなんて、夢かと思ったが夢ではなかった。
しかも、二千。もうすこしで三千だ。
「この調子なら書籍化も夢ではありませんね。続きをお書きになられてはどうでしょう?」
「そうだな。このまま完結させるのももったいないし」
俺の快挙を、ゆかは自分のことのように喜んでくれた。
ここ数日、ゆかは俺の家にずっと泊まっていた。
ノートパソコンを持ち込み、俺の手助けを行う傍ら、連載中の小説を更新している。
ゆかの私物も増え、洗い場にはかわいらしいマグカップが逆さになって置いてある。
洗濯かごの中にもゆかの下着を目撃するようになった。
風呂場には、高級そうなシャンプーや洗顔、化粧水、歯ブラシもある。
ほぼ同棲状態だった。
それと同時に、奈々が俺の家に来ることがなくなった。
仕事が忙しいのかはわからない。
気を、遣ってるのかもしれない。
「でも、こっからがキツいな。13位から上、日間ポイントが尋常じゃない」
俺が912ポイントを取っているのに大して、12位は1500ポイント。
1位に関しては、2位と3000ポイントも大差をつけて君臨している。
2位に下がる気配どころか、このままどこまでも突っ走ってしまいそうだ。
「確かに手強いですが、カノンさんも負けておりません! 好意的なご感想もお届きになられているのでしょう?」
「ああ。感想をもらえるのって初めてのことだからさ、めっちゃうれしいよな」
「ふふ。ご感想をお読みにられてニヤニヤしているカノンさん、とっってもおかわいいですよ」
「そう褒めんなって。調子に乗っちゃうだろ」
「たまにならよろしいのではありませんか?」
「……そうだな」
俺が調子に乗る云々はともかく。
ゆかのおかげでランキングに乗り、夢の実現まで目前まで漕ぎ着けたのだ。何か、お礼をしなくてはいけないだろう。
とはいえ、そこまで金銭的に余裕があるわけではないし。
かといって出し惜しみしていては、ゆかを楽しませることはできないだろうし。
「? どうかしましたか、カノンさん?」
「……デート、するか」
「……。…………。………………え?」
かなり間を置いて、ゆかがぽかんと口を開けた。
信じられないといった風に、驚いている。
「い、いま……なんと仰いましたか?」
「で……デートにでも、行くかって……」
「――で……デート!?」
絶叫する勢いでソファから立ち上がり、ゆかはコクコクと首を縦に振った。
「ぜひ! ぜひ、お供させてください!! さ、さささささっそく準備して参りますから、少々お待ちくださいっ!!」
脱兎の勢いで洗面所へ向かい、今度は俺の部屋へと行って着替えを持ち、再び洗面所に入るゆか。
すごい慌てようだった。
しかし……これから行くのか?
今、夜の九時だけど。
この時間帯に開いてるのって、居酒屋ぐらいじゃないか?
デパートだって、たぶん向かってる頃には閉まるだろうし。
「……まあ、いいか。俺も着替えなくっちゃな」
こうして、慌ただしく準備に励むゆかを尻目に、俺も着替えを開始した。
*
結局、ゆかの準備が終わったのは九時過ぎで、デートらしいデートはすることなく、少しだけ長い散歩をすることにした。
「……夜風が気持ちいですね」
あの日……俺とゆかが初めて出会った並木道。
その時とおなじ黒色のワンピースを来て、ゆかと手を繋いで歩く。
道を行き交う人たちが、とても楽しそうに歩くゆかを見て微笑まし気に通り過ぎていく。
美しい容姿に、見た目相応の笑顔。
通り過ぎる誰もが、男女問わず彼女に惹かれているのがわかった。
「ゆかの方は、大丈夫なのか?」
「……と、言いますと?」
「ほら、書籍の作業とか。まいにち日更新してはいるけどさ、仕事とか大丈夫なのかなって」
「ふふ。ご心配には及びませんよ。まあ少々、ストックの数が心許ないですけれど、ジャンル・総合共に一位をキープしておりますし、急ぎのお仕事はありませんし」
「そっか。ならいいんだけどさ」
俺のせいで、あの
やっぱり、ゆかにはいつまでも一位の存在でいてほしい。
「一人だけ、デビュー当初からゆかに張り合っている作家さまがいますが、更新頻度を落とさなければなんてことはありません」
「ああ、
「はい。お会いしたことはありませんが、とても素敵な作品を書かれているお方です。繊細な描写に激しい感情表現。身近で起こってもおかしくはないストーリーだからこそ、気がつくと夢中になって読み耽ってしまいます」
「すごい人なんだな」
「はい。とても」
他愛もない話が、こんなにも楽しいなんて。
繋いだ手を、離したくないと思った。
ゆかを、俺のモノにしたいと、心から思う。
そんな俺の感情を読み取ったかのように、繋いだ手が一旦はなれ、手のひら同士ではなく、互いの指を絡め合わせた。
「お好きです」
俺を隣から見上げて、真っ直ぐと想いを伝えてくれるゆか。
あの日から、一切変わらぬ熱を瞳に宿して。
胸が痛かった。
返事は、変わらない。
「……ありがとう」
困ったように笑って、俺はそれだけを告げた。
もう少しだけ、待っていてほしい。
俺が、ゆかに追いつけるまで。
せめて、俺が夢を掴むまでは。
「いつまでもお待ちしております。ゆかはもう、カノンさんのものですから」
突き放すこともできない無責任な俺だというのに。
ゆかは、満面の笑みでそう言った。
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