第12話 快進撃

総合アクセス数:7347

お気に入り登録:38件

投稿部数:10話

合計ポイント:124

日間ポイント:110


日間ハイファンタジー・ランキング:71位



「―――ぉぉぉぉぉっしゃあああああッッ!!!」



無名の底辺ニート作家もどきが、はじめて日間ランキングへ食い込んだ——。


思わず叫んだ俺に呼応して、ゆかも立ち上がって俺の手を握りながらぴょんぴょんと跳ねた。



「ははん……よかったわねえ。やっと結果出たじゃん」



そう言って、奈々はゴミ箱にアルバイト情報誌を突っ込んだ。



「カノンさん、ご覧になって! アクセス数が約三十倍もお伸びになられてます!」


「ああ……ああっ! すげえ、千越えなんてはじめてだ!」



加えて、お気に入りに登録してくれた人が38件も。


総合評価ポイントがまさか、百を越えるなんて……!


感想が一つもないことなんて、微々たるものだった。


心のどこかで、俺はもうダメだと思っていた。

俺には才能がなく、他の人とおなじように就職して死んでいくのがお似合いなんだと思っていた。



けれど。

けれど、



「行けます。カノンさん。ランキングに載ってしまえばこちらのモノです。有象無象をお蹴散らして、てっぺんを獲りましょうっ」


「――ああッ」



俺だって、やれる。

俺だってやれるのだ。



「ランキングを駆け上がって、絶対に書籍化してやるッ!」



それから――底辺作家の快進撃がはじまった。



ゆかの言った通り、日間とはいえランキングに入っただけでアクセス数が数十倍にまで跳ね上がった。


ということは即ち、人の目に晒されているということ。

評価をしてもらえる機会が増えたということに他ならない。


全員が全員、評価をしてくれるわけじゃない。

百人いたら十人、千人いたら百人とか、きっとそんな割合だ。


しかし、見られる母数が増えれば、評価をしてくれる機会も増える。



その日を終える頃、俺は71位から46位に駆け上がり、総合評価が291ポイントを達成していた。




「――休日は読者数が多くなるので、絶好の機会です。経験則ですが、七時から十時、十二時から十四時、十九時以降のに投稿するとアクセス数が上がりやすいです」


「なるほど。夜だけじゃなくって、休日は朝から徘徊してる人間も多いのか」


「休日に限らず、平日は通勤時間、お昼休憩時もアクセス数が上がりますよ」



ゆかに助言をもらい、ランキングに載った後も連続投稿を怠らない。

弾数ストックはまだまだあるから、見直しをする余裕もある。

できる限り誤字脱字を排除し、さらにおもしろくなるよう昇華させていく。



「ふふ。ふふふ……ゆかへの愛が、お話が進むたびに強くなって……あああ、お早くヒロインとくっついてくださいぃ」


「………」



ヒロインのモデルがゆかだってこと……もしかして、バレたのか?




「――さあ、きょうは飲むわよ食べるわよっ!!」



初投稿から三日目にして、俺はジャンル別日間ランキング20位に到達していた。

日間ポイントは450。


そして、ジャンル別ではなく、総合日間ランキングにも俺の作品が食い込んでいた。

まだ114位だが、さらに認知される機会が増えた。



「ピザと寿司とビールをしこたま頼んでおいたわ! きょうは奏音の奢りよっ!!」


「――おい!? そんな金銭的余裕ねえぞ!?」


「肩代わりしてあげるから、税金入ったら返してよね」


「はじめての税金で借金返済なんてするかよ!」


「ピザ代も住民税も払っちまえば一緒でしょうがッ」


「くッ……」


「カノンさん……」



奈々の迫力に押されてしまった俺は、苦虫を噛み潰す。

そんな俺を見て、ゆかが俺の手を両手で包んだ。



「大丈夫です、カノンさん。本当に生活がお苦しくなったその時は、ゆかが養って差し上げますから」


「……ゆか……っ」


「おいおい、おーい。なに、その顔。男としてのプライドないの? ん? 結局は金か?」



見つめ合う俺たちのそばで、呆れたように奈々が吐き捨てた。



その日の夜。

俺はこの二十五年という人生の中で、二番目に酔っ払った。







ふと、目が覚める。


気がつけば周囲は真っ暗で、俺はうつ伏せの状態で眠っていた。

場所は……リビングか?

左半身から硬いフローリングの冷たさを感じる。


逆に、右半身はなにか柔らかくて温かいものを下敷きにしていた。



「……寝ちまったのか」



顔をくすぐる長い髪の毛を払いながら、つぶやく。

どうやら調子に乗って酔っ払ってしまったようだった。


一年ぶりに酒を飲み、ピザを食べて、三人で宴会のように騒いだっけ。


あんなにはしゃいだのはいつぶりだろうか。

自衛隊時代の宴会を思い出すな……。



「んぅ、ふぅ……んんっ」


「ん?」



右下から、少女の艶かしいうめき声が聞こえてきた。

恐るおそる、俺は暗闇に慣れてきた目を向ける。


ぼんやりとだが、何か頭のような輪郭が浮かび上がってきた。

と、同時に、肩あたりに息を吹きかけられた。



「んぁ……カノン……さん?」


「え……ゆ、ゆか……?」


「このまま……いて……」


「……っ!?」



手足が絡みつき、ゆかが俺の胸にうずくまった。


……信じられなと思うが、現状を整理しよう。



うつ伏せに眠っていた俺のすぐ右下で、ゆかが眠っていた。



何が起きているのか寝起きの俺では処理できないが、とりあえずお互いに服は着てるので、何もなかったと思う。


むしろ、そういうことになっていたら意地でも忘れないはずだ。


それにおなじ部屋には奈々だっているのだ。

あいつの前で、酔っ払っているとはいえそういうことはしないはず。

ていうか、止めてくれるはず。



「……そういえば、あいつ帰ったのか……?」



暗いリビングには、ゆかの寝息以外なにも感じなかった。

帰ったのなら好都合――じゃなくて、それこそ本当に危険だ。

危うく獣性に呑み込まれかけたが、理性で抑え込む。



……とりあえず、一旦水を飲みに行こう。

喉渇いたし、この状態では眠れそうにない。



「んぅ……いやあ……っ」


「………」



子どものように行かないでと絡みつくゆかを宥めながら、俺は彼女の拘束から抜け出す。


立ち上がり、ゆかを起こさないようキッチンへ向かおうとして、ふと――タバコの匂いがした。


ベランダに目を向ける。

わずかに開いた戸の向こう側で、欄干に体重を預けて夜景を眺める奈々の背中があった。


まだ帰ってはいないようだった。

若干の安堵。


俺はコップいっぱいの水を飲むと、ベランダに向かった。



「――起きたの?」


「ああ。起きちまった」


「ふふん。ふたりとも、幸せそうに寝てたわよ。特にゆかちゃん。あなたに押し倒されて顔真っ赤だったんだから」


「……押し倒したってマジ?」


「マジ。……溜まってんの?」


「そういうの、女子としてどうなんよ。だからいつまで経っても男ができないんだぞ」



俺の言葉に、眺めていたスマホをポケットの中にしまった奈々は鼻で笑って、くわえたタバコをくゆらせた。



「あーあ。あのまま、バカな優等生のままでいられたら楽だったのかなー」


「……どうだろうな。少なくとも、もっと安定した生活はしてたろうよ。俺に関しては」


「私は医者か弁護士と結婚して、今ごろ子育てしてる最中かな。それとも、みんなの要望に答えてアイドルとか女優?」


「結婚はともかく、演技うまいから女優あたりにはなれたんじゃないか? 容姿もいいし。人前では清楚キャラ取り繕えるし」


「勉強もできるし素直ないい子だし?」


「まあ、そのほとんどが俺にも当てはまるけどな」


「自惚れんな。……でもまあ、色々思い出したよ。昔のこと」



——アンタはおぼえてる? 私らの青春時代って奴。



言われて、差し出されたタバコを唇で受け取る。



「そうだな……大体、忘れちまったよ」


「……そっか」



どちらからともなく、煙がくゆる奈々のタバコと、俺のくわえたタバコを繋ぎ合わせた。


キスするように。


あの日のように。


火のついたタバコから、煙を吸い込んだ。





——高校三年の夏。

蒸し暑い部屋の中で、俺と奈々は、周囲の評価を裏切ってやると誓った。



輝かしく、刹那のように過ぎ去った青春のすべてを共に過ごした恋人相棒と、一緒に。



学年一位、二位を争う俺と奈々。

周囲は俺たちに東大進学をすすめた。

俺と奈々は、首を縦にふり続けた。


だが、最終局面で、俺と奈々はふたりで受験を蹴った。

その時にはもう、自衛隊の入隊試験には受かっていた。


うちの高校から初めての、しかもふたりも東大進学者が出ると、期待していた教師陣が呆気に取られている様子を見て、俺と奈々は腹を抱えて笑った。



周囲からしてみれば、意味がわからなかっただろう。

人生を棒に振ったなんて言われたこともある。

けど、俺と奈々は満足していた。


そもそも、どうしてそんなことをしようと思ったのかすら、今では覚えてない。


たぶん、あの時と一緒で。



『私たち、別れよっか』



ホテルで、脱ぎ散らかした服を拾い集めながら発した奈々の言葉。

その時と一緒で、理由なんておぼえていない。

きっとくだらないことだった。

理由なんて、なかったのかもしれない。


ただ、衝動のままに青春を謳歌したかったんだ。




「――読んだよ。アンタの小説」



言って、携帯灰皿にタバコを捨てると、奈々は欄干に背を預けた。

俺は、久々に吸うタバコの味に顔をしかめながら、夜景を眺めていた。



「いいんじゃないかな……しっかり伝わったよ。アンタが、あの子のことをどう思ってるのか」


「……そうか」



瑠璃色の夜に消えていく煙。

すぐ隣にいるはずの奈々の気配が、今にも消えてしまいそうなほど、弱々しかった。



「頑張りなよ。あんないい物件……アンタにはもったいないぐらい。だから……」



――次は、手放さすんじゃないわよ。



それだけを告げて、奈々は部屋から出て行った。

ベランダから、奈々がひとり、夜道を歩く姿が遠くに見えた。

決して振り返らない、その背中へ。



「じゃあな。俺の、初恋」



共に、あらゆる初めてを経験してきた、戦友へ。


俺は、それだけを告げると部屋に戻った。



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