第11話 初投稿

「初回は一気に十話ほど投稿しましょう」



この後に及んで、俺はゆかの言葉を疑わなかった。

これまでやってきて、なにも結果が出なかったのだ。


なら、成功した人間の方法を愚直に行ってみる。

それが絶対に正しいとは限らないのかもしれない。

けれど、これまでのやり方を変えるためには、愚直に進むしかないのだ。



「まずは最下位でもいいのです。初動で日間ランキングに載ることさえできれば及第点。そこからは運ではなく、実力同士の殴り合い――兎にも角にも、ランキングに載らなければ相手にすらしてもらえないのです」



だからこその、連続投稿。

読者のほとんどは、ランキングに載っている作品しか見ない。

自分から検索して作品を探そうとする人はごく少数派だと、ゆかは言った。



「ランキング以外で一目につくのは、新着欄と更新欄のおふたつ。ですので、ここで目一杯お目立ちになりましょう。日間ランキングの最下位にでも載ることができれば、ご覧いただける読者さまはお増えになりますから」



頷いて、俺は投稿を開始した。

十八時三十分。記念すべき第一部。



「マーケティングを意識した長文タイトルにあらすじ。ご流行の要素を序盤にお詰めになられたカノンさんの作品は、必ず目を惹くはずです」



続いて、十九時二分――第二部、投稿。



「ちなみに、なんで二分ずらすんだ?」


「予約投稿に埋もれないように、です。一定数のお方は予約投稿でご投稿なさっていますから、少々、お時間をずらしてあげれば――」



十九時三十分――第三部、投稿。



「これでランキング載らなかったら、就活がんばりなさいよ」


「緊張させるようなこと言わないでくれるか、こんな時に」



どこから持ってきたのか、アルバイト情報誌を椅子にもたれながら読む奈々。

きょうは早く仕事が終わったようで、俺の応援をしに訪れていた。



「何も問題はありませんよ。カノンさんの文章力は初心者のそれではありませんから。ただこれまでは、お目立ちになられていなかっただけ。文章にかまけて外側を磨くのを怠っていただけなのです」


「んー、確かに味はおいしくっても、パッケージがダサかったら買おうとは思わないわねえ。つまりは、男と一緒で外見が一番大事ってことよね」


「なんで俺を見るんだよ。見た目、悪くないだろ……?」


「はい、素敵です……!」


「この子はほら、例外だから」



例外ってなんだよ、例外って。


文句を言いながら、俺は二十時二分――第四部を投稿する。


それから、俺は三十分置きに小説を投稿した。



時刻は十一時過ぎ。

普段ならもう寝ている時間なのに、眠気は一切やってこなかった。



「……付き合わせちまって悪かったな、ふたりとも」



本日最後の投稿を終え、俺は後ろを振り返った。

奈々は俺のベッドで眠り、ゆかはスマホ片手にきゃあきゃあ言ってはしゃいでいる。



「ふふ、ふふ、もうこれは確定ですね、見ているこちらがお恥ずかしくなってしまいますよ、んもう、どうしてまあ、こんなにも愛に溢れたセリフや描写を書けるのでしょうか全身がくすぐったいですわあ」


「………」



何を見てるのかはわからないが、ゆかはすごい興奮している様子だった。



「ていうか、こいつ泊まる気満々だったのかよ」


「……んにゃ」



いつの間にかスーツではなく、寝巻きに着替えてよだれをたらす奈々。

明日は土曜日で休みだとは言っていたが……準備良すぎるだろ。

仕方なくうつ伏せになって眠る奈々に布団をかけたところで、



「……ゆか」


「は、はい?!」


「いつ着替えたんだ?」


「一時間ほど前でしょうか?」


「……帰らないの?」


「宿泊の許可はもらっていますのでご安心ください」



俺は一切、安心できないけどな。



「それで、カノンさん。手応えの程はどうですか?」


「んー……なんとなくだけど、これはイケるっていう不確かな感覚はある」


「PV数やポイントはまだお確認になられてないのですか?」


「おう。明日の朝になったら見てみる。確か七時前後でランキングが更新されるんだよな?」


「はい。一日三回更新されますよ」


「そっか」



楽しみではあるけれど、同時に不安の方が大きい。

もしこれで……ゆかの助けも借りてさえ、ランキング入りすることなく終わったらと考えると……



「ご安心を、カノンさん。きっと大丈夫ですから。ご自分と、我が子でもある作品に自信を持ってください」


「……ああ。ありがとな、ゆか」


「ふふ。ゆかはカノンさんにお力添えできて嬉しゅうございます」



そう言ってはにかむゆかを見て、俺はなんとしてでもこの夢を叶えなければならないと、意識した。



そして——来る朝。

七月三日。午前七時。



「……見るぞ」


「はいっ」


「んー……近くのコンビニ、バイト募集してるっぽいよ」


「おいやめろ縁起でもないこと言うの」


「ま、その時はからかいに行ってあげるから安心せい」



緊張感の欠片もない奈々。

俺がコンビニでバイトする姿を見たいのだろうか。

恥ずかしいぞ。俺だけじゃなく、知り合いのおまえも。


ラノベの頂点に立つとか啖呵きって退職したヤツが、一年後にコンビニ店員って。



「……じゃあ、本当に見るぞ?」


「早くしなさいよ、バイトリーダー」


「バイトリーダーってどれくらい手当もらえるんだろうな」


「役職なの? バイトリーダーって」


「さ、さあ? バイトしたことないから知らないけど」



と、そんな軽口を叩きつつ、ユーザーページではなく日間ランキングを開いた俺は、固唾を呑んで――一気に一番下へスクロールした。



「………」


「………」


「……お疲れ様」



日間ランキング100位には、俺の作品は載っていなかった。


そこから90位まで上へスクロールしても、俺の名は、どこにもなかった。



「バイトの面接、ネットで予約できるらしいよ」


「………」



そっか。電話、しなくてもいいんだ。


涙が溢れそうになるのを堪えて、俺は天井を見上げた。



初めて小説を書いたのは、中学生の頃だった。

今ではもう名前も顔も忘れた、好きだったのか嫌いだったのかもよくわからない教師のたった一言が原因だった。



教え子の書いた本を読むのが夢だ――



たったそれだけの言葉で、興味本位から空白に文字を連ねる日々が始まった。

あの言葉が、呪いだったんだ。

それから十一年経って、いい歳してバカみたいに夢を追いかけて。



本当に、俺はどうしようもなく――



「——カノンさん。絶望するにはまだ、お早いですよ」


「……え?」



俺のすぐ隣で、ゆかが笑みをたたえていた。



「ゆかは仰いましたよ。ご自分と、我が子でもある作品に自信を持ってください、と」



俺の手の甲に手を重ねると、ゆかは俺の代わりにランキングを上へスクロールした。


90位から、さらに上へ――



「カノンさんの書く小説は、お目立ちになればきっと人を惹きつけて魅了する――不肖、ゆかが……いいえ、玖楽蓮くうられんが保証します」



何よりも。

誰よりも。

俺よりも、俺自身を信じていると、ゆかは目を細める。



「あなたの作品は、あなたに似てとても、素敵なモノだから――」


「あっ――」


「え――」



画面中央――

そこに映し出されたタイトルを目にして、俺と奈々が同時に声を漏らした。



「おめでとうございます、カノンさん。日間ランキング71位――満を辞しての殴り込みです」



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