第7話 取材旅行1/4
「――すっげえ……こんな綺麗な海、初めて見たぞ……っ」
当日。
ヘリコプターに乗って移動という常人では到底できない経験をした俺がやってきたのは、どこかの島だった。
名前も知らないどころか、見たこともない離島。
テレビで見た沖縄の海に匹敵するぐらいに輝かしい翡翠色に染まった海を前にして、俺は感動に打ち震えていた。
しかもプライベートビーチというだけあって、周囲には人ひとりいない。
……と思ったが、少し離れたところに黒スーツを着たサングラスのお兄さんが数人ほど、周囲を警戒するように立っていた。
まさかとは思うが、ゆかが俺の家を出入りするときも、あのボディーガードみたいな人たちがついてきてたんじゃ……。
「ふふ、お気に召したようでゆかも嬉しゅうございます。カノンさんの視界にお映りになるものすべて、きょう一日はあなたのものでございますわ」
「あ、ゆか――っ!!? み……水着に、着替えてきたんだな……っ!」
「いかがでしょう? こちらもお気に召してくださると幸いなのですが……?」
俺の横に並び立ったゆかが少し、恥ずかしそうに水着を摘んだ。
俗に、オフショルダービキニと言われる黒色の水着に身を包んだゆかに、緊張が走る。
「ど、どうかなさいましたか……?」
「い、いや……可愛すぎるだろ、それ」
「へ――?」
「は……反則だよ、水着」
「……っ!?」
俺の本音に、顔をりんごのように真っ赤にしたゆかが、モジモジと視線を俯かせた。
太陽に照らされた、線の細い色白の肢体が眩しく光る。
黒という対極の水着も、彼女の幼さをカバーし蠱惑的な色気を放っていた。
無駄なものなどない、理想的な体型。
真の美少女の前で、胸の大小など粗末なものなのだと改めて思い知らされた。
しかも、髪もいつもと違いポニーテールに結んでいる。
それもあいまって、大人っぽさを醸し出していた。
可愛すぎる。
きっとまともな職についていたなら、今すぐ彼女に求婚していただろう。
「――お嬢様。パラソルとビーチチェアの準備が整いました。こちらが日焼け止めになります」
「
「申し訳ございません。これも仕事ですので。それとお早めに日焼け止めを」
「わかっていますから、早くお下がりなさい。カノンさんが怖がってしまいます」
「御意」
恭しく礼をして、飛鳥と呼ばれた女性の護衛が下がっていく。
いつものゆからしくない、余裕のない態度に、俺は自然と口角を緩めていた。
「ゆか、日焼け止め早めに塗っちゃいなよ。紫外線強いし、焼けちゃったらもったいない」
「——その、カノンさん。お肌の色は、どのような色がお好きでしょう? お答えによっては、ゆかはクリームを塗りません」
俺が冗談で、ダークエルフみたいな褐色がいいといえば、きっと次の日には褐色にしてくるのだろう。
彼女には、それをやるだけの行動力がある。
しかし、世の男性の七割は白肌が好きだと思う。
俺も例に漏れず、ゆかの今の肌色が好きだ。
「もちろん、今のゆかがいい。少し病弱そうな色だけど、それがなんか庇護欲を掻き立てられるっていうか、とてもかわいいと思う」
「そ――そう、ですか……っ! ど、どうしてカノンさんは、そうもお簡単にゆかのことを辱められるのでしょう……!」
「辱めているつもりはないんだけど……」
「ぅぅ、で、では……この肌色をなんとしてでも死守しなければなりませんね!」
「おう。待ってるから、早く行ってきな」
さて、じゃあ待ってる間は何をしようか。
流石に一人で海に入るほど子供じゃないぞ。
「あの」
「ん? どうした?」
モジモジと、動く気配のないゆか。
どうかしたのだろうか。
トイレか?
それとも体調が悪いのか?
俺の心配をよそに、ゆかは握っていた日焼け止めクリームを俺に差し出した。
首を捻る俺。
まさか、塗ってくださいとか言わないよな?
もしそうなったら、我慢できる気がしないぞ。
「ぬ、塗って……いただけませんか?」
「……ごめん」
「ええっ?!」
「俺、女性に触れたら内に飼ってる獣が暴走しちゃうんだよね」
「け、獣……?」
「うん。獣。怖いよ。多分、俺死んじゃう」
手を出せば俺、護衛の方達にきっと殺されるんだろうな。
遠くで待機する黒スーツのお兄さんたちをチラリと見やって、俺は確信した。
「し、死んじゃ……っ!? そ、そんなことはさせません! 小兎姫家の名において、カノンさんを殺させるようなことはいたしません! で、ですのでぜひ! ぜひ、日焼け止めクリームを……!」
その小兎姫家に殺されそうになってるんだよな、俺。
「こ、これも……取材、なんです」
「っ」
「男性に日焼け止めクリームを塗ってもらう……その描写を、ゆかは書きたいのです……! そのためにも、どうか……!」
それは、卑怯だろ。
仕事として塗ってほしい、なんて。
「もしカノンさんが引き受けてくれないのであれば、ゆかは護衛の方に……カノンさんではない男性のお方に塗っていただくことになるのです……」
「それは」
……嫌だな。いくら護衛だとはいえ、仕事だとはいえ。
ゆかの肌に男が触れるのは、嫌だ。
「ですので、カノンさん……」
「……わかった。仕事、だからな。取材だから、仕方がないんだよな」
「は……はい……っ」
俺がここに来た目的は、観光とか旅行とか、そんな名目ではない。
彼女の――
助手なのだから、彼女の
日焼け止めクリームを受け取った俺は、ビーチチェアに寝そべったゆかの横に立つ。
仰向けになったゆか。
白く、シミひとつない柔肌。
触れたら壊れてしまいそうな、繊細な肌を前にして、俺は劣情を必死に抑え込む。
「か、カノンさん……お、おやさしく……お願いしますね」
「……任せろ」
生唾を飲み込んで、手のひらにクリームを垂らす。
ねっとりとした白色のクリームを手のひらで広げ、
「……いくぞ」
「は、はい……来て、ください……っ」
「……っ」
俺は、その白肌に触れた。
「んっ……」
「……!?」
かすかに声を漏らして、びくりと体を跳ねさせるゆか。
高鳴る心臓を押さつけるために、深呼吸を繰り返す。
これは仕事だ。仕事なんだ。
それに、遠くで強面のお兄さんたちが見ているんだ。
下手なことしたら、殺されるぞ。
言い聞かせて、俺は手のひらを滑らせる。
うなじから肩、肩甲骨あたりを満遍なく手を走らせ、百から七を引いていく。
「んぅ、んんっ……はぁ、ん……カノンさん……くすぐったい……っ」
「……っ!?」
いったい、どれほど生唾を飲み込んだだろうか。
まだワンブロックしか塗っていないのにも関わらず、俺は前屈みになりながら必死に七を引いていた。
百がマイナスを越えた頃、ようやくワンブロックを終了した俺は額の汗を拭った。
次は、水着の下からくびれまで。
ふたたびクリームを手のひらに垂らした俺は、彼女の脇腹に手を置いた。
「ひゃあっ!?」
「す、すまん……っ! でも、我慢してくれよ……?」
「は、はひぃ……んぁ、あぁっ」
「こ、声……抑えてくれないかな……!」
「も、ぅしわ、ぁぁ、け……ぁん……ござい、ま……っ」
「……っ!!」
止まらない、艶かしい喘ぎ。
苦しそうに漏れるその声音に、俺は倒錯寸前だった。
このままもっと続けたい。
いいや早く終わらせろ。
まだ耐えられる。
もう耐えられない――
せめぎ合う
生涯で、二度とないであろうこのシチュエーションを、早く終わらせろとそそのかす天使もまた、俺からすれば悪魔に思えた。
「んんぅ、そこだめぇ……ぁぁ、かの、んさ……ぁっ」
身をよじらせ、官能的な喘ぎへと変わっていくゆか。
俺は、決死の思いで手のひらを滑らせた。
滑らせて、揉んで、なぞって――
「――はぁ、んっ、ぁ、はぁ……っ、とても……よかった、です……」
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
やり終えたぞ……俺はやり終えたぞ!
肩から太もも裏まで、俺はやり遂げたぞ!!
四つん這いとなって、下半身を隠す。
太ももはやばかった。特にやばかった。
しかし、なんとか耐えることができた。
自分を褒めたい。
なんなら、今すぐにでもトイレへ行きたい。
「ありがとう存じます……カノンさん」
「あ、ああ……いや、いいんだ。これも仕事……だからな」
表を向いたゆか。
頬を紅潮させ、いじらしく太ももを擦り合わせビーチチェアに腰掛けるその姿に、俺はもう色々とやばかった。
しかし、しかし。
俺はやり終えた。
このまま、どさくさに紛れて海へと飛び込めば、頭が冷える。
こいつを、鎮められる。
「カノンさん……お願いがありますの」
「な……なんだ?」
嫌な予感がして、俺は首を上げた。
唇に指を這わせたゆかが、その指をあごから胸元へとなぞらせていく。
「正面も……塗ってくださらない?」
「―――」
直後、俺は逃げるように海へと走っていた。
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