第3話 神作家

「協力って……どういうことだ?」


「カノンさんはラノベ作家の頂点に立ちたい、ということでしたが。現在はどのようなご活動をなさっているのですか?」


「えと……」



目を逸らす。

いまだに、他人の口からラノベ作家云々の話をされると居心地が悪くなる。

しかし、今は逃げられる状況ではなかった。



「しょ……『小説王』っていうサイトで書いてま――」


「——ま、まあっ! やはりゆかとカノンさんは運命のお相手だと、つくづく感じさせられますわね!」


「え、ええ……?」


「ふふ。ふふふっ。尚更、ゆかにお任せください! ゆか、これでも名の売れた作家なのです!」



名の売れた、作家?

ということは、ゆかは……商業出版、しているということか?

それとも、ランキング上位に君臨する作家、ということだろうか?



「そ、それは……すごいな」


「いえ、それほどでもありません。まだまだです」


 

彼女が嘘を言っているようには見えなかった。

正直に、すごいなと思うのと同時に、悔しいなとも、思った。


俺より六つも年下の女の子が、俺よりもずっと遠い場所にいるのだから。



「へ、へえ。どんな名前でやってるの?」


玖楽蓮くうられんです! お聞きになられたことはありますか?」


「―――」


「あ、あれ? どうかなさいましたか? もしかして、存じ上げておりません?」



俺の様子を気にしたゆかが、ソファから立ち上がって俺に寄ってくる。


片膝をついて、顔を覗き込むゆか。――いや、玖楽蓮くうられん


震える声で、眉目秀麗の彼女に、く。

俺はまだ、信じていないぞ。



「ぱ……『パラノイアの少女』の、主人公の誕生日は……?」


「3月24日です。お父様のお誕生日をお借りしましたの」


「ぺ、ペンネームの由来は……?」


「お父様のお名前ですわ」


「『勇者アゼリオンと七人のオーク姫』で、主人公の子供を妄想出産したヒロインの名前は……?」


「アズリエルですね。ここだけのお話、彼女が一番のお気に入りなのです」



その他にも——俺は擦り合わせるように、質問をつづけた。

その都度、ゆかは笑顔で即答していく。

公開されていない情報や秘話、バックグラウンドまで。


 

俺は、信じる他なかった。

彼女が。

目前の彼女が、あの神作家『玖楽蓮くうられん』だということを。



「――ご質問は以上で?」


「サインください」


「はい、喜んで」



とりあえず感極まった俺は、自室の本棚から食費をはたいて買った彼女のデビュー作にサインをいただいた。


少し前、ようやく手に入れることができた『勇者アゼリオンと七人のオーク姫』のサイン本と、見比べる。


同じサインだ。


いや、それよりも豪華に、裏のあらすじがほとんど読めない具合にサインを書いていただいた。


本物だ。


実在した神作家を前にして、俺は膝をつく。



「あ、あの……?」


「どうか、俺の無礼をお赦しください……ッ」


「え、あ、あの……どういうことでしょう……?」



追い返そうとか画策してすみませんでした。

 






「なるほど。日間ランキングにも載れず、評価も著しくないと」


「はい……。なので、次回作がランキングに載らずに書籍化できなかったら、もう書くのをやめて就職しようと思ってました」



それから俺は、ぶち撒けるように事情を吐露した。


公務員を辞めて、この一年貯金を切り崩して生きてきたこと。

一向に芽が出ず、金銭的にも余裕がなくなてっきたので、筆を折りかけていたこと。

 

親にも話せないようなことを、偉大なる神作家に打ち明けた。

それらすべてを、彼女は嫌な顔せず聞いてくれた。


さながら、懺悔室に座す神父のように。

懺悔室、入ったことないから知らないけど。



「やはり、書籍化をお目指しになられるのでしたらランキングに入るのは必須。ごく稀に書籍化なさるお方もいらっしゃいますが、ほとんどありません」


「そう、ですよね……。でも俺、一ポイントもらうのですら苦労してるので、ランキング入りがすごく遠いんですよ……」



一日に百ポイント以上取らなければ、ジャンル別日間ランキングにも載れない。

今の俺では、逆立ちしても届かない領域だ。



「ふふ。まずはカノンさんの小説を拝見しても?」


「あ、は、はい……拙い駄文ですが、ぜひ……」


「そんなことを仰らないでください。カノンさんがお書きになられたものが拙いはずありませんわ」



そう言って微笑を湛えたゆかに、俺は目頭が熱くなるのを堪えて作品のURLをメッセージで送った。



「――………」


「………」



ゆかが読みはじめて、もう三十分が経っていた。

温和な表情から打って変わり、真剣な面持ちでスマホをスクロールさせるゆか。

その様子を、俺は手に汗を握りながら待機していた。

 


「――拝見しましたわ」



それからすぐに、ゆかはスマホに何やら書き込みはじめた。

数分後、俺のスマホにメッセージが届いた。


確認してみると、そこには箇条書きでご指摘が羅列されていた。



「とても読み応えがありました。語彙も戦闘描写も、文体も何からなにまで、ご執筆歴十一年のご貫禄を感じましたわ」


「そ……そうですか……?」


「はい。とても。……ですが」



と、表情に影を落として、ゆかは言った。



「とてもおもしろいのに、どなたの目にも触れられていないのが残念でなりません」



本当に残念そうに、ゆかは言った。

生みの親である俺よりも、ゆかは悲しそうな表情を浮かべていた。


なぜだか俺はいたたまれなくなり、スマホに送られてきた箇条書きへ視線を移した。



「カノンさんの小説は、あまり活字にお慣れではない方が読むにはハードルがお高いのです。

難しい漢字をお使いになれば、たしかに戦闘描写は映えますしとてもカッコ良さそうに見えますが、ただただ読みずらさに直結している場合もあるのです。


たまにならいいのですが、こうも連発されると、テンポよく進めないでしょうね。――あ、でも比喩は素直に素敵だと思いましたよ。ですけど、こう厨二心をくすぐられますというか」



 継いで、指摘が二つ目に向く。



「一話一話も少々お長いですね。五千文字あたりでしょうか? もう少し縮めるか、分けてご投稿なさったほうがいいのかもしれません。ゆかは一話二千から三千のあいだで投稿しています」



それから、一つひとつ丁寧に、俺の悪かったところを指摘してくれた。

とはいえ、責められている気はしないし、とても優しく教えてくれたので、それらの指摘は素直に受け入れることができた。


多分、相手があの神作家だから、とか。

そういう感じではないと思う。


ゆかは、本気で俺を思いやっていってくれているのが、わかる。



「それと、一番お大事なのはテンプレに乗っかることです。ご流行をお押さえになって、それをうまくご消化できると、ご覧になられる方はお増えになると思いますよ。例えば、タイトルです」


「タイトル……あの妙に長ったらしい奴らを、やれってことですか?」


「はい。『小説王』内で書籍化なさりたいのなら、ぜひそうした方がよろしいかと。それとファンタジーを書くのであれば、今流行りの『追放』『ざまあ』系も入れた方が得策かと」


「でも……確かにおもしろいですけど……。なんか、いやなんですよね。テンプレから外れたいっていうか……もっと違うのを書きたいんです」


「あの、お話を変えるようで申し訳ないのですが、どうして敬語に?」


「あ……つい」



自然と敬語になっていた。

けれど仕方ないと思う。だって、あの玖楽蓮くうられんが俺みたいな底辺作家にご教授してくれているのだから。



「一旦、お紅茶でも淹れて一息吐きましょう?」



おかしそうに表情を崩したゆかがソファから立ち上がった。

慌てて俺も立ち上がる。



「いや、ゆかは座ってて。俺が紅茶を淹れるから」


「いえ、ゆかが淹れますから。カノンさんこそ、お座りになられて?」


「……っ」



俺の手を取って、優しく包むゆか。

俺より頭三つ分も低い彼女が、俺を上目遣いに覗き込むと穏やかにさとした。


激しく鼓動を刻む心臓。

精巧に作られた人形のごとき麗しさに息が詰まった俺は、それ以上は何も言えず、ソファに座り直した。


満足そうに表情を緩めさせるゆか。

手を握ったまま、俺を見つめる。

動く気配がまったくなかった。



「……ゆか?」


「はい。ゆかですよ」


「……あの」


「もう少し、お手をお握らせたままで」


「………」



 多分、このまま見つめ合っていたら、数秒もしないうちに堕とされ惚れてしまうと危惧した俺は、彼女から目線を逸らした。

 

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