第5話 花見に乱入者
花見に行くなら、とこれまたお節介なメイド達にピクニック用具を押し付けられ、アンリーナとミヤは馬車に乗り込んだ。
外から流れる景色が和やかで、思わずアンリーナはほぅ、と息をつく。
ここまで穏やかな時間は久しぶりだ。
先日までいつ婚約破棄されるのかと、気が気ではなかった。
実際にされてしまったものの、今後の雲行きは怪しいところだ。
「お嬢様! ほら、マカロンですよ! メイドさん達が作ってくれたんです!」
興奮した様子でミヤがバスケットの蓋を開く。
そこには色とりどりのマカロンが並んでいて、ミヤの笑顔も相まって輝いて見える。
アンリーナはふふ、と小さく笑った。
「ミヤはマカロンが好きだものね」
「はいっ! 大好きです! 元々あんまり食べれなかったので!」
「あら、そうなの? 意外だわ」
「神官長に止められてたんですよ」
そうこうしている内に、馬車の動きが止まった。
早速馬車の扉を開いて降りようとすると、何と目の前にリュシエルがいた。
「アンリーナ。どうか花見に俺も入れてくーー」
しかしミヤが音速の勢いで扉を閉めたので、その言葉は最後まで続かなかった。
「ボクったら幻覚見ちゃったみたいです。具合悪くなったんで場所変えましょうか」
「え? でも、確かに今殿下が」
「気のせいですって」
しかし馬車の扉が叩かれ出したのと、運転手の悲鳴が幻覚説をぶち壊した。
一定のリズムで聞こえてくるノックは不気味である。
「開けてくれアンリーナ! ミヤ!」
「怖い怖い怖い怖い。ボクどっかの怨霊引きずってきちゃった?」
「馬鹿言ってないで開けなさい」
「はい」
ミヤが馬車の扉を開けたため、リュシエルはパァッと表情を輝かせた。
「アンリーナ! 俺と花見しよう!」
「殿下、なぜここに?」
「父上にアンリーナが花見をすると聞いてな!」
「ストーカーかよ」
リュシエルの発言にミヤは本気で鳥肌が立った。
これが本当のリュシエルなのか、未だに疑わしい。
見た目はそのままだが、愉快な悪魔でも取り憑いているのではないだろうか。
そんなことをミヤが考えているとはつゆ知らず、リュシエルがアンリーナに手を差し出した。
「俺に花の下までエスコートさせてくれないか?」
「え、ええ」
戸惑いがちにリュシエルのアンリーナが取れば、そのままぐい、と体を引かれた。
リュシエルの鍛えられた腕に肩を抱かれ、そのまま満開のソレルの木の下へ向かう。
「水くさいなアンリーナ。俺も誘ってくれたらよかったのに」
「誘ってないのに何であんたはここにいるんですかね」
「もちろん、アンリーナの花見姿を見るためだ」
「キッショ」
「………」
「アンリーナ?」
「お嬢様、どうかなされました?」
先程からアンリーナが黙ったままなので、不思議に思い二人はアンリーナを覗き込む。
アンリーナの少し赤くなった顔を見て、ミヤはギョッとした。
「お、お嬢様!? やはり具合が優れませんか? こいつのせいですね!」
「決めつけるのはよくないぞミヤ!」
「いいえ、違うの。その、殿下とこんなにくっつくことがなかったから。少し恥ずかしくて……」
赤い顔をそのままにして言うアンリーナに感激したのか、リュシエルはアンリーナとの距離を更に縮めようと腕に力を込める。
ガッ
「……」
「…………」
しかし、それを阻止したのは他でもないアンリーナだった。
リュシエルの顔に手を当て、体を思い切り押し退けている。
「……これ以上はやめてください」
「いいですよお嬢様。もっとやっちゃってください」
「つれないなアンリーナ」
やれやれ、といった風にアンリーナからリュシエルは手を離した。
アンリーナからすればやれやれも何もないのだが、下手に突っ込む気も起きないのでリュシエルを放っておくことにする。
するとミヤがリュシエルに文句を垂れた。
「だいたい、未婚女性にそのようなふしだらな真似はやめていただきたい」
「俺とアンリーナは婚約者だぞ? ふしだらも何もない」
「あんたがつい先日破棄しただろ」
「……できれば復縁を望んでいる」
「ゴミクソめ。肥溜めに埋まってこいよ」
「さっきから酷いな」
二人が聞くに耐えない言い合いを始めたため、アンリーナはそこに割って入る。
「さあ、お花見しましょう。今日くらいは仲良くしてください」
「む……」
「もちろんだぞ、アンリーナ」
「自分だけ株上げんな」
そうして花見がようやく始まった。
婚約破棄された後日、婚約者だった王子が泣きついてきた キヅカズ @yukizukayuzu
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