第4話 リュシエルの宣言

業務などで忙しくなる昼頃、突然リュシエルが王に時間を取るよう要求してきたため、王は非常に驚いた。

我が子ながらリュシエルは優秀である、と王は考えている。

だからこうして要求をしてくることなどほとんどなかったし、我が儘などもってのほかであった。

なので何事かと思い、早速リュシエルを呼びつけ王は彼と話すことにした。


「どうしたんだリュシエル。何かあったか」

「はい。父上、どうかお願いします。アンリーナとの婚約破棄、考え直してはいただけませんか」


王は思わず眉を顰めた。

リュシエルが面倒な頼み事をしてくるとは、微塵も思っていなかったからだ。


「……どういうことだ。第一、お前も彼女との婚約破棄は賛同していたはずだ」

「はい。確かにそうでした。魔力を失った彼女に、王太子妃の称号はあまりに重すぎる」

「そこまでわかってなぜ」

「俺が彼女を愛しているからです」


非常に真っ直ぐで簡潔ながら、これ以上ないほど愚直な理由であった。

リュシエルは誇るように胸を張って語り出す。


「俺は彼女が大好きです。愛しています。それこそ、この我が身よりも。国が大切なのはわかっています。王太子として生まれた以上、その役割を放棄する気はありません」

「その役割に、お前の婚約も含まれているのだぞ」

「アンリーナ以外にふさわしい女性はおりません! 彼女ほど賢く、優しい女性など……俺を支えてくれる人など絶対に他にはいません」


ここまで言い切るリュシエルに、王はどういう心変わりだと頭を抱えた。

リュシエルはこれまで、何かに一途になる様子は見せてこなかった。親としてこの変化は祝福すべきと思うが、ここで出されては困る。

若いゆえの献身的な恋だと思いたいが、王太子にそれをされてしまっては参るのだ。


「確かに、アンリーナ嬢が優れていることは認めよう」

「では!」

「だが、魔力がない。これがお前とアンリーナ嬢の婚約破棄へと繋がった、最も大きな理由だ。お前はこれをどう対象する」


すると、意外なことにさらりとリュシエルは答えを出した。


「彼女の魔力を取り戻してみせます。そのために努力は惜しみません」

「うぅむ……」


アンリーナが魔力を取り戻したのならば、すぐにでも喜んでその要求を承諾するのだがーー果たしてできるのだろうか。

王はリュシエルを見下げると、その瞳と目を合わせた。

王族を象徴する濃い青の瞳は、猫のように爛々と光っている。

仕方なしに、王は首を縦に振ることにした。


「わかった。アンリーナ嬢が魔力を取り戻すことができたのなら、二人の婚約を認めよう」

「! ありがとうございます!」

「猶予は一年。一年以内にそれができなかったのなら、お前には大人しく他の令嬢と婚約してもらうぞ」

「承知しております。必ずアンリーナの魔力を取り戻してみせます」


深く頭を下げると、リュシエルは急いでその場を後にしようとする。

それを王が引き止めた。


「待て。最後に聞かせてくれ」

「はい」

「お前は昨日までアンリーナ嬢に恋心はなかったはずだ。それがどうして、今日となって」


リュシエルはそう問われると、恥ずかしげに目を伏せた。


「……昨日までの俺は愚かでした。彼女へ抱く感情も理解できぬまま行動していた。もう間違えるつもりはありません」

「そうか……では、このことをラヴェスト家に伝えねばな。ラヴィスト家から先程連絡があってな」

「ん?」


ラヴィスト家とは、アンリーナの生家である。

アンリーナの両親から連絡があったことを知り、リュシエルは期待に胸を膨らませる。


「ということは、アンリーナがここに?」

「いや、来るのはご両親だけだ。アンリーナ嬢は確か花見に行ったと言っていたな……」

「花見!?」


それを聞いたリュシエルが、慌てた様子で駆け出していく。


「こうしてはいられない! アンリーナの花見姿をこの目に焼き付けねば!」

「おい、リュシエル! まさか行く気か!?」

「もちろんです父上!」

「やめろ! 迷惑だぞ!」

「いいえっ、行かねばなりません!」

「それにお前にはやるべきことがっ……」


王の意見に耳も貸さずすっ飛んでいってしまったリュシエルに、王は唸った。


「教育間違えたかな……」


昨日まではあれだけいい子だったのに、と王は嘆いた。

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