第3話 奥様とお話

リュシエルが去っていき、アンリーナとミヤは屋敷へと戻った。

それに気づいたアンリーナの母が、二人に声をかける。


「おはよう。アンリーナ、ミヤ」

「おはようございます」

「おはようございます奥様」

「どうしたのかしら? 何やら外が騒がしかったようだけど……」


不思議そうに入り口の扉を見つめるアンリーナの母に、ミヤは「気にしないでください」とだけ言った。

しかしそれだけでは説明不足なので、アンリーナが口を挟むことにする。


「リュシエル殿下がいらっしゃっていたんです」

「……あら? リュシエル殿下が?」


アンリーナの母の顔が曇る。

先日娘と婚約破棄した王太子に、アンリーナの母も快い感情を抱いてはいない。


「何か用事だったのかしら?」

「その……婚約を、継続させてほしい、と」

「え?」

「婚約破棄を、なかったことにしてほしいと言われたんです」


これにはアンリーナの母も呆気に取られ、ポカンと口を開けた。

思わずミヤに向き直って真偽を確かめる。


「そ、それは本当なの? ミヤ」

「はい、本当です。ボクも見ました。……リュシエル殿下が、確かにそうおっしゃったところを」

「えぇ……」


どう反応していいのかわからず、アンリーナの母は視線を宙に彷徨わせた。

喜んでいいのか、変わり身の速さに憤慨すればいいのかわからない。


「アンリーナは、どう答えたのかしら?」

「……少し時間をください、と」

「あらあら」


口に手を当て、アンリーナの母は僅かに微笑んだ。もしこれが本当なら、リュシエルはアンリーナにアプローチをしていることになる。社交場で馬鹿にされることも、無下にされることもなかろう。

しかしリュシエルの意図はちっともわからない。


「リュシエル殿下はどうなさりたいのでしょうね」

「楽しんでるんじゃないですか? お嬢様がどんな反応するのか」

「ミヤ。あまりそういうことを言うんじゃないの」


アンリーナから叱られ、ミヤは居心地悪そうに肩を竦める。


「だって……殿下っていうか、国が決めたことでしょう、婚約破棄。それが今更殿下の心変わりなんかでどうとでもなるんですか?」

「それは……」


それはアンリーナにもわからない。

今後どうなるかは、アンリーナとリュシエル次第といったところか。

すると、ミヤがアンリーナに提案を持ちかける。


「お嬢様。もし、本当に婚約を結び直したいのなら……ボクが王に話を持ちかけましょうか」

「ミヤ。それはダメよ。国の存続がかかっているというのに、私情を持ち出すことは許されないことだわ」

「でも、殿下だって私情ですよ。あの殿下が王を説き伏せられるとは思いません」

「とにかく、今は婚約を結び直したいと思わないの」


アンリーナは己の身を抱きしめるように縮こまり、自嘲の笑みを浮かべた。


「おかしいわね……昨日までとても悲しかったのに。殿下に婚約継続の話を持ちかけられて、迷ってしまっているなんて」

「お嬢様……」

「怖いの。また、捨てられるんじゃないかって」


身を裂かれるほどの悲しみが、アンリーナの心の底に沈んでいる。

リュシエルと話そうものなら嫌でもその悲しみが沸いて出て、アンリーナの心を揺さぶるのだ。

こんな状態で、頼れる魔力もないまま、反対する人々を押し切れる気がしなかった。


「アンリーナ。あなた、疲れているみたいね」


見かねたアンリーナの母が、アンリーナにこんな提案を持ちかける。


「今日はお花見にでも行ってきなさい。気分転換は大切よ」

「し、しかし、お勉強は」

「いいの。今日は休みなさい。王太子妃としての教育は、どうするべきか考えなくてはいけないし。私もレオと、王に詳しい話を聞きにいかなくては」


王から婚約破棄のことを伝えられる前に、アンリーナがリュシエルから聞いたということは、リュシエルが先走ったということだ。

黙っていることの罪悪感か、早くケリをつけてしまいたいという意思の現れか。

少なくともアンリーナの両親に何の説明もなし、ということはあり得ないだろう。

アンリーナの母は、早速王へ連絡を取ることを決めたらしい。


「ミヤ。アンリーナのことお願いね」

「はい。お嬢様はボクが命に換えても守ります。殿下なんてポップコーンにします」

「ぽっぷこーんというものはよくわからないけど、守ってくれるのね。ありがとう」


穏やかに笑い、アンリーナの母はそのまま背を向けて行ってしまった。


「お母様、お父様と一緒に王とお話になられるのかしら」

「今日じゃないとしても、近いうちにそうなるでしょうね。荒れないといいんですけど……多分あれは無理ですね。お嬢様、しがらみは忘れて今日はお花見しましょう。綺麗な桜の花が咲いてますよ」

「さくら?」

「あー、間違えました。ソレルの花を見にいきましょう」

「ええ。ソレルはとっても綺麗だものね」


花見に向かうため、アンリーナ達は準備を始めた。

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