第2話 変わりすぎた王子

リュシエル王太子といえば、艶やかな金の髪に宝石のような青の瞳を持つ、優れた容姿の持ち主である。

おまけに魔力量もアンリーナが元々持っていた量と同じぐらい多く、使える魔法も多種多様。

博学で美しく、魔法も使えて運動もできるという完璧さであった。

幼い頃から婚約者としてそばにいたアンリーナは、それは彼の努力ゆえの結果だと知っている。

だから彼の負担になどなりたくないし、彼の輝かしい未来のために身を引くことは承知していた。

しかしーー


「アンリィナァアアア」


アンリーナの名を叫び、門にへばりつく姿は純粋な恐怖を覚える。

ポカンと窓から外を見下ろしていると、ミヤがため息を吐いて踵を返して外へと向かっていった。


「くっそ、何なんだよあの王太子……」


正直ミヤはリュシエルが好きではない。

ただでさえ「自分は何でもできます。これは自分が頑張ったおかげです。自分だけが辛い思いをしています」みたいな態度が嫌いだったのにも関わらず、先日の出来事が大きすぎる。

お前を支えるために、どれだけアンリーナが身を粉にしたと思っているのだと怒鳴りたい気分だが、ここはぐっと堪える。

ずかずかと大股で門まで向かえば、門越しにリュシエルと目があった。


「ミヤ! 門を開けてくれ! アンリーナに会いたいんだ!」

「お断りですよこのクソ王子」


ミヤにはどれだけリュシエルに無礼を働こうが、不敬罪で殺されたりしない理由がある。寧ろ王族がミヤを殺すどころか、ミヤの意思に反すれば大変困る状況になるため、逆らえないといったほうが正しい。しかしその事情はひとまず割愛させていただく。


「なぜだ!? 俺はアンリーナに謝りたいんだ!」

「手のひら返しすぎですね。そのまま手が一回転して骨折れればいいのに」

「頼むミヤ!」

「嫌です。とっととお帰りください」

「頼むぅううううう」

「新手の化け物かよ」


とうとう門に爪を立て出したリュシエルに、ミヤはドン引きして目を細める。

門を傷つけるのはやめてほしい。

旦那様がウキウキで職人に注文していたことを思い出し、ミヤは抗議しようと口を開ける。

しかしそこに割って入ったのが他でもないアンリーナだった。


「殿下!? 一体どうなさったのですか!?」

「アンリーナ!」

「お嬢様」


何が何だかわからず眉を下げるアンリーナに、リュシエルは早口で捲し立てる。


「聞いてくれアンリーナ! 昨日のは、その、誤解なんだ! 忘れてほしい!」

「クソゴミ野郎じゃん」

「まっ……待った。やっぱりなしで」


門からようやく離れ、考え込むような素振りを見せたリュシエルに、アンリーナは目を疑った。

リュシエルは決してこのような行動を取ることない、賢く優秀で、厳格な王子であったはずだ。

ましてやアンリーナの名前をこうも声高に叫んだりなどしない。

ミヤがアンリーナの言いたいことを代弁するように問いかけた。


「だいたい、ボクの知ってるあなたと今日のあなたとではあまりに違いすぎるんですよ。別人ですか? ドッペルゲンガーなんですか?」

「どっぺる……? いや、正真正銘のリュシエル・アルド・ウェンデリスだ! 門を開けてほしい!」

「嫌ですって」

「ミヤ。開けて差し上げて」

「お嬢様!?」


門を開けるようアンリーナが促したので、驚いてミヤがアンリーナに振り返る。


「殿下を門の前で放置するわけにはいきません」

「こんなタタリ神ヤローをですか!?」

「ミヤ。失礼よ」

「うっ……で、でも、立場的には、ボクのほうが」

「ミヤ。その偉い立場のあなたが、わざわざ私の執事となってくれているのでしょう。その訳は未だにわからないけれど……私を主人と認めてくれるのなら、従ってほしいの」


ミヤはアンリーナに見据えられ、しばらくもごついたが、渋々といった風に門を開けた。

転がるような勢いで敷地内に飛び込んできたリュシエルは、アンリーナに膝をつく。


「アンリーナ。昨日は悪かった。父上も説得してみせるし、誰にも文句など言わせない! だから、頼む。婚約を、継続させてくれ……」


リュシエルがアンリーナに手を差し出した。

あまりの変わりように、アンリーナは自分が都合の良い夢でも見ているのではと疑い出した。

例え夢でなかったとしても、この手を取るべきかは決めかねてしまう。

しかし、アンリーナが決断する前にミヤが素早く手をはたき落とした。


「遠慮させていただきます。お嬢様によくもまあそんなこと言えますね。お嬢様と婚約を解消して、よくないことでも起きましたか?」

「……アンリーナを愛していることに、失って初めて気がついたんだ。アンリーナを手放したくない」

「手放す? まるで物みたいに言うんですね」

「ミヤ」


名を呼ばれ、ミヤは不満げにアンリーナに言う。


「少なくとも、ボクは反対ですよ」

「ええ」


リュシエルの前へとアンリーナは進み出た。

差し出された手が細かく震えていることに、アンリーナは気づいている。

喜んでと手を取ることは簡単だが、また捨てられるのではという不安がアンリーナに付き纏っていた。


「……すみません。ご無礼を承知で言わせていただきます。考える時間をくださいませんか? 私はまだ、答えを決めかねているんです」

「そうか……そうだな」


納得した様子で深く頷くと、リュシエルは立ち上がった。


「ありがとう! また会いにくる!」


そのままリュシエルは、文字通り魔法で風のように消えていった。


「お嬢様……ボクは心配です。あいつが何考えてるかわかりませんし」

「ミヤ。私のこと、気遣ってくれてありがとう。私も少し考えたいと思うわ」


どん底に落ちたと思われた人生が、少し妙な方向へ曲がり出した気がする。

これからのことを思い、ミヤは憂鬱になって肩を落とした。

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