二日目 朝
バタバタという雨音に目が覚めると、まだ五時五分であった。老人の朝は早いものだ。私は寝台の棚に置いてあった丸いレンズの老眼鏡に手を伸ばす。部屋の電気を付ける。机に向かう。ラジオをオンにして、今日の天候の変化、風向き、気温などを、ノートに書いた式へ代入していく。なんだが値が変だな、どうやらうっかりしてコリオリ力を忘れたらしい。
その計算は面倒なことこの上ないが、自転によって複雑に働くコリオリ力がある代わりに、自転による遠心力は重力から我々を解放してくれる。こんな大きな船を浮かせておけるのもその恩恵を受けてだし、老人の体の負担を軽減もしてくれる。だから、むしろこのコリオリ力には感謝するべきなのかもしれない。
そんな計算をし終わって、昨日のことを日記に書き留めて、机上の卓上時計を確認すると、短針が丁度七時を指した。朝ご飯の時間である。
私は、まず右翼にある、シャワー室へ向かった。昨日はシャワーを浴びず寝てしまったためである。シャワー室までの通路には、まだ気だるさが漂っていた。「船長、おはようございます」とか、「船長、うっす」とかを、おはようで処理しながら、私は仕切りがあるだけの個室に入る。皺皺になった老人の体を水と石鹸で洗い、流してから、乾燥機をつかって水分を飛ばし、持ってきた制服に着替える。
私は制服に着替え、そして艦橋への梯子を昇って行った。副船長と交代する。受話器が大量に備えられた指示台から見渡すと、制御担当が交代の引継ぎをしてる最中であった。現在、三分の一の船員で運用されているこの船は、真空容器の中で回るジャイロ式制御装置のお陰でほとんど、手を加えなくてもよい。よって、航行中や、有事の際以外は暇であった。
私はぼんやりと窓の外を見る。下半分は銀色の船体で、他は灰色であった。雨粒がガラスを叩くそのテンポが心地よく響く。今日みたいな日は、雨音をBGMに部屋にこもって読書をしたいが、仕事があるから諦めるほかない。溜息をついて、私は座りにくい椅子に腰を掛ける。若い時は立ちっぱなしで監視したものだが、さすがに七十となると体力がない。
ここで、この船の勢力について説明しておこう。この船には右翼と左翼が存在する。これは、この船の初飛行にあたって右翼の寝室に割り当てられた船員が、偶々保守的で、左翼に住む者は急進派が多かったことに由来している。
保守派は設備の刷新に消極的で、航路もリスクを取りたがらない。急進派は設備の老朽化に懸念を示していて、問題解決に莫大な資金を投入することを提案してくる。左翼は若者が多く、私が無視すると、まれにストライキを起こそうとするので、却下に際して、彼らを納得させる理由を練らなくてはならない。ストライキが発生すると、交代が出来なくなり、徹夜をしなければいけないものが出る。本来待機時間であるものが駆り出される。そういう船員はミスを犯しやすいのでなるべく避けなければならないだろう。
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