おまけ
おまけ①
「うっす、入るよー。……あれ?」
がらんとしたアパートの一室に、青年の声が響く。
いつものように、友人と無意味で楽しい時間を過ごすはずだった彼は、しかし、いるべき部屋の主がいないことに気付き、眉をひそめた。
「鍵かけないでどっかいったのか? 不用心だって」
ちょっとした寂しさを紛らわせるためか、青年は独り言を口にしながら、勝手知ったるそこへ足を踏み入れる。留守番を買うつもりだ。
学生らしい狭いワンルーム。漫画とラノベが多い。
遠慮なく、部屋面積の大部分を占めるベッドに腰掛けると、本が一冊、そこに放り出されているのを発見した。
手に取ると、それが漫画だとわかる。
「あー、またパーティー追放ものじゃん。飽きないのかねえ」
そう言いつつ、パラパラとめくっていく。
青年がさっと目を通した感じ、ストーリーはこうだ。
パーティーから追放されたはずの少年に、何故か彼をずっといじめていた同パーティーの少女が、そのまま図々しくついてくる。先の見えない二人旅は、これからどうなっていくのか!
といったもの。
微妙なテンプレ外しか、と青年は思った。
「面白くなさそうだけど女キャラはかわいいね」
青年は手を止め、繊細なタッチで描かれたキャラクターたちを眺める。主人公が追放されるシーン。
魔法使いの女。性格が悪そうだ。男キャラ。どうでもいい。
ヒーラーの女。性格は悪いんだろうが、おっとりした雰囲気の美しい顔つきで、胸がデカい。このおっぱいで聖女は無理――……
「……? あ、れ……」
急に、眠気が襲ってくる。
青年はぐらりと揺れ、友人のベッドに受け止められ。
そのまま目を閉じ、意識を手放した。
▼
「ん?」
目を開き、しばらく考えて。自分がベッドに寝ていることに気付く。
オレはどうしたんだ? 記憶が曖昧だ。
……それに。ここ、知らない場所だ。
ぼうっとした頭が回りだし、手足に力が入ってくるのを感じ、オレは上半身を起こそうとした。
でも、なんだこれ? やたらと身体が重いぞ。
「あれ……」
肩に重みがのしかかり、背中が自然と丸くなってしまう。だるい。熱でもあるのか?
「ここ、どこ――んん? え!?」
声が。
喉が振動し、耳に響く自分の声が。異常に高い音になっている。まるで自分の声じゃないみたいだ。
そして、よくよく自分の身体を見下ろしてみれば。
「ええええ!? でっっっか……」
身体の前方にふたつ、ボールがくっついていた。思わずさわると、ぽよぽよと弾み、それでいて自分自身に変な感触が返ってくる。
いよいよ、ベッドから立ち上がった。
今の自分の格好を見ようと思ったが、ボールが邪魔で、見下ろしてもいまいちわからない。
辺りを見渡すと、古そうな意匠の化粧台があった。すぐに駆け寄る。
「はああああああ~~~!?」
そこにいたのは、オレではなかった。
いや、オレと同じ動きをしている。たぶん表情も。
でも、映っているのは、全く別の人間だった。
「なんだこのデカ乳!! あ、顔可愛い……あ、声も……」
その金髪の少女は、おっとりした性格でいそうな顔つきの美人だが、今は眉を吊り上げて顔を赤らめ、自分の胸を揉んでいる。
「や、やば。オレ、あいつの家にいなかったっけ? 人んちでエロい夢見てんのか……? んっ」
茹だっていく頭で、夢中になって鏡を覗いていると。
どんどん!
「うわ!」
ノックの音だった。あわてて鏡から離れる。
すぐに扉が開き、そこから、見知らぬ男が入ってきた。
だ、誰だ!?
――カイト。私の大切な仲間。
え?
「そ、ソフィア!? なにかあったのか!? 大きい声がしたぞ!」
「え? あ、か、カイト? ううん、なんでもないわ?」
咄嗟に出た言葉は、何故かアニメみたいな女言葉。知らないはずのやつの名前まで、勝手に口から出てきた。
なんだこれ。
オレは、誰になっているんだ?
「ま、まさか……。君まで、俺から離れていく気か……?」
「へ?」
「い、行かないでくれえっ!!」
「うおおい、ちょい、ちょ」
自分よりも大柄な男が、涙を流しながらすがりついてくる。こわ。
「俺は、俺はやっとわかったんだよぉ、自分がどれだけダメで、最低のバカ野郎だったのか!! これから少しでもまともになりたいんだ! ……で、でも、君がいないと、俺は、俺は……ソフィアぁ~~~っ!!」
「うえ、えーと。……お、おいで、カイト? 大丈夫、大丈夫よ」
泣きじゃくる男の声は音量が大きくやかましいので、やたらデカい胸に顔を迎え入れ、押し付けて黙らせる。
「よしよし~泣かないで~……」
やさしい声で赤ん坊みたいにあやしてやると、なんか疲れていたらしく、割とすぐ大人しくなった。
……えーっと。
なんだろうね、これ。
これから、どうしたらいいんだ……?
おまけ②
いつもみたいに、おかあさまに、おにわで、あそんでもらっているときのこと。
あたしは、きにのぼって。すべって、あたまをうっちゃって。
それで、全部を思い出してしまった。
「なによ、これ……」
鏡の中の自分は、まるで子どものときに戻ったような姿をしている。顔つきとか、髪とか、ところどころ違うけど、あたしとよく似ている。
この子の名前は“アスニア”だ。いつも両親に呼ばれてきた自分の名前なんだから、もちろんわかってる。
……だけど。あたしは、
“アスリカ”だ。アスニアじゃなかった。
「……アスニア? ああ、よかった。目が覚めたのね」
部屋に、誰かが入ってきた。
声でわかってる。あたしのだいすきな、お母様だ。
…………でも。
その姿を見て。あたしは、悲鳴をあげて、尻もちをついた。
「? どうしたの? ……ごめんね。怖かったね。痛いのはお母さんが治してあげる」
「や、やめて!! 来ないでよっ!!」
「?」
お母様は、綺麗な顔を困らせて、あたしを紅い瞳で見つめている。
大人になってるけど、間違いない。自分のことだからわかる。あれは……あの身体は……
「あ、あなた、誰なの? アスリカは、あたしのはずなのに……」
そうつぶやくと。お母様は、一瞬、大きく目を見開いて。
――それから、それをいやらしく細めて。にいぃって、わらった。
「……ふーん。こういうことになるんだ。初めましてアスリカ。でも今は、私がアスリカだよ? よく知っているでしょ、かわいい“アスニア”」
あたしの身体を乗っ取った悪魔は、心底楽しそうに、そう言った。
「ち、ちがう。あたしは、アスニアじゃない……」
今の自分を否定しようとして、あたまから追い出そうと首を振る。
お母様が、ゆっくり、近寄ってきた。
「こ、こないで! 悪魔!」
「う。普通に傷つく。
「あたしの身体、返してよ!」
震える脚に力を入れて、なんとか立ち上がって、当然のことを訴える。
こいつは、いきなりどこかからやってきて、あたしの人生を奪ったんだ。許せない。怒りで恐怖を上塗りして、立ち向かう。かえせ。かえせ!!
……悪魔は。
アスニアの見たことのない、冷たい表情で、あたしを見下ろした。
「いまさら戻りたいの? もう経産婦なんですけど」
「っ!! そんな……」
「別に今のままでいいじゃない。前より才能もあるし、顔も可愛いし、髪質もきれい。両親の遺伝子が優秀だからかな?」
しゃがんで、目線を合わせて。小さい子どもの話を聞いてあげよう、って態勢で、悪魔は言う。
……両親?
……父親。
お母様は、“アスリカ”で……、お父様は………、
「……っ!! う、おえぇっ」
「! もう、かわいそうに」
自分の身体に、あの、あいつの、ミゼルの血が流れている。
いやだ、いやだ。どうしてこんなことに。きもちわるい。こんな身体。
「助けて……カイト、ソフィア……」
最後にすがったのは、ふたりの仲間、友達。
カイトは恋人だった。ソフィアは、親友だった。ふたりは、どこにいるの?
「あのふたりなら、この前遊びに来てくれたじゃない。またご招待したい? あ、イトナちゃんと遊びたいのかな」
「イトナ……?」
「あなたの幼馴染でしょ。カイトおじさんとソフィアおねえさんの、ご令嬢」
「ふぇ……」
……どうして。
信じてたのに、なんで。
「ふぇええ……ん。うぇ、えぐっ、あぅぅ……なんでぇ、カイト、ソフィア……どうして……」
子どもの身体だから、一度泣き出したら、涙が止まらなくなった。
もう、誰もいない。あたしの友達も、家族も、いないんだ。ひとりなんだ。周りにいるのは、悪魔だけ。
「おいでアスニア。泣かないで? 泣き顔が一番かわいいけど」
「う、あ……! こ、こないで……」
「つ~かまえたっ」
子どもが大人に敵うはずもなく、無理やり捕まえられて、抱っこされる。
……あったかくて、やわらかくて、どうしてか落ち着く。嗚咽がひいていく。でもそれがこわい。
「は、はなして……」
暴れれば逃げられるのに、そうしようと思えなかった。
……目の前にいる“自分”は、よく見ると、全然自分じゃなくなっていた。
あたしの身体のはずなのに、胸も……体型も、赤ちゃん育てたからか変わってて、顔も大人っぽくて……。こんな、なんで、どうして……。
「なに、おっぱいが恋しくなった? もうとっくに卒業したでしょー」
「ち、ちが……」
「甘えたいのかな。ほら、とんとん。とんとん」
背中を優しく、リズムよく叩いてくる。母親が寝かしつけてくれるかのように。
泣いて、叫んで、疲れ切った身体は、それだけでまぶたが落ちてきそうになった。
悪魔は、あたしを抱いて部屋の中を歩き、大きな化粧台の前に座った。
そうして。あたしの耳に、あの落ち着く声で、ささやいてきた。
「ね、アスリカ。きみは幸せになったんだよ。あのままだと死ぬ運命だったんだ。……アスニアは、ひとりで惨めに死ぬのと、私に抱っこされるの、どっちが好き?」
その言葉に、信じるに値しない言葉に、どうしてかすごく怖くなって、ぎゅっと抱き着いてしまった。
「いい子、いい子。大好きよ。私の娘だもの。大人になるまで、守ってあげる……」
悪魔はあたしを抱きしめて、体温と鼓動を伝えてくる。
ぽかぽかと、落ち着いてしまう温度、リズム。
「ああでも、そろそろ手がかからないくらい大きくなってきたし……もしかしたら、弟か妹ができるかもしれないよ。アスニアなら、いいおねえちゃんになれるよね? アスリカと違って、愛し合える家族がいっぱいできるね」
……そうだ。
前の家族は、血が繋がってるだけで、家族じゃなかった。兄も姉も、親も、人でなし。だからあの家を出たんだ。
「英雄になりたかったんでしょ? あなたなら、私達の娘のあなたなら、きっとなれる。お母さんは応援するわ。アスリカの両親とは違ってね……」
立派な冒険者になってから一度だけ、あの家に帰ったことがあった。
そのときのことは……思い出したく、ない。だから、あたしの家族は、友達は、そのときから一緒の、カイトとソフィアだけだった。
……でも、今は……。
あたたかい腕から降ろされて、鏡の前に、一緒に座らされる。
映っているのは、そっくりな母娘。そのどちらかが、あたし。
「あなたはアスニアで、アスリカはあなたのお母さんだよ。……ほら。お母様、って呼んで? いつもみたいに」
じっと鏡を見る。
“自分”の顔を見て、あたしは……思ったことを、口にしてしまった。
心の内から、わいてきてしまった言葉を。
「お母様……」
そうしたら、お母様は。
あたしのだいすきな、明るくてきれいな笑顔で、誰も見てくれなかったあたしを、見てくれた。
「よくできました。えらいわ、私のかわいいアスニア」
後ろから、ぎゅっと抱きしめられる。
取り返しのつかないことをした、という怖さが、お母様の体温で和らげられる。
幼い子どものあたしは、それに、身を任せるしかなかった。
不安で、何かに掴まりたくて。お母様の手を、きゅっと握った。
▼
「“レッドブレイズ”!」
子ども用の小さい魔法の杖から、しかし子どもらしからぬ大きな炎を、アスニアは出して見せた。
まだ幼い彼女の弟も、それを近くで見てケラケラと愉快そうにしている。かわいい。
さすが僕の娘。才能の塊だと言えよう。笑って褒めたたえると、アスニアはこちらを見て花が咲いたように笑う。かわいい。
「もう大人顔負けの魔法使いだね、すごいな」
「あなた」
庭に出てきたのは夫だ。これから仕事に出るところだろう。
しかし娘と息子の姿を見ていたいのか、僕のとなりに腰を下ろす。
そう、アスニアはもう手がかからない年頃だ。セシルはまだまだ幼いが、アスニアの方は前世の記憶なんかもあるらしいし、良い姉をやってくれている。
それで僕は、となりに座る彼に、そっと耳打ちする。
「……ね。今夜は、早く帰ってきてね。ミゼル」
「! あ、ああ……」
「あ~ッ!! またイチャイチャしてるっ! やめてってば!!」
僕らの様子を目ざとく察知し、アスニアは、ふたりの間に飛び込んできた。
ぎゅうぎゅうと挟まってきて、最終的に、ミゼルの膝に腰掛け、身体を預ける。セシルは、僕のところに。
「お母様、子供向けのじゃなくて、もっと新しい魔法教えてよ。いろいろ試したい」
幼い弟に笑顔で触れながら、アスニアは話しかけてくる。
その上から、父親が声を出した。
「アスニア、剣も習わないかい。僕が教えてあげられるよ」
「いらないわ。あたし、お父様はきらいだもの」
「は、反抗期早ッ……!?」
おかしな関係だ。
僕は、どこかいびつな自分の家族たちを、順番に見て。
しかし穏やかな気持ちなので、くすくすと笑った。
やがて、子どもたちが庭での遊びを再開し、父親が出かけるときになって。
最後に、目が合ったので。
念を押すように。
背伸びして、ミゼルの耳元で、熱くささやいた。
「夜、待ってるからね。……ね? おとーさん?」
「は、はい……」
パーティー追放女に憑依……おわり
パーティー追放女に憑依 もぬ @monumonumonu
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