別ルート⑤
「さ、今日も仕事しますか。……あ、ミゼル、ちゃんと準備はできてるの? 雑用係なんだからちゃんとしてよね」
「はいはい」
「雑用係。ちゃんとしろー。えへへ……はぁ、はっ……」
この頃、アスリカは妙に攻撃的な言葉をこちらにかけてくる。なんというか、ケンカを売っているような感じの。
機嫌は、悪そうっていうか、むしろ良さそうな様子だ。体調が乱れている感じでもない。たまに息遣いが荒いが、そういうときこそ血色は良いのだ。
こうなった原因は、やはり……。
少し前に、彼女に、思いつく中でいちばんみじめな姿勢での謝罪を強要したせいだろう……。
あれでこちらはずいぶんスッキリしてしまって、昔のアスリカのことは、自分の中で思い出にできたのだが。彼女はあの日から、行いを反省するどころか、逆に変に意地悪をしてくるようになった。やっぱり、攻めすぎだったようだ。
僕も彼女のせいで、いろいろ……溜まっているものがあるのだけど、だからといって、あんなことさせていいわけじゃないよな……。武闘大会での勝利に浮かれて、それに酔いすぎていたんだ。加えてあの日のアスリカが、変になまめかしい雰囲気だったのもあって、本当におかしくなっていた……。
自分の行動を後悔しても遅い。
アスリカから僕へのからかいは、やや意地悪なものへと変化していっている。
具体的には、
「今の魔物、意外と苦戦してたけど、苦手? ふーん、そう。チャンピオンでも雑魚に手こずることってあるんだ。ざーこ。あはは」
「くそ、暑ちー……。ん? ……いま、すごい目つきで見てたね。目ぇ合っちゃったね。あーあ、ショックだな。ミゼル、変態さんなんだ。ふふ」
「……何? ミゼルも魔法の教本読んでみる? ……あー、字が読めないんだ。あたまわるーい。読み聞かせしてあげるね」
といったように、会話の中で雑な煽りを入れてくるようになった。
子どもみたいなレベルの悪口で、嫌がらせのつもりなら可愛らしいもの、と思いたいところだけど。
僕はアスリカのそれに、まんまと心をかき乱されている。いらいら、どきどき、いらいら。毎日そんな感じ。どうにかなりそうだ。
自分の中で、徐々に何かが積み重なっていくのを感じる。やめてほしい、と言ってみるべきだろうか……。
仕事の斡旋所である冒険者の管理組合に向かっている道中、そんなことを考えながら歩いていた。
せめて彼女に揚げ足を取られないように気を張ろう、と思った矢先。
結局のところ、自分は間が抜けているようで。曲がり角を行く際、あちら側から駆けてきた方と、正面からぶつかってしまった。
「す、すみません」
相手は地面に尻もちをついている。フードを被っているが、女性のようだ。
手を差し伸べると、下から顔をのぞき込んできた。そうして、僕の手を両手で握った。
フードの下は、思っていたより若い、というか同年代の少女だ。焦っているような表情で、どこか尋常ではない様子。
「あ、あの! わたくし、追われているんです……。どうか助けてくださいませんか、冒険者様」
「え?」
どこか気品のある雰囲気のその少女は、僕に助けを求めてきた。え、いきなり?
どうしたものか反応出来ずにいると。
「まあっ! それは大変! ……そちらの屈強なパーティーの皆さん! お助けを! こちらのお嬢様がいま、何者かに追われているのです」
「あ? 俺たち?」
「えっ? あ、あの、わたくしは、この方にお願いを……」
アスリカが割って入り、あっというまにこの話を、通りすがった同業者たちに押し付けてしまった。
それで、なんか本当にやってきた追っ手っぽい何者か達と、冒険者たちがにらみ合いを始めるころには。僕はアスリカに手を引かれ、次の角を曲がるところだった。
「ふん。馬鹿馬鹿しい“てんぷれ”だ。……さ、いこ、ミゼル」
一瞬、彼女は妙に冷たい視線を先ほどの場に向け。こちらを見るときには、平時の表情に戻っていた。
「いいの? さっきの人ほっておいて」
移動を再開するアスリカの背中を追いつつ、単純に疑問なので、聞く。
アスリカは振り返った。
「何? 助けたいわけ? 美少女だから?」
目を細めて、キツめの語調。どうしてか、あまり機嫌が良くないらしい。
美少女か。たしかにさっきの女の子、けっこう美人だったけど、そこは別に気に留めるほどの特徴ではない。
「いや……お金持ってそうだったから、謝礼に期待できるかもと思って」
事情は知らないが、物腰や話し方、履いていた靴、首飾り……そういった部分から、儲け話の匂いはした。
アスリカは、きょとん、としたあと。目つきを若干やわらかくして、口の端を上げた。
「あれ? なんだ、意外とたくましいね。男女のアレ的な下心かと思ったら。お近づきになりたいとか、思わなかった?」
「そんなわけないよ、今日会ったばかりの人に」
「へえ……」
というか、僕の下心にはもう、アスリカのこと以外入れる余地がない。そう仕向けた本人が何を言うのか。
そんな考えが伝わってしまったのかはわからないが、アスリカは突然、にこりと笑った。
何を思ったかそのまま僕の腕をとって、ぴったりと身を寄せてくる。この距離感にはたぶん、一生慣れない……。
アスリカは、僕に耳打ちをする。毎度のことながら、ぞくりと背骨に響く声だ。
「それがいいね。ミゼルのこと好きになる女の子なんて、ぜ〜んぜんいないから。夢見ないでね。身の程、知ってたほうがいいよ。ふふ」
そんな鋭利な冷たい言葉を、しかし弾んだ声でささやいてきた。
……どう解釈したらいいんだろうか。どうも、僕をやんわりバカにするのが、今の彼女の流行りらしい。いろんなからかい方を試すのはやめてほしい。
頭が今よりもっとバカになる……。
通行人の目が気になるので、離れてもらう。
歩みを再開してしばらくすると。すぐ目の前の狭い路地から、少し耳に残る種類の声がした。
「きゃっ! やめてよ!」
トラブルらしい。歩みを若干遅くして、通りがかりに、ちら、と路地を覗く。
なんとそこでは、同年代くらいの少女がひとり、屈強な男たちに囲まれていた。
「へっへっへ。こりゃ上玉だぜ……。あんたぁ、俺達のパーティーに入らねえか?」
「ブヒヒ……歓迎するぜ!!」
「でも新人歓迎会は強制じゃないから、無理して参加しなくてもいいぜ……!」
「ゲハハッ!! 福利厚生も充実さ。有給休暇も最初からつけるぜェ……労災もある……。あと業務を完遂できなかった期間にも、通勤費と食費、住居費等を保証。……ゲハハ!!!」
「やめてっ! 私は1秒足りとも働きたくないの!」
まあ、他人が立ち入る話ではないようだ。
……ん?
「あれは? ……大変だ、助けないと!」
「助ける必要あるかぁ……?」
いつの間にか隣に立っていたアスリカが、呆れ声で言う。
いま、少女の方が、腰にさした剣に手をかけたのを見た。しつこい勧誘を暴力で解決する気のようだ。
同業者の4人が痛い目に遭わないためにも、仲裁に入りたいが……。
「あ、そこの魔法使いさん! みて、若い女の子が路地裏で暴漢に襲われていますよ」
「なにーっ! 助けに行かねば!!」
「はい解決~」
アスリカが通りがかりの男性を焚きつけ、路地に送り込んでしまった。余計こじれそうなんだけど?
そのまま手をぐいと引っ張られる。弱い力だけど、有無を言わせぬ感じだったので、そのまま身を任せた。
今日は妙に立ち止まらされる出来事が多い。運勢が悪いんだろうか。
組合のバルイーマ支部に辿り着いた僕らは、併設されている酒場のテーブルで、今回受けることができた依頼について話し合う。
近頃は、武闘大会で優勝したネームバリューがあるおかげで、危険だが実入りの多い仕事を回してもらえている。請け負った依頼ではアスリカと一緒にしっかり成果をあげ、組合からの評価も上々。稼げるうちに稼ぎたいところだ。
やがて、話し合いが終わりに差し掛かる。
そんなとき、僕たちに、声をかけてくる人たちがいた。
「こんにちは。剣士のミゼルさん」
「近くで見ると、なるほど、なかなか強そうだ」
「神聖な魔力を感じます。逸材かも……」
僕らと同じ、冒険者パーティーだろう。ただ、全員こちらと同年代の女の子、というのは少し珍しいかもしれない。
3人に挨拶を返すと、リーダーらしき剣士の少女が、一歩前に出てくる。……武闘大会の本戦で見かけた顔だ。別のブロックだったけど。つまり、実力者。
少女は力強い眼をこちらに向け、語りかけてきた。
「ミゼルさん、私達と組みませんか? Sランク未踏迷宮の調査権が回ってきたのですが、いささか戦力不足で。強力な前衛を雇いたいんです」
「Sランク? それはすごい」
感心する。Sっていうのは、Aランクより上の話だ。足を踏み入れる許可が出るのは、組合の所属者でも一握りの人材だけ。
同じくらいの歳の女の子たちが、それほど有能だという事実に驚かされる。実際に3人がまとう雰囲気は、己の実力に自信がある人のものだ。バルイーマの冒険者は粒ぞろいだと聞いていたが、その通りらしい。僕が優勝できたのなんか、まぐれだな。
彼女たちから誘われるなんて、小躍りするほどのおいしい儲け話、かもしれない。迷宮ではいろんな物資や宝物を入手でき、踏破難易度が高いほど報酬はすばらしいものとされる。前のパーティーで資金繰りをしていたから、それは知ってる。
……でも、まあ。
「魅力的な話ですが、今回は遠慮させてください」
と、誘いは断った。
それこそ、彼女たちが求めるに値する人材は、僕以外に、この斡旋所にも多くいるだろう。たぶん、大会優勝者の顔を見かけて、声をかけてきただけだ。
その後も、あれこれ食い下がられたが、なるべく丁寧にお断りした。
「気が変わったら、どうぞお声がけしてくださいね」
少女は人当たりの良い笑顔を僕に投げる。話は終わりだ。
3人が酒場を出ていくのを見届け……、僕は、やや胸を撫で下ろした。
「………」
アスリカが、火の魔法使いらしからぬ、氷のような冷たい目で彼女たちの背中を見送っていた。
怖いなー。あの3人、言葉の上では「もちろんそちらの方も同行してほしい」とは言いつつ、まるでアスリカが眼中にないような態度だった。その時点で僕からも印象が悪いのだけど、アスリカ本人はカンカンに怒っていても不思議じゃない。
「ついてかなくてよかったの? 美味しい儲け話だと思うけど。あたしなら行くよ。…………ハーレムだし」
しかしアスリカは、意外にも冷静な声色で、僕に聞いてきた。
その理由なら、簡単な話だ。
「あの人たち、アスリカの実力を見抜けなかったんだ。そんなレベルのパーティーに僕なんかを加えても、痛い目を見るだけだよ」
「………」
なんか驚いた顔をされたけど、間違ってるかな。
あと、あのパーティーには、もっとベテランの冒険者を足した方がいいと思う。迷宮掘りを多く経験している人が必要だ。
「全員美少女なのに?」
「は? ……ああ、まあ、そうだっけ?」
正直、容姿については、いまいち特徴も覚えてない。もう他の女の子に興味持てないし……。
アスリカは数秒、僕の顔をうかがって。そのあと、小さくため息をついた。
「ふぅ。ミゼル、キミさあ……。見かけの良い女の子には、あまり関わらないようにした方がいいよ。そのうち、いいようにされて、人生おかしくなるよ」
「えっ………………????」
よく言えたもんだねそんなこと。
本気で言ってそうな、わりと真面目な表情なのが逆に怖い。大抵の女性はアスリカよりまともだと思うよ……。
「よくよく見渡すとみんなミゼルに注目してるし、ここに入り浸るとチャンピオン勧誘がウザいかも。……ミゼルは、嬉しい?」
「嬉しいけど、他のパーティーに入る気ないし………」
「ふうん」
そっけなく相槌を打ってから。
アスリカは、今度は機嫌が良さそうに、優し気に微笑んだ。
「よそ行こう、よそ。東の2番通りでなんか食べよ。ブランチだ」
▼
と、なんかアスリカの態度が優しくなって、今日は良い日かもしれないと思ったのも、つかの間。
その後、思い出したかのように、彼女の悪質なイタズラが続いた。
アスリカが見繕った食堂は、時間帯によるものか、あまり繁盛していないのか、客があまりいない。
そして、人目が少ないところであるほど、彼女の行動はより挑発的なものになっていく。
「大会が終わってから、また過ごしやすくなってきたね」
「う、うん……」
そうやってなんでもない話をしながら……。テーブルの下ではアスリカが、ブーツを脱いだ脚で、行儀悪く僕の脚を触ってくる。
ひどいときは、両足をすりすりと絡めてきて、その感触を与えてくる。
それでいて、テーブルの上では、平然とした表情で、こちらの目をじっと覗き込んでくる……。
「あっと。失礼」
かしゃん、と何かが地面に落ちる音で、アスリカの脚が離れた。この隙に一息ついて、自分のいろいろを落ち着けようと努める。
「フォーク落とした。ごめん、とってくれない? 机の下」
自分で取ればいいと思いつつ、どうにも逆らえないので、仕方なく、身を屈めて下を探る。
あった。手を伸ばして、それを拾う。
「!」
すぐ目の前で、アスリカが足を組みかえた。
素早く目を逸らす。彼女は、今日は短いスカートをはいていて、これは、よろしくない……。
僕は椅子に戻り、アスリカの目をなるべく見ないようにして、拾ったフォークを渡す。
「ありがとー」
ぱっと無邪気に笑って、彼女はそれを受け取った。
そして、聞いてきた。
「パンツ見えた?」
「みっ、見てない」
「なぁんだ。見られてもいいの穿いてるのにな。根性なし」
「っ……」
理不尽な侮蔑だ。くそっ。なんだよそれ。
良いように人を弄んでくるのはいつものことだが、そのあと罵ってくる……。これはあまり、続いてほしくないぞ。
▼
新しい仕事を半ばほど終えることができて、その日は切り上げ、宿屋に戻った。
あとは明日に向けて休養をとる。それも大事なことだ。
しかし。
「なんで当たり前のように僕の部屋にいるの?」
アスリカは人のベッドに乗り上げ、本のページを見下ろしている。子どもみたいに、たまに足をぱたぱたと振る。でも行動とは不一致なことに、すらりと長くてきれいな脚は、大人のそれだ。つまりは目の毒。
あと、ここのところ暑い盛りだからか、薄着。
「こっちのほうが風通し良くてさ。ああ、あつい」
アスリカは本を読むのをやめて、人のベッドに座り、襟をひっぱって本でぱたぱたと胸元を扇いでいる。
何か言われると思って視線を逸らそうとしたけど、遅かった。
「……見たい? 一緒に水浴びでもする?」
妖しい声色でそう言われると、あれこれ想像してしまって。僕は首を横に振って、それらをなんとかして追い出す。
「なーんて。ミゼルには見せてあげないよ。ていうか度胸ないもんね」
彼女は立ち上がり、椅子に座る僕に、悠々と近寄ってきた。いつもみたいに、声がよく通る耳元にまでやってくる気だ。
そして顔を赤らめたあの笑みは、最近の彼女のブームをやってくるときの表情。
逃げ場の無い、自分を休ませるべきこの部屋でまで、ああやって煽られたら、僕は……。
「ほら、意気地なし、根性なし、度胸なし。……でもへんたい。このどすけべ。恥ずかしくないの? あ、なんか言い返すことある? ない? あははっ」
「ッッ……!」
今日まで蓄積したものに、ついに大人しく座っていられなくなって。がた、と音を鳴らして、椅子から立った。
アスリカが、びくっ、と身体を緊張させたのがわかった。
それを見て、正直すぐ冷めたけど。でも、この勢いでなにか言ったほうがいいと思って、なんとか怒り顔をつくって、彼女に詰め寄る。
そのまま、後じさりするアスリカを、壁際に追い詰めた。わざと乱暴に、彼女の背後の壁に、だん、と手をつく。
アスリカの肩がぴくりと揺れた。
……あ、これ、やりすぎだよな。体格差にものを言わせて、女の子を威圧しようだなんて、ひどい。いつから僕はこんな人間になった?
でも、アスリカの表情は……、
「……なに? 怒った? ……ご……ごめんなさいって、した方が、いい?」
顔を紅潮させて、へらへらと口元を緩ませていた。何かを期待しているような目で、僕を見上げている。
いつもの演技にしては、少し荒い息遣いがすごくリアルで、こっちも心拍数が上がる……。
なんだよ、この反応。もしかして、こっちを怒らせようとしていたのか……?
「アスリカ」
「はっ、はい……」
なんか、ここまでぜんぶ彼女の思うツボな気がする。
そうだ。ここはぐっとこらえて……、
「君がそういう態度なら、僕にも考えがあるからね」
「っ……」
ぎゅっと目を細めたアスリカを見て、僕は。
彼女から離れた。
「それじゃ、そういうことで」
「……? え?」
僕はつとめて平然とした顔を作り、自分の部屋を出た。
アスリカが僕を手玉に取ろうとしているなら、たまには抗ってみる。深夜まで宿には帰らないつもりだ。
それと……。
明日から。
……この二人パーティーを、離れてみよう。
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